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【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】 レナ⑦


前の晩は尾道の旅館に泊まった。
 
入院中、ずっと入りたかった、大きな風呂に入るためだ。
ずっと点滴の管を手首につけていたため、入浴はシャワーだけだった。
 
念願の風呂に夜と朝、2回も入り、旅館らしい朝ごはんをキッチリと食べて、レナは意気揚々と車に乗った。
 
もう10月の終わりで、そろそろ秋も深まる頃、高速道路の横の山々も色づき始めていた。
 
岩国には、午後に着いた。
 
ジェイミーベイカーズハウス。
 
一度来ただけなのに、もう何だか懐かしい建物。
外階段を上がり、レナは店の中に入った。
店の中は、外国人と、日本人が半々ぐらいで、90%以上の確率で若い男どもで一杯だった。
みんなスゴイ量のスペアリブを食べている。
レナが店の中へ入ると、どこからか指笛を吹く人がいた。
その指笛を合図に、店の客がざわついた。
 
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」大学生ぐらいのアルバイトの女性が応対してくれた。
「ええ、あの、ベイカーさんは、いらっしゃいますか?」
「ジェイミーね、ちょっと、待っててください。」
アルバイトの女性は、奥の厨房へと向かって行った。
 
少し待つと、ジェイミーが現れた。
ジェイミーの両手は、多分スペアリブのソースでベタベタだった。
 
「やあ、レナ!」
ジェイミーは、ベタベタの手でレナのシャツを汚さないように気をつけながら、レナを軽くバグした。すると、店の方からブーイングが起きた。ジェイミーは、店の方を睨みつけると「この人は、大切なお客様だ!下品な態度はやめろ!」と、怒鳴ってみせた。すると、店の客はみんな、自分のスペアリブに関心を戻した。
「スゴイお客さんね。」
「ああ、今日はスペアリブ祭なんだよ。だから、うちのリブのファンが集まってきてる。」
「そうなの、じゃあ、手短に。トモヤさんは、帰ってきてる?」
「それが、鹿児島までは戻れたらしいんだが、バイクの調子が悪くってね。交換したマフラーがよくなかったらしいんだよ。それで、もう一度新しいマフラーを鹿児島で手に入れてね。今、こっちに戻ってきてる最中だよ。」
「で、いつ、帰ってくるの?」
「それがねえ…」
ジェイミーの目が、暗くなった。レナは、不安になった。
「今晩なんだよ!」
「ええ?」
「ヤツもねえ、スペアリブを食べたいんだと。だから、必死で、こっちに向かってるんだよ。」
 
トモヤが… トモヤに今晩、会える…
 
レナは、どういうリアクションをすればよいのか、分からなかった。
でも、不思議に涙が出た。
 
「さあ、レナ、こっちにお出で。一緒にスペアリブを食べたらいい。」
「いえ、ジェイミーさん、それはよしておくわ。」
「何故?」
「私、トモヤさんと一緒に食べたいから。」
「なるほど、分かったよ。」
「ジェイミー、一つだけ、お願いがあるんだけど。」
「何なりと。」
「私、こないだの台風で、車のルーフがへこんでしまったの。下の工場で直してもらえないかしら?」
「お安いい御用だ、レイディ。今から、工場のボブに電話しておくから、そしたら、車を運べばいい。」
「後、もう一つお願いがあったわ。」
「なんだい、レイディ?」
「前に来た時に、他のお客さんが食べていたクラムチャウダーをいただけるかしら?」
「ああ、ジェイミー・スペシャル・チャウダーだね。どうする?テイクアウトにする?」
「そうね、外で食べるわ。」
「分かった。じゃあ、車を工場へ運んでおいで。その後にチャウダーを取りにくればいい。」
「お願いね。」
「オーキー・ドーキー!」
 
レナは車を工場に運んだ。
すぐにボブが、作業を始めてくれた。
 
レナは、店に戻り、カウンターで頼んだクラムチャウダーを取りに行った。
クラムチャウダーには、バゲットがついていた。
紙袋を受け取ると、レナは代金を払おうとした。しかし、アルバイトの女性が言った。
「代金は、後でトモヤに全部払わさせるから、今はいらないと、ジェイミーが言ってました。」
レナは「分かった。」と言い、騒がしい店を出た。
そして、駐車場の隅に置いてあるベンチに腰かけた。
ここは高台にあり、ベンチからは市街地が見渡せた。
秋深い午後、レナはベンチで、温かいクラムチャウダーをスプーンですくって食べた。
ミルキーな優しい味だった。
 
