【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ㉓
■
私は定位置の赤い空間へと戻ってきた。
「シンパン、今はどこにも飛ばすなよ」
私はどこにも飛ばされないことを知ってるくせに、敢えて言った。
「飛ばさないよ。約束しただろう」
シンパンはすぐに応答してきた。
これももう、織り込み済みだ。
「ありがとう、シンパン。助かるよ」
「いや、僕は約束を守っただけだ。それで、次はどうしたいんだ?前に言ってたように一時間ぐらいここで考え事をするのかな?」
「いや、それはごめんだ。そんな事をしてる間に、僕のライフタイムがどんどん削られてしまうからね」
「じゃあ、この後、君はどうするつもりなんだ?」
「生き返るのさ。こことはおさらばするよ」
「ええ?そんな勝手な真似はハザマが許さないよ。君が君と奥さんの命を救うためには、白川さんの動きを止めないといけないんだが、君は白川さんのタマシイに触れただけじゃないか」
「タマシイ?センスなんだろう?」
「ああ、そうなんだが…」
「何だ、シンパン。声が小さくなっていってるじゃないか。しかも弱々しい。どうしたんだい?」
「声が小さい?そ、そんな事はないだろう…」
「君は、僕が生き返ると困るのかい?」
「いや、それは…」
「シンパン、もう大丈夫だ。僕は全部分かったんだから。ここはパラレルワールドなんかじゃない。ここはずっと、死にかけてこん睡状態にある僕の心の中だろう?そして、君とバンニンは僕の中の弱気な心だ。違うかい?」
「何で、そう思うんだ?」
「ここが矛盾だらけだからじゃないか。君はここには時空は関係ないと言っておきながら、飛んでいく度に、日にちが経っていく。大体、7日間しかないとかいうのが、おかしいんだよ。この7日間とかっていう具体的な日数は、僕が救急で病院に運ばれた時に、朦朧として意識が混濁してる時に、医者か看護士が言ったんじゃないか?それだけを僕は覚えて…なあ、シンパン、そうだろう?」
「君は本当にそんな風に思ってるのか?」
「ああ」
「随分と浅はかだな」
「浅はかで結構だ。僕はこれが事実だと思う」
「まあいいよ。それで、この後はどうするんだ?」
「さっきも言っただろう。僕は僕の愛する妻と可愛い一人娘まで巻き込んだ張本人に会って、直接話をするのさ」
「張本人とは誰だ?」
「それはここでは言えないね。言ってしまったら、僕は生き返れなくなるかもしれないじゃないか」
「自分の弱気に負けてか?」
「そう、その通りだ」
「じゃあ、訊くが、この度の件の君が見立てた全容を教えてくれないか?」
「シンパン、それはもう君にも分かってるんじゃないか?」
「いや、私は何も知らない。白川瞳は何故、君の妻である冴島瑤子を殺してしまったんだ?」
「それは簡単だ。瑤子が白川瞳に陥れられたからさ。ホストに対する売り掛け金で、白川さんが困った状況になってる時に、瑤子がいらん任侠心を持って、おせっかいを焼いたのがすべての始まりだと思う。瑤子は大酒飲みだから、いっぱい酒を飲むと、どうしても気が大きくなってしまうんだ。僕の想定はこうだ。瑤子と白川瞳は、学校の父兄会か何かで出会った。出会ったと言っても、二人は顔見知りだったんだけどね。そして、二人は旧交を温めるとかという名目で、瞳の店かどこかの酒の飲める場所へ一緒に行ったんだと思う。そこで、白川瞳からホストの件を聞かされたんだと思ってる。そして、それを聞いた瑤子が勝手に息巻き、ホストと話をつける役を買って出たんだ」
「それがこじれて、瑤子さんは白川さんに殺されたのか?」
「そうだ。でも、それは白川瞳が作った罠だったんだけどね」
「罠?」
「その罠に嵌まって、瑤子は死ぬ羽目になったんだ」
「白川さんは、どうしてそんな罠を仕掛けたんだろう?」
「それは、彼女と娘の芽衣ちゃんが僕を恨んでいたからさ。僕への恨みを晴らすために、うちの家族を陥れたんだ」
「白川さんが君を恨んでいた?それはどうしてだ?」
「それには彼女たちを捨てた亭主が大きく関わっているらしい」
「亭主?それが張本人なのか?」
「そうだ。だから、彼に直接会って確認するのさ」
「そのために、君は生き返るというのか?」
「ああ、そうだ。シンパン、君は僕の弱い心だと思っていたが、どうやらそうではないようだね」
「…」
「君は恐らく死神だ。三途の川の船頭とかじゃないか?そして、バンニンが僕の弱い心だ。違うかい?」
「どうして、そう思うんだ?」
「そりゃ簡単さ。この話をし始めた時から、君にどんどん力がなくなっていってるからだ。それに、ここにはバンニンは一度も現れない。バンニンが現れないのは、僕の中に弱い心が消えてるからだ」
「なるほど…だとしても、まだ判明してない事が沢山あるぞ。大町の事や、君の会社の再編等はこれにどう関わってくるんだ?それに瑞希ちゃんが学校でいじめられてた件もある。ああ、そうそう、大町さんと瑤子さんの密会の件だって不可解だ」
「それもこれも、亭主と会えば、大体分かってくるんじゃないかなと、僕は思ってる。だから、僕はもう行くよ」
「君はもう全体像が見えてると思ってるのか?」
「ああ、アウトラインがくっきりし始めてるよ」
「そうかな?」
「どういう事だ?」
「甘いな。現実は苦いぞ」
「苦い?」
「君は私を死神だと言った。それは思い違いだ」
「なら、何だっていいよ。僕には時間がないんだ。どうせ、生き返っても、瑤子はこの世にはいないんだろうから、僕が生き返らないと瑞希が可哀そうだ」
「瑞希ちゃんのために生き返るのか?」
「勿論そうさ。瑞希のために、そして瑤子の名誉のために僕は生き返って、亭主に会う必要があるんだ」
「どうしてもか?さっきも言ったが、現実は甘くないぞ」
「苦いんだろう?まあ、覚悟するよ。とにかくシンパン、君が死神ではないのなら、これ以上僕をここに引き留める理由はないだろう?僕は行くよ」
「確かに私は死神ではないが、さっき君が思っていた君の弱い心には近い存在だぞ」
「じゃあ、なおさらおさらばだ。今の僕には弱気は必要ないからね」
「分かった。じゃあ、頑張ってくれ」
「ありがとう、頑張るよ」
スリットが開いた。
僕は吸い込まれた。
赤いスライムから出て行く時、シンパンの最後の言葉がうっすらと聞こえた。
「何があっても、絶望するなよ」
吸引される空気の音で、聞き取りずらかったが、シンパンは確かにそう言ったと思う。
絶望?
する訳がない。
■
「鵜塚さん、鵜塚さん、聞こえますか?吉田さん、向井先生を呼び出して、すぐに鵜塚さんの部屋に来てもらうようにして!鵜塚さんが目を覚ましたのよ!」
私は生き返った。
