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【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ⑯



そんなのは分かっていた。


だって、赤いタオルだぜ。違わない方がおかしいぐらいだ。
飛び込んだヒズミは、いつも通りプルンプルンのスライム状だが、色が違っていた。いつもの乳白色ではなく、ほんのりピンクがかっていた。

 
「バンニン、どうして変わったんだい?これはどういう事なんだ?」
「ここはヒズミではないからだ」

 
あの声だ!


さっきヒズミから放出された時に聞こえた野太い男の声だ。
さっき聞いた時は、単に野太い声だと思ったのだが、今聞くと、よく通るバリトンの美声なんだと分かった。
 
「ヒズミじゃないって?じゃあここは、どこなんだ?」
「ここは、ハザマだ」
「ハザマ?何と何のハザマなんだ?」
「ゲンショウとイシキのハザマだ」
「ゲンショウとイシキ?よく分からないな。分かるように説明してくれないか、ムソウ」
「ムソウ?私はムソウではない。ムソウとはチカラの事だ。私はシンパンだ」
「シンパン?アンパイアの事か?」
「野球で言えばそうなるな。だが、私の下す審判は重い」
「まあそうだろうね。それでハザマについて教えてくれよ」

 
私はシンパンの事を同性であり、声の感じから年も近そうな感じを持った。そのため、親近感が湧き、思わず言葉遣いが砕けた。

 
「よかろう。お前はこれまでの間スリットから放出される場面、この場面の事を我々はワールドと言うんだが…そのワールド毎に、自分の肉体を伴っている事について、意見を言った。これでは真相に中々近づかないと言ってな」
「確かに。僕が経験した場面、ワールドだけを見てたんじゃ、さっきみたいに自分で意識して違う行動をしなければ、今まで知らなかった事に遭遇出来なかった。大町さんの逮捕や桜井さんや迫田さんの懲戒解雇、そして、瑤子の依願退職、瑤子はそれだけじゃない。僕の街のホストクラブで問題を起こしたりしていた。こんなの僕は全く知らなかった。それに浅野君の自殺だ。浅野君なんて、さっき名前を聞かなければ、僕は覚えてもいなかった。これは君たちが言う「なかった事になる」って、ヤツだろう?こんなあっちこっちが穴だらけのジグソーパズルは、いつまで経っても完成しないよ。もう三日も経ってしまったんだろう?残りは後四日しかない」
「ほう、今日がもう終わりだと分かってたのかい?」
「分かるさ。赤いタオルだぜ。何かが進行するんだって思うじゃないか」
「それはすごいね。どうして三日経った事が分かった?こっちはさっき放出する時に、意図してDAY3とは出さなかったのに」
「それもそうだと思ってたよ。僕を試してるんだろう?」
「ああ、そうだ。こんなに細切れにタイムリープを繰り返して、それも一つ一つは、そんなに長い時間じゃなくて、大抵の人はこれを続けると時間感覚を無くすんだ。でも、君は無くさなかった」
「それは当たり前だろう。上手く正解に辿り着いて白川さんが瑤子から殺されないようにしないと僕も瑤子も死んでしまう。そしたら瑞希はどうなる?いや、待てよ。僕も瑤子も死んだら、瑞希なんて、そもそも存在しない事になるのか?」
「まあそうなるね。全てはなかった事になる」
「じゃあ余計に困る。僕はあの子に生きて欲しいからね。時間がないんだ、シンパン。さっき君が言ったゲンショウとイシキのハザマの事を教えてくれよ」
「肉体は現象でしかない。分かるか?大事なのは意識だ」
「肉体は現象だって?じゃあ、僕が生きてる身体はあってもなくてもいいものなのか?」
「なくてもいいなんて言わないが、ある事に重大な事が備わっているかと言えば、それはNOだ。人間はいつもそれを間違える。だから宇宙と交信できないんだ」
「宇宙と交信は話が逸れるから止しておいて、もし身体がないとなれば、僕はどこにアイデンティティを求めればいい?それがイシキなのか?」
「そうだ、イシキだ。人間は身体が死を迎えると、死後の世界について、色々と誤解している。死んだら、天国に行けるとか、悪い事をすれば地獄に落ちるとか…そんなのは全部人間が作った寓話でしかない。人間は肉体を無くす時に初めて解放されるんだ」
「解放?つまり、肉体からイシキが解き放たれるという事か?」
「そう、その通りだ。人間は魂と言うだろう?それも人間が作ったストーリーさ。魂なんてない。あるのはイシキだけだ。それが証拠に君はA界で、マンションの自分の部屋から飛び降りて死んだはずなのに、B界で起きた原因となる事件を未然に防ごうとしているじゃないか。これは、実は君は肉体を伴ってないんだよ。分かるか?君は都合良くB界にまだ辛うじて残っている君の肉体を活用しているだけだ。それも、後四日すれば出来なくなる」
「僕の存在が「なかった事になる」からだね」
「そうだ。だから、今でも君はイシキだけで飛んでいく事が出来る。このハザマを抜けてね」
「なるほど…詳しくは分からないが、ハザマって言うのは肉体を伴うか、どうかのハザマなんだね?」
「だいぶショートカットしてしまったが、まあいいだろう。その通りだ」
「じゃあ、僕はこのハザマで休息を取れば、次に放出される時はイシキとして、色んなところに飛んでいける訳だ」
「原理的にはそうなるが、そうなるには大きな決断と覚悟がいる」
「大きな決断と覚悟、それは何だ?」
「まず、覚悟だが、これから君がイシキとして放出されると、君は今まで以上に見なければよかったと後悔するようなワールドに多数出くわす事になる」
「でも、それを見なければ、今の窮地を脱する事は出来ないんだから、覚悟は出来てるよ」
「まあ、それはそうだろうな。しかし、決断は大変だぞ」
「何を決断するんだ?」
「肉体の喪失さ。君が今後イシキとして、ワールドの中をタイムリープし続けると、いつの間にか肉体に戻れなくなってしまう場合がある。よく人間が亡くなった人のうちで、この世に未練がある場合に成仏出来てないとか言うだろう。あれだ。君のイシキはB界の中で浮遊し続ける事がありえる」
「幽霊か…それも仕方ないな。今のままじゃ、僕も瑤子も幽霊にさえなれなくなっちゃうもんな。何せ「なかった事になる」んだから」
「分かった。じゃあ、決断もしたんだな。結構だ。それでは、これから君はハザマの中で休息を取る。眠って、起きた時にはイシキとして放出される。ムソウはそのまま使える。赤いタオルが目印だ。いいね?」
「分かった。大丈夫だ」
「じゃあ、寝てくれ」

 
その声を合図に、僕の周りのピンク色がどんどん濃くなっていった。
しまいには、全部が赤く染まった。



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