【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】 レナ⑥
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翌朝。
レナは、雨の匂いで目が覚めた。
車の窓に着けてあるシャッターを開けると、霧雨がシトシトと降り、回りに樹々を濡らしていた。
夜は明けているのに、ライトグレーの雲が重く、辺りを薄暗くしている。
秋台風が来ている。
今は石垣島の沖合100kmほどのところだそうだ。
これから、この台風は進路を東寄りに進む見込みと、テレビで気象予報士が言っている。
この台風の勢力は、今季一番だそうで、最大限の注意を呼び掛けている。
台風か…
レナは、今朝早くに、ここを出る事に決めた。
本当は、まだ体調が万全ではないので、ロングドライブには、些かの不安がある。
しかし、台風が四国を直撃するような事があっては、困る。
しまなみ海道が渡れなくなるからだ。
今日、午前中にしまなみ海道を渡り、本州へ行く。そこから岩国まで走れるか、どうかは体力次第だ。
しかし、できるだけ近くまでは行こう、そう決めて、レナは顔を洗いに水飲み場へと出ていった。
朝食は、昨日のバゲットにクリームチーズを塗って食べた。
さっと、軽く化粧をして、着替える。今日は一日中、運転席になる予定だ。だから、長そでのTシャツに、ゆったり目のパンツを履いた。
昼食も取らない事を想定しており、助手席には体調が悪くなった時に買ったプリンや菓子パン、そしてスポーツドリンクを置いた。これで運転中に、サッと食べたり、飲んだりできる。
準備はできた。
レナは、キャンプ場を出た。
幹線道路までは、細い山道を30分程度走る。
山の中の道には、木の枝のアーチが所々にある。そのアーチを通ると、枝や葉に溜まった雨水がどーっと車に落ちてくる。上手くフロントガラスにその落水が来ると楽しい。
レナは、それを楽しみながらも、細い道でスリップしないよう、慎重に車を走らせた。
幹線道路へ出た。
ここからは今治へ一直線だ。雲の黒みはどんどん濃くなってきている。
ずっとではないが、時折、バシャバシャと大きな音を立てるような大粒の雨が降るようになってきた。
急がないと。
レナは、少し疲れを感じ始めていた。
何故だか、目が痛い。
今治で、しまなみ海道に入る前に、車を止めて、少し休む事にした。
昼食も兼ねて、30分休憩。レナはそう決めた。
昼食は車の中で、うどんを茹でて、あげを入れたきつねうどんを作った。
うどんを食べると、レナは眠くなった。
高井さんが、岩国のあの店に戻ってくるまでは後4日もある。
少し休もう、そう思って、レナは横になった。
横になるとすぐに、少し肌寒さを感じたので、ベッドの下の収納から毛布を出して、被った。
そして、レナは寝てしまった。
空の雲は、どんどん厚みを増し、風は強くなってきていた。
車が揺れた。
レナは目が覚めた。すぐに時計を見ると、夜9時半。
風の音が、ゴー、ゴー、と聞こえる。その風をまともに受けて、車が揺れる。
ずっと、揺れていたのか?いや、そんなはずはない。それならさすがに起きるはず。
きっと、目が覚めたあたりから急に風が強くなったんだ、レナはそう結論付けた。
シャッターを開けて、窓の外を見ると、大粒の雨が横殴りに降っている。
ここは、しまなみ海道へ向かう途中の観光用駐車場の中。
山を切り開いた土地に、アスファルトの駐車スペースが広がる。
ここからは、山の断片が邪魔でよく見えないが、海に近い場所。
どこか、風の影響を受けないところへ逃げないと、レナはそう思って、運転席に向かおうと、立ち上がろうとした。しかし、レナは立ち眩みがして、うまく立ち上がれなかった。
まだ、体力が戻っていなかったんだ。
張り切って、掃除や洗濯をしてみたものの、やっぱり高熱を3日も出したダメージは大きかった。
無理しすぎた。レナは、素直にそう思った。そして、体温計を取り出し、熱を測る。
37.8℃。
やっぱりか…
しかし、ここに車を止めておくのは危ない。
レナは、何とか運転席へ行き、車を動かした。しかし、この駐車場の営業時間は終わったらしく、入口も出口も鎖でつながれ、外に車を出せない事が分かった。
駐車料金を払う小屋に人影はない。誰もいなそうだ。
レナは諦めて、最善の策を考えた。
この駐車場の奥は、山の断面をコンクリートで固めた壁になっている。その壁際に車を置くと、少なくとも風は凌げるのではないか、レナは、そう考え、車を壁際に、壁と平行になるように動かした。
確かに、車は風を受けなくなった。
暫く、運転席で様子を見た。
海に稲光が落ちるのを見た。
ここから動かない方が安全だ。
レナは、決めた。今晩は、ここで夜を明かそうと。
レナは、後ろの居住スペースへ行った。
そして、もう一度、熱を測った。 38.6℃。熱は上がっていた。
明らかにふらつく。
レナは、牛乳を少し飲み、それから薬を飲んだ。
そして、ベッドに毛布だけではなく、掛け布団も出して、横になった。
車は、風で揺れない。
外で、ゴー、ゴーと、風が鳴いているのが、よそ事のようだ。
これなら、安心だ。
そう思い、レナは、眠りについた。
ガッッシャーアアン‼
この世の終わりかと思うような大音響で、レナは飛び起きた。
心臓が飛び出しそうだった。
何事?
