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【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ㉔


あの日、私が目を覚ましてから退院するまで、結局8か月もかかってしまった。

私が生き延びられたのは、地面に落ちるまでに、3回も街路樹の枝に引っかかったお陰だったのだが、枝に身体をぶつける度に、私はあばらを折り、手足の骨を折った。
ただ、奇跡的に内蔵は、殆ど大きな損傷ぜずに済んだ。そして、頭も打たなかった。
そのため、私は致命傷を負わなかった。

だから、私は生き返れたのだ。

ただ、身体中に負った傷は深く、6か月間で合計6回もの修復手術をうけた。その後2か月間かけて、生活するためのリハビリ訓練をした。修復手術の一つには、傷だらけになってしまった顔の形成手術も含まれていた。
全く、痛く、辛い8ヶ月間だった。

痛みは強さが徐々に収まってくるだけで、ずっと残ったし、それよりも術後熱と身体の火照りには、相当に苦しめられた。


ほら見ろ、やっぱりパラレルワールドなんて存在しない。


もし、ここがパラレルワールドなら、こんな苦しみを味わう事なく、パッと次のワールドに飛んでるはずだし、私の身体は全く傷ついてなく、健康体そのもののはずだ。


しかし、今の私は違う。


折れた骨の一つ一つが完全に接合し、生活していくのに最低限の動きができる状態にしていくまでに長い時間を要した。そして、この時間が「ここがリアルワールドだ」いう実感を深めてくれた。


何とか退院する事ができた私は、不本意ながら車いすに乗って、自宅へと帰った。

左足だけがまだ不自由だからだ。


自宅と言っても、事件があったあの部屋ではない。あれは、私の入院中に、私の弟である時次郎に手続きをしてもらい、大幅なディスカウントを甘んじて受け入れて売却した。そして、前のマンションからあまり遠くない場所にある小ぶりな中古マンションを購入した。そして、前の部屋の荷物や家財道具の一式はいったん全部レンタル倉庫に預けてもらい、今度の部屋には新しい家具を入れてもらった。事件の事を思い出すようなもの、瑤子を想起させるものは、全然見たくなかった。


そうして、私はそこに帰った。


いっそ、新しい街に引っ越す事も考えた。
しかし、瑞希の学校の事や、私が今の病院に今後ともリハビリで通うことを考えると、それは賢明ではないと判断した。
だから、せめて駅の反対の出口から向かうこのマンションに引っ越した。


それだけで気分が変わるはずだ。


私はそう願った。


瑤子の葬儀などは、私がこん睡状態にあった時に、瑤子の実兄である正温さんの手でつつがなく行われたと、後で聞いた。
瑞希もサンフランシスコから帰ってきて葬儀に参列したようだ。

瑞希は私が目を覚ますまでは日本にいたのだが、私が目を覚ましたのを確認すると、とっとと向こうへと旅立った。それは、向こうの学校のカリキュラムのスケジュールの関係で、切羽詰まった行動だったらしい。

だから、私は目を覚ました後で、一度だけ瑞希を見ただけだった。
その時、瑞希は目に一杯涙を溜め、私の目を見ながら「よかった」とだけ言った。


その後、瑞希は一度も帰国しなかった。


どうせ、来年には帰国せざるを得ないので、私は致し方ないと思い、それを許した。


まあ、瑞希が戻ったところで、その頃の私の生活は、寝る、食事をとる以外は、全部リハビリに充てられていたので、私は瑞希に何もしてあげられない。
それが分かっていたので、私は瑞希が、夏休みにもサンフランシスコから帰らない事を咎めたりしなかった。


私の妻、鵜塚瑤子と白川瞳の死亡は、瑤子に関しては殺人、白川瞳は転落事故死という事で、決着がついた。瑤子の殺人は白川瞳が犯人だと認定され、事件自体は被疑者死亡の上、起訴され、事件は終了となった。


私の転落事故についても、同様に事件との関連が指摘され、私は妻の瑤子を救うべく誤って転落し、大怪我をしたという事で調べを終えた。


こういう事件にまつわることの全ても、私が退院するまでにはすべてが完了した。




そこからまた、6か月が過ぎた。
季節は気持ちの良い新緑の候となっている。


私は、何とか杖をつきながら、自立歩行が出来るようになった。
単純骨折だった右足は、回復後は元通りに使えるようになったが、ほぼ粉砕骨折に近いほどの複雑骨折を負った左足は、どうしても機能回復できず、結果として杖をつき、左足を引きずりながら歩く事になった。
それでも車いすで移動するよりも格段とスムーズになった。



私は入院中に会社の面会を受け、その場で取締役の辞任と退職を申し出た。

こんなマスコミを騒がせる事件を引き起こした私を疎ましく思っていたであろう会社は、それをすぐに受け入れた。
その後、何度かのオンラインによる面談と書類のやり取りで、期中の辞任だったが、私は無事に退職できた。


これも入院中の出来事だったため、退院してこのマンションに住み始めてからは、一切会社の事など思い出しもしなかった。
ただ、「亭主」と会い、事実確認する事だけを夢見るように考え続けていた。


今年の春先には、会社は予定通り、私のいたCR本部を切り離して電広社の資本が入った別会社になった。
社長は、私の後を受けて取締役本部長になった桜井さんが就いたと聞いた。
新会社になる前に、CR本部では大量の退職者を出したようで、その大半は会社からの申し出による早期退職を受け入れる事を余儀なくされたものだったそうだ。

そうしたリストラの対応を桜井さんは一人で行ったようで、その後、桜井さんは鬱病になり、休職したと聞いた。

全く気の毒な事だ。


やはりそうだったのだ。


この事件がなければ、その厳しい役目を私が引き受ける羽目に陥っていたはずだ。


そんな画策したのは誰だ?

誰かが私を陥れようとしたのは間違いない。

そして、その誰は、私にはもう分かっているのだが、彼が私を陥れようとした理由が分かっていない。

だから、それを確認しなければならない。

左足の具合は良くなってきている。
杖をついて歩くのも様になってきた。

もう大丈夫だ。

私は歩ける。

明日、出かけよう。

私は決めた。


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