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出版差し止めの問題作、福島次郎「三島由紀夫 剣と寒紅」のサイコパス味が堪らない件



はじめに

前記事↓ で、三島由紀夫について調べている中で、

彼が肉体関係を持ったらしい福島次郎という人物が、のちに作家になり(芥川賞候補にもなっている)、三島との関係を本にしたというのを知りました。

それが「三島由紀夫 ー 剣と寒紅」

発刊後、遺族(三島氏の娘と息子)から裁判を起こされ、最高裁まで行くも敗訴し、発禁処分になったという曰く付きの本。

これ、てっきり、三島氏の性生活を含む暴露本なので(一応”小説”という体でフィクションということにしているけど、登場人物の名前も実在のままだし、おそらくほぼノンフィクション。少なくとも福島氏側の真実ではあるのだとは思われる)、名誉棄損なのかと思ったら、三島の福島氏宛の手紙(私信)を勝手に載せたことが争点で、”著作権侵害”としての裁判。

刑事責任としては、その主張する部分が真実ならば名誉棄損は成立しない(民事は真実でも棄損した事実があれば成立するんですよね)。福島&三島両氏のベッドでの出来事などは真実とも虚偽とも証明のしようがないので、より勝利できる可能性が高い著作権侵害で戦うことにしたということでしょうかね?

しかし出版元の文芸春秋は初版から10万部も発行して、結局9万部は販売された。回収もすぐに行われず、2ヶ月ぐらいは書店に並んでいたそうで、裁判で訴えられるのも承知の上での戦略だったのではという意見もある。←私もそう思う(苦笑)。

で、私はこの本、図書館にあったので借りたのですが、もう発禁処分は解かれたのでしょうかね?調べてみると、発禁処分ではなくて出版差し止め絶版になったということらしいです。つまり「もうこれ以上増刷しません」ってことですね。なら、その出回った分が図書館にあってもおかしくないし、Amazonでも購入可能なのも納得。発禁処分だと回収と流通することさえ禁止っぽいですもんね。

で、実際に読んでみたところ、私的には非常に面白い本でした!!\(^_^)/

一方、出版差し止めを希望した遺族の気持ちもよ~くわかる!!(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウンワカルヨ~。
自分達の父親や母親のことを愛し、尊敬していればいるほど、こんなの書かれたら堪らないだろうなと。

心中お察しいたします…とは思いつつ、「人間・三島」の姿が、ある側面が(隠しつつもダダ洩れだった気がするけど😅)、ある意味リアルに描かれていて、(野次馬根性&覗き見趣味を否定できない私には |ω・)チラ)物凄く興味深かったし、著者の福島氏が妙に冷静というか、冷酷というか、ある意味冷めた観察眼と、時間を経ての考察や推察には一定の説得力があって、なるほどな~、そうかもしれないよねぇ…と思う部分も沢山あった。

ということで、私が面白かった点などを書いていきたいと思います。

*****

第一章←ツカミはOK!?


本は四章で構成されています。

「第一章 家族の歯車」は、三島氏が自決した当時(1970年11月25日)の自身の状況や感想、そして当時故郷の熊本で教師をしていた福島氏が、その後、東京まで赴き、三島邸に弔問しに行った時のことがメインで書かれている。

この章で、福島氏が三島氏を裏切り二人の関係は断絶しており、弔問に行くことも許されるのか?と悩んだりしている。しかしその裏切りの内容は”まだ”語られない。それはこの後の章で順に語られていくので、読者としてはある種の謎を提示され、それが何なのか?と関心を引っ張られることになる。よって自然と興味というか、他人の恋愛事情?破局理由?への野次馬根性を刺激されるようになっているので、ある意味ツカミはOK!!な第一章なわけです😅。←下世話な人限定ですけどねw

そして、この福島氏は、地方の、あまり育ちのよろしくない家庭の出身(母親が賭場の元締め。養父はそれを守るヤクザ。兄弟は皆父親が違う。幼少期に大叔母に預けられ育てられる。祖父は愛人二人と暮らしていた…などなど結構複雑。後に母親と暮らしている時の描写で、彼女が日蓮正宗の宗教団体信者、その仲間とべったり…というのがあって、ああ~、まだ日蓮正宗から破門されていなかった頃の創〇学会だろうなぁ~と思ったり。そういう人物が、祖父、父ともに官僚出身、母親は加賀藩の漢学者の家系という上級国民のハイソな三島家に書生という形で入り込み、そこでの家族の人物像を観察&分析したり(←自分の家族とはあまりに違うから興味津々&憧れがあるわけです)、人間関係(母と息子、姑と嫁関係とか)も鋭い観察眼で冷静に見つめてたりする。

ここもまた、ちょっとした「家政婦は見た」的な世界と言いましょうか😅、他人の家庭のことを覗き見しているような、下世話な精神をお持ちの方(私のことね(/ω\))にとっては大変興味深く感じる部分(←自分のことながらホント下品でイヤだわ~www)。でもその下世話な精神が読書の推進力になるのも事実なんですよねぇ…人間の業というか、愚かしい性というか、そういうのよくわかってるぅ~、福島さん!😅

サブタイトル的に付けられている「剣と寒紅」の寒紅とは、三島氏の母である倭文重(しずえ)さんがしていた口紅から来ている。福島氏が三島氏の死から一週間後に弔問で三島邸を訪れ、一泊させてもらった翌朝、彼らの住む離れから息子夫婦が住む白亜の邸宅まで歩いてくる倭文重さんを見かける(彼女に気づかれない形で)。その時に福島氏は違和感を感じる。倭文重さんがしていた少し場違いに感じるほどの赤い口紅。その色が鮮明に記憶に焼き付けられた。12月初旬の寒い季節に映えた赤い口紅から、”寒紅”という言葉が来ているわけです。

で、その違和感とは…前日までは化粧っ気がなかったのに、その日は薄化粧をし、少し笑みを浮かべてはずむような足取りで倭文重さんはやってきた。溺愛していた息子の死からまだ一週間ほどなのに、焦燥し切っているでもないこの行動を見て、違和感を感じ、福島氏はこう分析する。(過去に見た息子を亡くした母親たちとは全然違ったので)

妻・瑤子さんとの縁談の話はあったものの、そもそも結婚をする気が無かった三島氏。ずっと断り続けていた。しかし母・倭文重さんに癌の疑いが出て、急遽自分で縁談を進めて結婚してしまった。しかしその診断が後日、誤診であることがわかる。結婚後は両親の住む離れにもあまり寄り付かなくなり、倭文重さんにとっては息子を奪われた気持ちになっていたと想像する。そもそも三島氏の幼少時は祖母(倭文重さんにとっては姑)に息子を奪われていた。なので、祖母の元から戻ってきて、夫側家系の官僚の道よりも、文学という自身の家系のルーツを選んだ息子(おそらく倭文重さんの教育の賜物)は溺愛の対象になってもおかしくない。母親の安心のために自分の性的指向を越えてまでも結婚しようとする息子。一卵性親子的強い結びつきを感じる。それほどの絆がありつつも、自身の家庭(妻と子供たち)を優先せざるを得ない三島氏が、死という不本意な形ながら、ある意味、誰のものでもなくなり、自分の元に帰ってきたような感覚になり、息子の死後数日という状況にあってさえ、少し高揚しているような姿を見せたのでは?…と考察していた。

勝手に倭文重さんの心情を想像してこんな風にも書いている。

(これで公さん(三島氏の本名”公威(きみたけ)”から。でも読みは”
こうさん”)は、わたしの中に還ってきたのよ。公さんが見事に死んだわけは、わたしだけが知っている。誰にもわかりはしない。死んで、わたしの中へ還ってきた。わたしの中へ還ってくるには、公さんとしては、もう死ぬしかなかったのね。その苦しい気持は、わたしには充分わかってるの。もう、誰にもわたさない。公さんは、これで晴れてわたしだけのものになってくれたのね。これから、ずっと二人だけで…)

これが晴れ晴れとした表情の理由だろうと。

実際にその家庭に入り込み、彼らの微妙な表情の変化からその思考を読み取ろうとしていた人物ならではの説得力はある気がします。公の場で対談とかしていただけの接点の人物より、仮面を外した日常生活の中での素の彼らの顔を見てきた。やはり見える景色も違ってくるはず。

ただ、福島氏自身も、三島の妻・瑤子さんから(三島氏の愛人だったとバレてる可能性があるから)嫌われていると思っているので(←彼女の態度や冷たい視線からそう感じている)、自分が第二の母のように慕う倭文重さんと嫁である瑤子さんとの間に確執があると思い込みたい部分もあるのかもしれない。そう言う風に恣意的に書いている可能性も頭の片隅に置きつつも、最後の章で三島氏の死後何年か経ってから、病院で寝たきり状態、返事も出来ない倭文重さんを見舞いに行く下りがあり、そこで親族が誰も見舞いや看病に来てないことを看護婦から聞く。そういうのを読むと、まあ人情的には瑤子さん=薄情=悪的な誘導に乗せられてしまうんですよね。実際には倭文重さんによる執拗な嫁イビリとかもあったかもしれない。そこは片方の、それも第三者の限定された期間の情報に頼るのは危険。ただこういう風に感じた人もいるんだなと。まあ息子や娘にしたら、母親が愛情の無い結婚をされ、祖母と父との絆を断絶した張本人、男の愛人にも嫉妬し、最後は薄情な人物だったと書かれたら、そりゃあ出版差し止めしたくなるのもわかるわけです。私だって自分の母親のイヤなところ、嫌いなところいっぱいあったけど、それを他人に言われて、金儲けの道具にされるのはイヤですもん。やるなら自分でやりたいですもん!!←違うか?www