車のルーフのへこみは、ボブがすぐに直してくれた。しかし、所々で塗装が剥げてしまっていた。これは、全塗装をやり直さないといけないと、ボブが言った。それには、3、4日かかるとも。
レナは食事後、すぐに薬を飲み、多少の睡眠をとらなくてはいけない。だから、車のベッドが必要だった。
ボブに、その事を伝え、いったん車を出してもらった。そして、全塗装の見積もりもお願いした。
 
レナは、車を駐車場の一番奥で止めた。
エンジンを切ると、レナは居住スペースに行き、薬を飲んだ。
そして、ゆったりとしたジャージに着替え、ベッドに横になった。
薬はすぐに効いた。
レナは、寝た。
 
 

コツ、コツ、コツ
 
何かが、ウィンドウをコツく音がする。
その音で、レナは、跳ね起きた。
サービスエリアで跳ね起きた時のトラウマだ。あの時は、本当に怖かった。
レナは、眠りが深かったせいで、頭が混乱していた。少しずつ、現状を思い出していく。
 
ここはベイカーさんの店の駐車場のはず。だから、変な人は来ないはず。
 
レナは、時計を見た。18時40分。4時間近く寝ていたことになる。
 
コツ、コツ、コツ
 
またも、つつく音。
 
どうやら、助手席のウィンドウを指でこついているようだ。
 
どうしよう?
 
レナは、ベイカーさんの店に電話しようかと思った。
しかし、それじゃあ、外にいる人に声を聞かれてしまう。
 
どうしよう?
 
「あの、俺、高井智也ですけど。ベイカーさんから、この車に、俺を捜して東京から来た人がいると、聞いたんですが…」
 
高井… 智也…
 
うわあ、どうしよう…
 
レナは、途端に我に返った。
寝起きの顔、髪はボサボサ、しかも、ジャージ!
鏡を見た。思った通りだった。
 
「誰もいませんか?」
 
レナは、意を決した。
 
「います!」
「います?」
 
レナは思い切って、スライドドアを開けた。
 
目の前には、岩の壁のような分厚い男が立っていた。
 
「俺を捜してるんは、あなた?」
「そうです。レナと言います。」
「何で?」
「あの、私に10分、いや5分だけ、時間をください。すぐに着替えますので。」
「あ、ああ、構わんですよ。じゃあ、俺は、向こうの修理工場にいますから。」
「分かりました。着替えて、すぐに行きます。」
 
レナは、スライドドアを慌てて閉めた。
 
岩の壁? ゴツイ? 
 
レナのイメージと違った…
 
レナは、車内灯を点けて、明るくし、顔のメイクを直した。
そして、髪を整えた。
しかし、急展開に頭がついてこない。
 
大体、こんなに沢山寝るとは、思っていなかった。
アレクサに起きる時間を言わなかった自分が悪い。
しかし、どうしよう?
 
何を着たらいいのか、さっぱり分からない。
夕方に起きて、ゆっくり着替えようとかって、楽天的に考えてしまった事を悔やむ。
 
5分だけ、と言ってしまった。
悩んでいる暇はない。
 
結局、ジーンズに、白いパーカーという、ありふれた格好に落ち着いた。
白いナイキのスニーカーを履き、レナは外へ出た。
そして、修理工場の薄く開いた観音開きのドアから、中に入った。
 
工場の真ん中には、赤いタンクのハーレーがあった。
 
高井さんは、どこ?
 
工場の奥から、男が出てきた。
 
「レナさん?」
「そうです。高井さんですか?」
「そうですが。」
 
高井智也は、背が高い。恐らく185㎝以上は、あるだろう。
今は、ライダーズジャケットを脱ぎ、上半身は白いTシャツだけで、下は年季の入ったジーンズ、それに、黒い、つま先がすり減ったライダーズブーツを履いていた。
腕は太く、体つきはとにかくゴツいし、肉厚で分厚い。
 
レナは、怖くて、顔が見られなかったのだが、目を上げてみた。
 
頭は角刈りが伸びた感じだ。
顔は?
 
目尻が優しそうな顔。いつも笑っている人みたい。
しかし、口元はキリっと締まっており、髭の剃り跡が濃い。
 
全く、レナの想像とは違う人となりで、戸惑いは隠せないのだが、よく見ると、高井智也は人好きのする好青年で、ハンサムだ。
 
「あの、伊豆で、助けてもらったんですが、覚えてらっしゃいます?」
「ああ、あの時の…大丈夫だったんですね、良かった。」
「覚えててくださいました?」
「ええ、僕の人生でも、あんな事、訓練でも二度とないですから、決して忘れませんよ。」
「訓練?」
「ああ、僕は、元自衛隊員です。」
「そうですか、覚えててくれましたか…」
 
レナは、トモヤが近づいてきた時にもう分かっていた。
 
レナがしがみついた左腕には、手首から肘までの細い切り傷があった。
そして、この男の腕にも同じ傷。
 
間違いない、この人だ。
 
 
修理工場の中。
 
白熱灯がキラキラと輝き、室内を白く照らしている。
 
奥から出てきたトモヤ。
観音開きのドアを入ったばかりのレナ。
二人の距離は、まだ遠く、10m近くある。
 
コンタクト入れてない…
 
レナは致命的な失敗に気づいた。
 
前に進みたいのだが、中々進めない。
勇気を出して、レナ! この時を待ってたんじゃない!
 
