【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ㉜~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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火曜日の夜は、慶次朗は意人を習字教室に迎えに行く。
最近、意人の送り迎えは、バイクで行っている。
ちゃんと意人の頭のサイズに合うヘルメットを買い、慶次朗のヘルメットと同じように、インカムをつけてある。
バイクに二人で乗っている時の流行りは、濁音か、破裂音が必ず入るしりとりだ。
慶次朗は、意人を後ろに乗せ、法定速度を保ち、一番左の車線をそろそろと慎重に走る。走りながら、意人としりとりをする。
「ポ、ポ、ポ…ポップコー…」
「ポップコーン!慶ちゃん、ン、言った!負け!」
「まだ、んは、言ってないだろう」
「そんなんダメだよ。ポップコーまで言ったら、ンに決まってんじゃん」
ベコン!
うわ、ハンドル取られた…
ベコベコベコ…
うわあ、パンクだよ。何か、踏んだか?覚えねえけどな。会社まで、後、20mものないから、何とか…走ったままで、帰っちゃおう。
「慶ちゃん、ベコベコ言ってる。大丈夫?」
「もうすぐ家に着くから、このまま行くぞ。ケツが振れるから、意人、しっかり俺に捕まっとけ」
「分かった」
徐行して、ゆっくり走り、何とか会社の門をくぐった。
駐輪スペースにバイクを止めると、山野辺が車で帰ってきた。
「何だい、パンクか?」山野辺が車を降りるなり、慶次朗へ大声で言った。
駐輪スペースは、山野辺が止めた駐車スペースからは少し遠かったからだ。
「ええ、後何メーターってとこで、やっちゃいました」
「大丈夫か?」
「ええ、本当に後十何mもないところでパンクしましたから、そっから徐行したんで、こけてもないですし、俺も意人も怪我してません」
「そりゃ、不幸中の幸いだったな」
エーーーーー!
イヤぁぁぁぁぁーーーーー!
二階から大きな叫び声が聞こえた。
望が吠えていた。
望が夜に奇声を上げるのは頻繁にはないが、なくはない事ので、あまり気にしなかった。
「ケイ君、久し振り」
えっ?
いつの間にか、男が会社の敷地に入り込んでいた。
遠いので、薄暗い駐車スペースでは誰だか分らなかった。
「誰だ?」
「僕だよ」
金木だった。
慶次朗は、山野辺に「意人を連れて、会社の中に走って入って下さい。それから、全部、鍵かけて」と、小声で言った。
山野辺は「分かった」と、小声で返し、意人の腕を取り、食堂の引き戸を目指して走り出そうとした。
「動くな!」
金木は、拳銃を握っていた。
