【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ⑫ ~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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慶次朗はバイクを走らせながら、山野辺の携帯に電話した。
慶次朗はメロウに家を追い出された事、そして他に行くところがないので、山野辺の寮に間借りさせて欲しい事、そして山野辺運送で働かせと欲しいと思っている事を正直に話した。
すると、山野辺は二つ返事で、全部OKだと言った。
慶次朗は、あっさりとOKした山野辺の事を怪訝に思ったが、慶次朗が山野辺の寮に住み、働くとなれば、意人はもうあそこを出る事はない。山野辺はきっとそう思ったんだろうと推測した。
それにしても、山野辺はご機嫌だと思い、それが若干癇に障った。
でも、山野辺のお陰で、慶次朗は住む場所と働き口を確保する事ができた。
それを素直にありがたい事だと思う事にした。
そんな事を考えながら走っていると、すぐに慶次朗は東雲の会社に着いた。
引っ越し屋のトラックは、もう着いていて、竹内容子の仕切りで、慶次朗の荷物は運ばれていた。
慶次朗がバイクを降りると、近づいて来る男が見えた。
「花房さん」
男は城田だった。
「どうしましたか?」
「岩沢恵美さんの遺留品をお返しに来ました。あと、ちょっと話したくて…」
「分かりました。じゃあ、どこがいいのかな?」
「ああ、話するならねえ、やっぱり食堂がいいんじゃない?」
荷物の運び入れを指揮していたはずの竹内は、いつの間にか慶次朗の横に立っていた。
「じゃあこちらに…」そう言って、慶次朗は母屋の入口へと城田を連れて行った。
竹内は、「確認するんでしょう?じゃあ、私、みんな連れてくるわ。慶次朗ちゃんだけじゃ難しいでしょう?」と言い、オフィスの方へと向かって行った。
慶次朗は城田を連れて、玄関の横から食堂に入った。
城田の後ろには段ボール箱を持ったスーツ姿の若い男が続いた。
持っている箱は大きかったが、抱えている刑事は軽そうに扱った。
「城田さん、これで全部です」
「ありがとう、山際君。早速中身をテーブルの上に置いてくれ」
「分かりました」
山際と呼ばれた若い刑事は段ボール箱から中の物を一つ一つ出し、テーブルに並べていった。
・黄色の皮の流行りの小さな二つ折り財布
・財布と同じデザインのカードケース カードは保険証やマイナカード、キャッシュカード、恵美名や意人名の病院の診察券や、区立図書館の貸し出しカードと一緒に大量のポイントカード、そして、クーポンの切り抜きが入っていた。
・水色のタオルハンカチ
・同じ色のハンドタオル
・鍵が5つ付いたキーホルダー
・小さなビニール袋に入った飴玉5つ
・黒い皮のカバーをつけたスマホ
・ポケットティッシュ
・赤い小さなハートがびっしりとプリントされた透明の雨傘
以上だった。
「当日着ていた衣服は、昨日写真で確認してもらいましたので省きます。以上が恵美さんが持っていた所持品の全てです。なお、現金は3万円ちょっと入ってました。全部、ご確認下さい。尚、この中で恵美さんの物ではないものがあるようなら、それはぜひご指摘下さい。いいですか?」
パンジーのキーホルダー
慶次朗が修学旅行で北海道へ行った時に、恵美のために土産で買ったものだ。
それを買う時に、店の人から「ライラックでなくていいのか?」と何度も確認された。
ライラックは、薄い紫色
パンジーは、鮮やかな黄色
恵美姉は黄色が好きだ。
だから、恵美姉への土産は黄色いパンジーなのだと、店の人に説明し、理解してくれた店の人は、特別なラッピングをしてくれた。
黄色いパンジーのキーホルダー
あれから10年近く経つのに、黄色は鮮やかなままだ。
きっと、恵美姉は大切に使ってくれてたのだろう。
恵美姉…
慶次朗はキーホルダーを握りしめて伏せた。
グッときてしまった。泣きそうだ。
こんなところで泣いてしまうのか?
