【創作大賞2026ファンタジー小説部門応募作】Slit ㉘
我ながら、馬鹿正直で幼稚な質問だと思った。
しかも、それを私は二回も繰り返した。
あまりに芸がないと思った。
だが、言ってしまったものは仕方がない。
時間は取り戻せない。
取り戻せない?
まあ、そうだな。スリットがあった時のようにはいかない。
いいだろう。
どうせ、私はこれを訊きにここまで来たのだ。
痛む足を引きずって。
しかし、結構棘がある言い方をしたにもかかわらず、彼は何も言わない。
なら、私が言葉を継がねばならない。
「お前に俺はそんなに恨まれなきゃならんのか?」
宮西は「恨む」という言葉に反応し、右肩をぴくっと上げた。
「だから、お前は一体何を話してるんだ?どうして、俺がお前を恨む必要がある?」
「何の必要があっての事かは俺には分からん。だが、お前は確かに俺を恨んでいるはずだ。そうじゃなきゃ、説明がつかないんだ」
「だから、どういう事だと俺は訊いてるんだ。俺が何をしたというんだ?」
「これまでの事全てさ。お前が計画して実行したんだろう?俺を追い落とすために」
「お前を追い落とすだと?お前は前の会社で取締役になり、電広社と作った新しい会社では、あんな事故がなければ、社長に納まっていたはずだ。そんなお前を追い落とす?」
「ああそうだ。お前は大町さんに気に入られてたよな。大町さんもお前も酒飲みで、大町さんがプライベートで飲みに行くとなったら、ほぼお前が一緒に行ってた」
「それがどうした?何が問題あるのか?大町さんは無茶苦茶強いからな。あの人が本気で飲み出したら、俺ぐらいしか付き合えないんだ。だから、あの人がプライベートで飲む時は、俺がお供するしかなかったんだよ。それだけの事だ。俺も得したしな。あの人と一緒に飲むと、必ず奢ってもらえて、高い酒を飲みたいだけ飲めるから、付き合う価値はあったんだ。しかし、お前、つまらねえ事にうるせえなあ。酒ぐらい好きに飲ませてくれってもんだ」
「酒を飲むのは構わん。だが、その席でお前、大町さんに色々と入れ知恵したんだろう?それで俺があっという間に取締役CR本部長になった」
「俺が大町さんに知恵を授けて、それでお前が出世しただと?もしそれが本当の話なら、俺はお前にとって、恩人じゃねえか?第一、俺が何でそんな事しなきゃならんのだ?」
「悪かった。フライイングして話してしまった。フライイングって言っても何だな。今俺がしゃべってることは全部、俺の推測の域を出ないんで、フライイングも減ったくれもないんだがな。まあいいや。俺の想像を全部話すよ。お前は大町さんと馬が合い、よく連れ立って酒を飲みに行ってた。ある日、大町さんがうちの会社に来た理由をお前だけに明かした。それはCR本部の解体が目的だった。うちは親会社の日葉ホールディングスの中でも日葉新聞社の専属から始まった広告会社だから、CR本部はそもそも新聞広告などの所謂「平面」を取り扱うクリエイターをたくさん抱えていた。しかし、今はSNSを始めとするインターネットの時代だ。平面のクリエイティブに対する需要は激減し、動画などのコンテンツクリエイターへの関心が高まった。うちも時代の波に乗っていきたいところなんだが、生憎従来のオールドメディアと呼ばれる紙媒体の広告売上が常時7割を超えてたうちの会社では業績は横ばい状態で、とてもじゃないが、新規事業への投資ができる幅は少なかった。しかもだ、うちは新聞社直系とあって、しっかりとした組合があり、需要が減っている年齢の高い、つまり給料が高い正社員クリエイターを定年退職までおいそれとは首切りできない。7年前ぐらいに、当時の経営陣が、そういうサラリーの高い人を対象とした早期退職制度をやろうとして断念しただろう?あれは上手くいかなかった。応募者がなかったからだ。色々と不満があっても、うちは家族的な雰囲気の職場だからね。社歴の長い人にとってはなかなか離れにくい。結局、あの時は、三年後に定年を迎える太田さんが辞めただけに終わった。それで、普通にやってたんではCR本部の改革はできないと、会社側は思い知った。そこで会社はホールディングスと相談した。ホールディングスは、大町さんをうちによこした。当然、それまでにホールディングスは先に電広社に動いて、今回のシナリオはすでに出来上がった後だったんだがね。それで、大町さんはうちの中で最も御しやすい人間探しを始めた。経営統合に向けて、電広社とも円滑に話を進め、一方でうちの社内でも話ができる人間を探したんだ」
「それがお前だったと言うのか?」
「そうなんだろう?そして、それはお前が大町さんに推薦したんだろう?」
「だから、何で俺がそんな事をしなきゃならんのだ。それで俺は何の得になる?」
彼は自分のアイスコーヒーのグラスにストローを刺し、一気に飲み干した。
飲み終える時、彼はズズズーっと大きな音を立てた。
こいつは、こんなに行儀悪く飲み食いするんだったっけ?
