「管理者は現場に入り続けるべきなのか」
看護管理者になってから、休日というものの意味が少し変わった。
病院へ行かない日ではあっても、病院のことを考えない日はほとんどない。休日の朝、職場から連絡が入るたびに、「自分が行かなければ現場は大丈夫だろうか」と胸がざわつく。
そんな日々を長く過ごしてきた。
最近、ある職員への対応について改めて考えさせられる出来事があった。
精神的な不安を抱えながら勤務を続けている職員が、出勤後に涙を流し、「帰りたい」と申し出ることが続いている。
もちろん、その背景には本人の苦しさがある。
しかし、管理者として考えなければならないのは、その一人だけではない。
その職員が早退すれば、残されたスタッフは少ない人数で病棟を回さなければならない。夜勤明けの職員が処置を手伝い、他のスタッフが業務を補い、負担は少しずつ積み重なっていく。
一人を支えるための配慮が、別の誰かを疲弊させる。
その連鎖が続けば、やがて別の離職や休職につながる可能性もある。
だからこそ、私たちは「泣いているから帰宅」という属人的な判断ではなく、「本人の意思を確認した上で判断する」という共通の対応を整えた。
管理者が不在でも、誰が対応しても同じ方向性で判断できるようにするためである。
管理者の仕事は、自分だけが正しい判断をすることではない。
自分がいなくても、組織が同じ判断をできる状態をつくることだと思っている。
一方で、別の日にはこんな出来事もあった。
他病棟から「看護補助者が休みなので応援が欲しい」という連絡が入った。
こちらも人員に余裕はない。
しかし、応援を出すかどうかを電話だけで判断するのではなく、実際に病棟へ足を運び、業務内容を確認した。
話を聞いてみると、業務の組み立て方を少し見直せば、自部署だけで対応できる可能性があることが分かった。
実際に業務を再構築した結果、応援は不要となった。
この経験を通して改めて感じた。
応援を断ることが目的ではない。
「まず自部署で、今ある人員をどう活かすかを考える。」
その視点を持つことが、組織全体を守ることにつながるのではないか。
私は以前から、管理者は現場に入り過ぎるべきではないと考えている。
もちろん、現場を知らない管理者ではいけない。
しかし、管理者が毎日現場業務に追われてしまえば、病棟全体を俯瞰し、業務を整理し、必要な場面に介入するという本来の役割は果たせなくなる。
管理者が現場に入り続けることで、その日を乗り切ることはできる。
しかし、それは問題を解決しているのではなく、先送りしているだけかもしれない。
だから私は、日勤責任番や夜勤責任番のような、病棟を横断して支援できる管理体制が必要だと考えている。
困ったときに「チーフを呼ぶ」のではなく、「責任番が対応する」。
そんな仕組みがあれば、休日の管理者が病院へ向かわなくても、現場は安心して判断できる。
それは管理者を楽にするためではない。
患者さんを守り、現場スタッフを守り、そして組織を持続可能にするための仕組みである。
管理者が目指すべき姿は、「誰よりも働く人」ではない。
**「自分がいなくても組織が機能する仕組みをつくる人」**なのだと思う。
現場を支えることと、現場に縛られることは違う。
私はこれからも、「管理者が休める組織」を目指していきたい。
それは決して管理者のためだけではない。
患者さんにとっても、スタッフにとっても、安心して働き続けられる組織への第一歩だと信じている。
