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【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ㉙

次の瞬間、宮西は驚くべき速さでドアへ走り、入ってこようとする斎藤君をドアの外へと押し返した。

「君は聞いてないのか?今は大事なお客さんの応対中だ」

ドアは閉まりきらず、薄く開いたままで、外で話す声は丸聞こえだった。
それを意識してか、宮西は小声で話した。


「しかし、社長。上田社長から先ほど電話があって、やっぱり撮り直しして欲しいと…元々のコンテとのギャップが気になると…」


宮西につられて、斎藤君の声も小さくなった。
しかし、辛うじて聞き取れた。


「あれは何度も説明しに行ったはずだろう。大体、今時、CMの背景なんて、どこもCG合成で済ませるのに、あの会社は何でもロケにこだわるからそうなっちゃうんだ。LAで一週間も雨が降り続くはずはないんだが、そうなっちゃったんだろう。それを対処するためにはああするしか他に手はなかったんだ。CG合成で撮り直すならまだ時間は若干あるが、それにしてもタレントのスケジュールがこれから再度押さえられるしか分からないし、大体その分の制作費が余計にかかってしまう。予算追加はダメなんだろう?」
「それは先方は納得してません」
「なら、やっぱり現状案で突っ張るしかない」
「それ、社長から上田社長に電話して説得してもらえません?僕からはもう何度も同じ説明をしてるんですが、どうにも納得してもらえないんです」


よっぽど、ドアを開けて「僕が電話しようか?」と言おうかと思ったが、余計なお世話なので、私は黙っておとなしく席に着いたまま話を聞いた。


「いやそれは今は無理だ。B会議室に梅沢君がいるから、彼に頼んでくれ。彼はうちのNo.2だし、制作部門の役員だから上田社長も話を聞くだろう」
「でも…梅沢さんは電広社イーストのプロパーでしょう?日葉から持ってきた案件に対応してくれますかね?」
「彼は今僕が取り込み中な事は分かってるから、大体の事は対応してくれるはずだ。さあ、行ってくれ」
「取り込み中って言っても、チラッと見えただけですけど、お客さんって、鵜塚さんじゃないんですか?」
「…」


宮西は更に声を落とした。
お陰で何を言ったのかは聞き取れなかった。


「じゃあ、いいな。梅沢君に話をしてくれ。私から言われたと言ってな」
「分かりました」


ドアが開き、宮西は普通を装ってゆっくりと動き、自分の席に座り直した。

私は彼が口を開く前に喋った。


「KU食品さんか、懐かしいな。上田社長は相変わらず気難しいようだな」
「ま、まあな…」
「今来たのは斎藤君だろう?」
「あっ、いや…ああ、まあそうだ」


多分、宮西は「違う」と、一瞬嘘をつきかけたのだろう。
しかし、瞬時に嘘をつくメリット、デメリットを考え、認める方向にしたんだと思う。


「そうかあ、てっきりKUさんの扱いは新しいNDクリエイティブが引き継いだんだと思ってた」


NDクリエイティブとは、日葉と電広社の合弁会社の新しい名前だ。


「いや、あの案件だけは俺がこの会社で引き継ぐ事になったんだ」
「斎藤君を引き抜いて?」
「まあな」
「お前、上手くやったな」
「どういう意味だ?」
「どうもこうもない。そのまんまの意味だ。お前、俺がいなくなって、上田社長に取り入ったんだろう?担当替えは大町さんに頼み込んだろう。そして、大町さんはそれを了承した。で、お前は斎藤君を直属の部下にしてKU食品さんのクリエイティブを扱う事になった。その後、元の日葉広告社のCR本部が解体され、電広社のCR部門の一部と経営統合し、NDクリエイティブという新会社が発足した。しかし、お前はそこには合流せずに、この電広社の元からあった子会社であるこの株式会社DECに斎藤君を引き連れて入った。その時に、お前は電広社にKU食品さんの営業全般のアカウントを土産にしたはずだ。違うか?」