さっき食べてたカツカレーの食べ方も彼は汚かった。
くちゃくちゃと大きな音を立てて食べるのだ。
今まで気がつかなかった。
こいつは、こんなにイラつかせるヤツだったのか?
分からない。だが、今の私は明らかに宮西に不快感を覚えてるし、イライラしている。
しかし、それを表に出してしまう事は得策ではない。
ヤツの策略かもしれないからだ。
だから、私は普通の話し方を心がけて、話を続けた。
「だから、それはお前が俺を恨んでいたからだ。俺を陥れるために、お前はそうしたんだろう?」
「俺にお前を役員に押し上げるほどの力はねえよ。もし、あったとしても、俺はそんな無駄な事はしねえ」
「いや、お前はやった。それで俺は無事取締役CR本部長になった」
「俺は何もしてねえけど、お前は出世したんだからそれでいいじゃねえか。一体、何が不満なんだ?」
「今の俺には何も不満はないよ。俺はもう取締役でもなければ、電広社の子会社となった新会社の社長でもないからな。でも、もし、俺があんな事故に遭わずにいたら、今頃俺はお前を殺したいぐらいに憎んだはずだ。いや、待てよ。脳天気な俺の事だ。未だに俺は真相を知らないままなのかもしれない。だが、今は違う。あんな事故に遭い、見てくれ俺は左足が棒のようになってて、動かないんだ。何度手術しても、こればっかりは無理だった。それ以外の傷でも後遺症が凄いんだ。夜熟睡できない程にね。そんな境遇になって、俺は改めて今回の出来事をゆっくり考え直してみた。そしたら、俺はお前に嵌められたとしか思えなくなった」
「ああ、話が振出しに戻った。いいから、核心部分を聞かせろよ」
確かに話がスタート地点に戻り、どちらかというと、俺の言い草は恨み節のようにしか聞こえなくなった。
これでは要領を得ない。
「確かにそうだな。じゃあ、俺が推測した事を時系列に言う。辻褄が合わないかもしれんが、黙って最後まで聞いてくれるか?」
「よかろう。ただ、もう一杯コーヒーを飲もう。お前はまたホットだろう?」
「ああ」
ヤツは、私が普段ホットコーヒーしか飲まない事を覚えているようだ。
一杯目のコーヒーが届いた時から、それは分かっていた。
何のための配慮だ?