「あの。」
「はい。」
「私、あなたの事を、ずっと、捜してました。」
「はい、知ってます。」
「あの。」
「はい。」
「あの時は、助けてもらって、ありがとう、ございました。」
「いや、助かって、本当に、良かったです。」
「一つ、訊いていいですか?」
「なんでしょう?」
「あの時、水の中に沈んでいく時、あなた、私に、大丈夫、大丈夫だからって、言いました?」
「あ、ああ、多分、心の中で、言ってたと思います。」
「聞こえたんです、私、その声を、聞いたんです。だから。」
「だから?」
「会いたかったーーーー!」
 
レナは、トモヤに駆け寄り、大きな胸に飛び込んでいった。
 
 

あの日、私は本当に死のうと思って、あの岬へ行った。
 
 
私は、会社に入ったばかりで、大学時代の恋人、サトルとまだ、付き合っていた。
私はサトルが好きだった。結婚するものと思っていた。
しかし、サトルは大きなゼネコンに入社した後で、人が変わってしまった。
なかなか、会えなくなったし、電話でも話せなくなった。
どうしたの?と聞くと、「同期入社が100人もいる中で、負ける訳にはいかないんだ。」と、答えた。
それは、私が聞きたい答えじゃない。
でも、サトルはそれ以上の話はしてくれなかった。
 
ある日、私は妊娠に気がついた。
サトルに告げると、「それは不味いな。」と言った。
私はショックだった。
彼の部屋を飛び出て、雨の中を傘もささずに歩いた。
 
流産した。
 
私は、生きる意味を失った。
 
そして、台風の大雨の中、あの岬へ行った。
 
 
レナは、トモヤの身体にしがみつくように抱きついて、離れない。
すると、分かった。トモヤは、背は高いのだが、決して分厚い人ではない事を。
お腹周りはほっそりとしており、きっと裸になると腹筋が6パックになっているのだろう。
腕と太腿は確かに太い。だから、分厚い岩のような人を連想させるのだと、思った。
 
「あの…」
「ん?」
「もう、いいですかね?いったん、離れてもらって。」
「少しなら。」
レナはお互いの顔がよく見えるところまで身体を離した。腕は、トモヤの身体に巻き付けたままだ。
「これぐらい?」
「いや、あー、まあいいや。あの時の事は分かった。だけど、なんで、それで僕を捜す事になるんだい?」
レナは、トモヤの目を見た。トモヤの目はどこまで黒く、吸いこまれそうな輝きだった。
「声を聞いたから。あの時、声を聞いたからよ。」
「水の中で、僕が君に向かって言ってた事?」
「そう。あなたは、大丈夫、大丈夫だからって、私に言ってくれたわ。」
「実際は、言ってないけどね、心の中で思っただけなんだけど。」
「でも、私には聞こえた。そして、今日、あなたに会い、本当のあなたの声を聞いた。あの時の声と同じだった。」
「本当かな?懐疑的なんだけど…」
「本当よ。間違いない。」
「まあ、君が言うなら、そうなんだろうけども…」
「私が、あの言葉に、どれほど救われたか、あなたに分かる?分からないでしょう?」
「うん、まあ、難しいね。」
「あれからずっと、私はあなたの声にずっと救われてきたの。ずっとよ。これって、すごくない?」
「すごいね。」
「運命なのよ。だから、私たち。」
「運命って、大げさな…」
「大げさじゃないわ。あなた、奥さんや、彼女はいるの?」
「それは…いないけど…」
「私じゃ、ダメですか?」
「ダメって、そんな…君みたいな美人が、ダメな訳ない…」
「じゃあ、OK?」
「いや、待ってくれ、展開が速すぎる。僕がついていけないし、第一、僕は、田舎者の自衛隊上がりのバイク好きだぜ。フラフラしてるし。」
「フラフラは、お互い様よ。私だって、ずっとフラフラしてる。ねえ、OK?」
「まあ、一応…」
「OK?」
「OK。」
 
