【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ⑩ ~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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慶次朗が助手席に乗り込むと、すぐに軽バンは走り出した。
通りに出ると、幸いラッシュには遭ってないようで車はスムーズに走った。
「後、もう少しで葬儀場に着くんだけどさあ」
「ああ、先に葬儀場へ行くんでしたか?」
「そう、そんで葬儀社の車に乗り換えて、霊柩車を後ろに引き連れて、病院まで行くんだよ」
「そうなんですね…」
「それで、俺が昨日、あんたに相談した件なんだけどね…」
「何でしたっけ?」
「意人ちゃんの事だよ。俺が後見人になるって話。どうだい、考えてくれたかい?」
もう来たのか… 焦っているのか、山野辺は…
でも、もう俺の腹は決まっている。
「ああ、その事ですか…それはお断わりしようと思ってます」
「断る?何で?」
「何でって言われましても…俺、今朝、意人と約束したんで…」
「約束?」
「俺は意人の元へ帰るって」
「何だそりゃ?」
「俺と意人は血が繋がってるという事ですよ」
「どういう意味だ?」
「そう言う意味です!とにかく、意人は俺が面倒みます」
「…」
車は、葬儀場に着いた。
葬儀社の車に乗り換えると、山野辺は話を続けられなくなった。
葬儀社の営業マンが運転しながら、これからのスケジュールの説明を始めたからである。
10分程かけて、その営業マンが全部を話し切ると、葬儀社の車は寺の前に停まった。
車に住職が乗ってきた。
今度は、住職から説明を聞いた。
住職の説明が終わった後、山野辺が慶次朗に訊いてきた。
「あんたは、あんたんとこの宗派が何なのかを知ってるかい?」
「いえ…」
「そうだろうなあ…栄作の方も分かんないし、栄作と恵美ちゃんの結婚式は教会だったからな。だから、先に断っておくが、今来てもらってるお坊さんはうちの宗派のお坊さんだ。そして、恵美の骨も一旦うちの墓に入れる。分かったな」
「分かりました」
「いいか、坊主、よく聞け。お前は意人を一人で育てると言う。だがな、育てるっていうのは、こういう事も全部ちゃんとできてなんぼだ。お前らみたいにな、何だかよく分からん稼ぎをやってる奴らには絶対に分からん暮らし方だ。これがまっとうな暮らしぶりなんだ」
「…」
今度は、見事に反撃された。
慶次朗には返す言葉がなかった。
車は病院に着いた。
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遺体を引き取ってからは、後は全部葬儀社任せのオートマティックだった。
恵美は白装束に着替えを済ませ、用意された棺に収められた後、霊柩車に載せられた。
セレモニーホールには、岩沢家と書かれた部屋が用意されていて、もう祭壇が出来上がっており、いつ撮った写真だか分からないが、何かのスナップだった写真が遺影となり、真ん中に吊り下げられていた。
写真の恵美は、いつも通りの笑顔だったが、少し暑そうな感じがした。
病院では城田刑事に会えなかったが、慶次朗の携帯に城田から電話があり、三日後に事情聴取させて欲しいと言ってきたので、慶次朗は承諾した。
セレモニーホールでは、山野辺が営業マンと喧々諤々とやり合っていた。
どうやら営業マンが売り上げをちょっとでも上げるために、山野辺にオプションの提案をしているようだった。
そんな営業マンに対して、山野辺はとことんシビアに対応していた。
慶次朗は、その中に入れられないように気を付けて、山野辺へ話しかけた。
「社長」
「何だい、花房さん」
「俺一旦、ここを出ます」
「出ますって、どこへ行くんだい?」
「喪服を取りに帰ります」
「ああ、そりゃそうだな。通夜は18時からになったから、17時ぐらいまでに戻ってきてくれたらいいよ」
「分かりました。でも、ちょっと、遅れるかもしれません」
「遅れる?喪主が遅れるっていうのはいただけないなあ。どうしたんだい?」
「どうしても、片づけないといけない事があるんです」
「片づける…それは今日でないといけないのかい?」
「ええ、恐らく。僕は今日でなくてもいいんですが、相手は待ってくれないと思います」
「なるほど…相手のある事なんだな。分かったよ。戻ってくるまで俺が一切を取り仕切るから」
「一つ、お願いがあります」
「なんだ?」
「意人がここに来た時、俺がまだ戻ってなかったら、社長から俺は必ず戻ってくるからと、意人に言って欲しいんです」
「分かった。出るのに、うちの車、使うか?」
「いや、タクシーで行きます。帰りに俺のバイクで来たいんで」
「バイクかあ…あんた、やっぱりヤンチャだな」
「それほどでも…」
「まあ行ってきな」
「行ってきます」
慶次朗は山野辺がネチネチと絡んでくる事を想定していた。
しかし、山野辺はそうしなかった。
むしろ、江戸っ子らしくサバサバと割り切ったように仕切っていたし、慶次朗にも今は蒸し返したりしなかった。
山野辺は、ひょっとしていいヤツなのか?
山野辺が江戸っ子?
知ってるのか?
いや、知らない…
でも、今の立ち振る舞いは江戸っ子のそれだ。
慶次朗は通りでタクシーを拾った。
そして、メロウのマンションがある大崎を行き先として伝えた。
