私淑としてのルイジ・ヴェロネッリさん
Vol.063
イタリアのワイン文化を伝えるうえで、主が気にする語り口があります。ワインの味わい以外に、造り手の情熱や哲学を受けとめ丁寧に寄り添うナラティブ。伝統に則った栽培法を受け継ぎながらも、独自の方策を繰り返してブドウを育てる、というチャレンジングな造り手の想いを言語化することです。結果、イタリアワインは、文化として豊潤な読み物にも発展し、時代を超えて愛され続けられる、と考えています。
イタリアワインの近代化前後に、そんなナラティブを誰よりも先に実践したのが、ジャーナリストのルイジ・ヴェロネッリさんです。おそらく、イタリアワインが好きなひとでも、ヴェロネッリさんについて知るひとは少ないと思えるため、彼のキャリアを説明します。

ルイジ・ヴェロネッリさん(1926~2004)
1926年ミラノに生まれる。ミラノ大学で古典や哲学を学び、生涯にわたってアナーキズムを自認したそうです。1950年代半ば、社会思想、哲学系の出版に関わり、雑誌も創刊しました。挑発的といわれた文体はやがて、新聞や食の専門誌でワインや料理について語るようになりました。
ワインジャーナリストして大きな転機となったのは1979年、テレビ番組『イタリアワインの感傷的な旅/Viaggio sentimentale nell‘Italia dei vini』の出演といわれています。ドキュメンタリータッチの番組は、農村の現場を詳細に検証することをはじめ、大量に生産するワインの工業化を批判しました。取材した造り手のなかから、後に多くの有名人が誕生しました。たとえば、ピエモンテ州のブルーノ・ジャコーザさん、フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州のマリオ・スキオペットさん、トスカーナ州のフレスコバルディさんです。
彼らのワイン造りを通して、ヴェロネッリさんは「土地に根差し、農民性を持ち、個人として責任を負う造り手のみが、“歴史”になる」と語りました。
その後、多くのイタリアワインの愛好家を魅了するガイドブック『I vini di Veronelli(Guida Oro)』を1991年に創刊。先のテレビ番組で素地をつくった思想を一冊に綴じ込めた編集は、産業的で画一的な大量生産のワインには厳しく評し、小規模生産者の価値を上げました。地域の歴史を大切にし、誰がどのように造ったのかという倫理的な面からもワインを語るスタイルを確立したのです。
『I vini di Veronelli(Guida Oro)』は、前回のnoteでも少し触れましたが、下記の切り口が主眼です。
1)ワインと土地を理解するための羅針盤
2)1年におよぶテイスティングを通したワインの比較
3)点数主義に陥らず、物語、歴史、造り手の価値を評価
4)生産者を中心舞台に据える
しびれますね。まさにワインに限らず、食やレストラン批評にも影響を与えたヴェロネッリさんの眼差しです。
主がそんな視点に賛同するのは、いまのファッションの論説に足りない重要なポイントをついているからです。うまいまずいで語るワイン批評では、本質がみえてきません。ワインに点数がついていれば、その数字だけが独り歩きします。ワイン造りの歴史やテロワールを通して、造り手の哲学を探ることこそ、ワインの真髄に迫る言説になるのではないでしょうか。これは、ファッション評にも置き換えられる意義深い考え方です。

著者Gian Arturo Rota, Nichi Stefi
表紙下方に飾った
ヴェロネッリさんの言葉が最高です。
”人生は短い。
つまらないワインに費やす時間などない”
ヴィーノサローネがテーマに掲げる“ファッションとワインとのであい”は、ヴェロネッリさんから学ぶことはあまりにも多い。私淑として、彼が歩んできた仕事の履歴をこれからも掘り起こすつもりです。
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。
