見出し画像

逆風のなかの果実 ~第十章~

第十章: 余話 – 天敵からの贈り物

磐田の葛藤

3月23日の突然のFAXから1週間が経過した。
磐田を中心に農産物販売禁止の方針撤回に向けた戦いが続く中、いくつかの動きがあった。

廊下で呼び止められる磐田

3月28日、県内の農場長を集めた会議の後、磐田は楠木ら食品加工科の職員数名に呼び止められた。
彼らは、怒りや高揚感からか、大きな声で磐田に訴えかけた。
 
「津田さんはなぜ会議に出席しないんですか?和田校長も顔を出さない。真剣にこの問題を考えているのでしょうか。」
「農業高校で農産物を販売できないなんて、ありえない話ですよ。」
「でも知事は人の意見を聞くタイプじゃない。もう、強硬手段に出るしかないんじゃないですか?」
 
磐田は尋ねた。
「強硬手段って何?」
 
「デモですよ。磐田さん、イベントを通じてマスコミに知り合いが多いでしょう。今回のことをリークして、4月1日に県庁で抗議の座り込みをするんです。マスコミも大きく取り上げてくれるはずです。」
 
「座り込みは乱暴じゃない?4月1日は年度初めの打ち合わせで、どの学校も忙しい日なのに。」
磐田がなだめようとすると、さらにヒートアップして言った。
「磐田さんが弱気でどうするんですか。津田さんは相手側だし、和田校長も当てにならない。磐田さんしかいないんですよ。」

県庁での座り込み

「俺がやるの、座り込みを!」
磐田が驚いていると、いつの間にか周りに人が集まり、
「磐田さんがやるなら、俺たちもついていきますよ」
と次々に言い出した。
 
「少し考えさせてくれ」
と言って、磐田はその場を離れた。
 
帰宅中の車の中、磐田は悩んでいた。まだ情報が整理されていない中、感情に任せて行動するのはどうか、公務員の座り込みが世間の支持を得られるとは思えない。座り込みは自分たちの立場を悪くするだけかもしれない。家族の顔も浮かんできた。磐田には中学1年生の娘がいる。
 
「娘の教育費はこれからもっとかかるのに、今、教師をクビになるわけにはいかない。」
 
しかし、誰かがやらなければならず、やれるのはおそらく自分だけだと考えると、仲間たちの気持ちに応えたいと思った。磐田は決断できぬまま帰宅した。

天敵教師:国井

農業高校の教員には多様な人がいる。
さまざまな視点から農業を評価することが、産業の発展に必要不可欠だと磐田は考えている。

そのため、磐田は他の教員には基本的に寛容だった。

しかし、苦手な女性教員が一人いる。国井という女性教師だ。磐田は国井が苦手というよりも嫌いだった。国井は同い年で、やたらと絡んでくる。声が大きく、食事中の咀嚼音が大きく、意外とナイーブな磐田には耐えられなかった。だから、磐田は今回の事件に関しても、国井には声をかけていなかった。
 
29日の朝、太田教頭が血相を変えて職員室に入ってきた。磐田は昨日の出来事を考え込んでいた。
 
「誰だ!今日の朝、マスコミに情報をリークしたヤツは。早朝にもかかわらず知事の秘書室にも電話して、30分以上もわめき散らしたらしい。今、県庁からクレームが来たぞ!」
 
教頭の声が職員室中に響いた。磐田は驚きを隠せなかった。まだ自分は行動に起こしていないのに、誰が何をしたのか混乱した。

磐田の天敵:国井

そこに顔を赤らめた国井が入ってきた。
「磐田さん、あんたがビビっているから私がやったのよ。トップダウンは許せないから。」
国井は、自分の行動を自慢するかのように、磐田にまくし立てた。
磐田は、正直、面倒くさいと思いつつ、相づちを打って場を取り繕った。
 
すると、太田教頭が国井に対して、
「国井先生、あなたには聞きたいことが山ほどある。ちょっとこっちに来てくれ。」
と言って、国井を別の部屋に連れて行った。
 
その時、磐田のスマホに楠木から連絡が入った。
「太田教頭から国井の件を聞いた。磐田さん、座り込みの件は当分ナシにしましょう。国井と一緒だと思われたんじゃ、たまったもんじゃない。」
 
磐田はホッとした。まだ大きな行動に移す時期ではないと思っていたが、仲間の思いにも応えたかった。行動を起こせば教師でいられなくなる可能性もあった。考えるたびに家族の顔がよぎった。
そんななかでの、今回の国井の騒動。
 
今回の騒動は、国井の暴走として誰も気に留めないだろう。
磐田は嫌いな国井に助けられる形になった。
磐田は運も味方しているように感じた。


いいなと思ったら応援しよう!