【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】 レナ⑧
驚いた事に、お客さんはみんなで、どんちゃん騒ぎの後片付けをした。
ビショビショになった床をモップで拭く人、テーブルや椅子を拭く人、ごみを掃き出し、集める人、倒れた紙ナプキン立てをきちんともとに直す人、みんなで手分けして要領よく片付けていく。
子供たちは、ベイカーさんの計らいでみんな、シャワーを浴び、ベイカーズのTシャツに着替えて、テーブル席に集まって、寝ている。
寝ていると言っても、まだ、9時を少し過ぎたところだ。
10時前には、全部片付いた。すると、みんな一斉に「お休み」と言い、店を出ていった。
沢山の人が、レナにハグをした。レナも、ハグをしてくる人もソースまみれなので、細かい事は気にしない。
みんな、おめでとうと、言ってくれた。
あんだけ呑んでたので、バイクは危険だなと、思ったが、そんな事にはならなかった。
店の駐車場には、大きなマイクロバスが3台も来ていた。
みんなで、バスに乗り込んでいった。
バスの運転手は、ソースで車内を汚さないようにと、大声で注意していた。
店の中には、ベイカーさんと、従業員が7名、それに下の修理工場のボブと、その仲間のような人が3人、それにトモヤと、レナが残った。
ベイカーさんが、下の修理工場のシャワーを交代で使うようにと言った。
まずは、女性からという事で、レナと、従業員の女の子5名が、先にシャワーを使った。
出てくると、ベイカーズのTシャツと、ショートパンツが置いてあったので、それに着替えた。
全員がシャワーを浴び、着替えが済むと、みんなは帰っていった。
従業員は、酒を吞んでいない。だから、吞んでいる人を一緒に車に乗せて帰るのだ。
ベイカーさんも帰ると言った。
後は、トモヤと、レナだけだ。
レナは、「私の車に泊る?」と、トモヤに訊いた。
「いいの?」と、トモヤが言ったので、「もちろん」と、答えた。
車のベッドは、二人で寝るには狭かった。
抱き合ったのだが、結局、トモヤはベッドの下のフロアに寝た。
トモヤには、毛布を貸した。レナは掛布団だけで寝た。
レナは、目を覚ました。
頭が痛い。
昨夜は、たくさん酒を被ったが、そんなに呑んでいないはずなのに、これ以上ないぐらいの完璧な二日酔いだ。
レナは、トモヤを捜した。フロアには寝ておらず、被っていた毛布はきちんと畳んである。
レナは、慌ててドアを開けた。
すると、トモヤは車の側にあるベンチに座り、コーヒーを飲んでいた。
「おはよう。君のコーヒー、もらっちゃった。」
「それ、昨日のでしょう?大丈夫?」
「大丈夫?平気さ。美味しいコーヒーだよ。それに大丈夫は、そっちの方じゃない?」
「えっ?」
「上、何も着てないぜ。」
レナは、夜中にTシャツを脱いだままだった。
今着ているのは、ショーツだけ。
「うわ!」
レナは、慌てて車に戻った。
トモヤは、笑っていた。
レナは、サイテーと、口ごもった。
■
レナがここに来て、1週間が経った。
トモヤは、ベイカーズハウスの坂を少し下ったところにある一軒家にボブたちとルームシェアしているため、夜はいつもレナの車の中で過ごした。
レナは、ベイカーズハウスでウェイトレスとして働き出している。
レナの人気は上々で、レナに会いたくて来る男どもが多くいた。
それをジェイミーはとても喜び、レナにずっといてくれと、頼むほどだった。
トモヤは、下の工場で働いている。
レナの車のルーフの塗装が剥げたところも、トモヤが塗装し直してくれた。
レナの車は、アイボリーホワイトだったのだが、この際、全塗装しようと、トモヤが言い、二人で色を検討して、明るいメタリックブルーにした。
後、車の中のソファー兼ベッドも改造した。ベッド部分の板を蝶番で広げ、二人で寝ても十分なスペースにした。そして、継ぎ足した部分のマットレスは、トモヤの部屋の物を継ぎ足した。
実に充実した日々だった。
夜、店が終わり、トモヤと一緒にシャワーを使い、車に戻る。
へとへとになるまで働いたので、ビールを一本だけ呑むと、すぐに眠くなる。
朝、起きると、レナは車で朝食を作り、晴れている日はいつも、外にテーブルと椅子を出して、二人で食べた。
ある日、トモヤがレナに言った。
「提案があるんだけど。」
「提案って、何?」
「また、別々に旅に出ないか?」
「えっ?どこへ?」
「九州。」
「何故?」
「僕は赤いタンクのハーレーに乗ってるだろう?」
「ええ。」
「あのハーレーの前のオーナーのためになんだ。」
「どういう事?」
