見出し画像

【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ㉙~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。


1時間ほどして、また里崎から電話があり、「今度は6時のニュースで記者会見をやるので、それを見るように」と、指示された。

相変わらず、里崎は忙しいらしく、こちらから何か言う暇も与えずに電話を切った。



6時になった。



さっきと同じメンバーに意人が加わり、5名でテレビの前に集まった。

6時丁度に、記者会見が始まった。
山野辺が、チャンネルサーフィンした。
2時の生中継では、6チャンネルに出し抜かれたので、全局とも中継していた。

司会がいて、話を始めた。

「ええ、定刻を少し過ぎてしまいましたので、早速本日救出されました東京都内在住のA子さんに関する記者会見を行います。進行は、代理人であります東京弁護士会所属の弁護士、吉岡達郎です。では、吉岡弁護士、ここからお願いします」

吉岡はダークグレーのスーツに濃紺のネクタイを締めた細身の神経質そうな男だ。

「ええ、弁護士の吉岡です。この事件の概要や、進捗については、別途警察が記者会見を行うと思いますので、ここでは控えます。この席では、A子さんがこの件で、このような被害を受ける事になってしまった経緯と、それに関わる法令だけでなく、モラル的な観点での問題点をお示ししたいと思っております。最初に、こちらからこの会見の要点を説明し、質疑応答は、後程まとめて、という事にさせていただきますので、ご了承の程何卒宜しくお願い致します」

記者は50名ぐらいいたが、異を唱える者はいなかった。


「本件では、東京都江東区在住の地下アイドルをやってたA子さんが、蓮田信宏容疑者に逮捕監禁されるに至り、その前段階で、事件を引き起こす理由になった色々の問題があった事が当方の調べで分かっております。蓮田は、地下アイドルのA子さんの所謂「推し」なんですが、「推し」ぶりがエスカレートし、徐々にストーカー行為を行うまでになった事が発端です。ここからは、本件を私の事務所の元で、実際の調査を行いました探偵の里崎紘志朗さんにマイクを託します。里崎さん、どうぞ」

そう言われると、下手から里崎が登壇した。

里崎は髭を剃る暇も、着替える暇もなかったようで、無精髭を生やし、首元がうっすらと汚れたワイシャツを着たままだった。

「探偵の里崎です。本来、私の立場ではこのような明るい場所には立たないものなのですが、今回は、どうしてもいくつかの点を私の手で解決したくて、ここで話をさせていただく事にしました。まず、A子さんですが、都内の総合病院に緊急入院して、今医療従事者の手で手厚い看護を受けております。彼女は食事は与えられていたので、肉体的な健康被害は比較的に少ないようですが、それでも心的なダメージによる影響は出ているため、暫く入院となります。どうか、皆様、彼女が健康を取り戻すために、病院を捜し出してみたり、彼女を特定するような荒らしはお控え下さい。何卒宜しくお願いします。」

集まっている記者は、警視庁記者クラブに所属しているメディアばかりで、今の里崎の発言についても、みんな頷いた。

「では、本件について、私から話します。私がこの件を調査するに至ったのは、先程吉岡弁護士から話があった通り、彼の事務所からの要請です。私はすぐにA子さんの行方を捜すべく、まずは行方不明届が出ている杉並西署と、同区高円寺にあります芸能事務所クリームパフェに話をしに行きました。中間は割愛しますが、そこで、二つの事が判明しました。一つ目は、杉並西署が抱える深刻な問題です。A子さんは、蓮田のストーカー行為についての届を何と18回も出していたのです。そして、そのどれについても杉並西署は真摯に対応しなかった。それどころか、A子さんが所属する芸能事務所クリームパフェから出された行方不明届についても、とてもじゃないが、真面目に対応したとは言い難いものでした。更に加えて、同クリームパフェからA子さんが、前借りしたと、事務所側が説明している50万円について、同署は被害届を受理し、A子さんを指名手配するべきところを、事情が曖昧である事を理由に届自体を受けなかったという事実もあります。クリームパフェは、盗難届を出したが、杉並西署は、受理しなかったのです。憶測ですが、行方不明届、盗難届に対して不誠実な対応をしたのはすべて、先にあったストーカー行為に対する18回の届け出に対して警察がまともな対応をしなかった事の隠蔽のためだと思っております。これらすべてについて、警察が一つ一つの届け出に、誠実に、且つ真摯に対応しておれば、今回、このような事件は起こらずに済んだのは間違いないでしょう。これらは今後、裁判の中で事実認定されていく事になりますが、状況によって、事実を矮小化されたり、先程の憶測のような隠蔽されたりする恐れがあるので、今日、ここで、皆さんにお話しする訳です。」