第二章←不感症の小悪魔


第二章のタイトルは「真夏の破局」

ここで話は、三島氏が死亡した1970年から、福島氏が三島氏と出会った頃、昭和26年、1951年に遡る。

東京で学生をしていた福島氏がどうやって三島氏と出会い、三島家(三島はペンネームなので実際は平岡家)の書生のようになっていくのかが福島氏視点で語られる。←そう、まずそれを知りたかったのよ!新進気鋭の人気作家と、地方出身の貧乏学生。どこに接点があったのか興味津々でしたからwww😆

幼少期から同性愛者という自覚はあった福島氏。教師にプラトニックな恋心を抱いたりすることはあっても、誰かと関係を持つことはなかった(自慰行為さえ知らないほどだった)。進学していた東京から、祖父の看病のために一旦故郷熊本に帰っていた時に、三島氏の「仮面の告白」と出会い衝撃を受ける。そこから彼の作品を注目して読んでいた。再び東京に戻ってきた頃、三島氏の「禁色」の連載が始まる。そこで作中に出てくるゲイが集まる店「ルドン」のような店が実際に存在するのか気になる。「実在するなら是非行ってみたい!!」という思いが募り、それを三島邸まで訊きに行くという大胆な行動に出る😲!!

*****
ちょっとここで脱線。

全然関係ないけど、昔、ルドンじゃなくて「アドン」っていうゲイ雑誌がありました。「アドン」ってどういう意味か考えたこともなかったけど、「Adonis boy」ってのが元の名前で、その最初の4文字からアドンになったっぽいですね。(Wikiリンク

じゃあ「ルドン」はどういう意味なんだろう?🤔とググったけど、これと言ったのが出てこなかった。画家のオディロン・ルドンの絵のイメージと、暗い淫靡な店の雰囲気を重ねた説をAIさんは出してきたけど、果たして本当だろうか?(ルドンの絵は花瓶に入ったキレイな花の絵もあれば、一つ目の巨人のようなものが描かれたものなどもあって、キレイと不気味さ、両面あるような作風)

ちなみに、ルドンという店ののモデルになったのが「ブランスウィック」(ブランズウィックとになることもあるけど、どっちが正解なのかな?コチラの記事を読んで、その意味にビックリ!!Wickingが寝てる相手の口に性器を差し込むことだったり(そういう性的イタズラ?詳細はよくわかりませんが嫌すぎる😵)、”Dip the wick”は女性器や肛門にペ〇スを挿入すること…なんて書いている。WickじゃなくてDickならわかるんだけど、文字を入れ替えた隠語なんですかねぇ。WをVのように発音する場合があるから、そうなるとヴィック。ディックとちょっと近いかも? じゃあ、映画の「Wicked」って…なんかとんでもない卑猥な意味を込められてたりするの?w😅あの映画もLGBTQ要素ありますもんね(ちなみに原作者もゲイ)。ゲイ達にも凄く人気だけど、ゲイよりはレズ的映画だから、ぺ〇スがどうとかいう意味はなさそうだけど…どうなんでしょう?ググってみたけどそれらしいものは出てこなかった。

ブランスウィックに話し戻して、英語で書くと「Brown’s Wick」らしい。表面的には”蝋燭の消した芯(Wickに蝋燭の芯の意味がある)”とか、”煙草の吸殻”とかの意味になるそう。しかし上記の卑猥な意味から考えると、Wickがぺ〇スなら、ブラウンの、つまり茶色いぺ〇スってこと?いやブラウンさんのぺ〇スってこと?当時多くいた進駐軍、それも黒人のブラウンさんのってこと?それとも茶色い(ものが出てくる)ところ=ケツの穴にぺ〇スを入れるってこと?まぁ~エログロお下劣!!←お前の想像力がなっ😅 コレって英語圏でも広く知られた表現なのかとググって見たけど、特に出てこないんだけど…。当時の日本でだけ流行ったのかなぁ?なかなかに高度(かつ下品w)な隠語ですよね。進駐軍にいたゲイが名付け親だったりする?誰が名付けたのか気になるなぁ。
ちょっと「ブランスウィック」っていう店名聞くだけで恥ずかしくなってしまう話でした!!😳

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話戻って、三島家に突撃した福島氏。

相手にされないと思ったが、お手伝いさんに渡した言伝てが本人に届き、意外にちゃんと相手をされる。変に「ファンです!!」とか訴えずに、「ルドンの場所を教えて欲しい」という変わったアプローチ(かつストレートな質問)が功を奏した模様。こうして三島氏に食事に誘われ、彼のゲイ仲間、相談相手である実業家の内藤武次郎氏を紹介されたり(ハッキリ書かれてないけど、なんとなくのイメージはオネエのゲイ友)、「ルドン」のモデルであった実在の店「ブランスウィック」に連れていって貰ったりしていく(最初はなかなか連れて行ってくれなかった←おそらくノンケっぽい福島氏がモテるのを危惧したからか?)。

そんなこんなでデートのようなものを数回した後、二人はホテルに行くことになり、セックスをすることになる。

まあこの辺りの内容は是非本を読んで頂きたいのですが、なんとも読んでいて複雑な心境になります(;^_^A。人様の性生活を覗き見することなんて下品極まりないのだけど、ぶっちゃけ興味あるわけです←ニヤニヤしながら読んでたと思う😅。それも大作家三島由紀夫のですし。でも、この福島氏が超冷めてるんですよね。当時も執筆時も。なのでBL小説のような微笑ましいキュンキュン&ドキドキ感とかは皆無だし、ゲイエロ小説のような「いきり立つ彼の男根が…私の固く閉ざされた秘門にあてがわれ…」みたいなのも期待すると肩透かしw。ぶっちゃけ何度か読み込まないと、エッ?どっちがタチでどっちがウケなの?エッ?これはどういった行為をしたの?と、最初はわからなかったほど(いまでもハッキリはわかってない( ̄▽ ̄;))。

とにかく、彼のある意味冷めた観察眼が、性生活における人間・三島を浮き彫りにして、読んでいて共感性羞恥を感じるし、イタイ、グサグサ、もうヤメテあげてぇ~と言いたくなるほど冷酷だったりする。

当時はまだ筋トレ始める前で、貧相な自分の体に多大なコンプレックスを持っていたであろう三島氏の描写とか、容赦ない。それが後に筋トレ始めて、アミアミ、スケスケのシャツ着たり、事あるごとに裸になったり、自分の体をとにかく見せびらかしたくて仕方ないようになる。福島氏は以前の三島氏を知ってるだけに、そこに違和感や嫌悪感を感じる。コンプレックスを乗り越えるために努力するのはいいんだろうけど、それを殊更見せびらかしたり、自慢したり、それは三島氏が信じる日本人の美学だと言えるのか?行間からは福島氏の嫌悪、侮蔑している感じが伝わってくる。元愛人&友人に対しての遠慮なんか無く、バッサリ。←これも普通の感覚で読むと冷たいんだけど、ゲイバーによくいる辛口ゲイが他人を辛辣に批判して笑いを取る的な感覚で書いているとしたら…笑いに昇華できてない時点でダメなんだけど😅、本人は面白いと思って書いている可能性もあるなとは思いました。「アンタ、そんな体鍛えてダサいのよ!元が貧相なんだから骨せんべいがアジの開きになったくらいにしか見えないわ~」みたいなノリ?w三島氏や内藤氏とそういうゲイのノリでのドギツイ会話を楽しんでいた風のことも書かれていましたし。

そして彼が考察したことで物凄く的を射ていると思ったのは、三島氏が殊更裸体を晒す(ようになる)のは、勿論、自己顕示欲、承認欲求もあるんだけど、

「自分に欲情してもらいたいから」

ということを書いていて、「あ~なるほど!それだ!😳」と、凄く納得。
(その部分は次の第三章にあって、こう書かれている

(略)鍛えぬかれた男性の裸身は、勿論、美しいと思う。ただ、三島さんの場合は、なぜか違うのである。見たくないーそれが正直な気持ちだった。
何故かという、その理由はよくわからないのだがーおそらく三島さんの、自分を見てほしい、褒めてほしいという気持が、水に浮く油のようにぎんぎんとにじみでているからではないか。
一般の男性モデルにしても、自分の筋肉美を見て貰いたい意識はあるのだろうが、三島さんの場合、その奥にある本心は、自分に欲情して貰いたいという願望、性の生贄として、祭壇に立たされた凛々しい男という思い入れがあるから、それが、見る者に、どろどろした印象を与えるのだと思う。