383回目の涙だ。
霊安室で泣いたので、この二日でもう二回は消費してしまう事になる。
堪えないと…
「城田さん、わざわざこんなところまで来てもらってすいません」
と言って、山野辺が食堂に入ってきた。
竹内と深雪がついてきた。
お陰で慶次朗の涙は止まった。
山野辺の前で、弱い自分を見せ続けるのは良くない。
「いや、大丈夫です。皆さんこそ、お忙しい中ご協力いただき、感謝します。早速、ご確認いただけますか?花房さんは、全部ご覧いただきましたが、どうですか?」
「すいません、正直に言って、キーホルダー以外は見覚えがありません。何せ、姉とはもう長い事会ってなかったものですから…」
「そうですか。では、山野辺さんや会社の皆さんでご確認いただけますか?」
「分かりました」
三人は、恵美の私物を手に取り、確認を始めた。
城田が話した。
「財布とカードケースに入っていた物は全て、名義が岩沢恵美となっており、その事からもご本人の物であると断定できます。ですので、宜しければ違和感を感じるものを教えていただければと思ってます」
「違和感って言ったら、やっぱ傘よねえ」と、深雪が言った。
「そうねえ、この傘は恵美ちゃんのじゃないかもね」と、竹内が同意した。
「この傘が…恵美さんのではないというのですか?」と、城田が尋ねた。
「多分…自信はないんだけど…でも…恵美さん、「傘は安いビニール傘がいい。無茶苦茶風が強かったりするとすぐに壊れちゃうし…コンビニの500円ぐらいの方が気が楽だし」って、言ってたんです」と、深雪が続けた。
「確かに、恵美ちゃんは倹約家だったな。節約、節約が口癖だった」と、山野辺が繋いだ。
「じゃあ、このハートが一杯入ってる傘は、持ってる訳がないと思うんだね?」
「そう、これもビニール傘なんだけど、ハートはプリントだから高いよね。1000円以上すると思うんだよね。そんなの恵美さん、買わないと思うんだよね。あー、ここ見て!」
「何?」
「このハートにだけ、中に小さくEVに続けてイラストでベルが描いてある。これって、リンちゃんのヤツだわ」
「リンちゃん?それって、誰だい?」
城田の目が変わった。城田は横にいる山際に目配せした。
山際は手帳を取り出し、メモする態勢を取った。
「リンちゃんって、恵美さんが前の勤め先だった天乃屋さんっていう食堂のお客さんの子でね。客って言っても、リンちゃん、お金がなくって…天乃屋さんのマスターは、子ども食堂をやるぐらいに子どもや若い子に優しくしてて…リンちゃん、両親に捨てられて、施設で育ったそうなんだけど、恵美さんも施設育ちだからね、リンちゃんに優しくしててね。リンちゃんが仕事がない日は、よくお弁当作って持って行ってあげたりしてたの」
「それで、君はそのリンちゃんと会った事はあるのかい?」
「一度だけ会った事ある。三か月ぐらい前かなあ。天乃屋さんでね。偶然、恵美さんに紹介されて…聞いたら、リンちゃん、私と同い年で…それで、一緒にごはん食べた」
「君が会ったのは、その一回だけ?」
「そう、それから何度かメールしてたんだけど、二人の休みが合わなくって、会えてない」
「それで、君はリンちゃんのフルネームは知ってる?」
「知らない。リンちゃんっていう名前と、エブリンっていう芸名だけ」
「芸名?」
「彼女ねえ、コンカフェでバイトしながら、地下アイドルやってるの。ラブリンズっていう3人組のグループ。この傘のEVの後にベルのマークで、エブリンって読むの」
「なるほど…それでエブリンね。で、彼女はどこの劇場に出てるんだ?事務所は知ってる?」
「何も知らないけど、錦糸町から中央線に乗ってる事は知ってる。あ、ああ、コンカフェもアキバだって言ってたような気がする」
「中央線かあ。分かった。リンちゃんの住んでるところも知らないよねえ?」
「それは知ってる」
「えっ?何で?」
「だって、彼女のアパート、天乃屋さんの裏だもん。若い女の子が住むようなアパートじゃないけどね。すぐ裏にある文化アパートっていう名前の二階建ての一階の一番奥の部屋よ」
「分かった。じゃあ、すぐに行ってみるよ。彼女が何かを知ってるかもしれない。大変役に立ったよ。ありがとう」
そう言うと、城田は山際を連れて出て行った。
慶次朗は、身体が冷えていくのが分かった。
慶次朗はアドレナリンが沸騰するほどに身体が沸き立つ時、自分の中に張り巡らされている血管は冷えていくのを感じる。
これまでの生い立ちの中で、培った才能だ。
つまり、カッカしている時に、顔を紅潮させ、見るからに熱くなっている事を周りに気取られてはならない事を知っているという事だ。
熱い様を相手に分からせても、自分にいい事なんか何もない。
熱くなっている時こそ、クールにならなければならない。
「ああ、腹が減りました。何か、食わせてもらえませんか?」と、慶次朗は言った。
「もうすぐお昼だけど、今日は意人がもうじき帰ってくるので、みんなで天乃屋へ行こうと思ってたんだ。そして、そのまま葬儀場へ行こうってな。だから、もうちょっと我慢できるか?」と山野辺が言った。
「そりゃあ待ちますよ。意人が何よりも大事だ」と慶次朗が返した。
「ただいまあ!」
意人が食堂へ飛び込んできた。