里崎はデスクの水を飲んだ。


記者は自分のPCへの打ち込みが忙しいようで、このタイミングでの里崎の小休止は歓迎されているようだった。


もう一口、飲んだ。そして、話を続けた。


「二つ目は、芸能事務所クリームパフェ側の問題です。クリームパフェは、所属タレントの扱いについて、二つの大きな間違いをしております。一つ目は、ギャラです。クリームパフェは、4つのガールズグループが所属しており、女性タレントは全部で15人います。彼女たちは、歌舞伎町等の歓楽街でスカウトされており、大半が家出等、身元に不安がある人間でした。A子さんは、家出ではないものの、一人暮らしでした。こうした、身元に不安のある人をクリームパフェは、不当に安いギャラで働かせていたのです。そして、場合によっては、未払いもあったようです。その事について、彼女たちが事務所の代表である大沼健一氏に、文句を言いに行く事も多々あったと聞いております。しかし、その時、大沼は「ギャラが足りない部分は、推しからサポートを受けてくれ」と、言ったそうです。先程言いました「50万円」の件ですが、事務所側の説明は、「A子さんが前借りした」という事になってますが、A子さん周辺に訊きますと、「所属するタレント全員のギャラの未払い分を、A子さんが大沼氏に掛け合い、取ってきてくれたもの」だと、言っております。更に大沼は、その推したちに「高額でタレントたちの個人情報を売っていた」事も判明しております。今回の容疑者である蓮田も、大沼からA子さんの個人情報を買い、A子さんを拉致し、自分が両親と住んでいる調布の自宅から、「地方創生のために働く」と言って、母方の実家である、今は誰も住んでいない廃屋のような家に突然引越し、そこの蔵の中に2か月以上もA子さんを監禁し続けたのです。これらは全て、私が調査中に知り得た情報と、私の推論が混じっております。先程も言いましたように、今後、蓮田信宏が起訴され、裁判になった時点で、色々と事実認定がなされるでしょうが、この段階で皆さんに、私たちが知り得た情報を開示し、皆さんの方で記事にするかどうかの判定をしていただこうと思い至り、説明をさせていただきました。私からの話はこれで終わりです。これからは質疑応答に入ります。何か、ご質問がある方は挙手をお願いします」


一番前の真ん中に座る自信満々そうな若い記者が手を上げた。


吉岡が発言を認めた。


「英知新聞の小池です。今までの説明をお聞きしますと、伺った情報は全部、里崎さんからの一次情報に過ぎず、一方的なものですよね。どうして、そんな情報だけで、記者会見を行おうと思ったのですか?」


里崎の顔色が変わった。


今の里崎は「冷たい刃」のようだった。



「何でだって?あの子があまりに可哀そうだからじゃねえか。信じたい警察に裏切られ、事務所からは裏切られるだけじゃ足らず、切り捨てられるまでして…誰も、あの子を助けようとしなかった。せめて、僕が、もう少し早くこの件の依頼を受けていたなら…彼女をあの地獄から、もっと早く救ってあげられた。あの子は何も悪い事はしていない。だが、今の彼女の心は砕け散っている。医者に言わせると、「どこまで修復できるか分からない」という状況らしい。これで裁判で、警察や事務所に有利に働くようなシナリオが進行するようであれば、この世のどこに善が存在するんだ。彼女を誰が、何が、救ってくれるんだ?」


「杉並西署の担当者の方々、プライドがある事は分かる。そして、立場の事もあるだろう。だが、間違いは誰にでもあるんだ。そして、その間違いは、今こそ認めるべきだ」


「それと、大沼! 首を洗って待ってろよ」



そう言うと、里崎は席を立ち、会場から出て行った。


山野辺運送の食堂では、自然に拍手が起きた。

山野辺は男泣きしていた。

不覚にも慶次朗も泣いてしまった。

意人から、「386回目」と言われた。



いいなと思ったら応援しよう!