「三島由紀夫ー剣と寒紅」P.167より

ゲイの人たちが体をキレイに見せるために筋トレするっていうのは長年見られてきた現象で(スポーツなどでの機能UPの為でなく、あくまで美的向上の観点からのトレーニング)、勿論健康とかも多少はあるだろうけど、やはり一番のモチベーションはソコだと思うわけです。いかにFuckableなBodyになるか?ということ。
欲情して貰いたい願望…被欲情願望とでも言いましょうか?
三島氏がトレーニングしていた頃は、そういう美意識の為にやっていた人というのはほんの限られた人だけだったと思う。なので福島氏にしたら、その違和感が妙に気になったり、不純な動機と思う部分もあったのでしょう。

それが、現在ではゲイだけに留まらず、健康維持という名目でジムが身近なものになって、老若男女、皆の意識の中に大小はあるだろうけど、健康的にキレイになってモテたい=欲情して貰いたいというのがあるような気がします。意識的、無意識的かというのも人によるけど。

わたしもジムに通っていた時、「欲情して貰いたい」とまではハッキリ意識してなかったけど、魅力的になりたいとは思っていたし、これをもっと直接的に「”エロくなりたい”という意味ですよね?」と訊かれたら、「いや、う~ん、まあ…そういう部分もあります…かね…?」と、やはり否定はしづらかったと思う😅。

それに、周りのトレーニングしている人達からも、どこかギラギラしたオーラみたいなの感じません?私は凄く感じたんですよね~。この人たち、浮気相手とか、Fuck Buddy みたいなの探しに来てない?みたいな人、何人かはいたもんwww(←どんなジム行ってたのよ)。あの空気感が苦手だったというか、空気が濃厚すぎて息が詰まるというか、人を見定めるような視線が行き交う場の居心地は良くなかった(;^_^A。身体的&性的アピール大会の場みたいな? まあ自分も多少は人様をそういう目で見ていた部分もあるのでお互いさまなんですけど、そういうのに疲れて行かなくなりましたw。いまやダルダルの体ですけど😅、精神的に疲れることもなくなって、そういう意味ではハッピーですw。人様が欲望をモチベーションにして頑張ることを否定したいわけではないんですよ。ただ私自身、物心ついたころからウン十年、あれ欲しい、こうなりたいとか、どう思われたいとか、そういう欲はもちろん、美味しいものを食べたいという根源的な欲望である食欲に対してでさえ、ここ最近もうウンザリというか、「欲、欲、欲、欲しかないんか?人間の人生!?」と、欲に振り回されるのに疲れたというか、欲望の断捨離についてふとした時に考えるようになってきてるんですよね。そういう欲望がある状態だけだとまだいいんですけど、そういうのが度々、強迫観念的に「しないといけない」になっていくパターンが多いんです。そして結果、心も体も疲れ果ててしまうんですよねぇ…_| ̄|○。

三島由紀夫も、そもそも自殺願望はあったと思うけど、この「欲情される体になりたい」が、いつしか「欲情される体でないといけない」に変わり、(体だけじゃなく、”作家として”とか、”愛国者として”とかも含めて)底のない無間地獄に陥り、そういうことに心底疲れ果てていた結果が、あの自決へと繋がっていった可能性もありそうですよね。

日本人の自殺率が高いというのも、この「~でないといけない」に疲れ果てることが多いんじゃないでしょうかね?現在の欲望を煽りまくる社会。その被害者の一面もあるような気がしないでもないです。


また超脱線しましたが😅、話を福島氏に戻して…

そもそも彼は三島氏に男としての興味がないんです。作家としては好きだし、尊敬もしてるんだろうけど、男として、恋愛対象としては悲しいかな対象外。なのでアソコも全然用をなさない。しかし三島氏はおそらくタイプドンピシャな男がホテルに付いてきて、抵抗せず体を差し出してくれたので、ひとり盛り上がり、興奮して、勝手に果てる…みたいな感じ。完全な独り相撲状態。バカじゃないから薄々独り相撲状態なのは勘づいているけど、人間とは悲しい生き物で、「彼は童貞だから慣れていなかったんだろう」とか、「きっと緊張していたんだろう」とか、自分に都合よく考えて、自分が大して好かれていないことを肯定できずに悪あがきをしてしまう。←これがさらなる墓穴を掘ることになるんですよね~。怖い怖い😣。

しかし、ここでもうひとつ問題なのは、この福島氏がハッキリそれ(欲情しないこと)を三島氏に告げないこと。「僕、あなたに性的に興味ないんです」と言えない。言わない。←まあ面と向かって言いにくいけどね。

ひとつは、そもそも福島氏にはその時まで性的経験がないから、セックス自体には好奇心がある。なので実際にやってみないと自分の気持ちがよくわかっていない…というのもあったのかな。とにかく初体験したいから、相手は誰でもいい的な?ひと夏の経験でバージン捨てるみたいな?ああいう感覚ね←ちょっと違うか?(^^ゞ でも昔はそういうドラマ毎年作られてましたね~。「夏・体験物語」とか。今の感覚だとちょっと引くけど、日本だけじゃなくてハリウッドでもそういうの作られてましたもんね。「ポーキーズ」とか、のちには「アメリカン・パイ」とか。あれは男子が童貞捨てるほうがメインだったけど…。(当時の日本は男子だけでなく、「女子がバージン捨てたい」みたいなコンテクストが多かったような印象があるんだけど…いや、実際そういう子たちもいたとは思うけども、ああいうドラマって、絶対おっさんのプロデューサーとか脚本家とかが企画してたわけでしょ?テレビでそういうのが当たり前的な印象(=脱処女してるのがカッコイイ)を流布させて、ヤ〇マンが増えたらメッチャいいじゃ~ん!隙あらば、自分たちがその相手になれるぜ!…みたいなノリで作ってたんじゃないかと思うとゲンナリしますね😩。超偏見だけど、フジのあの体質というか、本性を知った後だと、まあそういうノリが制作陣のオッサン連中の間にあったとしても驚きはないかな)

ふたつめは、大作家・三島由紀夫に言い寄られて、断るという選択肢が思い浮かばなかった。これは尊敬し過ぎて…ということもあるだろうし、なんだかそういうもんだという流れをつくられて、優柔不断で流れのままに任せてしまった感もある。グルーミングとまではいかないけど、立場の高低差があって言い出せない感じかな。

みっつめは、ハイソで素敵な三島氏の父母にも気に入られて、そこでの生活も楽しんでいた。三島氏からはいろんなことを教えてもらい、いろんなところに連れていって貰い、自分一人では行けない所、食べれないものなども与えられる。殿上人の生活を多少なり齧らせてもらえている。そして同じゲイ仲間として、リラックスして自身を曝け出せる。そういう生活を、三島氏を拒否することで失いたくなかった…という打算も働いて、体を預けた部分もあったのかもしれない。

なんだろう?ジャニー喜〇川に夜な夜な食われていたジュニアの子の心境って、こんな感じなのかな~と思ったり。←微妙に愛情(感謝と恩)と嫌悪や打算が混ざり合ってる感じもちょっと似てなくもないのかなと。

そんな感じで、何度かホテルに行き、三島氏に体を好きなようにさせていた。しかし三島氏側からしたら、常にマグロで全く反応がない。自分に恋してくれるでもない。だからと言って拒否するでもない。しかし自分はある意味ゾッコンになってる状態。←悶々とするよねぇ~🥴。

三島氏にとって福島氏とは、ゲイだけど女っぽくなく、ノンケっぽい、田舎から出てきた純粋で朴訥とした青年に見えて、ある意味タイプだったんだと思う(一緒に自決した森田必勝とも通ずるところがある)。それに童貞で、まだ誰のものでもない。もしかしたら「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授のように、福島氏を自分の理想の男に育てたい!!というぐらいのことを思っていたのかもしれない。ピグマリオン・コンプレックス。金や名声を手にした男(女もだけど)がよくやるパターン。

福島氏の前に失恋した相手が、「禁色」での南悠一のモデルになった、実在したゲイの悠ちゃんという人物だったそうで(小説の中では絶世の美青年だったけど、その実在の悠ちゃんはノンケっぽいあっさりした顔の人物だったそう。しかし、だからこそゲイの間でモテモテで、そのステータスを活かして遊びまくっていたような感じに書かれている)、その失恋で傷ついてるところに、運よく?運悪く?現れたのがノンケっぽい福島氏だった。そして見た目的にも、貧弱な自分の体とは違って、割と福島氏はガッシリ系だったみたいなので、これまたタイプ的にドンピシャ!だったのかも?
(「私の方がずっと体が大きいので、重くのしかかられる感じではなく(体の小さい三島氏が)這い上がってくるという感じだった…」と書かれているし、ググって出てきた福島氏の晩年の写真は、気の弱そうなクマさんタイプという感じでしょうか?なので、そこは対照的な二人だったと思われる)

で、一向に深まらない(心の)関係を、三島氏は打開したかったのでしょう、夏の間、いつも避暑として滞在していた伊豆の旅館で一緒に過ごそうと福島氏を誘う。

これまた断ればいいのに、上流階級のリゾート地、目の前にプライベートビーチが広がる旅館で、上げ膳据え膳のキラキラした生活…という方に意識が持っていかれ、夜の相手をしなくてはいけないということは意識の下に押し込んで、福島氏は伊豆を訪れる。

昼間は楽しく過ごしていたけど、夜がドンドン苦痛になってくる。一週間ほど、夜な夜な三島氏があれやこれやと工夫して盛り上げようとするが、あいかわらず反応しない福島氏😅。しまいには必死になってる三島氏、それにされるがままになってる自分、(おそらく挿入されて?)くすぐったかったと書いているが、状況の滑稽さや惨めさに笑いが止まらなくなって笑い転げだす。その状況に三島氏は傷つき、怒り、そこで破局が決定的になる。

ふたりで無言で東京に帰り、それ以来避けられるようになる。一旦三島邸には行かなくなるが、三島氏が長期の海外旅行に行ってしまうと、邪魔者がいなくなったのでこれ幸いと、彼の両親とは交流してかわいがってもらいたい福島氏は三島邸に再び通い始める。←私がこの記事のタイトルに付けた”サイコパス味”というのが少し垣間見れる部分です。一番のサイコパス思考を感じられる部分はこの本の最後の最後なんですが、もうこの辺りで、「この福島氏って人もちょっと変だなぁ…」と読んでいると考えずにはいられなくなってくるんですね。

福島氏はソシオパスの可能性が高い!?

