オーストリア、イタリア、スイス山岳地帯の旅 こぼれ話②〜お食事編〜
山岳地帯を巡っていると、街とは《食》に少し違いがある。郷土色が強くなる。
現代は、流通の点でハイジの時代とは違うわけであるから、そこまで大きい違いとはいえないまでも、レストランのメニューの中身が、街のそれとは少し違いがあって、素朴な味わいのものに出会える。
イタリア、ヴァルナの街のレストラン














初日の最初の昼食は、のんびりした街のレストランで。胃がまだ元気なので完食できた♪
山が近く、川が流れ、テラスには花が咲き誇り、食事は美味しく、店の人は朗らか。
イタリアは田舎も素敵だ。
⚫︎ハイジの食生活
小さい頃に読んだハイジの物語、ここに出てくるお馴染みの食べ物、山羊の乳、チーズ、干し肉、実に美味しそうだと憧れたものだ。
ハイジのおじいさんの真似をして、チーズを炙ってパンに乗せてみたものだけれど、わかったことは、実家にあったプロセスチーズでは結果が違う、ということだった。
おじいさんが串に刺して火で炙るあの塊、あのとろける感じにはならない。またあんなに大きな塊そのものがなかった。
また食パンでは感じが出ない。とろけるチーズを受けとめるには、ゴロンとした素朴な丸いパンでなくては。
山羊の乳は、父の知り合いで飼っている人がいたので、コップに一杯ご馳走になったことがある。甘くて違和感があった。
それによく考えたら、牛乳も苦手だった。当時の学校は、毎日出てくる牛乳が無理とは言える雰囲気はなく、我慢して飲んではいたけれど。
そしてハイジの山での食生活には、野菜が出てこない。お話の中だから、と思いつつも、山の上で食べている描写はない。
母親とお祖母さんと暮らすペーターの家では、ペーターは夏の間、他の家の山羊を預かって、山に放牧させている、その賃金の収入しかないようだ。
ハイジのおじいさんは山羊の乳でチーズを作って、村に売りに行って収入を得ている。また大工仕事が得意なので、村でたまに頼まれて修繕したりしている。
そういった収入だけで暮らしている訳だが、ペーターの家より、ずっと豊かな暮らし向きのようである。
ハイジのお昼のサンドイッチには干し肉やチーズがたっぷり入っていて、ペーターはそれを分けてもらって、嬉しそうに食べている場面が何回か出てくる。
あの食事だけで身体は保つのか?子どもの頃よく考えたものだ。
パンとチーズと干し肉、山羊の乳、カルシウムやミネラルは豊富であるので、長くその土地で暮らす人には合っているのだろう、とよく考えたものだ。
⚫︎パン
そしてパン。
『ペーターのお祖母さんに食べさせてあげたい』、と、ハイジがフランクフルトのクララの屋敷でこっそり隠しているのを見つけられ、ロッテンマイアーさんに捨てられてしまう、あの白パン。
日本で《ハイジの白パン》などと命名されて販売されているような、ふんわり柔らかいパンは、現代でもスイスや他の国々ではお目にかかれない。
いわゆる食事パン的なものは、いずれもずっしり重みがあり、歯応えのある硬さである。
確かに風味や旨味が豊かで、噛みごたえがあり、美味しいとは思う。
しかし、私は前歯の一本がブリッジなので、怖くてとても噛み切ることができない。具が落ちようが、バラバラになろうが、サンドイッチでも手でちぎって食べているのだ。
その危険を感じる硬さなのである。パンなのに。

