夏目漱石「三四郎」12 美禰子は有名人?
夏目漱石の小説「三四郎」、明治41年(1908年)連載。
今回もまた、漱石も小川三四郎も私も大好きな「女」についての話。
1、最終章の「女」
前回の記事で、「三四郎」は小説の冒頭二段落のみで「女」が6回も出てくることにふれた。
では最後の章はどうなのか。最終である第十三章を見てみる。
一三
原口さんの絵はでき上がった。丹青会はこれを一室の正面にかけた。そうしてその前に長い腰掛けを置いた。(略)特別の待遇である。絵が特別のできだからという。あるいは人の目をひく題だからともいう。少数のものは、あの女を描いたからだといった。会員の一、二はまったく大きいからだと弁解した。(略)
「森の女」の前には開会の当日から人がいっぱいたかった。せっかくの腰掛けは無用の長物となった。ただ疲れた者が、絵を見ないために休んでいた。それでも休みながら「森の女」の評をしていた者がある。
美禰子は夫に連られて二日目に来た。原口さんが案内をした。「森の女」の前へ出た時、原口さんは「どうです」と二人を見た。夫は「結構です」と言って、眼鏡の奥からじっと眸を凝らした。
(略)
開会後第一の土曜の昼過ぎにはおおぜいいっしょに来た。――広田先生と野々宮さんと与次郎と三四郎と。四人はよそをあと回しにして、第一に「森の女」の部屋にはいった。
(略)
野々宮さんは、招待状を引き千切って床の上に捨てた。やがて先生とともにほかの絵の評に取りかかる。与次郎だけが三四郎のそばへ来た。
「どうだ森の女は」
「森の女という題が悪い」
「じゃ、なんとすればよいんだ」
三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊ストレイ・シープ、迷羊ストレイ・シープと繰り返した。(完)
(著作権切れにより引用自由です。)
「三四郎」は全十三章から成るが、最終である十三章目は短く、手持ちの新潮文庫で全337頁中の、3頁+3行のみである。
その3頁ちょっとの中に「女」が出てくるのは、7個。
やはり、女好きである。
1(2)里見美禰子は有名人?
十三章の「女」の数を勘定してて、全然違うことに気が付いた。
(これがあるから漱石作品読解はやめられない。いや最初から見落とさなければいい話だが、夏目漱石はさらっと、見落とししやすいように設定情報を混ぜ込んでくる。)
「三四郎」のヒロイン:里見美禰子は、実は有名人だった?
上でも引用した「十三」章冒頭の描写
原口さんの絵はでき上がった。丹青会はこれを一室の正面にかけた。そうしてその前に長い腰掛けを置いた。(略)特別の待遇である。絵が特別のできだからという。あるいは人の目をひく題だからともいう。少数のものは、あの女を描いたからだといった。会員の一、二はまったく大きいからだと弁解した。
画家・原口の描いた美禰子の肖像画が、展覧会で特別の待遇で飾られていた、と。
その特別待遇に対して、展覧会を見に来た客のうち、少数のものたちがこう言っていたと。
・「あの女(里見美禰子)を描いた絵だから、特別待遇なのだろう」と。
「少数のものはあの女を描いたからだといった」このほんの一言から、小説「三四郎」においてこの最終十三章で初めて判明することが、2つある。
1、里見美禰子は、「丹青会」なる画家団体?の展覧会を見に来るような人達の間で、知られた存在である。
2、『肖像画のモデルが里見美禰子だと、展覧会で「特別の待遇」が与えられる』ー この推測が成立するような地位に里見美禰子はいる
1について
展覧会を見にくる客は肖像画を見て、すぐにそれが「あの女=里見美禰子」とわかったことが、前提である。
かつ、彼ら彼女らの会話で「あの女」と呼んで互いに普通に通じることも、前提である。
つまり、里見美禰子は知られた存在だったのだ。
2について
「あの女を描いたから」これだけで、その絵を展覧会で特別待遇することの理由として成り立つと。少なくとも会話者たちはそう認識しているということである。
つまり、里見美禰子は何らかの意味で社会的地位なり、権力なりがあるということである。
では里見美禰子に一体どんな権力があって、どんな有名人だったのか?
むろん「三四郎」にその直接的な説明はない。
下世話な推測では誰か権力者の愛人だったのか?
とりあえずここまでにして、またこの観点から「三四郎」を読み直したい。