宮西は何も答えず、ただ頭を上げ、机を見つめていた。
彼の顔が見えない以上、彼が何を考えているかは読み取れなかった。
私は暫く待った。

ただ、背中を丸めている彼を正面から見ていた。

ずっと、何も言わない。

痺れを切らした。


「違うなら、反論しろよ」


彼の身体が勢いよく起き上がった。

目には憎しみの光が宿っていた。


「そうだよ!その通りだ!悪いか?悪くないよな。だって、俺は昔お前に取られたクライアントを取り返しただけだ」


宮西は、睨むような眼で私を見据えながら怒鳴った。


「昔、僕がお前から取ったって?どういう事だ?」
「昔、KUさんから一番最初にうちに仕事が来た時の事を覚えてるか?」
「ああ、覚えてる。新聞社の連合小枠広告だろう。それがちょっと続いて、それから新聞の突き出し広告のレギュラー出稿になったんだよな」
「いや違う。小枠広告は7年も続いてたんだ。最初の2年は迫田さんがやって、俺が入社してからは5年連続でずっと俺が原稿を作ってたんだ」
「ああ、そうだったかな。何となく覚えてるが、それがどうした?」
「北関東の有力企業とかいう、よくある写真と100字以内の文章と、社名ロゴとか、材料を先方からデータでもらって、こっちで適当なフォントで文章を作るだけの仕事なんだが、KUの場合は上田社長のこだわりが凄くて、無茶苦茶骨が折れた。しかも、制作費が取れねえから、外注もできねえ。全部俺が毎回一から作ってた」
「そうだったのか?」
「すげえ退屈な仕事なんだが、上田社長はこだわりで、何度も修正させられてな。俺は5年もそれをやった。新入社員だった時からな。5年連続だ!年二回、春と秋の二回、俺は一週間ぐらいその仕事にまとわりつかれてた」
「まとわりつくだなんて、いただいてる仕事だろう?その言い方はないんじゃないか?」
「出た出た!そういうとこだよ。お前の嫌なとこ!正論吐いて、自分だけ良い子ぶるんだ。マジでお前、ウゼえな」
「何だ、それがお前の本音か?」


気を付けて、普通の声で言ったが、内心は酷く動揺した。
私は宮西の口からこんな言葉が出てくるとは思ってなかった。

宮西は、普段は物静かで口数の少ない男だ。
必要最低限の言葉をぼそぼそと小さな声で話す。

そういうヤツだから、同期で入社して割とすぐに段階から、私と彼の会話は常に私がリードし、引っ張っていくものだった。
そういう間柄なので、必然的に私は少し上から彼にモノを言う事になっていた。
それを彼は受け入れていたし、私が役職者になってからはより顕著になっていた。

だから、今日も私が終始会話をリードし、彼から真相を聞き出し、ある程度私が納得のいく話が訊けたら、それで私は帰るつもりでいた。
しかし、これはどうだ?

今日は最初から違っていた。

妙に人慣れしたような風で宮西は接してきた。
これですっかり調子が狂った。

しかし、本題に入ると、いつも通り、私が会話の主導権を握っているような感じになった。
だが、それは私の思い違いだった。
宮西はいつまでものらりくらりと躱し、ちっとも話が進まない。そのため、いつも以上に私は多く喋る事になった。
でも、ちっとも会話は進展しない。

予期せぬ斎藤君の登場で尻尾を掴んだかと思ったが、それには逆ギレされる始末だ。

こんなのは私の中にある宮西応対マニュアルに、対処法は書いてない。

だから、動揺した。

しかし、それを気取られてはならない。

そうなると、完全に彼にマウントを取られたまま、この会話はエンディングを迎えることになってしまうからだ。

しかし、私がKU食品を担当する前に宮西が小枠広告を作っていたのは、正直知らなかった。いや、知ってたのかもしれないが、気にしてなかったために、全く忘れてしまっていたのかもしれない。


