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漱石「こころ」考察86 先生と新聞と大正元年9月13日

夏目漱石の小説「こころ」、大正三年(1914年)連載。

「こころ」は、主要登場人物:「先生」が、明治天皇の崩御と、その約45日後の乃木希典殉死を受けて、自ら命を断つことを示すのがラストである。

そのため、「明治の精神に殉じた先生は~」「先生の殉じた『明治の精神』とは~」などと語られることもある。

しかし私はその方向で語りたくはない。

なぜなら「こころ」の主人公:「(わたくし)」が、明らかにおかしな態度を取っているからだ。明治天皇崩御に対しても、乃木希典夫妻の殉死に対しても。

前回は明治天皇崩御(1912年7月30日)について書いた。
今回は乃木希典夫妻の殉死(1912年9月13日)について。

なおこの記事は「先生と私の大正元年9月13日」とするつもりだったが、先生の9/13だけで長くなってしまった。



1、先生と乃木希典も、なんかおかしい


私は前回の記事で、明治天皇崩御につき、「先生」はオマージュを感じているみたいだが「」は違う、と書いた。

この対比だが、乃木希典夫妻殉死については、先生の受け止め方もなんかちょっとおかしいのである。
「こころ」の記載順とは異なるがまず先生から。

明治天皇崩御により元号変わって大正元年9月13日(1912年)。いや13日は殉死の日だからそれを伝える「号外」が先生宅に届いたのは翌9月14日か。

・・・ 私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。
 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました。西南戦争の時敵に旗を奪られて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。(略)
 それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。

(「下 先生と遺書」五十六)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

なお引用した「下 五十六」は、「こころ」の最終章である。

1(1)指を折って45-10を計算?

既に何度も書いているが、漱石作品に出て来る「指を折って勘定」は、毎回毎回おかしいのだ。

西南戦争のあった明治10年(1877年)と、明治45年との差の計算である。

つまり「45 - 10 = ?

この算数を、指を折って勘定するなど、あり得ないだろう。試しにやろうとしたが実行不可能だ。

あるいは先生は殉死の報道にショックを受けて「思わず」おかしな行動をしてしまったのか?
いや先生は「指を折って ~ 勘定して見ました。」と、あたかも指折りでの算出を、完了し終えたかのような書き方をしている。

これが気が動転したのであればたとえば「一瞬、指を折って勘定するというおかしな事をやりかけましたが気が付いて普通に暗算しました」となるだろう。しかしそんなことは全く書いていない。


この謎の指折り勘定で、夏目漱石がなにが言いたいのかはまだ私にはわからない。
ただ一つ言えるのは、漱石は乃木希典殉死に関して「先生」に、なにかウソを書かせているということだ。よく読めばなにかおかしいとわかるようなウソを。


1(2)指を折って「4 - 1」を計算?(「私」)

ちなみに前半で「私」もおかしな指折りをしている。

東京へ帰ってみると、松飾りはいつか取り払われていた。町は寒い風の吹くに任せて、どこを見てもこれというほどの正月めいた景気はなかった。
(略)
私は今まで幾度か手を着けようとしては手を引っ込めた卒業論文を、いよいよ本式に書き始めなければならないと思い出した。
  二十五
 その年の六月に卒業するはずの私は、ぜひともこの論文を成規通り四月いっぱいに書き上げてしまわなければならなかった。二、三、四と指を折って余る時日を勘定して見た時、私は少し自分の度胸を疑った。(略)私にはただ年が改まったら大いにやろうという決心だけがあった。

(「上 先生と私」二十四、二十五)

描写からすれば正月明けの1月上旬~中旬であろう。
そこから卒業論文の締め切りである「四月いっぱい」までのリミットを数えるのに、指を折るのもやはりおかしい。

数える単位が仮に「日」であれば指が足りなさすぎる。「週」であればひと月4週間として暗算したほうが早い。

ましてや描写の「四月いっぱい二、三、四と指を折って」を見ると、あたかも「月」を勘定したかのように読める。
「4 - 1」の算数を、指を折って勘定したというのか、東京帝国大学生の「私」が。

やはり、夏目漱石は先生の「指折り勘定」は不自然だと示しているのだ。
「45 -10」と、「4 - 1」をやらせることによって。


1(3)殉死の理由は「よくわからない」

また先生は乃木希典夫妻が殉死した理由について、「よく解らない」と書いている。

この書き方も引っかかる。
むろん他人の気持ち・他人が自決する理由など厳密には理解できないであろう。

しかしこの先生の「私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように~」との口ぶりからは、殉死への感銘というよりは、少し突き放した感じが読み取れなくもない。
先生が、乃木希典の明治天皇への気持ちや二人の関係性などに思いをめぐらした様子は全くないのだ。


1(4)乃木静子にふれていない


そして先生は、乃木希典とともに殉死した夫人:乃木静子について、まったくふれていない。まったく一言もふれていない。
「こころ」の「下」だけを読んだら、殉死したのは乃木希典1人かのように見えてしまう。

しかし、当然ながら乃木静子もともに殉死している。
かつそのことに、田舎の「私」は普通にふれている。

作者:夏目漱石はあえて、先生には乃木静子にふれさせなかったのだ。

その意味を、また続きで書きたい。


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