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【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ㉕


11時に汐留に着いた。
新橋には9時に着いてしまったので、公園でボーっとしながら、2時間近く時間を潰した。
家を早く出てしまったのが悪い。

そもそも、退院してからの私は、夜殆ど寝ることができない。身体中のどこかが痛くて寝られないのだ。依存症を避けるために、私は極力痛み止めを使わないようにしているし、同じ理由で睡眠導入剤も使わない。
だが、痛みは容赦なく襲ってくる。寝ていても痛みが強くなると、その性で目を覚ましてしまう。
起きると、痛む箇所をさすり、痛みが治まるのをひたすら待つ。
そうして、ようやく傷みが薄らいできた頃に、少しうとうとする。また、痛みが出る。目を覚ます。これを繰り返して私は朝を迎える。

それにしても、今朝の痛みは酷かった。
動かない左足を支えている右足に激痛が走った。

普段なら、さすって痛みが引くのを待つだけなのだが、どうにもならないと判断した私は夜中に熱い湯に右足を浸け、ギリギリまで辛抱し、真っ赤になって肌がひりついてる状態になったら足を出し、冷水シャワーをかけるという事を何回も繰り返した。
そうしてるうちに、朝が来てしまった。
しかし、それでもなかなか痛みはひかないので、私は根気強く熱湯と冷水シャワーを繰り返した。
そして、7時を過ぎた頃、足の痛みがようやく引いたと実感した。
私は風呂を出て、すぐに着替えをして家を出た。
そうしないと、今日は家から一歩たりとも出られなくなるという予感がしたからだ。

そのせいで、私は9時には新橋に着いてしまったのだ。

すぐに「亭主」の元へ向かってもよかった。しかし、私だって、少し前に取締役をやってた人間である。会社の役員は大体朝イチはやる事が多くて忙しい事ぐらいは分かってる。
奴が違う会社で役員になってる事を私は知っている。

だから私は、はSL広場に近い、元は小学校だった公園のベンチで、コンビニで買ったコーヒーを飲みながら時間を潰した。
間がもたないので、一時間程の間に私はコーヒーを3杯も飲んでしまった。


左足が動かないのは仕方ないのだが、今朝の右足の痛みはショックだった。
右足まで動かなくなってしまうと、私はまた車いす生活に戻る事になるからだ。

それは本当に恐ろしいので、私は左手でコーヒーの紙コップを持ち、せかせかとコーヒーを飲みながら、ずっと右手で足をさすった。
そして、コーヒーがなくなると、立ち上がり、すぐ側にあるコンビニへ新しいコーヒーを買いに行く。
これを3回も繰り返していると、右足の痛みは全くなくなりはしないものの、大分ましになってきたと感じてきた。

もう行ける。

私は立ち上がった。そして、新橋から汐留までを一時間かけてゆっくりと歩き、彼のいるビルへと、やっと辿り着いた。



一階の総合受付で、モニターに映る女性へと私は話しかけた。

「株式会社イングにおられる宮西和宏さんに面会しに来たんですが…」
「失礼ですが、そちら様は?」
「ああ、私は鵜塚と言います、宮西さんとは前の会社で同僚で…私、大怪我をしてずっと入院してたのですが、つい先日退院しまして、今日は別の用事があってここら辺まで来たのですが、急にふと宮西の事を思い出しましてね。それで訪ねた訳です」
「そうだったんですね。それで、宮西社長とはアポイントはおありでしょうか?」

社長?
宮西は社長になってるのか?

SNSで、彼がこの会社の取締役になった事は見ていた。
だが、社長だとは知らなかった…

「いや、さっきも言いましたように、ふと思い立っての事だったので、彼を驚かそうと思って、彼には電話してないんですよ」
「それは困りましたね。当社はお約束のない方を受け付けでお取次ぎできない取り決めになってまして…すいませんが、宮西と直接連絡を取られて、アポイントしてからお出でいただけますか?」


いや、それは困る…


何しろ、私のスマホは転落で大破してしまったからだ。


その後、新しいスマホを持ったのだが、前のスマホに入っていた番号は全部移しきれてない。
だから、私は今、宮西の個人携帯番号を知らない。
Lineはそもそもつないでないし、メールも前の会社で使っていたアカウントしか知らない。
そうそう、私は彼の社用スマホの番号しか知らなかったんじゃなかったか?
だとすると、私は今の宮西に個人的にコンタクトする術を何も持ってない。

だから、ここで取り次いでもらえないと、私は宮西と会うチャンスを失くしてしまう。

「あなたが仰ることは大変よく分かる。だけどね、私は宮西とは前の会社で同期入社で、最近、私はある事故で死にかけるほどの大怪我をして、2年近く外に出られなかったんだ。その間に、彼はこの会社に移籍したとネットの情報で知った。私と宮西は仲が良かったんだよ。その私がようやく自分の足でここまで来る事ができたんだ。それを彼にサプライズで見せたいんだ。分かってもらえないかな?」
「そう言われましても…」

受付用のモニターは5台あり、それぞれに応対を待つ人が並んでいる。
当然、私の後にも並んでいる人がおり、そのうちの幾人かがわざとらしい咳ばらいをしたりし始めている。


もう無理か…


「おい、そこにいるのは鵜塚じゃないか?」

私は声の方へ振り向いた。

そこにはタクシーを降りて、正面ドアからビルの中に入ってきた宮西が立っていた。
宮西は暗褐色のスーツを着ており、見違えるようだ。

私は、モニターの女性に「宮西に会えた」と伝え、順番を後ろに譲り、宮西の方へ向かった。


宮西は懐かしそうな笑顔で私を迎えた。


「足の怪我は酷いみたいだな。もうそれ以上は動かないのか?」
「ああ、これ以上は無理みたいだ。これだって、大分良くなった方なんだ」
「そうか、大変だな。それで、ここに何しに来たんだ?」
「お前に会いに来たんだよ。忙しいのは分かる。だが、すまんが30分だけ時間をくれないか?」
「ああ、何とかしよう。まあ、一緒にオフィスに上がろう。僕の部屋で話をしよう。いいよな?」
「結構だ」

そうして、私たちは一緒にセキュリティゲートをくぐり、エレベーターに乗った。


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