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【創作大賞2026応募作・ファンタジー小説部門】Slit ⑰

#4
 

 
目が覚めたら、周りは真っ赤だった。
しかも、瞼に年月日を記される事もなく、自然に目覚めた。

 
「こういう起き方もハザマ流なのか?」

 
私は返事がある事はあまり期待せずに、独り言のように呟いた。

 
「ああ、ここから先は完全にイシキの世界だからね。ゲンショウのような時間や空間は必要なくなるんだ。ここから先、君は行きたいところへすぐに飛べる。フラッシュするんだ。その時の注意点は一点だけだ」

 
予想に反して、シンパンは答えてきた。
そうなら、まずは朝の挨拶から始めないといけない。

 
「おはよう、シンパン」
「ああ、おはよう。目覚めは爽やかかい?」
「ああ、とっても快適だ。心が澄んでいて、身体が軽く感じられる」
「言ったろう。今の君には身体なんてないんだ」
「ああ、そうだった。忘れてたよ。とにかく軽くて清々しい気分だ」
「それは良かった。じゃあ、これから先の注意点を話しておくよ」
「ああ頼む」
「さっきも言ったように、この後君はイシキのままにどんなワールドにも飛んでいける。ただな、飛んでいく先は全部、君がその場にいなかった場面で、それを選ぶのはスリットの役目だ。一つ一つの場面で、君が何をしようが、何を話そうが、それは君の勝手だが、その場面には君はいない筈なのだから、君が何かをしても、何を言っても、その場にいる人間には超常現象が起きたようにしか思えない。だから、基本的に君はその場を目撃するだけで、何もしない方がいいと思う」
「分かった」
「一つの場面から出る時は、赤をイメージすればいい。ただ、頭の中で赤い色をイメージするんだ。そうすれば、ワールドからワールドへフラッシュしていくように飛んでいける」
「赤い色をイメージすればいいんだな」
「そう、君が頭の中に赤をイメージすれば、次のワールドの向けてスリットが開く」
「分かった」
「じゃあ、もう放出してもいいかな?」
「後もう一つだけ。シンパンは、これからもずっと話する事は出来るのかい?」
「出来るよ。次にこっちに戻ってきて休息に入る前や、今のように起きた後の数分間は話せる」
「分かった。じゃあ、もう放出してもらっていいよ」

 
そう返事をするや否や、僕は真っ赤な筒の中を滑っていった。

 
ズブ!

 
僕はワールドに飛び出た。

 
 

出た先は、教室だった。
私は天井の隅から教室の中を俯瞰して見ていた。
春先の午後早い時間だと思った。
そういう光の加減だと思ったからだ。
 
校庭では、部活の声が聞こえていた。
沢山の声がしていたが、どうやら陸上部とサッカー部が練習をしているのだろうと推測した。

 
ここは瑞希が通っていた中学校だ。多分…

 
窓際の後ろから二番目の席に女の子が一人座っていた。
その子は机に突っ伏して両腕に顔を乗せて泣いていた。
嗚咽する度に背中が小刻みに震える。

 
もしや、瑞希?

 
着ているのが制服なので、瑞希かもしれないし、そうじゃないかもしれなかった。
 
何とかその子の顔を見て、瑞希なのかを確認したいのだが、彼女は腕に顔を伏せているので、それは出来ていない。

 
いや、ハザマがわざわざ私をここに送り込んだのだ。だから、あの泣いてる子は間違いなく瑞希のはずだ。だが、私には自信がない。だから、少々情けない気持ちになった。
 
普通の親なら、その当時の瑞希の髪型や体格で、識別できるのかもしれないと思う。

残念な事に、その頃私は「ギョギョっと、ギョーザ」が順調にバズっていたため、無茶苦茶忙しかった。だから、中学校時代の瑞希の髪型とかの特徴なんか、全く記憶がない。
覚えているのは、瑞希は小学6年生の時に急に背が伸びた事ぐらいだ。
中学校に入る時、瑞希はもう160㎝以上あり、入学式の写真を見ると、ローヒールを履いた167㎝の家内の肩ぐらいまでにはなっていた。
そして、中学を卒業する頃には、瑞希は瑤子を追い越し、170㎝まで背が伸びた。
 