車のルーフがへこんできているのが分かった。
ルーフに何かが落ちてきた、そうだと思った。
レナは、雨合羽を着て、外に出ようとしたが、スライドドアは開かなかった。
運転席に回り、そこから外へ出た。
外は、大雨で、強風が吹き荒れており、出た瞬間に、運転席のドアは、大きく風に持っていかれそうになった。
レナは、ルーフを見た。
大きな木が、根元から折れて、車の上に落ちてきたのが、分かった。
幹は、1m以上あるだろう。背丈は、多分7mぐらいか?
立派な枝が生い茂り、車のルーフ全体を幹と、枝と、葉で、覆いつくしていた。
大きな木は強風で煽られ、レナの車を揺らす。
このままでは車が持たない、そう思ったレナは、つかみやすい一本の太い枝を手でつかんで、ルーフから引きずり降ろそうとした。
しかし、木は重く、びくともしなかった。
これは無理だ。
レナは、車の中に戻った。
そして、全身がびしょぬれになっているので、まず服を着替えた。
着替え終わると、レナは119番に電話した。
そして、被害状況を説明し、消防車に来てもらう事にした。
10分もすると、消防車が2台、駐車場の鎖の前まで来た。
そして、鎖を断ち切り、レナの車の側までやって来た。
レスキュー隊員が、すぐに大きな木をどかしてくれた。
レナは、車のエンジンをかけた。動いた。
ルーフはへしゃげているが、走行には、問題なさそうだ。
レスキュー隊員の一人が、事情聴取のために、消防車まで来るようレナに言った。
レナは、消防車で、急な発熱のため、ここに車を停めて、休んでいたところ、こんな被害に遭ったと、説明した。
レスキュー隊員は、木が落ちてきた状況を目撃したか?と、訊いてきた。
レナは、寝ていたので、見ていないと、答えた。
やがて、駐車場の管理人がやって来た。
レスキュー隊員が、状況を説明した。
レナは、また熱が上がってきてることを自覚した。体温計で測ると、また39℃まで、熱が上がっていた。
それをレスキュー隊員に伝えると、隊員は救急車を呼んでくれた。
救急車が来た。レナは運ばれた。車は現場検証が済むまで、ここから動かせないと、言われた。
病院では、救急治療室で診断を受けた後、病室に運ばれた。
レナは病室のベッドに横たわった。
やっと、安らかに眠れる。レナはそう思った。
そして、寝た。
翌朝、レナの主治医の先生が、レナの病室へ来て、レナは、軽い肺炎にかかっていると、告げた。
退院までは2週間ほどかかる事も伝えてきた。
レナは子供の頃から気管支が弱く、疲れがたまると、よく気管支炎にかかった。
そして、それが酷くなると肺炎になるから気を付けるようにと、よく言われていた。
よっぽど、酷くなっちゃったんだ…
レナは、そう思った。
2週間かあ… これじゃあ、高井智也が帰ってくる日に間に合わない。
レナは、点滴を引きながら、面談室へ行き、岩国のベイカーさんに電話をした。
ベイカーさんは、すぐに出た。レナは、自分が肺炎で入院してしまった事を伝えた。台風で木が折れて、自分の車に落ちて、ルーフがへこんでしまった事も話した。
ベイカーさんは、全部聞いたうえで、それはアンラッキーだったね、と言った。でも、ラッキーは、これからだとも、言った。
レナが、どうして?と、訊くと、智也も沖縄の離島で台風の影響を受け、中々、本島に戻れずにいると、連絡してきたんだと、教えてくれた。さらに智也のバイクも台風で横倒しになり、壊れてしまったそうだ。
「だから、智也もウチの店に戻ってくるのが遅くなると、断ってきたんだよ。」ベイカーがそう言った。
ラッキーだとは思わない。でも、智也が帰ってくるのが遅くなるのは、正直助かった。
レナは、智也が帰ってくる日が決まったら、連絡をくれないかと、ベイカーさんに頼んだ。ベイカーさんは、OKと、答えた。
お昼前に、警察の人がレナの部屋に来た。
レナの車は、現場検証を終え、警察署の駐車場で預かっていると、伝えてきた。