サイコパスという言葉使いましたが、その方が浸透してるから使っただけで、実際はソシオパスの方が的確な気がします。←より認知度の高いキャッチ―な言葉を使ってしまいました。スイマセン😅。

サイコパスとソシオパスの違いは、先天性か?後天性か?というのがまず大きな違いで、前者は計画的、後者は衝動的などという違いはありつつ、他人への共感性が低い等の共通する部分も多い。
どちらもまとめて「反社会性パーソナリティ障害」とも言われます。

「反社会性」ということから、社会に反する、つまり社会的な倫理観とかが欠落してる場合が多いんですよね。そして自己中心他責思考の傾向もある。

コチラのサイトに載っていたソシオパスの6つの特徴は、


1.他人を騙しても何とも思わない
2.モラルに反する行為を平気で繰り返す
3.責任感・義務感が欠けている
4.無謀で衝動的な行動が多い
5.罪悪感を感じず反省しない
6.他者に危害を加える攻撃性を持っている

こんな感じ。

で、福島氏は複雑な家庭環境で育っているわけで、三島氏からも度々常識がないことを指摘されたというエピソードも本作の中でも披露している。なので、まともに親から愛されず、自尊心も形成することができない環境において、後天的にソシオパスになっていった可能性はあるだろうなと。

わたしが「ちょっと変だよね?」と思った福島氏の行動は、

まず、三島氏の死後、三島氏とやり取りした手紙を古物商に売り飛ばしてお金にし、それで京都旅行しようとかウキウキ考えてる描写。(ちゃんとコピーは取っておいて、それをこの作品にしっかり使用している←計画性あるとも言えるのかも!?)

上述した伊豆の旅館で三島氏を散々傷つけてしまった後なのに、平気で三島邸にまたやってくる無頓着&大胆さ。←顔も見たくないだろう三島氏の感情はガン無視で、自分が彼の両親と交流したいという一点を優先させてしまう自己中さ。

その後、三島氏の友人の内藤氏に、お金を借りに行ったりもする。←普通は頼めませんよねぇ。いうても”三島氏の友人”なんだから。そして貸してもトンズラされたら友人を失くすことになるからと、その半分の金額をあげると言われて受け取る。さらには内藤氏の紹介で「ブランズウィック」で働かせてもらうようになるも、なんだかんだと割とすぐ辞めてしまう。←この時に、外国人教授や画家、富豪との相手を務めようとする(つまりちょっと売り専にも手を出していた)が不能のままなので、ブランズウィックのボーイは無理だと見切りをつけたとも考えられる。しかし仕事を紹介してもらう割に案外あっさり辞めている印象があるんですよね(この後も三島氏の父からも仕事を紹介して貰って、数か月で辞めている)。
いやまあ、恩を感じて一生そこで働くべきとは思わないし(いうても売り専だしね)、戦後しばらくしての時代的に、いい条件の仕事があれば割と簡単に転職するのが普通だったのかもしれないけど、ちょっと恩に報いようとする感覚が薄いような印象は受ける。せめて、「もう無理なので、せっかく紹介して貰ったのですが辞めたいと思います」…と報告に行ったとか書かれていたら印象が違うけど、そういうのも書かれていなかったし。

そして、その後、福島県に教師の職を見つけ、旅館に間借りして暮らしだす。ここで衝撃だったのは、その旅館で小間使いとして働いていた14歳の少年に手を出して性的関係を持つようになるということ(←少年は出稼ぎに出ている母親によって旅館に預けられていたが、その母親が失踪してしまい、天涯孤独になって泣いている所を、悪く言えば付け込んで?グルーミングして?手を出した感じにもとれるアプローチ方法)ここまで散々不感症の不能者だったのに、少年好きだったのか?この後も、故郷熊本に帰って教師をしている時に、同僚の教師や生徒に手を出して関係を持っていたことも綴っている。さらには彼が芥川候補になった時の作品「バスタオル」も、教師と生徒(男同士)の関係を描いた作品なんだとか。

確かに、当時はまだ男性同士のそういうのは違法扱いにもなってなかったかもしれないし、ジャニー喜多川然り、男色の伝統であるお稚児に手を出す的な感覚が残っていたのかもしれないけど、それでも未成年(14歳はやはり引く)や生徒に手を出してるのは、教師を志す、教師をしてる身分の人物としてどうかと思うし、やはり結構倫理観が欠如している人物なんだなと思わざるを得ない。その「バスタオル」という作品のなかでは教師である自分が苦悩してるのかもしてないけど、この作品「三島由紀夫ー剣と寒紅」においては全くそんなことはしていない。今みたいに出会い系アプリもない時代、仲間と出会う機会も限られたゲイの世界で、出会ったらガッつくのは当たり前的な開き直ってるような印象さえ受けました。まあ時代が違うといえばそれまでなんだけど…。

そもそも、三島氏とのセックス時に緊縛プレイに発展する下りがあり(←ビックリでしょw)、そこで彼は自分の性癖を少し語っている。映画「孫悟空」で美男の三蔵法師がさらわれる姿に興奮したり、キングコングが女性を手に握っているのが男性だったらいいのにと思っていたり、どちらかというと嗜虐願望サディスト的傾向がある風に書かれている。よって、三島氏との”当時”の関係だと、どうしても主従関係、パワーダイナミクス的に自分がどうしても下になってしまう。売り専の時も自分が基本下になる。今みたいに上位のものが堂々とMを主張し、下位のものにSを求めて…なんてのは戦後の時代はまだまだ難しかった可能性はある。だから福島氏は自分の性癖と合致しない状態でセックスをしようとしていたからずっと不能のままだったのかも? しかし自分が主従関係の上の立場になれる状況だと興奮できることを知った…ということなのかなと。←この嗜虐願望というか、破壊願望が、もしかしたらこんな暴露本的な本を出して、三島氏との関係さえも、思い出の中だけにキレイにとどめておくのではなく、もうどうなっても構わないという破滅的思考とリンクしているのかもしれないですね。

三島氏は聖セバスチャンのように矢に刺されたい願望とかあったのだから、おそらくドMだったはずなんですよね。だったらS的要素のある福島氏とはベストマッチだった可能性もあったのでは?🙄 しかし、上述の緊縛プレイの場面でも、最初に自分を縛ってみせていた三島氏(←性癖漏れちゃってるw)。ここでそれを見た福島氏は、貧相な体の三島氏に興奮しない。”残酷=サディズムの緊縛”と三島氏が勘違いして、それは自分の思うことの真逆だと書いている。でも、さらわれる男に興奮し、自分より立場の弱い少年に興奮もしている。嗜虐性はあると思うんだけど…。あくまでもか弱い少年を愛でて興奮する自分は真正のペドフィリアで、サディストではないという認識だったのだろうか?どうもここに、自身に対する自認を、敢えてなのか無意識なのか、直視していない自己欺瞞があるように思うのですが…どうでしょう?

先程のソシオパスの特徴にあった罪悪感を感じず反省しない、他者に危害を加える攻撃性を持っているという部分。この辺りが少年に手を出してもあまり罪悪感を持っていない点や、性癖の嗜虐性、それを自己欺瞞で誤魔化し、これまた罪悪感を感じないようにしているようにも見える。そう思うと、やはりソシオパス疑惑は高まる。

第三章←大ドンデン返しぃ~!?


