【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ③
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本部会とは、私が統括する「CR本部に所属する全社員が参加する会議」の事で、全部門会議がある第二、第四月曜日の全部門会議が終わる9時半から、30分程度かけて行う。
議題は、全部門会議で出た話題の共有と、取締役会での話の伝達が主だ。
大体の社内連絡はイントラで行うのだが、この本部会だけは社員の健康管理の面から、リアルミーティングで行っている。
CR本部には、CR局と事業開発局の二つが属しており、本来それはそれぞれに局長がいるものなのであるが、事業開発局の局長である鮫島氏が、現在胃がんの長期療養中のため、CR局長である深見さんが、暫定的に両方の局長を兼任している。
CR局には、一部から三部まで三つの部があり、それぞれ牧田、鈴木、岡野という部長がいる。
部員は、正社員がそれぞれ10名程度、派遣や業務委託が2~3名程度いる。
事業開発局は、4部あり、部長は小田、中西、清水、大里の4人で、一部当たり5~7名の体制である。こちらも派遣や業務委託社員が一部当たり3名程度いる。
CR本部会は、私が取締役になってからは、正社員であるか、否かは問わず、所属する全社員に参加してもらう事にしている。
そのため、CR本部会を開催するには、うちの本社ビルのうちで一番大きな会議室で、しかもスクール形式の座席配置にしなくてはならない。しかも、それでは最大収容人数は70名程度となる。
普段は、基本的に業務優先にしているので、毎回全員が参加する訳ではないし、在宅勤務者や出張先でオンライン参加するものが大体20~30%は出るので、全部で84人いる所属社員のうち、60名弱が参加すればいい方だ。だから、大体いつも席は足りる。
私は三階にある自分の個室にいったん戻り、メールをチェックし、自販機でお茶を買ってから、六階の会議室フロアに戻り、全部門会議が行われる中会議室の隣りにある大会議室に入った。
室内に入ると、いつもにはない熱気をいきなり感じた。
年初で、まだ出張を伴うような実務が進行していない事もある。
在宅勤務者が少ないのもたまたまかもしれない。
だが、今日に限っては、いつもの大会議室で立っている者が出るほどの満員状態になっていた。
それを見た私は、すぐに総務局長に内線し、了承を取ったうえで、立っている社員に隣の中会議室から椅子を持ってきて腰掛けるようにと伝えた。
本部会の進行は、深見局長が行う。
深見さんは、僕より7歳上の53歳で、僕の後にCR局長になった方で、いつだって、冷静沈着な信頼がおける人だ。
彼も、この出席者の多さに面食らいながらも、そんな事はおくびにも出さず会議を始め、全部門会議で出た特に営業セクションの売上推移や、業務の進捗状況を淡々と話した。
本部長の私は、取締役会の話だけを話すのが通例なのだが、取締役会で話す内容といれば、例の「CR本部別会社化」しかなく、それはまだ私にも詳しい情報は何も出てないので、ただ、「2月になったら、会社から詳しい説明会がある予定」とだけ伝えた。
その後、総務的な情報や人事部的な情報、健康管理等の話をして、会議は終了するはずだった。
しかし、今日はそれでは終わらなかった。
CR三部の業務委託社員である大坪さんが「鵜塚本部長、質問があります」と、言った。
その瞬間、こちら側に向いている現場社員の目線が一気に私に集まったのを感じた。
CR三部は、うちの会社の親会社である日葉新聞社の売上の主体である新聞広告の原稿や雑誌広告原稿等、紙媒体の原稿を制作するのが主体の部で、大坪さんは5年ほど前に、部長のままで定年退職した後で、彼の原稿制作の腕前を買われ、業務委託社員として残っている人だ。
紙媒体がオワコンだと言われて久しい今では、広告原稿制作の機会の以前とは比べ、どんどん少なくなってきており、三部の売上の主体は折込みチラシ風な、インターネット広告の原稿制作だったりしている。
