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【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ㉔~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。


次の日は台風一過で、朝から快晴となり暑かった。

昼前に、城田が慶次朗を見舞いに山野辺運送を訪ねてきた。
城田は慶次朗の無事を喜んでくれた。そして、身体を心配してくれた。
その後、恵美の事件の進捗状況を説明してくれたが、残念ながら、恵美姉を殺した犯人は、まだ見つかっていないという事だった。
聞いた内容を要約すると、「何も進んでいないに等しい状況」だった。

進んでいない原因は、やはり大雨だった。

付近の防犯カメラの画像は集められるだけ集めた。
しかし、犯人らしき黒いポンチョの男の足取りは、地下鉄駅への降り口を境にプツンと切れてしまったらしい。
恐らく、犯人は降りていく階段で、着ていたポンチョを脱ぎ、持っていたバッグか何かに入れて、地下道では全く違ういで立ちになってしまった事が想像してるとの事だ。
脱いでいる姿を見た人はいないかと、目撃者捜しをしたが、大雨の中で、地下に潜っていく人間が、雨に濡れたポンチョを脱ぐという自然な行為を気にした者はいないようだった。

地下道で足取りが消えた事は、その後、犯人がどの電車に乗ったか、どこへ向かったのか、そんな事は分かるはずもなかった。

現状、捜査本部は人数を縮小し、目撃者捜しを中心に捜査を続けているという。
ただ、城田は自分の部下の山際が防犯カメラの映像に執着している事に期待しているとも付け加えた。

その話を聞いて、慶次朗はまたアドレナリンが身体を巡る感覚になった。
しかし、それはほんの一瞬で終わった。
慶次朗は、また心的ストレスを克服できておらず、復讐を考えると、どうしても血が流れる様が頭に浮かんでしまう。
城田が帰った後、慶次朗は動けなくなった。



慶次朗は、ずっと仕事もせずに、休んでいた。
朝、昼、晩だけ、食事をしに、食堂へ降りる以外は、ずっと部屋に籠り、薬を飲み、寝た。


今朝は、前の晩に悪い夢を見てうなされたせいで、起きるのが遅くなり、9時過ぎに、慶次朗は起きた。
その後、朝食を食べるために慶次朗は食堂へ行った。すると、赤いワンピースを着た小柄な30代ぐらいの女性がおり、朝ごはんを食べていた。


誰?


慶次朗は「その女性に向かい「おはようございます」と、声をかけた。
赤いワンピースの女は、明らかにそれが聞こえているのに、完全にシカトし、食べてる途中だったトレイを持って、厨房へ持って行き、食堂を出て行ってしまった。

厨房の中には竹内がいた。

「竹内さん、あの人、誰ですか?」
「あれ?あれは社長の娘の望ちゃんよ。慶次朗ちゃんは、まだ会った事なかった?」
「ええ?あれが望さんっすか…真っ赤っすね」
「そう。あの子、お母さんがここを出て行ってから、精神的におかしくなっちゃってね。お母さんが赤い色が好きだったから、お母さんが帰ってきても、迷わないようにって、赤いの着てるらしいのよ。夜に部屋を赤くしてるのも同じ理由」
「そうなんですか…でも、あの人、出てくる事もあるんですね?ずっと部屋に籠り切りなんだと勝手に思ってました」
「調子がいい時は、朝と昼はここで食べる事があるのよ。夜は部屋に持って行ってる事が多いけどね。外にだって出て行くわよ」
「えっ?外出するんですか?」
「決まってるのはねえ、水曜日と土曜日。午後早くに出かけて、帰りはいつも夜の9時ぐらいに帰ってくるの」
「どこへ行ってるんですか?」
「マン喫らしいわよ。同じ場所かどうかは知らないけど、いつもマンガ喫茶で、ずっといるらしいわ。あの子ねえ、17歳の時にお母さんがいなくなったんだけど、普通だったら、アニメーターになりたかったらしいのよ。アニメの専門学校にも行ったんじゃなかったかしら。所謂マンガオタクで、部屋中マンガだらけよ」
「アニメオタクは聞いてます。すごいらしいっすね。そうっすねえ…」

慶次朗は、何となく納得して、自分の朝食のトレイを持ち、食堂へ向かった。



慶次朗は、リンちゃんを忘れていた事に気がついた。
深雪に訊くと、リンが地下アイドルとして活動していた事務所は高円寺にあり、その事務所の近くのライブハウスを出た後、リンの行方が分からなくなったという事が分かった。
今も、杉並西署が捜索しているようだが、家出や夜逃げの可能性もあるため、力が入っていないようだった。

リンは、事務所に50万円借りたまま、行方不明になったからだ。

慶次朗は、リンの行方が気になって仕方がなかった。

リンの傘が、恵美姉の死と関係があるように思えてならなかったからだ。

しかし、慶次朗にはリンを捜す手立てがなかった。

黒さんに相談しよう。慶次朗はそう思った。



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