「本音?本音も本音だ。お前、美大卒で、グラフィックデザインやってたヤツだろう?俺は映像系の専門学校出だ。俺は元からTVCMが作りたくって、あの会社に新卒で入った。だがな、新聞社系のあの会社には映像広告の需要が当時は殆どなかった。だから、俺はやった事もない新聞の広告原稿作成を一から覚えさせられた。そんで、つまんねえ小枠広告の原稿制作ばかりをやらされた。お前は美大卒が偉いんだか知らねえが、入ったばかりの頃から、すぐに大手のコンペに参加したりして、平面しかやってきてねえのに、コンテ案なんかを作ったりしてた」
「それが悔しかったのか?」
「悔しい?その時はまだ、悔しくはなかったさ。でもな、5年も連続で手間ばっかりかかる仕事をやってたのKU食品から初めてTVCM制作の話が来た時、残念な事に俺は仕事過多が影響して入院していた。胃潰瘍だった。手術はしなかったので、入院は長引いてた。それで、当時のうちの二部の部長が、一部に相談して、一部でやってもらう事になった。何せ時間がなかったんで、仕方がなかったらしい。それでお前が担当する事になった」
「そうだったのか…悪いが、そんな経緯は俺は全然知らなかった」
「そうだろうな。コンペまで一週間しかなかったらしいからな。それから先はお前の方が詳しいだろう。コンペに勝って、うちがTVCMを制作し、スポットの扱いまでもらった。CMはジャンジャン流れ、CMはバズり、「ギョギョっとギョーザ」は売れた」
「まあな、お蔭様な事にうけてくれたな」
「お陰様?おまえはつくづく嫌なヤツだな。マジでムカつくよ。俺はその一本だけでお前の担当は終わり、またKUの仕事は二部に戻り、俺が担当に戻るものだと思ってた。そう思って、うちの部長に相談したら、「それは営業判断だ」と言われた。だから、俺は当時、KUさんを担当していた現場営業の若松さんに相談しに行った。若松さんは大人しくて、あまり自分の意見を言う方じゃないから、俺は一気に押せば何とかなると思った。俺の話を聞いた後、若松さんは冷徹に「いや、今は鵜塚君で上手くいってるから、悪いけど君には担当変更しない」って、はっきり言われた。」
「若松さんかあ…懐かしいな。あの人、辞めちゃったよな。家業の茶畑を継ぐとか言って…」
「そう、あの人、埼玉の狭山茶の本場のとこらへんが実家なんだよな。そんなんはいいんだ。若松さんにそんなにはっきり言われちゃったら、俺にはもう為す術はない。何しろ、あの時の若松さんの上は悪名高い磯崎部長だったからな。局長はおべっかばっかりの中条さんだったし…その二人を説得する自信は俺にはなかった」
「それでお前は諦めたのか?」
「いや、最後に一つだけ手があった。上田社長だ。俺は行政のコンペ案件を割りと沢山やっていたから、遠くにヒアリングへ出かける事があった。ある時、俺は宇都宮にそんな仕事で出かけた。そして、近くに来たという風で手土産の茶菓子を持って、ふらっとKU食品へ出かけた。ちょうどいい具合に上田社長は在席していて、俺を応接室に通してくれた。俺は上田社長からクリエイティブを俺に任せるという言葉を出してもらうように何とか知恵を絞って、話の水を向けた。しかし、上田さんからはお前が作ったCMへの賛辞ばかりが出てきた。俺は観念して、率直に今後のクリエイティブを元からやっていた俺に戻してもらえないかと訊いた。彼は即答でNo!と言った。その理由は単純だった。CMがウケたからじゃないし、商品が売れたからでもない。何だかお前には分かるか?」