しかし、残念な事に、今、机に臥せっている子は、座っているので、身長が高いのかどうかが分からない。
 
この子の髪は、ショートではないが、すごく長い訳でもなさそうだ。

 
嗚咽しかしてないので、声でも判別できない。

 
マジで分からん… 何とか顔を上げてくれないか…


 
引き戸が開き、私が知らない女の子が入ってきた。
女の子は、真っ直ぐに泣いている子の元へやって来た。
 
「瑞希ちゃん、もう大丈夫だから。私が静香ちゃんたちを追っ払ってやったから、もう来ないよ」

 
やっぱり瑞希か…

 
学校でいじめられてる?

 
中学時代に、いじめられてたなんて話は、私は一切聞いてない。
 
「うん、ありがとう、芽衣ちゃん」

 
芽衣ちゃん… 白川芽衣?

 
「静香界隈はさあ、マジでムカつくよね。何様って感じでさあ。静香は、瑞希ちゃんが自分よりも背が高いのをやっかんでるんだよ。あの子、マジでモデルになりたいらしいからね」
「背が高いのは、私が望んだわけじゃないよ。私はこんなに背が高くなりたくなかった」
「ええ?ギリ160しかない私なんて、羨ましくて仕方ないんですけど…まあ、いいじゃん。瑞希ちゃんカッコいいよ。スタイルもいいし…もうすぐ高校に上がるじゃん。そしたら、原宿とかでスカウトされちゃうかもよ」
「スカウトなんかいいよ。でも、マジ憂鬱なんだよねえ、このまま高校に上がるの。うちさあ、お母さんがこの学校気に入ってて、私を小学校から入れたのね。だから、何度言っても他の学校受験させてくれなかったの」

 
話の流れから、今は瑞希は中三で、季節はやはり春先だ。春休みが過ぎれば、瑞希は高校生になる。という事は、一年前の事だ。

 
「受験?受験なんかしない方がいいよ。瑞希ちゃんがいなくなっちゃうと私が寂しいもん」
「そう言ってくれるのは、芽衣ちゃんだけだよ。芽衣ちゃんは中学からこの学校に入ってきてるから分からないと思うけど…小学校からずっと一緒の子らって、嫌な子ばっかなんだよ。あっ、待って…お母さんからLINEが来た。あっそうだ。今日は歯医者の日だ。ゴメン,芽衣ちゃん、私、帰るわ。ありがとう、芽衣ちゃん」
「ありがとうだなんてそんな…いいよ、普通の事だよ。ちゃんと涙拭いてから帰りなよ」
「うん、分かった。じゃあね」
「うん、また明日ね」

 
瑞希は、そのままスクールバッグを抱えて出て行った。

 
芽衣も教室を出て行く。

 
もう、ここには用はないな。

 
私はそう思い、目を閉じ、瞼の奥で赤をイメージした。
 
すると、ハザマが呼応してくる感じがした。
 
もう少しでスリットが開く。


 
眼下では、教室を出た芽衣が、廊下にいる女子たちに合流した。
 
「静香、あんた、ちょっとやり過ぎだよ。泣かすまでやっちゃダメだよ。先生が来たら、大変な事になるんだからね」と、芽衣が言った。さっきまで、瑞希と話してた優しい言葉遣いはみじんも感じられなかった。

「マジヤバかったね。でも、芽衣ちゃんの言う通りにやったんだからね」
「それはそうだけど、やり過ぎなんだよ。あの子、弱いんだから、まだ潰しちゃダメなんだよ。気を付けて!」
「分かったよ、芽衣ちゃん。怒らないで…」

 
 
ええ?どういう事なんだ?


 
スリットが開いた。うわ!困る!もうちょっとここにいないと!

 
私は踏ん張ろうとしたが、なにせ肉体がないので、何をどうすれば踏ん張れるのか分からなかった。
そして、敢え無く私は、スリットの中に吸い込まれてしまった。

 
私の耳には芽衣の最後の言葉が響いた。
フレーズではない。冷たい声色だけが突き刺さった。


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