左下は柔らかそうな白パンに見えるものの、普通に硬い。隣のミニバケットとほぼ同じ硬さ。
クロワッサンや、サンドイッチ用のいわゆる食パンだけは柔らかい。それが作れるなら、何故それ以外のパンに柔らかさを求めない?! とよく考える。
レストランでは食事パンは温めたものが出されるから、美味しいし食べやすい。ホテルの朝食では、その朝の焼きたてのパンが並ぶものの、大抵の皆さんがトースターで焼いているから、やはり他の人も温めてサクサク食べやすくした方を好むのだ。
しかし、パン屋さんのサンドイッチは、バゲットや丸いパンにチーズやハムやトマトなどが挟まれたもので、おまけに温められて渡されるわけではないから冷たい、そして硬い。はっきり言って不味い。
こちらでお弁当用に買おうとしたら、それしかないわけだ。
私は毎日、日本的なお弁当を作って夫に持たせている。作るのが面倒であっても、
「サンドイッチを途中で買って食べて」、とは気の毒すぎて、とても言えない。
夫は、日本の職場では同じビルの中にレストランもあったし、近隣の店にも気軽に行っていた。
ドイツのレストランでは、出されるまで時間がかかりすぎて、昼食の時間内に食べ終わるのは不可能だ。またファストフードの店は近くにない。結局、お弁当以外無理なのだ。
食文化の違い、それはわかるのだけれど、冷たくて硬いと食べにくいでしょ?!といつも考えてしまう。
日本にやってきた外国人観光客が、常温でも美味しい駅弁の豊富さや、コンビニのおにぎりやお弁当に驚くのは当然のことだ。おまけに安価である。
元々柔らかくて食べやすい上に、コンビニでは温めてくれたりもする、改めて考えるとすごい事だと思う。
ヨーロッパで、ふんわりした日本のあんパンやクリームパンが売られたら、大人気になるのは間違いないと思う。こちらの人は甘いものが大好きだし。
こちらのパンは、焼かれた当日なら、焼き直しをせずにそのままでも食べられるけれど、硬い。
翌日は焼かないと無理だが、焼きさえすれば美味しく食べられる。
そしてうっかり買いすぎたりして残ったパンは、その翌日に触ってみると、岩。
手でちぎれない硬さになっており、焼いても食べられる硬さには戻らない。
それは添加物が使われていない安全の証ではあるけれど、ペーターのお祖母さんのように、スープに浸して食べる以外、無理な食べ物へと変化する。
それに慣れてくると、消費期限が長く、柔らかいままである食パンが、不気味に思えてきたりもする。
それでも私は噛んで食べられる方がいいし、ずっしり重いパンは胃もたれして辛いので、食パンは大変ありがたい。
ペーターのお祖母さんには、ふわふわ柔らかくてほんのり甘い、日本の美味しい食事パンをお届けしたい、と今でも思う。
⚫︎お料理
ハイジではなかなか出て来なかった野菜や果物。
野菜は大変豊富に販売されている。イタリアからも豊富に入ってきている様子だ。
これはスイス 、 バール駅前のcoopの野菜売り場である。この数、種類の多さ、感動するものの、値段がとんでもなく高い。
買って持ち帰ろうとしていた夫が、「やめた💦」と言って戻ってきたほど。円換算すると日本の数倍の値段である。




一般的なサラダ🥗。下の写真はイタリアの山岳地帯で出されたもの。イタリアでは特に、苦味のある葉物が好まれる。オリーブオイルとバルサミコ酢、そして塩、シンプルなこの食べ方が一番美味しい。


イタリアでは頼まなくても、食事を頼めばパンが添えられる。グリッシーニなど、店によって様々な種類が出される。

ドイツ、オーストリアでお馴染みのクヌーデル。
素朴で、丸くて可愛いので、つい注文してしまう。パンや小麦粉などを練って、様々な食材を練り込んだ団子で、写真はほうれん草を練り込んだもの。
このように大きめの団子にソースがかけられて出されるものもあれば、小ぶりに作られてスープに浮いて出てくるものもある。
練り込まれるものは、肉であったり、野菜であったり、いずれにしてもお腹にずっしりくる。

