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【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ⑨ ~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。


慶次朗は、メールをチェックしてみた。
327件のうち、200件以上が、突然店を出てしまった俺に対して、来店してきた客の一人一人について、どう対応するべきなのかを後輩のホストから訊いてきているお問い合わせメールだった。
そして、残りの96件は、どうしても昨夜来店できなかったケイ推しの客から、店に行けない旨を知らせてくるメールで、中には誕生日のお祝いメールもあった。
慶次朗がメールを読んでいると、勢いよくカーテンが開いた。

「慶次朗ちゃん!」
学校へ行く準備を整えた意人が、慶次朗目がけて飛び込んできた
「何だ、意人かあ。びっくりさせんなよお。水色のリュック、いいな」
「うん、そうだろう。母ちゃんが選んでくれたんだ。これなら、父ちゃんも気に入る筈って言って」
「そうなんかあ。意人の父ちゃんは水色が好きだったんか?」
「そう、父ちゃんの車も水色だし、父ちゃんが僕に買ってくれた自転車も水色。そんで、父ちゃんが吸っていたタバコも水色なんだよ」
「タバコの水色はたまたまだろうな。でも。すごいな。全部、水色なんだ」
「そう、全部水色。最初は父ちゃんが水色好きだったんだけど、母ちゃんも好きになって、母ちゃんの持ってるのもどんどん水色になって、そしたら今度は僕のも全部水色になったんだ」
「そうなんかあ…俺、全然知らなかったよ」


俺が知ってる恵美姉は、断然黄色が好きだった。
俺らの誕生日が7月の終わりのせいか、誕生日のお祝いでもらう花束は向日葵が多かった。
黄色が好きな恵美姉は、向日葵を喜んだのをよく覚えていた。


でも、今は水色なんだ?
今は?
あれ?死んだのに、変だ…


「慶次朗ちゃんもタバコ吸う?」
「吸うよ。電子タバコだけどな」
「ああ、社長が吸ってるヤツ?」
「社長が吸ってるのかは知らないけど、器具に挿して吸うヤツ」
「社長がそうだよ。銀色のヤツに挿してるもん」


そう言えば、もう長い事、タバコを吸ってない。
店を出る時に、最後についたテーブルに一式を置き忘れていた。
タバコと聞いて、急に吸いたくなった。
電子タバコは充電しないとなので、久し振りに紙巻きタバコとライターを買おうと思った。


「慶次朗さーん。そこに意人ちゃん、います?」仮眠所の玄関口から深雪が訊いてきた。
「ミュー、いるよ!」
「意人!学校のプール教室に遅れちゃう。もう、出掛けよう。ミューが車で送ってくから」
「分かった。ちょっと待ってて。慶次朗ちゃん、今日はどうするの?出て行っちゃう?もう帰って来ない?」
「いや、そんな事ないよ。一回出かけるけど、また戻ってくるよ」
「ホント、戻ってくる?いなくなったりしない?」
「帰ってくるさ。いなくなったりしないよ。今日はお母ちゃんのお通夜だから、俺はここにいないといけないんだ。だから、必ず帰ってくるよ」
「約束だよ」
「ああ、約束するよ。でも、なんで?」
「お父ちゃんもお母ちゃんも行ってきますって言って、家を出て行って、そんで帰って来なかったんだ。帰って来ないと、ずっといなくなるんだよ。僕、もうそんなの嫌なんだ」



衝撃を受けた。
そういう事…なのか…


意人…


小さいのに…まだ、両親の愛が必要なのに…
意人は、その二人がもういない事を知っている。二度と戻ってこない事も…

だから俺には戻ってこいと言うのか?


慶次朗は、何も言えなくなった。


「キト!早く!マジで遅刻しちゃうよ!」外から深雪が叫んだ。
「ミュー、今、行くからね。じゃあね、慶次朗ちゃん、また、後でね」
「ああ、また、後で」

慶次朗はプレハブの玄関まで出て、意人を見送った。
意人は外へ出て、軽バンに乗り込んだ。


「花房さん!そろそろ俺らも出ないと間に合わねえぞ」
母屋の二階の窓から山野辺が叫んだ。
「分かりました。靴をちゃんと履きますので、ちょっと待って下さい」
「ああ、いいよ。俺が下に降りたら、そこにある銀色のバンの前に来てくれ」
「分かりました」
そう言って、慶次朗は中に戻ろうとした。
その時、山野辺が顔を出した隣りの窓に髪の長い女性が、カーテン越しにこちらを見ているのが見えた。見えた?錯覚かもしれない。
何しろ、チラッとだけだったし、向こうはバレないように気を付けていたような気がしたから、本当に人を見たと言える自信はない。
あの窓は昨夜、真っ赤に明るかった窓だ。
どうにも気になる。


あれは、誰だ?




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