第三章のタイトルは「「奔馬」への旅」

この章の序盤は、伊豆での破局の後、三島氏が外遊中で不在なのに、しばらく三島邸に通った話、ブランズウィックで売り専をしたり、肉体労働に勤しんだ話、教師として福島県に赴き14歳の少年に手を出した話、そして故郷・熊本に戻って工業高校の国語の教師になった話などが続く。

そして、ちょうど三島氏との破局から10年ほど経った昭和36年(1961)。福島氏は教師をしながら「現車(うつつぐるま)」という小説を書き上げ、自費出版し、それが地元の新聞社の賞を受賞する。その喜びから、本を三島氏に送ったことから二人の交流が復活する。←あんな気まずい別れ方しておきながら、こういうところが結構図々しいというか、無頓着というか、なんでしょうね?地方で燻ってる自分と、片や東京で華やかな作家人生を邁進している三島氏。少しでも接点復活させて、自分の本を評価して貰ったり、売り込んで貰えないかという下心があったのでしょうか?あったんだろうなぁ…苦笑。だって三島氏は、こんな文学青年みたいなのは嫌いだと昔に散々言っていて、それを知っていながら送ってるんですからねぇ😅。まあそれだけ必死、藁をもつかむ思いだったとも言えるけども。

三島氏の方はこの疎遠になっていた10年間で、「潮騒」「金閣寺」という代表作を書き上げ、作家としてのまさに油がのっていた時期。結婚もし(1958年)、長女も誕生し(1959年)、映画や芝居にも進出。ボディビルや剣道で体も鍛え、半裸の写真を撮って貰ったりしていた頃。

福島氏が三島氏と出会ったのが昭和26年で、当時三島26歳、福島21歳。なので、10年後ということで、三島36、福島31ぐらいの年齢ということになる。

そして、ここがおぼっちゃんの三島氏の人の良さが出てるなぁ~と思った部分で、そんな本なんか無視すればいいものを、律儀に返事を書き、「また東京に来た際には是非寄ってくれ」…なんて返す。←まあ、後々の行動を見れば、多少下心もあった気はするけど😅。

そうなると、どうなるか…わかりますよね? 相手はソシオパス。心なんて無い自己中な図々しい部分がある人物。社交辞令と捉えるよりも、言質を取ったとばかりに、翌年、別の用事で上京する際に、福島氏は三島邸を訪れるんです(わかりやすっ! 苦笑)。

で、ここで10年ぶりに会う三島氏の変化について細かく語っている。

階下の応接室で待っていると、二階から三島氏が下りてきて(←吹き抜けで、手すりからちょっと覗き込めば下に人がいるのは見える状態なのに)、階下に来るまで福島氏が目にはいっていない…という風なわざとらしい登場の仕方をしたのだとか。「アッ、君、そこにいたの?」的に、まるで演劇の、見えてるのに見えてない体で演じる時のように。

とにかく全てがわざとらしい感じの人物になっていたんだと(←あくまで福島氏の感想ですよ😅)。26歳の頃は、もっと普通の若者らしい、気さくで真っすぐな接し方をしてくれたので、その変化に「オ、オオゥ、今はそんな感じなんスか?」と引いてる感じ。

ここでの福島氏の考察としては、「禁色」を最後に同性愛がテーマの作品は一切書かなくなり、そういう話題が出てもおどけて誤魔化したり、完璧に避けるようになっていったと。そして、妻子を得て、福島氏にも「(妻子を持つことを)トライしたまえ」と薦めてくるほど。昔は本名の平岡公威の部分で接してくれていたのが、10年経って、彼が作り上げた、または世間が求めるイメージを、ドンドン鎧のように纏っていった結果、「大作家・三島由紀夫」という仮面を被って接するようになっていた…という感じでしょうか。

作家や芸能人でよくこういう変化を見ますよね。作家とかなら林真〇子とか?80年代にメディアに出だした頃は、なんか山梨の田舎からスゴイのが出てきた!!😲みたいに思ったもんです(←失礼w)。口に衣着せず話す姿がいいように言えば怖いもの知らず、悪く言えばふてぶてしい感じに見えてました。それがいまや ”セレブリティ”然として、見てるこっちがムズムズするようなお上品なお言葉で、「オホホホ ~ですのよ(´∇ノ`*)オホホホホ♪」って感じで話してる姿を見ると、すごいな~、これが上昇志向の高かった彼女がなりたかった姿なんだなぁ~という妙な感慨を毎度覚えますw(もっと「私ってサバサバしてるから!」みたいなキャラになるもんだと思ってた)。

芸能人なら聖子ちゃんとかですかね?デビュー当時は久留米から出てきた女子高生・蒲池法子というペルソナと芸能人・松田聖子のペルソナにそこまで差はなかったように思う、それがドンドン松田聖子という仮面が大きくなり、彼女を覆いつくし、こちらもまた皇族の方ですか?みたいなお上品な感じのやり取りするような(でもときどきコンサートのMCなんかで、素のおどけた聖子ちゃんも垣間見せるけど)人物に変化してきた。海外進出してジェフやらアランやらと女性週刊誌を騒がせていた頃はそこまでじゃなかった気がするけど、ああいうバッシングを経て、皇室のような礼儀正しく丁寧なやり取りを徹底すること=社交の世界での上級テクニックを身に付けたることで、自分を守る完璧な防御壁を構築した…という印象があります。

三島氏も同様に、「大作家・三島由紀夫」という仮面を被ることで、ある意味、生で剝き出しの自分の心が傷つくのを防御するようになっていったのかもしれません。この時に対面するのが、過去に自分を傷つけた男だったわけですし(苦笑)。

で、この訪問をきっかけに、二人の間で手紙のやり取りが始まることになる。
「また何か書いたら送ってくれたまえ」と言われて、福島氏が作品を送ると、三島氏は丁寧に添削というか、こうすればいいよというアドバイスを細かく書いて送ったりもしている。やはり根は人のいいお坊ちゃんという感じ。
←一方の福島氏は、それに対して感謝するよりも、「(そんなに私の作品なんか、真面目に批評しなくてもいいんですよ)という、気恥しく拗ねる気持ちの方が強かった。」と書いていて、自己肯定感の低さから来る卑屈さが凄い(苦笑 だったら送らなければいいじゃんね)。←でも私もそういう卑屈さを持ってるからちょっとわからんでもないのよ( ̄▽ ̄;) 遠慮と、かまって欲しいの相反する感情で三島氏に甘えているんでしょうね。人の親切を素直に感謝できる心、持っていたいな~とつくづく思う(汗)。

二人の手紙のやり取りをしている間、三島氏は半裸の姿を晒した写真集「薔薇刑」を出版、それも福島氏に送ってきた。

(↑これは復刻版なのかな?ムチャクチャ高価ですね~😲)

ここで前述したように、福島氏は「欲情してもらいたがってる」三島氏にゲンナリするのですが、気持ちとは裏腹に「なんという素晴らしい肉体美!」なんていう賞賛の返事を書いてしまう(苦笑 傷つけたくない&利用できるかもしれない関係を切りたくないという打算でしょうな)。すると、今度は写真集ではなく、大量のプライベートのスチール写真、勿論さまざまな裸の、が送られてきて閉口したそうwww😅。

ここで、三島氏は、「オッ、福島くん、昔は僕に興味なかったけど、鍛えた僕の体には興奮してくれるんだな…ムフフ」と思ってしまったんでしょうねぇ…なんて罪作り!!🤣

で、5年ほど手紙でのやり取りなんかが続いて、昭和41年1966年。三島が死ぬまであと4年。三島氏41歳、福島氏36歳)の8月に、「豊饒の海」の第二部「奔馬」が、熊本で起こった「神風連の乱」を題材にしているので、取材旅行に行くから是非とも案内して欲しいという手紙が来る。

熊本の文学界の重鎮で、「日本談義」という雑誌を作っている荒木精之氏という人物がいて、福島氏にとっては、自身の小説をその雑誌に載せてくれたりしてお世話になっている人物。且つ、郷土史家であったので「神風連」についてもエキスパートであることから、間を取り持ってほしいということだった。

そして8月の末に三島氏が熊本までやって来る!!

福島氏は、荒木氏と一緒に駅に迎えに行き、その後、ホテルのロビーで歓談。荒木氏が帰宅した後、三島氏と福島氏はそのホテルの部屋に行く。そこで三島氏がふんどし姿になり、自分の筋肉を見せびらかして「触ってみろよ!」と迫ってくる…。←欲情させたくて仕方ないのね😆。

ここで、さすがに「素晴らしい肉体美」なんて言ってしまっているわけで、欲情しないわけにはいかない福島氏。なんとか自分を奮い立たせて、三島氏にご奉仕しようと奮起するwww。←もう、この辺のくだりが可笑しくて。悲劇なんだけど、ゲイの滑稽な部分、セックスの滑稽な部分のダブルパンチの喜劇にもなってる。どうなるのよ?この二人…状態w。

更に興味深いのは、以前(26歳の頃)はがっつく様に福島氏に覆いかぶさってきていた三島氏が、この41歳のときには、のけぞるように、受け身の姿勢で待っていたんだとか。福島氏は「ドンデンが来た」と書いていたけど、おそらく、ゲイ用語でタチからウケに変わったことを意味してるんでしょうね。そしてさらに、三島氏がセックスライフでウケになった辺りと、作家として「ますらおの道」に目覚め、剣を雄々しくにぎり軍服を着て、”The 男”を強調するようになった辺りが重なっているのでは?と推察している。そうすることで自分のプライドを保っていたのではないかと。←妄想の域は出ないけど、それでも興味深い指摘。ムッチャ男くさいゲイが、ベッドではドネコなんていうの、よく聞きますもんねぇ。逆にナヨナヨしたオネエが、ベッドでは荒々しいタチなんてのも…😅。あれは精神のバランスを取ってたりするんですかねぇ~。ホント、人間って面倒臭くて面白いw。

