<短い評伝>ルイジ・ヴェロネッリ -- ワインを「文化」に変えたひと
Vol.064
イタリア中の畑を歩き回る批評家
戦後のイタリアにおいて、ワインはまだ地方の産物にすぎなかった。生産者は知られていても、ワインの価値は曖昧で、農民の生活の延長にある飲み物と思われていた。そのころに現れたのが、後に偉大なワイン批評家となるルイジ・ヴェロネッリ(Luigi Veronelli)だ。
ヴェロネッリは、1926年ミラノに生まれた。ミラノ大学で哲学を学び、しばらくは思想の世界に身を置く。やがて出版社を立ち上げ、雑誌を創刊し、政治や文化について書くようになる。ワインに出合ったのは、やや遅い。新聞社から哲学欄に空きがないため、別のテーマで書くよう勧められたことがきっかけだったそうだ。書きはじめたワインや食の記事は、「社会を語るための入り口」となり、いわゆる嗜好品としての解説に留まらなかった。

イタリアワインのガイドブック
『I vini di Veronelli(Guida Oro)』を創刊した
ルイジ・ヴェロネッリ(1926‐2004)。
ワイングラスを片手に、にこやかとした表情。
机上だけで語ることを好まなかったヴェロネッリは、クルマでイタリア各地を巡り、畑を歩き、農民の話を聞くことで“土地の記憶”に迫ることにした。1979年制作、1980年に放送が開始されたテレビ番組『イタリアワインの感傷的な旅』では、畑の土を手に取りブドウをみつめ、倉庫に積まれた樽の中をのぞき込み、時には手づくりの料理が並んだ農家の食卓にも同席した。
あるとき、ローマ近郊の名もなき畑に迷い込み、銃を持った地主に呼び止められた。「盗人ではない」と事情を説明すると、その場でワインを飲ませてもらう。名もない“地のワイン”に感嘆する。市場には出ていないが、明らかに特別な味。後にそのワインは販売され、造り手はちょっとしたスターになる。こうした偶然の積み重ねは、やがて、イタリアワインの地図を大きく書き換えていく。
番組を通してヴェロネッリが掴んだことは、「ワインは畑で生まれる」という紛れもない事実。現在では常識となったこの言葉は、当時、ほとんど共有されていない考え方だった。その言葉に励まされた多くの生産者は、自分たちの畑をみつめ自信がわいた。後に、バローロの巨匠となる造り手は、ヴェロネッリのことを「偉大なワインは畑から生まれる、と教えてくれた最初のひとだった」と語っている。批評家でありながら、鋭敏な発見者でもあったのだ。
味覚だけに捉われないワイン選び
ヴェロネッリは、挑発的な言葉を残している。「人生は短い。つまらないワインに費やす時間などない(La vita e’troppo corta per bere vini cattivi)」。これは味の好みの表明ではない。思想の核心であり、生き方の基準ともいえる。生涯、自らをアナーキストと称し、ワインの評価にも権威や制度ではなく、造り手と土地に価値をみいだす立場を貫いた。
いわゆる「工業化されたワイン」が好きではなかった。大量生産され、均質で、誰が造ったのか分からないワイン。土地の記憶も、人の意思も乏しいワイン。ヴェロネッリにとってそれは、味の良し悪しではなく「悪いワイン」なのだ。
ヴェロネッリは、小規模な造り手たちが日々抱える困難を見据えていた。土地の立地に縛られながらも、その場の個性を映し出すワインを、農民たちは試行錯誤しながら造る。極端に聞こえるかもしれないが、誰が造ったのかわかること、どこで生まれたのか説明できること。ワイン造りの情報の透明性に価値がある、という考え方だ。整った工業製品より、農民のワインに価値がある、とヴェロネッリはいう。
制度にも距離を取り続けた。原産地呼称や等級は、しばしば現実の品質を覆い隠す。エチケットにある、あまり知られていない生産者の名前こそ、みるべきだと説いたのだ。その思想は、やがて地方の食文化を維持するための認証制度づくりにも繋がる。晩年のヴェロネッリは、グローバル化に対抗する運動にも関わり、農民や小規模生産者の立場からの発言を絶やさなかった。
ヴェロネッリのワイン批評は、味を語ることが主眼ではない。つまり「どのような土地のワインを選ぶか」という問いなのである。単一畑の概念、土着品種の復権、小規模生産者の哲学。いまや当たり前とされるそういった価値観は、ヴェロネッリが言葉にして社会に問い、押し出したものだった。
ワインにあまり興味がない人でも、きっと理解できると思う。それは、「何を食べ、何を飲むか」という食生活を通じて「どう生きるか」に関わる問いである。ワインを「文化」に据え、透徹した論理で健筆をふるった人物がヴェロネッリだった。

1960年代後半、
イタリアのワイン造りの飛躍を目指し、
ドイツのワイナリーに視察旅行したときの一葉。
イタリアを代表するワイナリーの
オーナーたちを引き連れて
銘醸ワイナリーをオーガナイズしたのが、
なにを隠そうルイジ・ヴェロネッリだった。
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。