「分かった。電話してくるからちょっと待っててくれ」
そう言って、宮西は部屋を出た。
ヤツはICレコーダー起動させたままで出て行った。
だから、私は何も言わず、音を立てずにじっとして宮西を待った。
宮西はすぐに戻ってきた。
きっと何も喋らない私の姿を見て、観念したのだろう。
「コーヒーはすぐに来る。さあ、話を続けよう」
「いいだろう。じゃあ、俺の推論を話す。お前は俺を恨んでいた。いつからか、何故なのかはわからんのだが、お前は私を確かに恨んでいたと思う。そして、ホールディングスから来た大町さんに取り入って、ホールディングスが画策していたCR本部の別会社化の話を聞き出す。そして、それを聞いた途端、お前の今回の作戦が始まったんだ。大町さんは蟒蛇と言われるほどの酒豪で、無類の酒好きだが、彼には一個、とても大きな欠点があった。彼は酒に溺れる質なんだ。酒が入り、ぐでんぐでんに酔っぱらってしまうと、彼は人が変わる。口が軽くなるし、助平になるんだと思う。俺は酒が飲めんから、大町さんと酒席を共にした事はないんだが、恐らくそういう事なんだろうと思ってる。お前はいい女が沢山いる店に大町さんを連れて行った。そして、そこで彼からリストラ担当になる取締役本部長の後任者に誰が適材なのかをお前は訊かれたんだと思う。お前は迷わずに俺を推薦した。当時、俺はKU食品さんのギョギョっとギョーザで、CR本部の中では稼ぎ頭だったからな。大町さんはその案をすんなり受け入れた。お陰で俺は晴れて取締役CR本部長になった。それから先は、俺はあの事故の性で一切経験する事はなかったが、俺の後任でCR本部長になった桜井さんは、キャリアの長い正社員のクリエイターの殆どをリストラ対象にせねばならず、彼はその一人一人の面談を重ね、ホールディングスの思い通り、9割方を早期退職させたと聞いている。若い社員も3割はカットしたんだそうだ。彼はその交渉を一人で全責任を負い、何とか予定していた数の早期退職者を出すことに成功したんだ。そして今、桜井さんは鬱病となり、残念な事に退職を余儀なくされた。この桜井さんが果たした責任を本来なら俺が担うはずだったんだ。あの事故がなければな。そして、俺も桜井さんと同様に精神がいかれてしまい、退職してしまったに違いない。俺は桜井さんよりも脆いからな。彼はもう社会復帰に向けて着実に進んでいってるらしいが、俺はそうはいかなかったかもしれない。そんな策略をお前がお膳立てしたんだ」
ノックがして、二杯目のコーヒーが届いた。
すぐに届けたスタッフは出て行き、宮西はまだ無造作にストローの紙袋をむしり取ってグラスに刺し、アイスコーヒーを一口飲んだ。今度は音を立てたりせずに小さく一口だけだ。
彼がストローから口を離す時に、氷が微かにカランと音を立てた。
「お前の話はそれで終わりか?」
宮西はまた、芝居がかった声で訊いてきた。妙に声が大きいし、誇張が過ぎると感じる。
ヤツはいつまで演技を続けるつもりなんだ?
「ああ、終わった。この通りなんだろう?」
「バカ野郎。1㎜も合ってないよ」
「いや、そんな事はないはずだ」
「何を根拠にこだわるんだ?俺を不愉快にさせたいだけか?」
「そんな事ではない。俺は真実が知りたいだけだ」
「真実?何の事だ?俺には関係ない事だろう?昼飯を食ったんだから、そろそろ帰ってくれないか?旧交はもう十分温めただろう?」
いやいや、それは困る。
このまま帰らされたんじゃあ、何も分からないままだ。
私は明らかに宮西を怒らせてしまっている。
そうなるのは必然だ。何しろ私は最初から宮西にずっと喧嘩腰だ。
それを宮西は、妙に明るい調子で受け流そうとしていたのだが、ここにきてそれももう限界を迎えてしまったようだ。
私は宮西を見誤っていたのかもしれない。
ヤツは上から高圧的に攻めると腰砕けになり、従順になると思っていた。