フリタンテースズッペ。ズッペとはスープのこと。
オーストリアでお馴染みのスープである。山岳地帯に行くとほぼ必ず見かけるものの、街中ではメニューにないことも多かった。
初めて食べた時、麺のような、麩のような浮き身が何なのか興味が出て、これは何かと店の人に尋ねたところ、
「パンケーキのスープよ!」とのことだった。正式な名前でなくても、パンケーキのスープと言えば通じる。
原料は小麦粉と卵と牛乳、つまりパンケーキと同じようなもので、これを薄く伸ばし焼いて切ったものだそうで、店で手作りしているという。
これがコンソメスープの具として提供される。
初めて食べた時、ドイツ料理、オーストリア料、スイス料理と続き、もう胃が何も受け付けない状態だった。これらの国では、どうしても肉が中心のこってり料理がメインとなってしまう。
旅では、(もしあれば)日本料理、中華料理やアジア料理は大抵の街にあるので、必ず食べるようにしている。こうした料理を合間に食べておかないと、胃薬を飲んだだけでは立ち直れない状態になる。
で、その日はウィーンのレストランで食べたお昼のコースが重すぎて、「もう何もいらない、スープとサラダだけにする」、と言いながら、移動した先の山の中のレストランに入ったのだった。
このフリタンテースズッペは、ベースがコンソメスープだと書いてあったので、たまたま頼んだのだったが、大当たり。
すっきりとしたコンソメスープが、疲れた胃に染み渡る。またこのパンケーキと表現される浮き身が、日本の麩のようなひなびた味わいで、こちらもまた胃に優しい。
あっさりした麺料理を食べたようで、肉に疲れた身体を助けてもらえたのだった。
⚫︎ホテル バルバロッサの朝食
旅の最終日はドイツのコンスタンツに宿泊する。スイスとの国境に近く、ボーデン湖西端の湖畔の街で、歴史ある町並みが美しい。かつては宗教都市として栄えた地だ。



中世の建物がそのままの四つ星ホテル、バルバロッサ。



ホテルのすぐ近くに市庁舎がある。ここがメインストリートになっており、賑やかな通りだ。
中世当時の姿を留める、美しい装飾の市庁舎を眺めながら、向かいのレストランへ。

旅の最終日、もう胃にダメージを感じていたので、ホテルのレストランは避けて、近所のアジアレストランでお寿司を食べたのだったが、翌朝それを後悔することになった。

翌朝、朝食に行ってみると、歴史ある会場は美しく、案内された窓側のテーブルは中世の修道院を思わせる造りであり、飾られた絵や天井の装飾も美しかった。

そして何より、そのレストランの顔とも言えるサービスマンに衝撃を受けた。穏やかな微笑みを浮かべた初老の小柄な男性であるが、まず案内する時の驚くほどの優雅さ、こういう人を初めて見た。
バイキングの朝食であるので、その人からはコーヒーを持ってきてもらっただけなのだけれど、その話し方、手つきの優雅さといったら! まるでこちらが貴族になったような気分にさせられた。
このレストランの朝食は、並べられた種類は豊富ではあり、どれも美しい。
そして、どれもこれも極上の美味しさで驚いた。卵料理やパンやジャム、果物、ヨーグルト、生ハムの種類や味、上品で完璧な美味しさだ。

「凄いね、昨夜もここで食べれば良かった💦」と夫と話したほど。
食べ終わって、立ち上がるとそのサービスマンがやってきた。
「本当に素晴らしい朝食でした」と一番丁寧なドイツ語で伝える。映画に出てくる貴族のご婦人のように。
あちらは通常通りの挨拶なのだろうけれど、貴族に仕える執事のような物腰で、控え目に慎み深く、客への敬意を込めた穏やかな微笑みを浮かべて、送り出してくれた。こんなに品を感じる人に初めて会った気がする。
歴史あるホテルのレストランに、長く勤務した誇りと経験を感じるサービスマン。
もう一度、この人のサービスを受けながら食事をしたい、そんな気持ちにさせられた旅の最後の朝であった。
こぼれ話③に続く
【おまけ】
コンスタンツの湖近くの風景



カトリック教会の道徳的な退廃を表している。












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