こうして熊本での取材旅行にお供として毎日付き合うことになる福島氏。

翌日も取材後にホテルに戻ってきたら、先に三島氏がシャワーを浴びて、「君もシャワーを浴びて来いよ」と薦められ、出てきたら裸でベッドに入っている三島氏。 ←いやちょっと、あまりにもよくあるベタな展開すぎて、全部が作り話の可能性もなきにしもあらず…かも?とちょっと疑い始めた私w。

ここでの福島氏の三島評が辛辣。

その体というのが、普通にそこらで暮らしている男の体というのではなく、小柄なだけに、古代展などのケースの中の布の上に置かれた、緻密に念入りに造られた黒光りの像とさえ思われるのだ。(略)
 ごく若い頃から、芸術、芸術とただ一筋にかけて生きてきて、芸術上の業績は見事に上がる半面、芸術の神から見こまれすぎて、凡庸な人間としての生気が吸いあげられ、たとえ社会的、人間的に立派であろうとも、その奥の、動物としてのエーテル、性的吸引力のようなもの失い、妙に乾き、晒されて、一種の畸形的な印象を与える人々が、徹底した芸術家タイプの人の中には時々いる。三島さんは、その典型的なタイプと言えた。それに向き合わねばならぬ私のきしむような違和感ー。
 とくにホモセクシュアルの場合は、地位とか才能とか社会的評価など殆ど無関係、たとえ愚鈍で不格好でもかまわない、そこに自分好みのエーテルがただよっている相手であってこそ、性が作動してゆく。そして、その自分好みというのが、おそらく、生殖を基盤にした男女間よりも幾倍も変に気むずかしいのである。

「三島由紀夫ー剣と寒紅」P.189より

「先輩、タイプじゃないんすよ。勃たないっす。勘弁してください!!」って言えたらなんぼか良かっただろうに…w。それを言えない福島氏、再び戦いへと立ち向かっていく…( ̄▽ ̄;)。←「ドンデンが来た」といって、ウケになったかもしれない三島氏だけど、福島氏の方も相変わらず役立たずだったぽくて、挿入とかそういうことはしてなさそうな描写でした。なので、その辺の真相は、性行為の内容と共に、またまたよくわからない感じ😅。

古代展の木彫りか何かの像に例えるのはキツイけど、言わんとするところはわからんでもない。なんだろう?私も三島氏の、半裸で聖セバスチャンの真似してる写真とか見ても、全くエロスを感じない。なぜなんでしょうね?世間一般的にはエロスを感じてる人の方が多いんですかねぇ?どっちなんだろ?🤔

エゴが強烈すぎて萎える…って感じなのかなぁ?でもエゴが超強い人や超ナルシシズムなモデルとか、一瞬キモっ!!って思ったとしても、エロはそれなりに感じられるんですよねぇ…。最近のSNSなんか、そんな人で溢れているわけで、その中でもちゃんとエロを感じられる人はいる。別にエゴやナルシシズムがエロを阻害しているわけではないとは思う。

頑張り過ぎてる所にちょっと引くというか、整形やり過ぎて、もう人間味のラインを越えちゃってる人に、エロを感じるどころか不気味ささえ感じてしまう…あの感じにちょっと近いんですかね?あ~だれか上手いこと言語化してこの感覚を説明して欲しい!🙏

このあとも取材、そして有名な剣道の道場を訪問して稽古をしたり、福島氏が勤務する高校に行ってみたいと言い出して訪問してみたりする。

そして福島氏が抱いていた疑念が一つあって、三島氏は、この取材は隠密旅行で、くれぐれも目立たないよにしてくれたまえ…と事前に言っていたのに、いざアチコチに訪れると、記者やテレビカメラがやってきたんだとか。誰かが事前に教えていないとそんなことが可能なはずもなく、おそらく三島氏が自分でリークしていたんだろうと。さらには、福島氏と一緒にカメラに映らないように気を遣っていたことも推察している。それは、図体の大きい福島氏と並んで映ると、自分の小柄なところが強調される。だから福島氏を画角から排除し、「大作家・三島由紀夫」のイメージを印象付けていた。彼はそういう演出家、戦略家の部分もあった人物だと。←なるほどね~。三島氏のパブリックイメージは全て彼の計算された演出の上に構築されたものだと。わかる気がする。あの自決さえも、ある種の劇場型というか、綿密に計画もしていたし、計算された演出の上の最後のハレの舞台だった言われても納得できる。

わたしの前回の記事で、

三島氏は、衆道の死、つまり念者と若衆が、魂の絆を結んで、一緒に死ぬようなのを望んでいたのではないか?だからこそ一人ではなく、森田必勝という若者と一緒に死ぬことを選んだのではないか?と書きました。

で、この本のこの章の終盤あたりで、興味深いやり取りがありました。

取材も終わり、ホテルに戻ってきて、土産物をカバンに詰めたりしていて、熊本で買った日本刀を持ってポーズを取ったりして三島氏が悦に浸っていた。そして、またまた尻の筋肉をつかんでみろと言われて従っていた時に(なんぼ掴ませるねんw)、福島氏はこんなことを言われる。

「福島君、もし、いざということがおきたなら、君、東京へすぐ来てくれるかね」

福島氏は、のちの自衛隊駐屯地でのあの自決事件のことだとはもちろん当時予測はできない。ただ、三島氏がなにかしらやらかしそうな空気はビンビン感じていて、遂に言い出した…的には思った様子。

で、彼はこんな風に答えてしまった。

「はい、行きます! その時には、すぐに電話か電報を下さい」
「行くのは、行きます。しかし…その、いざということが、どういう内容のいざなのか、はっきりわかってから行きます」

そして、その後のベッドでの行為も、途中で切り上げるほどに冷めた感じになり、そのまま帰京の途へと就くことに。

おそらく、三島氏的には日本刀を振りかざして、小さい頃から憧れていた衆道の尊く美しい死を夢想していたところで、その相手になって欲しいと願った福島氏に話を振って、「ハイ、何が何でも行きます。三島先生とどこまでも(地獄までも)一緒に行きます=死んでも構わないです!」という言葉が返ってくるかなと期待していた(十年ぶりに、相手からも積極的にベッドで攻めて来てくれるくらいで、焼けボックリに火が付いたような熱々モードだと信じていたわけですから)。しかし、そこで「”いざ”の内容によりますねぇ~」という条件付きの返事がかえってきた。衆道の、無条件の愛を求める三島氏にとれば、「アァ、コイツとはダメなんだな…ソウルメイトじゃなかったんだ…😥」と失望、落胆してしまったんでしょうね。それで、東京に帰って、福島氏の代わりになる若衆、森田必勝を見つけ出した…ということなのかな?と。


第四章←ソシオパスの哀哭


第四章のタイトルは「第四章 折れた帆柱」
←帆柱=船のマストのことは承知なんだけども、帆立の貝柱が頭に浮かんでしまう字面ですねw この帆柱は三島氏のことを指しているんだけれど、ずっと三島氏とのセックスで帆柱が立てられなかった福島氏がこれを言うのか…と、ちょっと苦笑い。

さあ、最終章です。
この章で漸く、福島氏が犯した三島氏に対する裏切り行為とは何だったのかが語られます。

それはズバリ…自身の小説「塵映え」(自身の複雑な生い立ちを中心に書いた「現車」に続く福島氏の自伝的小説)において、一応名前や設定は変更しているけれども、ゲイの主人公が東京に出て、そこで出会う人の中に三島氏をモデルとした人物を登場させ(作家ではなく映画監督)、二人がセックスをする時の描写が、福島氏と三島氏との間で交わされたセリフもそのままで書かれている…ということでした。

「塵映え」は先述の荒木精之氏の雑誌に連載されていて、福島氏は荒木氏に、どうか三島氏に雑誌を送ったりしないで欲しい旨お願いしていたそう。しかし、荒木氏にとっては自身のライフワークである雑誌を、熊本取材で懇意になった東京の大作家・三島由紀夫に読んでもらいたくて仕方ないわけで、そんな福島氏の懇願なんか意にせず送り続けていた。

三島氏がそんな地方雑誌にどこまで目を通していたかはわからない。
ただ、福島氏は一つの符号を発見する。

三島氏の最後の原稿を受け取った編集者の小島千加子氏の著書
『三島由紀夫と檀一雄』(構想社1980年ちくま文庫1996年)によると、1968年(昭和43年)の6月に三島邸で話した時は快活ないつもの三島氏だった。しかし、爽やかで屈託のない笑顔を見たのはそれが最後だったと書かれているのだそう。つまり、この1968年の6月頃に、三島氏に何かしらの大きな変化があったのでは?と、推測できる。

あと、三島氏の父、平岡梓氏が1972年に書いた「伜・三島由紀夫」の中にも、ちょうど1968年辺りから三島氏に笑顔がなくなり、笑っても虚ろな笑いで、人相も日に日に違ってきて、肩を落とし、憔悴した様子になっていったと書かれているそう。

三島氏の母、倭文重さんが雑誌のインタビューに答えたものにも、自決の2年前ほどから、顔が変わって、シワが増え、どこか遠くに行ってしまいそうな気がしたと話していたそう。

これらのことから、自決の2年前である1968年、その6月が気になった福島氏は、「塵映え」を連載していた雑誌の1968年6月号を引っ張り出してきて読んでみた。すると、ちょうど主人公が、三島氏をモデルにした映画監督とセックスに及ぶ場面が書かれていたのだと。一応設定は変更しているとはいえ、三島氏と懇意だった人物が書いた半自伝的小説で三島氏と思われる人物の性生活を半ば暴露しているわけです。これが彼に多大なショックを与え、結果、自殺に追い込む決定打になったのではないかと考察している。

1968年当時、バリバリ男らしさを世間に打ち出していた三島氏にしたら、1951年当時のセックス、それも「ボク、シアワセヨ」なんて乙女みたいな感想述べた描写を書かれた日にゃあ~、それはもう、顔から火が出る、穴があったら入りたい…なんて程度ではなく、もう恥ずかしさと怒りで体中の細胞が蒸発してしまいそうなほどの屈辱と絶望を感じたのではなかろうか?

