見出し画像

【ギリシア哲学】『アカデメイア学派7代目学頭ラキュデス』

〖はじめに〗

アカデメイアには、
一度、大きな風が吹きました。

アルケシラオスです。

彼は、学園の空気を変えました。

「確実に知っている」
「これは間違いなく正しい」
「真理はつかめる」

そう言い切る声に、
彼は問い返した。

本当に、そう言えるのか。

その問いによって、
アカデメイアは、断定する場所ではなく、
確信を確かめる場所へ変わっていきました。

けれど、
風が強ければ、建物は揺れます。

疑う力が強すぎれば、
何も決められない。
何も教えられない。
誰も前へ進めない。

そこで現れたのが、
ラキュデスです。

彼は、学園の空気を一変させた人ではありません。

けれど、
変わってしまった学園を、
壊れない形に整えた人でした。

ラキュデスは、
懐疑のアカデメイアを、
日常の中で続けられる形にした名学長でした。

① アルケシラオスの後に残された学園

懐疑とは、
すぐに信じ込まず、
「本当にそうか」と問い返す姿勢です。

これは、とても鋭い哲学です。

けれど、鋭いものは、
扱い方を間違えると人を傷つけます。

疑い続けるだけなら、
何も決められなくなる。

授業はどうするのか。
弟子たちは何を学ぶのか。
日々の判断はどうするのか。

アルケシラオスが開いた問いの後に、
残された学園がありました。

そこへ、ラキュデスが立つ。

彼に必要だったのは、
さらに大きな革命ではありません。

問いを消さずに、
学園を続けることでした。

② 王の庭に移った学園

ラキュデスには、
象徴的な場所があります。

彼は、アカデメイアで講義しました。

ただし、その場所は、
彼の名をとって「ラキュデイオン」と呼ばれた庭だったと伝えられます。

その庭は、
ペルガモン王アッタロスが整えた場所でした。

人が歩く。
木陰がある。
弟子たちが集まる。
静かな声で議論が始まる。

思想は、場所を必要とします。

人が集まれる場所。
話を聞ける場所。
若者が戻ってこられる場所。

どれほど鋭い問いでも、
受け止める場がなければ、
やがて散っていきます。

ラキュデスは、
懐疑の哲学に、
もう一度「居場所」を与えた人でした。

③ 疑う人にも、倉庫の鍵は必要である

ラキュデスには、
少しおかしな逸話が残されています。

彼は、家の倉庫から物を出すたびに、
扉に封印をしていたと伝えられます。

封印とは、
扉が勝手に開けられていないかを確かめるための印です。

たとえば、扉に封をしておけば、
誰かが開けたとき、その封が破れます。

つまりラキュデスは、
「封印が破れていなければ、誰も倉庫を開けていない」
と考えたのでしょう。

ところが彼は、
封印をしたあとに、
自分の指輪を倉庫の中へ投げ入れました。

おそらく、
指輪が倉庫の中にあることも、
確認のしるしにしたかったのです。

けれど、召使いたちは、
そのやり方を見抜きました。

主人は倉庫を封印する。
そのあと、指輪を中へ投げ入れる。

ならば、自分たちも同じようにすればいい。

彼らは封印を破り、
倉庫を開けて、
中のものを持ち出しました。

そして最後に、
もう一度、扉に封印を作り直しました。

さらにラキュデスがしていたように、
指輪を倉庫の中へ投げ入れたのです。

すると、外から見れば、
扉には封印がある。

倉庫の中には、
指輪もある。

ラキュデスからすると、
「封印もある。指輪も中にある。
ならば、誰も開けていないはずだ」
と思ってしまう。

こうして召使いたちは、
封印を破ったことをごまかしたのです。

ラキュデスは、
なかなかその仕掛けに気づかなかったと伝えられます。

④ 「疑う」と「何もしない」は違う

確実な知識を疑う学園でも、
朝になれば人は集まります。

誰かが問い、
誰かが答え、
誰かがまた疑う。

その場を続けるには、
判断が必要でした。

今日は何を論じるのか。
誰に任せるのか。
いつ退くのか。
次へどう渡すのか。

ラキュデスは、
「絶対に正しい」と言い切れない世界で、
それでも学園を動かした人でした。

疑う。
けれど、決める。

断定しない。
けれど、場を止めない。

ここに、
管理者としてのラキュデスの面白さがあります。

⑤ 自分の生前に、学園を渡した人

ラキュデスの大きな特徴は、
引き際にもあります。

彼は、
自分が生きているうちに、
学園をテレクレスとエウアンドロスに引き渡したと伝えられます。

普通、学園の長は、
死ぬまでその地位にいる。

その後、弟子たちが次を決める。

けれどラキュデスは、
まだ自分の名で人が集まるうちに、
席を空けたのです。

自分がすべてを握り続けない。

弱ってから慌てるのではなく、
学園が続く形を先に作る。

派手な議論で勝つことでも、
大きな本を残すことでもない。

自分がいなくなった後も、
場が続くようにすること。

ラキュデスは、
哲学を語っただけの人ではありません。

哲学の場を、
次の人へ渡した人でした。

⑥ 遠くから見るほうがよいものもある

ラキュデスには、
もう一つ、印象的な言葉が伝えられています。

ペルガモン王アッタロスが、
ラキュデスを呼んだときのことです。

彼はこう言ったとされます。

「彫像は、遠くから見るのが一番よい」

王に呼ばれる。
普通なら、名誉です。

近づけば、保護も得られる。
贈り物もあるかもしれない。
学園にとっても得になるかもしれない。

けれどラキュデスは、
近づきすぎることの危うさを知っていたのかもしれません。

遠くから見れば美しいものも、
近づきすぎると違って見える。

権力も、名誉も、支援も、
近づきすぎれば人を巻き込みます。

疑うとは、
すべてを拒むことではありません。

近づきすぎないことでもある。

ラキュデスのこの言葉には、
距離の取り方が出ています。

彼は、目立つ場所へ飛び込むより、
学園を守る距離を選んだ人だったのかもしれません。

【哲学者データ】
名前 ラキュデス/ラギュデス
生没 紀元前3世紀ごろ
出身 キュレネ
系統 プラトン系/アカデメイア派
所属 アカデメイア
立場 アカデメイア7代目学頭
師  アルケシラオス
後継 テレクレス、エウアンドロス
特徴 懐疑の学園を安定して受け継いだ人

アカデメイア学派一覧

【次の記事】

【前回記事】

いいなと思ったら応援しよう!