「いや、皆目見当もつかない。何が理由だったんだ?」
「お前のイニシャルがKUだからだと。鵜塚喜一郎、KU。上田社長は上田耕平、KU。だからKU食品だし、同じKUがイニシャルのお前に運命を感じたそうだ」
「そんな理由?」
「らしいよ。それで俺は一旦諦めた。俺のイニシャルはKUじゃないからな。だから、お前が作るCMの第二弾、第三弾がコケるのを待った。しかし、予想は裏切られ、どんどんCMはヒットしていき、色んな賞を取るまでに至った」
「それで、お前は俺を現場から引き剥がすために出世させようと、大町さんに取り入ったのか?」
「だから、それは何度も言ってるように違う。俺はただ、大酒飲みの大町さんの相手をしていただけだ」
「まあ、それはそれで一旦飲み込むとしよう。それで俺は出世し、現場仕事が出来なくなって、斎藤君をスカウトした」
「それが最大の思惑外れだよ。お前が偉くなれば、てっきり俺にKUの仕事が落ちてくると思ってた」
「しかし、そうならなかった。俺が斎藤君をスカウトしたばっかりに」
「その通りだ」
「それからお前はどうしたんだ?」
「鵜塚、お前が読んでいた事のうち、一個だけ合ってた事がある。それは俺が大町さんから新会社を作るという話を先に聞いてた事だ。その社長にお前が据えられる事も割と早い段階で聞いてた。俺はチャンスだと思った」
「それでお前は斎藤君を引っこ抜いて、この会社へ彼ごと移籍する計画を立て、実行したんだな?」
「そうだ。上手くいくかどうかは正直50:50だったんだがな。俺はそれを大町さんに相談し、大町さんは電広社側に渡りをつけてくれた。計画はお前に取っては不幸な事だが、お前の事故によって、スムーズに進んだ。そして、現在に至るという訳だ。だがな、俺は騙された。KUさんの扱いを持ってきたら、俺はてっきり電広社本体か、その子会社に役員として招かれると思っていた」
「この会社はそうじゃないのか?」
「ここは電広社本体ではなく、子会社の電広社イーストの子会社だ。つまり孫会社。社名はDECだろう。電広社のD、イーストのE、クリエイティブのCだ」
「でも、電広社グループには違いがないだろう?そこの社長なんてすごいじゃないか」
「バカ野郎。雲泥の差だよ。しかも、当初の話では、この会社でも電広社の扱うナショナルクライアントのクリエイティブにも参加出来る事になっていた。しかし、蓋を開けると、この会社は基本はイーストのアカウントを持ってる関東ローカル銘柄のリージョナル広告のクリエイティブをやってて、たまに電広社の大きな案件の話が合っても、殆どがフォロー役や、部分的協力をするのみで、クライアントの全部を任されてるのは、驚くべきことにKUさんだけなんだ。しかも、この扱いも、いつ電広社本体に横取りされるか分からん有り様だ。だから俺は今、何のためにここにいるんだろうって、毎日自問自答してる」