昔からヤツはそうだった。強い意見には押されがちで、上からかかる圧力に滅法弱く、平気で自分の意見を曲げたりする事も厭わない。
しかし、今のヤツは違っていた。
久しぶりに会った宮西は今までとは違う明るいトーンで接してきた。
まずそれで、私はめっきり調子を狂わされてしまった。
それなのに、融通の利かない私は、元から持っていた予定通りのシナリオで進めてしまった。
だから、上手くいかない。
しかし、今はそれを反省している場合ではない。
このまま帰ってしまったら、私はもう二度と宮西と会う口実を作れなくなってしまう。
至急、路線変更せねばならない。
「いやあ、悪かった。すっかり、気分を悪くさせてしまったようだな。そんな気はなかったんだが、何しろ、こっちは妻を亡くし、自分も大怪我をして一年以上も外に出歩けない有り様だったんだ。今日は、病院のベッドでずっと考えてた事をどうしても確かめたくて、それでつい、きつい言いまわしで問い質してしまった。本当に俺が悪かった。だが、もう少しだけ俺の疑問に付き合ってくれないだろうか?」
私は口調を変え、殊勝な姿勢で頼み込むような態度に変えた。
「ベッドでずっと考えてただと?それが俺が首謀者説なのか?」
「誰も首謀者だとは言ってない。俺はお前が俺を嵌めたかどうかを知りたいだけなんだ」
「じゃあ訊くが、どうして俺が嵌めたと思いついたんだ?俺が大町さんとよく一緒に酒を飲んでただけが理由なのか?」
「いや、そうじゃない。お前はさっき先妻で死んでしまった瞳さんとは7年前に別れて以来、一度も会ってないと言った。それに娘の芽衣ちゃんとも会ってないと言ってた。しかし、俺の妻の瑤子も娘の瑞希も瞳さんや芽衣ちゃんと関係があった。しかもだ。瑤子は瞳さんに殺された。瞳さんはその時に誤って、自分の命も落とした。瑤子は日葉マガジン社時代に大町さんと懇意にしていた。すべての頂点に宮西、お前がいるんだ。これを疑わずにはおれんだろう?」
「さっきも言ったが、俺は7年前に瞳と別れてから、一度も会ってないし、娘も同じだ。だから、瞳がお前の嫁と付き合いがあったとか、芽衣がお前の娘と同じ学校だったとか、そんな事も知らないんだよ。知らん俺が、瞳や芽衣をそそのかして、お前の家族に接近させられる訳がないだろう?」
「だから、これは俺の推論だと最初に断ったじゃないか。俺が瞳さんがお前の嫁さんだったと気が付いてから、全ての推測が始まったんだ」
「つまり、俺はお前をどうしようもないほど、強く恨んでいて、あまりにその感情が強すぎて、別れた妻や娘までを総動員させてまで、お前や家族を破滅させようとしていたと思ってるという事だな?」
「まあ、そういう事だ」
「全然的外れだな。俺は瞳とも芽衣とも会ってないし、彼女たちにそんなことはさせてない。瞳がお前の家のマンションで転落して死ぬまで、俺はお前の家に瞳が行ってた事も知らなかったぐらいだ。これですっきりしたか?」
宮西の言葉だけで、瞳さんや芽衣ちゃんが今回の事に全く関わりがなかったと信じる事はできない。しかし、私にはそれをひっくり返せる証拠がない。
従って、引き下がるしかない。
「分かった。お前の言う事を信じるよ。疑って悪かった。あまりにお前やお前の家族が近すぎて、俺にはそれしか思い浮かばなくなって…辛いリハビリ中もその事だけを考え続けて…どうやら、俺はそれしか目に入らなくなっていたようだ。本当に悪かった。すまん、この通りだ」
私は机の両手をつき、頭を深く下げた。
「そこまでしなくていいよ。鵜塚、頭を上げてくれ。俺もちょっと言い過ぎた。」
そう言われて、私は頭を上げた。
ノックがした。
「何?」宮西が返事をするよりも早く、ドアが開いた。
「社長、すいません。KUさんの件で緊急でして…あっ!」
「バカ!」宮西が狼狽えた。
入ってきた男は私の顔を見て、慌てて口をつぐんだ。
男は斎藤君だった。