さらには、福島氏は、福島氏視点でその小説を書いているわけで、小説内の映画監督とのセックスも、ある意味嫌々ながらせざるをえなかった…という当時の心境のままに書いていた。そうなると、三島氏的にはあの二人の初セックスから17年ぶりに、あの時の相手の心情、答え合わせが出来た訳で、自分的にはそれなりに相手も喜んでくれていたと思っていたのに、嫌々だったと知ってショックだし、そこ以降の数々のセックス、さらには、一、二年前の熊本のホテルでのセックスも、全て福島氏が嫌々していたという、ずっと自分独りよがりの虚構の情事だったことになる。そうなるとセックスだけでなく、福島氏が話していたこと全ても信じられなくなるわけで、まるで二人の関係が根底からボロボロと瓦解していくような錯覚にも陥ったのではないだろうか?

三島氏が死ぬ直前、東京新聞に、「自分は、親しくしていた数人から、一度に裏切られた」とも書いていたそうで、福島氏は、それは自分のことだと、これまたほぼ確信に近い想いを持っている。

奇しくも1968年というのは、前の記事でも書いたように、川端康成がノーベル文学賞を受賞した年。二人の手紙のやり取りがそれ以降激減した=二人の関係に何かあったと思われる年でもある。川端氏が三島氏にノーベル賞への推薦を依頼していて、その辺りで、自身もノーベル賞が欲しかった三島氏との軋轢を生んだのでは?と考える説もある。二人の往復書簡集を読んでみただけでは、三島氏が川端氏に対して何かしら怒りとか絶望したとかいうことは読み取れなかったけど、なにかしら裏であったのかもしれません。だからこそ”「親しくしていた数人」から裏切られた”という言葉が出たのかも?

あくまでもこれらのことは福島氏の推測でしかない。福島氏が、三島氏の死に自分がとてつもなく影響を与えたと世間に知らしめたい自己顕示欲のせいで、無理矢理こじつけてる…可能性もある。しかし、もし三島氏がその「塵映え」を読んでいたら?やはり絶望したと思うんですよね。そんな名もない地方の高校教師が書いた、何の影響力もない作品だとしても、一部の知人たちには二人の関係はなんとなく知られていたわけだし、そんな知人に、いやゲイ仲間の知人くらいならいいけど、いつかこのモデルが自分だと世間全般が知るようになる可能性もないとはいえないわけで、それを考えた時、ベッドでの自身の痴態とか披露されてることを思うと、もう堪らないと思う。それにやはりいくら武士のごとく益荒男ぶっていても、心の中にいつだって乙女がいたであろう三島氏。ずっと恋していた(可能性がある)福島氏に、こんな仕打ちを受けたら…絶望しますよね。多くの人からこの本は批判され、売名行為の妄言みたいなことも言われたようだけど、手紙が残っているならそういう関係があったのはおそらく事実だろうし、この流れ(「塵映え」が三島氏を追い込んだ)は私的には説得力ありました。でも、この福島氏のソシオパス味を考慮すると、やはりとんでもない妄言を紡いでいる可能性もあるし…真偽のほどは何とも言い切れないけど、ある種のエンターテインメント的に、作家の死の真相を考察するという観点からは面白い作品だなと思いました。

そして第4章の最後は、週刊誌に載った三島氏の母・倭文重さんのインタビューを見かけたことをきっかけに、上京して彼女に会いに行くところで終わっていく。(倭文重さんはその後、大学に入って仏教を学び、息子の死の意味を理解しようと努めたり、かなり苦悩した模様)

倭文重さんは三島邸から養老院に移り(←嫁姑の確執で三島邸の離れから追い出されたと福島氏は推測している)、その後、脳出血を起こし、病院で寝たきり状態になっていることを突き止める。そして福島氏はその病院を訪れる。

話も出来ず、まったく反応もない彼女の枕元で優しい言葉を掛ける福島氏。その時、反応がなかった倭文重さんの目から涙がこぼれる。

病室から出て、病院のベンチに座り、福島氏はあの世にいる三島氏に向かって…
「何故、死んだんですか!先に、勝手に。それも自分の手で。あんな親思いだった貴方がーーあんな仲良しだったお母さんを、こんな目に合わせて。どんな親孝行だって可能だった貴方が、よりによって。孝行がしたくても、出来ない人間がいっぱいいる世の中で。わかっているんですか。わかりますか。今のお母さんの可哀想なありさまを。どんな立派なことを言ったって、母親をこんな目に合わせるなんて、あんまりです。ひどいです。この私が許しません」

と、心の中で叫びながら涙を流す…という描写がある。

ここで、わたしの中では、「エッ、アンタ、今さっき、自分が三島氏を死に追い込んだ張本人だってゲロってたじゃん。それなのに、三島氏が自殺したことを責めるの?いやどの口が言うのよ?コワ~ッ((((;゚Д゚))))ガクガク」となったわけです。まさしくサイコパス(ソシオパス)じゃんと。

ただ、よく読み直してみると、時系列的には福島氏が、自分が三島氏を死に追いやった張本人だと気付いたのは、この「三島由紀夫 剣と寒紅」執筆時、もしくその少し前頃だということにしている。三島氏の編集者だった小島千加子氏の本を読んだことがキッカケのように書かれていたので。

ただ、小島氏の著書『三島由紀夫と檀一雄』1980年構想社から、そして1996年ちくま文庫から出ている。「三島由紀夫 剣と寒紅」1998年に出ているので、この1996年の文庫化?の時に福島氏が読んだ可能性は確かにある。そうなると、福島氏が倭文重さんの病院に訪れた当時、1981年当時は、福島氏は自分が張本人とは思っておらず、あの世にいる三島氏に、上のような文句をぶちまけるのもわからないでもない。

しかし、小島氏の「三島由紀夫と檀一雄」は1980年に初版なわけで、もしそれを福島氏が読んでいたら?
それに三島氏の父・梓氏の著書「伜・三島由紀夫」は1972年の本だし、倭文重さんの、息子の顔つきが変わったと言っていた雑誌インタビュー記事も、おそらく70年の、まだ彼女が元気だった頃のもの。
福島氏の、この三島家に対する、特に梓氏と倭文重さんへの愛情というよりも執着に近い感じを鑑みるに、熊本の片田舎にいても、三島家関連の本や記事はガッツリ読み漁っていたような気がしないでもない(じゃないと、90年代の執筆時に、どうして70年代の雑誌のインタビュー記事のこととか詳しく憶えているのか?という気がする。大事に保管していたのでは?)。なので、1981年の倭文重さんの病院に訪れた時点で、すでに、自分が三島氏を死に追いやった張本人だと気付いていた可能性も十分あるんですよね。そこは福島氏のさじ加減で後から知ったとかいくらでも書ける話なわけで…(そもそも1968年の6月号というハッキリした符合がなくても、自分がある種の暴露的内容の小説を書いていたことは自覚していただろうから、その雑誌が三島氏に送られていたと知った時点で、自決に至った原因の何%かは自分のせいかも?と思っていてもおかしくはないんですよね)。←どうしてもソシオパスにしたいわけじゃないけど、ソシオパスならそれくらいしていてもおかしくないなと。

全編を読んで、福島氏は絶妙に話題逸らしたり、核心を微妙に回避したり、美辞麗句で褒めて煙に巻いたり、妙に言い訳地味たことを書き連ねたりしているな~と感じることがいくつかあった。なんだろう?ココまで書いておきながら一番の本心は隠しているというか、それでも、そのどうしても隠しておきたい本心が、色々書いているうちにジワジワ漏れ出てしまっているというか、そんな印象がある。

福島氏が暴露的小説「塵映え」を書いた理由が、前作の「現車」を出版社になんとか紹介して貰えないかと三島氏に会うために上京し、三島氏と会ってゲイ仲間と飲み食いした後に、「失くしたらいけないから、熊本に戻ってから郵送してくれ」と、にべもなく言われたからだそう。それである意味やけくそというか、ちょっと意地悪し返したい気持ちもあって書いたというようなことを書いていた。貧乏教師の自分が必死の思いで、わざわざ三島さんに読んでもらう為に製本までして頼みに来たのに、そんな扱いを受けた。そして別れた後に街で立ち尽くし、翌日も九十九里浜の浜辺を長い間歩いて、「もう手紙を出すのもやめよう」=もう縁を切ろうと決心したと書いている。この時に、物凄く惨めな思いや絶望的な気持ちにもなったのだろうけど、同時に、凄く”怒り”があったんだろうと私は想像する。

ここに至るまでも、福島氏は三島氏に怒りや嫉妬を持っていたのではないかという気がするんです。直接そうとは書いてないけど、行間から滲んでるような感じ。

まず、自分と5歳しか違わない人物で、華やかな作家生活を送っていることに嫉妬①。才能や経済状況も含めて。
次に、上品な母、いろいろ教えてくれる父を持ち、やくざ者の家に生まれた自分とは雲泥の差の恵まれた家庭環境、そこに嫉妬②
プラス、そういう自分の生い立ち、境遇への怒り①も沸々と絶えず持っていた。
出会った頃は作家志望でも何でもなかったのに、のちに小説家になっていることを思うと、三島氏から創作の裏話を色々聞いているうちに、自分でも書けると思ったのかな?三島氏不在時に家に入り込み、彼の両親と仲良くしたり、作家になろうとしたり、まるで映画「ルームメイト」とかみたいに、他人のアイデンティティを奪って、その位置に自分が収まろうとするかのよう。それこそちょっとしたサイコパス味があって、それはこの嫉妬が源泉にあるんだろうなと。「誰々みたいになりた~い」と「誰々になりたい」。憧れと嫉妬。この線引きが曖昧になってきている(そういう人、最近多い気がする)のが、ソシオパスを見分けるポイントなのかも?