宮西はまた頭を下げ、悔しそうに肩を震わせていた。

それに対して、私にはかける言葉が見つからない。
慰めるのは変だし、かと言って「ざまあみろ」と言える気分ではない。
だから私は話を本線に戻す事にした。


「そうだったのか… だが、今の話が全部本当だとして、お前は何故全容を僕に話したんだ?」
「何故?お前がそれを聞きに来たからだろう。最初は一切話す気はなかったさ。しらばっくれていいようにあしらって、お前には帰ってもらうつもりだった。だが、斎藤が入って来てしまった」
「それでシラを切り倒すのは無理と判断したんだな」
「まあな。でも、斎藤が入ってこなくても、結局俺はこうしてたんじゃないかと思い始めてる」
「何?それはどういう事だ?」
「最初はバレねえように、努めて明るく振舞って、お前の気を逸らそうと思ったんだ。だが、話してるうちにいつものお前の話し振りに嫌になってきてな。爆発寸前だったんだぜ」
「いつもの話し振りとはどんな感じなんだ?」
「自分では全く気付いて内容なんで、話してやるけどな。お前はさあ、いつ、どんな時でも自分と自分の身内は「良い方」なんだよ。絶対に「悪い方」にはならない。いつだってそうだ。どんな事を話してても、いつだって、お前の方は良い方で、話の中の対象は悪い方なんだ」
「それは誰だって、そうじゃないか?誰しも自分を悪く言うヤツはいないと思うんだが…」
「にしたって、限度はあるんだよ。今日、俺に話に来た内容でもそうだ。俺はお前を陥れるために、大町さんに取り入って、お前を出世させるだと?客観的に考えてみろよ。もし、俺が本当にお前を落とすなら、何故手間をかけてお前を一度持ち上げる必要がある?普通は絶対にそんな面倒臭い真似はしないもんだろうよ。それにだ、別れたとはいえ、俺の元妻や娘の芽衣にまで、何だか知らねえが疑惑の目で見てるような話をして…事もあろうに、俺に向かってそんな話をするんだぞ。そんなのは普通の神経じゃまず出来ねえ。お前はいかれてるんだよ。だから、そんな事が何の躊躇いもなくできるんだ。お前は自分が正義だからな。いつだって、自分が正しくて、それ以外は間違ってると思ってる。それに加えて厄介なのは、お前は易々と長い物に巻かれる人間だという事だ。お前は自分の出世を俺の性にしたが、俺に言わせりゃ、自分から望んで出世出来るように努力してたと思うよ。それは周りから見てて、涙ぐましいほどに」
「僕が出世のための努力してただって?そんな事はねえよ」
「あるだろう。お前、酒は一滴も飲めないのに、一生懸命大町さんや佐伯社長に取り入れようとしてたじゃないか。あの頃、お前、現場のみんなから「あいつ、出世のために必死だな。ああはなりたくねえな」って、言われてたのを知らないのか?」
「そんなのは知らんし、僕はそんな事は思ってなかったし、僕が仲良くしてた大坪さんは僕に向かってそんな事を言ってこなけりゃあ、注意されてもなかったぜ」
「お前、マジでヤバいヤツだな。お前に対して一番辛辣な事を言ってたのは大坪さんだ。」
「えっ…」
「知らなかったのか…大坪さんもお前と同じように下戸だからな。酒場で誰かにそんな事を言ってるんじゃなくて、残業したり在宅勤務でオンラインミーティングしてる合間に、周りにいるヤツ全員に聞こえるように大声で、お前の事をボロカスにこき下ろしてた」
「マジか…」
「お前、つくづくご機嫌なヤツだな。さっきも言ったように、お前は自分だけじゃなく、自分の身内や、自分を引き立ててくれる人以外は、全部悪いと思い込むヤツだからだよ。だから、お前は大坪さんはそんな事を言う人じゃないと思い込む事が出来たんだ。しかしな、お前の思いとは違って、当時からお前が事故に遭うまで、ずっと現場の人間はほぼ100%お前の事が嫌いだったと思うぜ。全員に確認した訳じゃないから、絶対とは言えねえが、恐らく全員、お前を嫌ってた。」


愕然とした。


経営統合を間近に控えた担当取締役という役回り上、そんなに好意的な人だけじゃないだろうとは思ってはいたが、まさか全員に嫌われてたとは思ってなかった。


僕の方は全部良い方で、他は全部悪い方…

そんな風に考えたとは思ってない。
だが、確かに、今回は私や瑤子、瑞希は被害者だと思ってるし、その被害を被る一因となったのは大町さんであり、宮西であり、宮西の元妻の瞳さん、そして娘の芽衣ちゃんだと、私は決めつけている。


それじゃダメなのか?


