世界の肉には答えがある③
アメリカのステーキを思い浮かべるとき、そこには必ず「大きさ」がある。
分厚いリブアイ。骨付きのポーターハウス。皿からはみ出しそうな肉の塊。
しかし、アメリカのステーキ文化を特徴づけているのは、単に肉が大きいことではない。
強い火で焼き上げた表面の焦げ、豊かな脂、黒胡椒、ガーリック、そして仕上げに溶けていくバター。
アメリカでは、肉そのものを味わうだけでなく、肉の魅力を最大限まで増幅して食べる。
だから合わせるワインにも、繊細さより存在感が求められる。
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アメリカのステーキハウス文化は、19世紀後半から20世紀にかけて都市とともに発展した。
鉄道網が広がり、中西部で育てられた牛肉がニューヨークやシカゴなどの大都市へ運ばれるようになる。
経済成長によって、上質な牛肉を食べることは成功や豊かさの象徴になった。
暗い照明。
革張りの椅子。
重厚な木の内装。
大きなステーキと赤ワイン。
現在のステーキハウスに残る独特の雰囲気は、単なる装飾ではない。肉を食べる行為そのものを、特別な体験に仕立てるための舞台である。
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トスカーナのビステッカは、赤身肉を塩とオリーブオイルで食べる。
オーストラリアでは、グリルで焼いた赤身肉に胡椒を効かせ、シラーズを合わせる。
一方、アメリカの中心にあるのは、脂の豊かな牛肉だ。
代表的なのがリブアイ。
赤身の間に脂が入り、焼くと脂が溶けて肉全体を包む。
ニューヨーク・ストリップやポーターハウスも人気だが、いずれも厚切りにして高温で焼き、表面に強い焼き目をつけることが重視される。
この焼き目が重要だ。
肉の表面が高温にさらされると、香ばしい風味が生まれる。そこへ黒胡椒やガーリックを加え、最後にバターを溶かす。
すると料理の味は、赤身だけでは成立しないほど濃くなる。
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その肉に合わせる代表的なワインが、ナパ・ヴァレーのカベルネ・ソーヴィニヨンである。
ナパのカベルネには、熟したカシスやブラックベリーを思わせる果実味がある。
アルコールには厚みがあり、タンニンもしっかりしている。
さらに樽熟成によるバニラ、トースト、コーヒー、甘いスパイスのような香りが重なる。
この樽香が、バターや焼き目の香ばしさとつながる。
果実味は肉の甘みを受け止め、タンニンは脂とタンパク質によって穏やかになる。
肉を食べるとワインが滑らかになり、ワインを飲むと肉の脂が重たく感じにくくなる。
互いを控えめに見せるのではなく、互いの魅力をさらに大きくする組み合わせだ。
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ここがオーストラリアとの違いである。
オーストラリアのシラーズも濃く、果実味が豊かだ。しかしその相性の中心には、グリルの煙や黒胡椒がある。
アメリカのカベルネの場合、中心にあるのは牛肉の脂とバター、そして樽だ。
シラーズが肉のスパイスとつながるなら、ナパのカベルネはステーキハウス全体の濃厚さとつながる。
同じ大きなステーキでも、料理の設計が違うため、選ぶワインも変わるのである。
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アメリカのステーキには、肉だけでなく付け合わせも重要だ。
クリームド・スピナッチ。
マッシュポテト。
マカロニ・アンド・チーズ。
オニオンリング。
いずれもバターや乳製品、揚げ油を使った濃厚な料理である。
軽い赤ワインでは、肉に到達する前に負けてしまう。
だからカベルネ・ソーヴィニヨンのような構造の強いワインが必要になる。
高いタンニン、豊かな果実味、樽の香り。
それらはステーキだけでなく、皿の周りにある料理すべてと釣り合うためにある。
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もちろん、アメリカの肉に合うのはカベルネだけではない。
甘辛いバーベキューソースならジンファンデル。
燻製香の強いブリスケットならシラーやマルベック。
脂の少ないフィレなら、メルローや熟成したピノ・ノワールも候補になる。
それでも、クラシックなアメリカンステーキを一杯で表現するなら、やはりナパのカベルネが最も分かりやすい。
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アメリカのステーキは引き算の料理ではない。
肉を焼き、塩を振り、胡椒を効かせ、バターを溶かす。
そこに濃厚な付け合わせを並べ、力強いワインを開ける。
すべてを重ねて、満足感を最大にする。
トスカーナが素材を尊重し、オーストラリアが火とスパイスを楽しむ文化なら、アメリカは豊かさそのものを皿の上に表現する文化だ。
だからワインも遠慮をしない。
バターをのせたステーキには、樽の効いたカベルネ。
肉の国には、その国なりの答えがある。
次回はフランス編。
肉そのものよりも、ソースによってワインの選択が変わる国の話をしたい。