「あのハーレーの前の持ち主は、僕の自衛隊時代からの親友だった赤井拓也ってヤツなんだ。」
「そう、その前野さんは今、どこにいるの?」
「死んだよ。3年前に、病気で。」
「えっ?」
「僕たちは、自衛隊の中で輸送ヘリの整備を行う部隊だったんだが、ある日、拓也と一緒にヘリを整備していると、拓也が倒れてね。すぐに病院へ運んだんだが…」
「急に死んじゃったの?」
「いや、そうではないんだ。診断の結果、余命が一年もない病気だと分かった。それから治療をしたんだが、どうしても治す事ができず、死んでしまったんだ。」
「そうなの。」
「僕と、拓也は本当に仲が良かった。僕は智也だろう?向こうは拓也なんで、拓也、智也って、呼び合うぐらいに仲がよくて、同い年だったから、まるで双子みたいな関係だったんだ。でも、ヤツのエンジンの整備は一級品でね。僕なんか、足元にも及ばないほどで、だから、僕は塗装の技術を磨いたんだ。あの赤いタンクは、僕が拓也のために塗ってやったんだ。赤井って、苗字だから、クリムゾンレッドを塗った。」
智也は、遠い目をした。目の端には涙が浮かんでいる。
「拓也さん、掛けがえのない人だったんだね、トモヤにとって。」
「そう、大事な友だった。その拓也のね、命日が来るんだ。来月の初めに。」
「だから、九州へ行くの?」
「そう。」
「九州のどこ?」
「大分、湯布院。」
「そこへ行きたいわけね。」
「で、なんで、別々に旅するの?」
「僕は、沖縄に行ってたろう?で、後、北海道にも一人で行くって、言ったよね。あれはね、全部、拓也といつか一緒にツーリングしようなって、言ってたところなんだよ。だから、僕は、拓也はいないけど、あのハーレーを連れて行ってやってるんだ。」
「なるほど、そういう事だったのね。」
「拓也は、両親もいなくて、一人で墓に入ってる。そこに、いきなり君を連れて行くのは、何だか、気が引けちゃうんだよな。難しいけど、分かってもらえるかな?」
「分からない、分からないけど、分かるようになれるよう、考えるわ。」
「分かった。じゃあ、考えてみてよ。お願いするよ。」
「赤井さんの写真、見せて。」
「OK。だけど今はない。スマホのは、全部PCに落としちゃったから、今晩仕事が終わったら、部屋に戻ってPCを持ってくるよ。」
「お願いね。」
それから私たちは、仕事に出る準備を始めた。
■
それから2週間が過ぎた。もういよいよ10月が終わる週。
木枯らし一号の便りが、朝のニュースで言われ始めた。
レナとトモヤは、レナの車で寝起きしていたのだが、だんだん寒さを感じるようになった。
車での生活の唯一の欠点は、冷暖房を使うには、エンジンをかけるしかない事だ。
一晩中、エンジンをかけている訳にはいかない。
夜は、二人で寝て、布団をかぶれば温かいが、仕事にない日の昼間は、色んな方法で暖を取らなくてはならない。駐車場の中で、焚火を起こすわけにはいかないからだ。
やっぱり、どこかに部屋を借りなければならないのか?二人とも、そんな事を考え始めていたが、お互いにそれを口に出す事はなかった。
何故なら、トモヤが11月に湯布院へ行くと言い、その旅で、別々に旅をしないかと、レナに提案したからだ。
レナは、どうすれば良いのかを一生懸命、考えた。
そして、一つの方法を考え出した。
夜。
店が終わり、賄で夕食を取り、シャワーを浴びた後、二人は車に戻ってきた。
レナは、「これから、ちょっと、吞まない?」と、トモヤに訊いた。
トモヤは、酒をほとんど呑まない。吞めないのではなく、呑まないのである。
トモヤは「ちょっとだけなら。」と、応じた。
車の中からテーブルと椅子を出し、外で呑む事にした。
さすがに寒い。二人は、風邪を引かないように、ダウンを着て、温かくして、椅子に座った。
レナは、ガスコンロで、湯を沸かし、焼酎のお湯割りを作った。
二人してお湯割りを呑みながら、レナが話を始めた。
「こないだ話してくれた赤井さんの事だけどね。」
「うん。」
「写真、見せてくれたじゃない?」
レナは、トモヤに拓也と一緒に撮った写真を見せてもらっていた。トモヤが言う通り、二人とも雰囲気がよく似ており、まるで双子のように見えた。
「ああ。」
「あなたが、拓也さんの事をどんなに大切な存在だと思っているかは分かったわ。」
「ありがとう。」
「だからね、湯布院へは、あなた一人で行かせてあげる。拓也さんと会って、たくさん話をしてきて。」
「分かった、そうするよ。で、君も旅に出るかい?」
「あなたの提案では、そうだったでしょう?」
「そうだね。僕がいないのに、君がここで僕を待っているのは、何か違うように思えたんだ。」