今回の事故で、私に非がないのは明らかだし、それは瑤子も同じだ。瑤子は瞳さんに押し出されてベランダから落ちていったのを私は目撃している。

瑞希だってそうだ。
何回かスリットを抜けて目撃したのは芽衣ちゃんや、その仲間に瑞希が何らかのいじめを会ってたように示唆していた。
そして、今では私はその性で、瑞希がなかなかサンフランシスコから帰ってきたがらないのだと思っている。

何がおかしい?

何か間違ってるのか?

いや、そんな事はない。

私は正しい…

正しい?

正しくないと今、宮西は言ってる。

真逆の意見だ。

どうすればいい?

どうすれば整合性は取れる?


「お前の元妻の瞳さんの事だが、僕には彼女が悪いと思う根拠があるんだ」
「どういう事だ?」
「彼女はさあ、ホストに300万もの借りがあったんだよ。それは確かだ。偶然だが、僕はそれを目撃したんだから」
「ああ、お前の嫁さんがそのホストの店に殴り込んで、帳消しにさせようとした件だろう?あの騒動は多分カモフラージュだぜ。クスリの事は店内では秘密だったみたいだからな」
「カモフラージュ?大体、何でお前が騒動の事を知ってるんだ?」
「あれ、お前知らないのか?あの飛び降り事件の後、そのホストの男は行方不明になったんだよ。それで警察が俺のところに来て、話が出たんだ。でも、二日前に逮捕されたがね」
「ええ?それは一体どういう事なんだ?」
「あいつはさあ、合成麻薬なんかの売人だったんだ。そして、瞳は彼からクスリを買い、自分の店でホストの店に内緒で売りさばいてた」
「じゃあ、300万っていうのは、そのクスリの金という訳か?」
「多分そうだ。瞳が死んじゃったから、断定は出来ないがね。間違いないだろう。俺が瞳と別れた理由は、酒とクスリなんだ」
「えっ?」
「あいつは制作会社で働いてる時は微塵も感じさせなかったが、ほんまもんの大酒飲みでな。芽衣が生まれて、育児疲れから、キッチンドランカーになってたんだ。俺は全然気づかなかったんだが…7年前に離婚したと言ったろう。夜遅くに俺が家に帰ると、あいつは台所で潰れてて、床には空になった酒瓶が三本ぐらい転がってて、それよりも嫌だったのは、不注意にも見た事が無いほど大量の錠剤がビニール袋に入ったままテーブルに置いてあったんだ。芽衣は部活の遠征で家にいなかった。俺は怖くなって、家を出て、その晩は駅前のビジネスホテルに急遽泊まった。翌日、夜早めに家に帰ると、芽衣も帰ってきてて、瞳はご機嫌で芽衣が好きなピーマンの肉詰めを作っていた。鼻歌交じりでな。芽衣と一緒にキッチンに立って…俺に愛想笑いをしながら、「ビールを買ってきてるわよ。あなたの大好きな大吟醸もあるわ」って言うんだ。これはもう狂気だろう。狂ってるとしか思えない。だから、俺は「いや、今日は徹夜になるので、いったんシャワーを浴びて、着替えようと思って帰ってきた」って言って、それから俺は家に帰らず、その後は瞳とは全部メールで話し合って、一度も会う事なく離婚を決めたんだ」
「そうだったのか…」
「お前の嫁さんと瞳は、学校の父兄会で出会ったのは間違いなさそうなんだが、二人をつないだのは、どうやら酒のようでね」
「ええ?何で分かるんだ?」
「お前は病院でずっと寝てたかもしれんが、事件後俺は何度も警察で事情聴取を受けてたんだ。その時に、担当の刑事さんが良い人でね。分かってる事を俺に教えてくれたんだ」
「そうか…じゃあ、瑤子が日葉マガジン社で記者やってる頃、瞳さんが制作会社の営業をやってた頃には二人は接点はなかったんだろうか?」
「なかったみたいだ。二人は父兄会の懇親会で知り合い、飲み足らずに瞳の店で飲み直して、それで仲良くなったんだ」
「まあ、瑤子も酒は強いからなあ」
「強いどころじゃないそうだぜ。アルコール依存症だったみたいだ」
「えっ?」
「それも知らなかったのか?お前、マジで夫失格だな。警察からも聞いてないのか?」
「いや、あの晩は飲み過ぎてたという事だけしか聞いてない」
「じゃあ、二人でクスリをやってたかもしれないという事については?」
「えっ、流石にそれはないだろう…」
「いや、あるんだよ。あんな事件だと、遺体について、覚せい剤の薬物反応は見るそうなんだが、基本的にはそれだけで…しかも、瞳もお前の嫁さんも基準値を大幅に超えるアルコールが検出されてたために、他は見逃したようなんだが、さっき言ったホストの一番売れ筋商品はLSDだったらしくって、それもLSDを紙に浸み込ませた「L紙」というヤツでな。使用者はその紙を吸って飛んで、紙自体はアシがつくからトイレに流すんだそうだ。あの事件の夜、どうやら瞳とお前の嫁さんはそのL紙でぶっ飛んで、そのままベランダから落ちていってしまったらしいんだよ」
「ええ?そんなはずは…瑤子が麻薬を…いや、おかしい」
「そう思うなら、それでいいけどな。まあ、もう少しで、真相は分かると思うぜ」
「どういう事だ?」
「さっき言っただろう。瞳にクスリを売ってた元ホストが二日前に逮捕されたって」
「ああ、彼が供述するという訳か…」
「ああ、そうだ。しかし、どれぐらい分かるかは分らんがねえ」
「分かったら、お前にその刑事から知らせがあるのか?」
「知らせて良い内容だったらな。多分、あると思う」
「その時は僕にも教えてくれないか?メールアドレスを渡すから」
「ああ、メールならいいだろう。お前とはもう二度と口を聞きたくないからな」
「それについては、僕も同調するよ」