やったあ!レナは心の中で叫んだ。
いつか、博多で会ったガテン系のお兄さんの事を思い出しててよかった。
好きな男の前では,かかあ天下になる。
レナは、それを実践してみせた。
 
「あの、」
「何?」
「僕、あなたの名前も知らない。」
 
あっ! ベイカーさんは、サプライズって言ってた。だから、私の名前も教えてないんだ。
あの時も警察から聞かなかったのかしら?
そうそう、この人、自分の手当てが終わって、事情聴取が終わったら、そそくさと警察署を出ていったと、言ってた。
 
「レナです。立木レナ。」
「レナさん。僕は、」
「高井智也さん。トモヤでいい?」
「うん。」
「おいくつですか?」
「31、あなたは?」
「27です。」
「レナさん、やっと、全容が分かってきたんだが、あなた、ひょっとして、押しかけ妻になろうとしている?」
「妻か、どうかはまだ、分からないけど、押しかけ恋人にはなろうとしてます。」
「だから、さっき、僕にOKと訊いたんだ?」
「そう、あなたはOKと、言ってくれました。」
「ああ、まあ、そうなんだけど、三つ、条件があります。」
「三つも?多い。」
「まあまあ、聞いてくれよ。」
「いいわよ。言ってみて。」
「一つ目は、実は、僕はまだ、旅の途中なんだ。」
「えっ?ここの有給休暇って、そんなに長いの?」
「いや、そうではなくて、今回の旅はもう終わりだ。でも、来年また、バイクで旅に出ないといけないんだよ。」
「どこへ?」
「北海道。」
「行かないといけない旅なのね?」
「そう。」
「理由は?」
「それは、おいおい。だから、その旅の事は認めてくれ、いいかい?」
「分かったわ。認める。」
「二つ目は、僕は今、ここで働いている。もし、君が僕と付き合うというのなら、君にはこの岩国に来て欲しい。遠距離は嫌なんだ。出来るかい?」
「OKよ。」
「じゃあ、最後、三つ目なんだけど、僕はさっき、こっちに着いたばかりなんだよ。ジェイミーのスペアリブが食べたいばっかりにさ。昼飯抜きで、走ってきたんだ。分かるね?」
「分かる。」
「じゃあ、これから、僕と上に上がって、スペアリブを腹いっぱい、食べよう。OK?」
「もちろんよ!」
「じゃあ、行くぞ!」
 
トモヤは、レナの腕を振りほどいて、工場の外へと駆け出した。
レナは、後を追って走った。
 
レナが店の中に入ると、スゴイ人でごった返していた。
色んな人種の男や、女、年齢もバラバラ、子供もたくさんいる。
みんなの共通項は一個。みんな顔や、シャツの前を茶色いソースでベタベタにしている事だ。
 
トモヤの姿が見えない。
どこ?
レナは店の中を見回した。
そこへ、ベイカーさんが、レナに近づいてきた。
 
「ハロー、レナ。調子はどうだい?絶好調かい?」
「ハーイ、ジェイミー。調子は最高よ。」
「上手くいったのかい、トモヤとの話は?」
「いったのよ!奇跡が起きたわ!」
「そうかい、それはおめでと!」バシャあーーー!
 
レナは頭からソースを被った。ベイカーさんがやったんだ。
 
えーーー‼
 
途端に、店の客が大歓声を上げた。
 
店の奥から、同じように頭からソースを滴らせているトモヤが出てきた。
トモヤは、レナの方を見て「やられたね。」と言った。
 
「さあ、お二人さんの特別席は真ん中だよ。お祝いに俺の自慢のリブを腹いっぱい食ってくれ!」とベイカーさんが、二人に言い、カウンターの真ん中の席を指で示した。
 
示された席には、銀の大きな皿一杯に、山のようなスペアリブが乗っていた。
そして、山のてっぺんには、ハート型のピンクのマシマロが乗せられていた。
 
二人は、その席に座った。
座るなり、今度は両サイドからシャンパンを頭からかけられた。
 
シャンパンのお陰で目が見えるようになった。
 
レナは、自分の席に置いてあったビールをよく振ってから栓を抜き、レナにシャンパンをかけた白人のおじさん目がけて、ビールをかけた。それを見て、トモヤも自分の隣の黒人にビールをかけた。
すると、店全体で、ビールかけが始まった。
ビールがない子供たちは、水をかけた。
 
ストーーーーーップ!
 
ベイカーさんが怒鳴った。
 
「後で、みんなで掃除してくれよ。」
 
みんな、一様に頷いた。
 
「OK!スタート!」
 
またも、ビールかけが始まった。
 
レナは、いつ、スペアリブが食べられるのだろう?と、思った。
 
クレイジーで、ハッピーなサプライズばかりの夜だった。



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