それは、王道の格調高い全国紙新聞の不動産広告や自動車の広告原稿を数多く手がけてきた大坪さんには、受け入れにくいものだし、そもそも折込み広告の原稿なんて作った事がない上に、そのデータをネットで入稿する事自体が慣れてないので、今では大坪さんの手掛ける実務は減っており、大坪さんは毎日デスクに座って、不平不満の愚痴を呟いている、私にとっては少々扱いにくい人だ。
「大坪さん、何でしょうか?長くなりますか?」
「本部長もお忙しいでしょうから、手短に質問するように致します」
「そうですか…それなら、どうぞ」
私が「どうぞ」と言った瞬間、私に向けられている目線の圧が高まったと思った。
「CR本部の別会社化の事ですが、それに伴い、私のような業務委託社員や派遣社員は一旦契約を打ち切られるとの噂が出ておりますが、それは本当でしょうか?」
「いや、少なくとも取締役会でそのような具体的な話は現状一切出ておりません」
「電広社が大株主になるという話は?」
「それも全く聞いておりません」
「別会社にして、電広社が大株主で、いずれ電広社の子会社化するとかいう話は?」
「一切出ておりません。とにかく、今、私が聞いてる話は前回の本部会で報告した「CR本部を別会社化する事を佐伯社長と経営企画担当の田久保専務が年頭の取締役会で話された」という事だけです」
「で、それをどう進めていくかという話については、鵜塚取締役は現状、全く関わってないと?」
「その通りです。上の方で大枠の方針が決まれば、実務面の段階では私に降りてくるんだと思いますが…」
「分かりました。新聞社プロパーの佐伯社長と田久保専務が、新聞社との間で色々と策を練っている訳ですね?」
「それは私には分かりませんが、日葉メディアホールディングスとは話し合ってるでしょうね」
「NMHですか…まあ、NMHでも新聞社でも実態は変わりないですけどね。じゃあ、最後にもう一つだけ…鵜塚取締役が何かその件について新しい情報を入手したら、すぐに現場に降ろして欲しいのですが、如何でしょうか?」
「全部出来るかは、分かりませんが、可能な限り、ご期待に添えるように善処します」
「善処ねえ…まあ、しょうがないか…しかし、鵜塚さん、あんた、CR本部のトップだろう…何も聞かされてないのはマズいんじゃないの?」
大坪さんは、無精ひげの顎を右手で撫でながら、嫌味っぽい笑顔を浮かべながら、私に向かって言った。
「それはそうだと思いますが…何しろ、私にも急な話だったので…年始一発目の会議で、ですからねえ…まだ、どこからどんな弾が飛んでくるのか、さっぱり分からんのですよ」
私は破れかぶれで、つい本音を出してしまった。
すると、大坪さんの顔が崩れ、大笑いし始めた。
その笑い声は、そこにいる全員の緊張感を一気に解きほぐした。
「まあ、いいよ。きーちゃんよお。お前さんも大変だねえ。分かった、分かったよ。今日のところはこれで終わりだ」
そう言って、大坪さんは、会議室を出て行った。
大坪さんは私より20歳も上で、新卒採用で私が入社した時、彼は制作一部のチーフディレクターだった。
僕は当時の三部に配属だったので、一緒の業務に関わる事はなかったのだが、大坪さんも下戸で、僕が酒を全く飲めない事を彼が知ると、会社を出るのが一緒になるタイミングがあった時は、二人で銀座のパーラーにパフェを食べに行ったりした仲だった。
つまり、彼とは元々仲が良いのだ。
しかし、今は私は取締役であり、向こうは業務委託社員なので、そんな昔からの中をひけらかす訳にはいかないので、そこは、苦しいところだ。
きーちゃん…
若い頃、私は彼から下の名前の喜一郎から、きーちゃんと呼ばれていたのだが、私が部長になり、局長になり、そして取締役になっていくうちに、大坪さんは私の事をきーちゃんとは呼ばなくなった。
きーちゃん…
そう呼ばれて、私は何故か少しだけホッとしたような気分になった。