私は持っていたカードケースから日葉広告社の取締役時代の名刺を一枚取り出し、ボールペンで私用のメールアドレスを記入し渡した。


「いや、お前ってヤツは、最後の最後まで嫌味なヤツだな。俺にお前の取締役時代の名刺を持っておけというのか?」


宮西は受け取った名刺をまるで汚いものを持つように人差し指と親指で摘まみ、上着のポケットへ滑り込ませた。


「最後と言うが、もう一つだけ聞かせてくれ」
「何だ?」
「クスリの売人の彼は、ずっと行方不明だったんだろう?どうして捕まったんだ?」
「三日前に自宅に籠ってる大町にクスリを売りに行ったからだよ。大町はその性で飛び降りて死んだ」
「えっ?」
「大町もさあ、瞳の顧客だったんだ。常習者というほどではなかったみたいだが、あいつは未成年者との不純異性交遊の疑惑でさあ、会社から自宅から出る事を禁じられてるじゃん。だから、一年以上、我慢し続けてたみたいだ。それがとうとう我慢しきれなくなって、酒じゃあ収まりがつかなくなったんで、瞳のルートから何とか売人に連絡先を見つけて連絡を取ったみたいだ。そして、ホストはクスリを大町の自宅近くまで届けた。大町はぶっ飛んで飛び降りた。事件を捜査した警察はあっさりとホストを見つけて逮捕した」


絶句した。


私はここを出たら、真っ直ぐに大町の自宅を訪ねるつもりだった。


大町の自宅は世田谷区のマンションで、私は接待ゴルフの時に、何度か自宅までハイヤーで送迎したことがあったので、自宅の所在地は分かっていた。


しかし、大町も死んだ…


次に、私は何をすれば、どこへ行けばいいのだろう?

ドッと疲れが出た。

肩が落ちた。

私は、「ありがとう。帰るよ」と言って、会議室を出た。

ドアを閉めると、後ろから宮西に「二度と来るな!」と言われた。


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