そして、ゲイに興味はあるが、20歳過ぎても自慰行為も知らなかったような自分(つまり成人していたとはいえ、まだ性的精神年齢は子供のままだった)に、無理矢理ではないが、どこか望まない性行為を強要してきたような感覚がずっとあった=怒り②不快感。←これは三島氏は悪くない。

そして、付き合っている中で、何かと世間知らずな自分を、兄貴分的に上から目線で笑いにされたりすることも多く、そういうことが積もり積もって、これまた怒りも蓄積していった。怒り③。←三島氏的にはイジる=かまってあげてる=仲良くなりたいということだったんだろうけど。それにゲイ同士のドギツイ会話が、慣れてる&前提条件としてわかってる人の間では成立するけど、理解していない(初心だった福島氏のような)人にとれば、単に悪口と捉えらえていてもおかしくないことは多々あったはず。

福島氏は育ちのせいで卑屈な部分が元々あり、お坊ちゃん育ちの三島氏の何気ない言葉を曲解して悪意として捉えてしまったところもあったのだろうなと、二人の会話の場面から度々感じた。旅館の浴衣の下に下着をつけてないことを驚かれたとかいうエピソードが挿入されていて、そこに書いてはいなかったけど、「下着をちゃんと付けないなんて、君は文明人として恥ずかしくないのかね?」と、勝手に責められた気になったんだろうなと。

なんだかずっと噛み合ってないんですよね。この二人。そのズレ由来の怒りもあったように思える。怒り④。半裸の写真を送りつけられたのも、凄く迷惑そうに書いていたし。三島氏の好意が素直に伝わらず、福島氏にとれば単なる迷惑行為になるみたいな。親切にすれば余計なお世話、見守って何もしなければ不親切…と捉えられるみたいな。

伊豆の旅館での破局後、三島氏が「禁色」に”福次郎”という名前のイヤな男を登場させたこと(それまではイケメン南悠一のモデルの一部として扱っていたのに)。福島氏は、これが三島氏による当てつけというか、嫌がらせ、うっぷん晴らしだと捉えていて、これに対しても怒りがあった可能性も十分ある。怒り⑤。←こういうことを先にされていたから、福島氏にとっては「塵映え」で三島氏モデルの登場人物を出して、そこで多少ヒドイ扱いをしても、お互い様だと思っていたんだろうなと。なんだかんだ言ってずっと恨んでたんだと思う。だから「塵映え」が三島氏を死に追いやった可能性に気づいた時も、別にそこに対する謝罪のような言葉はなかった気がする。あったかもしれないけど、あまり苦悩しているというよりは、「ああ~やっちゃったかぁ~テヘペロ😜」的な、仕方ないよね感でスルーした感じ。

いや、一応自分のことを「無義道な人間」と書いていて、そういう自覚はちゃんとある。そう、”義”の精神が凄く欠落してる感じ。”義”だけじゃなくて、里見八犬伝の八つの漢字、全部無いんじゃないかというくらい。そこまで言ったらヒドすぎる気もするけど、でもなんだかそういう自分のことを無義道だということさえも、批判を前もってかわす言い訳のように感じてしまうんですよね。

なんというか、三島氏のことを尊敬して、憧れているように表面上は書いてはいるものの、「それ本心で言ってます?」みたいな感じがずっとある。その場面場面で、人間が出来ていない普通の人間なら、嫉妬、ムカつき、怒りみたいなドロドロした負の感情を持ってもおかしくないな…と思うことが度々あった。しかし、その辺りを正直に正面から書かずに、微妙にはぐらかすような書き方をしていることが多いので、そういう負の感情を隠しているのでは?という疑念がずっと読みながらありました。

こういうの、私も卑屈で下劣な人間なのでわかっちゃうのよ(悲しいかな)(;^_^A。福島氏が描く三島氏みたいな人と付き合っていたら(金持ちのボンボンだから、福島氏視点だとスネ夫みたいに鼻につくことも多かったんだろうなと)、根はイイ人だと分かっていても、「ケッ、自慢かよ!」とか、「自意識過剰じゃね?恥ずかしくないの?」とか、「キッショ~」とか、「何様だよ」とか、絶対心の中で悪態ついてそうだなぁ~とは思ったんですよね😅。ホント、卑屈な人間ってだめですよねぇ…。

最後に

というわけで、福島次郎氏の「三島由紀夫 剣と寒紅」を読んできましたが、個人的には非常に興味深かった。素晴らしい作品かどうかは言いかねるけど、いろんな意味で興味深かった、これに尽きる。

出版後、瀬戸内寂聴さんなんかは「俗悪」と唾棄したようだけど(自分の不倫の話を小説にしたりしていた寂聴先生に言われても…とは思うけど😅)、確かに文学、小説としては今ひとつかなとは思う。
映画「国宝」で寺島しのぶさんが言う「役者なんて、ホンマ意地汚い生き物やで」みたいなセリフ、あれ、作家にも当てはまると私は思ってて(例外もありますけどね。でもまわりの人間を不幸にしてきた作家もいっぱいいるでしょ?)、どうせここまで意地汚く、自分のこと、他人のことを書くんだったら、その他人の傷さえ肥やしにしてさえ傑作と言わしめる作品へと昇華するのが最低限の礼儀というか、贖罪というか、それができていないと、みんな不幸なことになるだけなんだな~と。←まあ礼も義もない人なんだから仕方ないのか…。

別にどういう小説が最も素晴らしい部類…なんていうのはないのだろうけど、やっぱりこの小説は、福島氏が自分の本心を微妙に隠そうとしているところが気持ち悪いというか、嘘くさいというか、そこがこの小説を二流に貶めているところな気がしないでもない。もっと素直に、三島由紀夫に嫉妬し、怒り、絶望した自分をさらけ出して、それによって過ちも犯し、それが意図しない結果に辿り着いた…その人間の小ささ、弱さ、不可知の運命の前になすすべがない悲しみ、そういうことを上手く書いてくれていたら、もっと好感を持たれて、文学作品としても人の心に迫っただろうなと。私みたいに自分の中のソシオパス味を自覚している人にとれば面白いかもしれないけど、そうじゃない真っ当な人にとれば、ただただ気持ち悪いという意見が出ても至極当然だとは思う(;^_^A。←なので、私は福島氏を完全否定はできないし、なんならちょっと好きな部分もあったりする。

しかしながら、エンタメ作品としてはそれなりに面白いです。覗き見的観点もだし、ソシオパス的思考の研究というか、ソシオパスはこうやって言い訳したり正当化したり、はたまた卑屈で自虐的になったかと思えば攻撃的になって嚙みついてきたり、ソシオパスのケーススタディ作品という観点で見ると非常に面白い作品だと思うわけです。←そんな見方する人、稀な気がするけど( ̄▽ ̄;)。

この作品を通して、私的には微妙に福島氏の考えがわかるというか、自分もそういう卑屈な考え方する時あるなぁ…とか思うことがあって、自分の中のソシオパス度を、彼を通して見つめるという作業ができた(というかさせられた)のは、ちょっと苦いけどいい経験でした😅。そういう意味では、この作品の福島氏に対しての理解度によって、あなたの中のソシオパス度を知れるという側面もある。

ちなみにこちらのサイトでソシオパス診断できますので、よかったらどうぞ!

(またまたちなみに、私のソシオパス度は55%でした。←これって高いの?10%でもあったらヤバイんじゃ?😅)

これからは、その自分の中のソシオパスな部分を、改善していくように…いや?そんなの改善なんてできるのか?いまさら無理なんじゃ?小さい時に心の雛型として刻まれてしまったものだし…じゃあ、自分の中のソシオパスな部分を、バレないように生きていきたいと思いま~す!!(*≧∇≦)ノ ハーイ♪←この考えがソシオパスっ!?www まあバレてないように思っていても、大抵はダダ洩れてること多いんですよね。ソシオパスな皆さんも是非、(バレないように)気を付けて、素敵な年末年始をお過ごしくださいませ!!😆

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