「分かるわ。だから、今度は私が、あなたに提案をしたいの。」
「どんな?」
「あなたは、ハーレーで出かける。私は、この車で出かける。あなたは、湯布院へ直行する。私は九州に渡り、これまでのように、気ままに旅をする。そして、11月22日に二人は鹿児島で再会する。」
「鹿児島で?何で?」
「私のおじいちゃんが鹿児島の人だったからよ。今は、香川にいるんだけどね。鹿児島には私の親戚がたくさんいるの。」
「そう、それで、再会してどうするんだい?」
「結婚式を挙げるのよ。」
「なるほど。」
「でもね、11月22日に鹿児島で、としか、二人で決めないの。時間も待ち合わせ場所もなし。」
「えっ?それじゃあ、会えないかもしれないんじゃん?」
「そう、運命に任せるのよ。」
「会えなかったら?」
「それでおしまい。」
「それで君はいいの?」
「いいわ。」
「何で、いいの?」
「だって、私たちは会えるから。運命だもの。」
「運命か?」
「運命よ。」
「分かった。その考えに乗るよ。」
「よかった。」
寒くなってきた。
二人は、テーブルと椅子を車に戻し、車の中に戻った。
そして、ベッドの中で、運命について語り合った。
二人は布団にくるまり、この運命の旅のルールを次のように決めた。
1.旅は、11月2日からスタートする。まず、2日にレナがここを出る。そして、3日にトモヤが湯布院へ向けて出発する。
2.九州なら、どこに行っても良いのだが、今回は「離島は、なし」とする。
3.旅の途中、メールのやり取りは自由で、写真も送っていいのだが、場所は特定できないようにする。
4.毎晩、テレビ電話で話していい事にする。しかし、その時にも、場所は知らせない事にする。
5.ゴールの日は、11月22日。時間と、場所は決めない。ただ、「鹿児島県」という事だけを決めておく。
以上だ。
「これで、大丈夫なんだろうか?」トモヤが訊いた。
「大丈夫、私たちはきっと会える。」レナが答えた。
「何で、11月22日なんだい?」
「いい夫婦の日だからよ。」
「ベタだな。」
「ベタね。」
トモヤがレナを抱いた。
レナはトモヤに身体を寄せた。
そして、夜は更けていった。
■
11月2日は、朝から小雨模様だ。
スプレーを吹きかけたような細かい霧雨が、街を濡らしている。
レナはもう、準備ができている。
朝食は、店のブレックファーストスペシャルを食べたし、ジェイミーのコーヒーも3杯も飲んだ。
レナは、この店のコーヒーを気に入った。ジェイミーに、どこへ行けばこの粉は手に入るのか?と訊くと、ジェイミーは大きなコーヒーの入った袋を2つもレナにくれた。
袋をくれる時、ジェイミーはレナに、「このコーヒーのブレンドは、マジックなんだ。だから誰にも教えられない。どこで手に入るかなんて、絶対に教える事は出来ない。だから、特別にこの袋を2つだけくれてやるから、それで勘弁してくれ。」と言った。
「分かったわ。」と言い、レナは袋を受け取った。
袋には、Hawaiian made. Kona Coffeeと大きく書いてあった。
ジェイミーは、他にも缶ビールの3ダース、ランチョンミートの缶詰を5缶、そして、美味しいバンズがたくさん入った袋を一つ、レナの車に乗せた。そして、「これで、明日までは飢え死にする事はないだろう。」と言った。
「食べ物は、大丈夫だけど、ビールは明日までもつかが心配よ。」と、レナは返した。
「じゃあ、これもどうだ?」と言い、ジェイミーは、バーボンのボトルを掲げてみせた。
「もちろん、いただくわ。」レナは、ボトルも受け取った。
「さあ、じゃあ、出掛ける時間だ。」トモヤが言った。
「そうね。」
レナは店を出た。今、ジェイミーがくれたものはジェイミーと、トモヤと、見送りに来たボブと、ウェイトレスのアルバイトのアキちゃんが、手分けして運んだ。
レナは、車を店の前につけた。
みんなが、レナの車に荷物を積んでくれた。
「生憎の雨だけど、」ジェイミーが言った。
「生憎の雨?生憎じゃあないわ。島津雨よ。」とレナが返した。
「島津雨?」
「旅立ちを祝う雨の事よ。」
「そうか。」
「じゃあ、もう出かけるから。トモヤ。」
「11月22日に。」
「11月22日に。」
「鹿児島で。」
「鹿児島で。」
「じゃあ、また、後でね。」
「分かった、気を付けて。」
レナは車を出した。
みんなは駐車場の出口までレナの車を見送り、レナの赤いテールランプが見えなくなるまで、手を振った。
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