レナは、お世話になります。ありがとうございますと、礼を言った。
午後になると、病室の前が騒がしくなった。
何かな?と思ってたら、レナの病室のドアが開き、お母さんとおじいちゃんが来た。
お母さんは、レナの顔を見て「バカ!」と言った。
おじいちゃんは、レナの大好きなメロンをレナに掲げて見せた。
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入院して、1週間が経った日の夕方。
病院内では、もう夕食の時間だ。
鰈の煮つけと、茹で野菜、ご飯と、お吸い物、後、デザートのみかん。お茶は自分で汲みに行く。
レナはもうだいぶ体調がよく、美味しく食事ができるようになってきている。
体調が良くなると、病院の食事の薄味な感じが、物足りなくなってくる。
後で、インスタントコーヒーを淹れよう、そう思いながら、レナは食べ始めた。
鰈の身をほぐしている時に、スマホが鳴った。ベイカーさんからだ。
レナは、ベッドを出て、面談室の中の電話ボックスに向かった。ここなら、通話がOKだからだ。
「もし、もし。」
「レナ、元気になった?」ベイカーさんが、陽気な口調で言った。きっと、ビールでも吞んでいるのだろう。
「ええ、だいぶ。」
「いつ、退院できるの?」
「それは、まだ分からないんですけど、一応、入院は2週間って、最初に先生が言ってたから、その通りだとすると、来週の今日ぐらいには、退院で来てるんじゃないかしら。」
「そう。それなら、ギリ、間に合いそうだなあ。いやねえ、さっき、トモヤから電話があったんだよ。トモヤのバイクが、壊れたって、話ししたろう?」
「ええ、聞きました。」
「マフラーらしいんだけどね、交換部品が沖縄にはなくて、東京からの取り寄せだったんだけど、東京でも、生憎、今、その部品がなくって、アメリカから送らせる事になったんだそうだよ。それがね、来週、トモヤのもとに届くらしいんだ。」
「そうですか。」
「届いたらすぐに、修理してフェリーに乗ると言ってたよ。」
「分かりました。」
「後、トモヤには、レナの事、何も話してないから。」
「そうですね、いきなり、私の事を聞いても、何の事だか、分からないでしょうしね。」
「いやあ、そんな事じゃない。レナみたいな美人が、トモヤを訪ねてくるなんて、これはまさにサプライズだ。だから、トモヤにも、ハッピーサプライズを味あわせたいのさ。」
「そんな、私は、そんなに美人じゃないですけど。」
「何、それ?謙遜かい?謙遜は、日本人の美徳だからねえ。」
「謙遜だなんて、そんな。」
「レナが、美人じゃなければ、俺の目は節穴だよ。まあいい、トモヤが帰ってくる日が、ハッキリと決まったら、また電話するよ。」
「お願いします。」
「じゃあ、入院生活を楽しんで。」そう言って、ベイカーさんは電話を切った。
高井智也が、いよいよ帰ってくる。
私も一日も早く退院できるように、体調を整えないと。
そう思いながら、レナは病室に戻っていった。
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レナは、午後に退院した。
普通の服に着替えると、ちょっと違和感があった。
入院中に痩せたからだ。
病院を出ると、レナはすぐに警察へ車を取りに行った。
手続きは、多少面倒臭く、書類を作るだけで小一時間ほどかかった。
全部の手続きを終えると、担当の年配の警察官がレナの車へと連れて行ってくれた。
ルーフは、思ったほどはへこんでなかった。
改造車とみなされるほどの変形はしていないと、警察官は言った。
しかし、交通安全上の観点から、できるだけ早く修理するようにと言った。
レナは、分かりましたと言い、警察官から鍵を受け取った。
レナは、車を出し、本当なら2週間前に渡るはずだったしまなみ海道を目指した。
