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【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ㉖


宮西の会社は、6階にあった。
21階建てのこのビルの中では、8階までの低層階に関連会社などが入居しているようだ。

宮西と私は、並んで会社のフロアに入った。宮西は私の少し前を歩きながら、「狭い上に、ごちゃごちゃと物が多くて、歩きにくいかもしれん。」と、足が悪い私に本当に恐縮している素振りを見せながら、手前の壁沿いの細い通路を一番端まで一緒に歩いた。

確かに通路には段ボール箱が無造作に置いてあったりして、とても整然としているという感じではなかったが、杖をついて歩くぐらいなら、何の問題もないので、私は宮西に「大丈夫だ。気にするな」と、返した。

通路からは、社員デスクが並ぶオフィスがよく見えた。

単純に机の上にあるPCのモニターの数から読むと、この会社は7~80名ぐらいの社員がいそうなのだが、時間帯の性か、今は10名程度の若い男女社員がいるだけで、まばらな感じを受けた。

人数は仕方ないんだが、それよりも活気がないという印象なのが気になった。

宮西の部屋に入ると、宮西は「ここでちょっと待っててくれ。色々と調整してくる」と言い、部屋を出て行った。

一人残された私は、ソファに座るのは足が辛いので、立ったまま部屋を観察する事にした。

この部屋は一般住宅で言うと、10畳ぐらいの広さではないだろうか?

まあまあ広い。

少なくとも、私が取締役だった時の部屋より倍ほど広い。

奥に宮西のデスクがあり、手前に5人掛けの応接セットがある。
机から見て左側は窓で、新橋方面を向いている。
反対の壁にはキャビネットとガラスがはめ込んである扉付きの木製の書棚がある。
その書棚には、写真立てが幾つか飾っており、宮西が有名人やお偉いさんと並んで撮った写真が何点もあった。
その下の棚には、小さなおもちゃみたいなトロフィーが一つだけ飾ってあり、プレートを読むと、日葉グループ内で行われた懇親ゴルフコンペのブービー賞のものだった。

宮西がゴルフ?

あいつ、「ゴルフなんてブルジョア層の遊びだ」と言って、バカにしてなかったか?

営業に接待ゴルフの同行を頼まれても一度も行った事が無かったはずだ。

変れば変わるもんだな…

立場は人を変える…か…


ドアが開き、宮西が入ってきた。

「何だ、座っててくれてよかったのに…」
「いや、この低いソファは辛いんだよ。普通の折り畳みいすがあれば助かるんだが…」
「ああ、それは気遣いが無くて悪かった。隣の部屋へ行こう。この会社の中で一番大きな会議室があるんだ。昼飯食うだろう?」
「いや、歩くのは少し辛い」
「大丈夫だよ。ここには社員食堂があるんだ。カツカレーが旨い。鵜塚、カツカレー好きだったろう?頼めば、会議室まで届けてくれる」
「出前してくれるのか?」
「そうだ。でも、出前とは言わんがね。カツカレーでいいね?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、そこのドアから隣の部屋に行っててくれないか?僕は秘書にデリバリーの件を伝えてくるから」
「分かった」
そう言って、私は社長室の中にある隣につながるドアを開けて会議室に入った。

会議室は、宮西の部屋と同じぐらいの広さで、大会議室という感じではなかった。

長机を8つ使って、ロの字型になっており、宮西の部屋と同じで左側には大きな窓があった。
私は立ちっ放しで少し足が疲れたので、入ってすぐのいすに座り、何気に窓の外を眺めていた。

宮西が入ってきて、「頼んできたよ。12時に持ってくる。あと、この部屋は13時半まで確保した」と言いながら、私の真正面の席に座った。

「ええ、そんなに長くはかからんよ。しかし、これじゃあ二人なのに、話が遠いな。まるで、労使団交みたいだ。机を近づけるか?」
「いや、こうした方がお前が盗聴されてるんじゃないかと心配しなくて済むと思ったんだ」
「盗聴?そりゃ穏やかじゃないな」
「だって、お前、俺と話しに来たんだろう?ただの顔見せではないはずだ」
「ま、まあな。分かってたのか?」
「そりゃ、あんな事件があったんだからな。お前が俺をふいに訪ねてくるなら、それにはきっと理由があるはずだ。ところで、その事件だが、奥さん、残念だったな。聞くところによると、お前は葬式にも出られなかったんだろう?」
「ああ、告別式の日、俺はまだ昏睡状態だったんだ。それより、お前の方はどうなんだ?」
「俺?」
「奥さんの葬式には参列したのか?」
「奥さん?」
「しらばっくれるなよ。白川瞳さん、お前の奥さんだろう?」
「ああ…exだよ。彼女はex-wifeだ」
「元だって、何だって、奥さんだった事には変わりないだろう?」
「まあそうだが…7年も前に別れたんだ。もうまるっきり他人だよ」
「ええ、本当か?」
「ああ、本当さ」
「じゃあ、奥さんの葬式には?」
「無論、参列してない。仏壇に手を合わせた事もない。」


ええ?そんなはずはない…


その答えを聞いて、私は自分で練り上げた仮説の一つが脆くも崩れ去ろうとしているのを実感した。

しかし、所詮、こんなものは仮説だ。仮説は仮説にすぎない。

宮西が私を嵌めようとしたのは間違いないはずだ。

そして、それに白川瞳や娘の芽衣まで加担したはずなのだ。


「その元奥さん、うちのCR本部に出入りしてた制作会社の営業だった子だよな?」

私は気落ちしそうになっている自分の感情を宮西に気取られないように、少し声を張って話を変えた。

「そ、そうだ…」
「それでもって、彼女、白川瞳さんはその頃、うちだけではなく、日葉マガジン社にも出入りしてたはずなんだ」
「そうなのか?」
「多分…恐らく…」
「確証はないんだな?」
「ああ、ない。だが、そう考えないと、うちの瑤子と瞳さんの接点が見当たらないんだ」
「それはそんな事はないだろう?お宅の娘当地の芽衣は同級生だったらしいじゃないか?これはSNSの受け売りだけどな」
「何だ、お前、芽衣ちゃんと直接話してないのか?」
「俺は瞳と別れてから、一度も芽衣とは会ってないんだ」
「そうなのか…」

ノックの音がした。

カツカレーが運ばれてきた。

会話は一時中断された。


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