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【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ㉗~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。


何事もなく、一か月が過ぎた。

本当に何も起きない一か月だった。

恵美姉の事件は、城田によると、もはや山際頼みのようで、山際さんは独特の勘で、日夜色んな場所の防犯カメラの映像を取り寄せて、チェックしているという事だった。

リンちゃんの捜索については、里崎から二回、連絡をもらったきりだ。
一度目は、彼女の本名が桜井琴美で、群馬県の伊香保温泉の近くの出身だという連絡。そして、二度目はその伊香保温泉へ一泊二日の出張をするという連絡。この二件だ。

琴美? 何で、リン?

まあ芸名なんてそんなもんか…


里崎さんは黒崎さんに紹介してもらった人なので、腕前を疑う訳にはいかないのだが、それでも進捗報告を聞く限り、不安な気持ちは拭えなかった。

慶次朗は、心的ストレスが落ち着いてきたので自動車学校へ行く事と、午後からの洗車を再開させていた。
それに、平日の夕方は、意人の水泳学校と、そろばんと、習字教室の送り迎えをするので、結構忙しい日々を暮らした。


この一か月間は、全く以て、何も解決していない平凡で、幸せにあふれた日々を慶次朗は過ごした。




バッドニュースも一つあった。



「都内で金木を見た」という噂がちらほらと聞こえてきた事だ。

金木が見られたのは、五反田、品川方面で、もう二、三回は見られているようだった。
アイツは横須賀出身だと、いつか聞いた事があった。
京急で東京に来てるのでは?と、推測が出来た。

しかし、これはあくまでも噂に過ぎないし、金木が横須賀出身だからと言って、ずっと横須賀に潜伏していたとも限らない。もしそうなら、京極会のネットワークに引っかかってたはずだからだ。


まあ、未確認情報に振り回されても仕方がない。


そう思って、慶次朗は意図して気にしない事にした。



体調が良くなってきてからは、自動車学校に真面目に通ったので、慶次朗はすぐに仮免が取れた。

仮免が取れたので、山野辺が暇になる夕方の時間に配送用のハイエースを使って、会社の側の倉庫の私有地で慶次朗は運転の練習をした。助手席には山野辺が座った。

慶次朗は車を速く走らせたり、スラロームを上手くすり抜けたりは上手だが、クランクや、S字カーブ等の微妙なハンドル捌きが要求される小手先の技が苦手だった。

山野辺は倉庫の社長に了解を取り、白いペンキで、クランクとS字カーブを描き、そこで慶次朗に練習させた。

ペンキは、山野辺の手書きで、少し線がグニャグニャしてて、教習所のコースよりも難易度が高かったのだが、慶次朗は何とかうまく切り抜けられるまで、何度もチャレンジした。

毎日の練習の締めは縦列駐車だ。この時、駐車する車の側面と路肩の開け方が難しい。狭すぎると、荷物が出しずらいし、広いと、交通の邪魔になる。
これがしっかりできないと、都内での配送業務が難しいので、上手にできるまで慶次朗は何度も練習した。

10月の夕方は陽が落ちるのが早く、6時過ぎにはもう辺りは暗くなった。
それでも、山野辺は根気よく慶次朗に付き合ってくれた。

練習を終えると、二人は帰り、食堂で待っていた意人と三人で晩ごはんを食べ、三人で風呂に入った。

慶次朗は、山野辺を父のように思い始めていた。
慶次朗は、本当の父親を全く知らないので、多分、こういうのが父親なんだろうと思った。


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