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漱石「こころ」考察90 父も未亡人も明治天皇も同じ病気

夏目漱石の小説「こころ」、大正三年(1914年)新聞連載。

私はこの「こころ」についてこう思っている。
・一見、明治天皇の崩御や乃木希典殉死事件に感銘を受けたように見せ掛けておいて、よく読めば殉死事件や明治天皇について驚くほどひどい揶揄を混ぜている、と。

なお私の明治天皇や乃木希典に対する意見ではなく、あくまで夏目漱石がそう書いているという読解である。

今回はこれ。
・「(わたくし)」の父親も、未亡人(奥さん)も、明治天皇も、同じ病気であったと書かれている
・そして「私」の父は、何度も・・をされている。
・つまり明治天皇も、、



1、「私」の父と未亡人の病気


「私」の父は腎臓病であった。
そして静の母親(「未亡人・奥さん」)も、その病気で亡くなったと。

 父はかねてから腎臓を病んでいた。中年以後の人にしばしば見る通り、父のこの病は慢性であった。
(略)
 先生の奥さんの母親という人も私の父と同じ病気で亡くなったのだという事が始めて私に解った。

(「上 先生と私」二十一)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

このように「私」の父と未亡人とが同じ腎臓病であると示されている。
このことはその後も何度もふれられている。まるで念押しするかのように。

「なるほど容体を聞くと、今が今どうという事もないようですが、病気が病気だからよほど気をつけないといけません」
 先生は腎臓の病について私の知らない事を多く知っていた
(二十四)

「そんなに容易く考えられる病気じゃありませんよ。尿毒症が出ると、もう駄目なんだから」(略)
「本当に大事にしてお上げなさいよ」と奥さんもいった。「毒が脳へ廻るようになると、もうそれっきりよ、あなた。笑い事じゃないわ」
(三十四)

(「上 先生と私」)

父の病の性質について、私の知る限りを教えるように話して聞かせた。しかしその大部分は先生と先生の奥さんから得た材料に過ぎなかった。母は別に感動した様子も見せなかった。ただ「へえ、やっぱり同じ病気でね。お気の毒だね。いくつでお亡くなりかえ、その方は」などと聞いた。

(「中 両親と私」二)


2、明治天皇の病気


そして明治天皇が崩御するに至った病気も、同じだと示されている。

「おいご覧、今日も天子さまの事が詳しく出ている」
 父は陛下のことを、つねに天子さまといっていた。
「勿体ない話だが、天子さまのご病気も、お父さんのとまあ似たものだろうな」
(四)

私は父の健康についてよく母と話し合った。
「まったく気のせいだよ」と母がいった。母の頭は陛下の病と父の病とを結び付けて考えていた。私にはそうばかりとも思えなかった。
(五)

(「中 両親と私」)


3、浣腸とそして下の世話


そして「私」の父は、これをされる。
浣腸である。

しかも浣腸だけでなく、下の世話についても妙に生々しく強調される。

二人の医者は立ち合いの上、病人に浣腸などをして帰って行った。
 父は医者から安臥を命ぜられて以来、両便とも寝たまま他の手で始末してもらっていた。潔癖な父は、最初の間こそ甚しくそれを忌み嫌ったが、身体が利かないので、やむを得ずいやいや床の上で用を足した。それが病気の加減で頭がだんだん鈍くなるのか何だか、日を経るに従って、無精な排泄を意としないようになった。たまには蒲団や敷布を汚して、傍のものが眉を寄せるのに、当人はかえって平気でいたりした。(略)
 浣腸をしたのは作さんが来てから二、三日あとの事であった。父は医者のお蔭で大変楽になったといって喜んだ

(「中 両親と私」十三)


この後、父がいよいよ息を引き取ろうかという間際でも、さらに浣腸やその世話がわざわざ記されている。

私はいよいよ父の上に最後の瞬間が来たのだと覚悟した。
十八
 病室にはいつの間にか医者が来ていた。なるべく病人を楽にするという主意からまた浣腸を試みるところであった。(略)私は兄に代って、油紙を父の尻の下に宛てがったりした。
 父の様子は少しくつろいで来た。三十分ほど枕元に坐っていた医者は、浣腸の結果を認めた上、また来るといって、帰って行った。
(略)
私は父の眼の前へ顔を出して、「どうです、浣腸して少しは心持が好くなりましたか」と尋ねた。父は首肯いた。

(「中 両親と私」十七・十八)


こうして漱石作品を読み返すと時おり感じるのだが、あるポイントを気にしながら読むと、実は何度も何度も強調されていたことに気付かされる。
この「浣腸」もそうだった。

今にも亡くなろうかという父親を目の前にして、「私」は三度も、浣腸を書いている。
そして、「私」が作中において父にかけた最後の言葉がこれなのである。

・「浣腸して少しは心持が好くなりましたか


4、つまり明治天皇も


浣腸と下の世話にまつわる描写を列挙する。

・医者は浣腸して帰った
両便とも寝たまま他の手で始末してもらう
・床の上で用を足す

病気で頭が鈍くなるのか無精な排泄を意としない
蒲団や敷布を汚して傍のものが眉を寄せるのに当人は平気
・浣腸
楽になったと喜ぶ
最後の瞬間も浣腸
・油紙を尻の下に宛てがわれる
息子からこの世で最後にかけられた言葉が
 「浣腸して心持好くなりましたか


何度も言うがこれは私がいってるのではない。文豪:夏目漱石が書いているのである。

そして、「私」の父と、未亡人と、明治天皇とは、同じ病気である。

つまり夏目漱石はこう書いているのだ。

・明治天皇も、・・され、両便とも、、、頭がだんだん、、、、、


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