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第Ⅱ部 英雄の時代【ギリシア神話 第34回】イアソン③黄金の羊毛

【はじめに】

夜明けの海に、一隻の船が浮かんでいました。
アルゴー号です。

長い航海を続けてきた英雄たちは、
ついに世界の果てと呼ばれたコルキスへ着きました。

船首に立つイアソンは、静かに岸を見つめています。

彼らが目指していた黄金の羊毛は、
その先にありました。

けれど、それを守っているのは強大な王であり、
恐ろしい怪物であり、
ときには神々の力そのものでした。

誰の目にも、勝ち目はありません。
それでもイアソンは、前へ進みます。

人は、不可能だとわかっていても、
挑むべきなのでしょうか。

これは、一人の英雄イアソンと、
一人の王女メデイアの物語です。

①コルキスの王

イアソンは、仲間たちとともに王宮へ向かいました。
玉座に座っていたのは、コルキス王アイエテスです。

王は鋭い目で、訪れた英雄たちを見つめました。

「何を求めて、ここへ来た。」

イアソンは、まっすぐ答えます。

「黄金の羊毛をいただきたいのです。」

広間は静まり返りました。
やがて王は、小さく笑います。

「よかろう。」

英雄たちは顔を見合わせました。
しかし次の瞬間、その笑みは消え去ります。

「ただし、条件がある。」

王が指さした先には、
二頭の巨大な牡牛が立っていました。
足を踏み鳴らすたび、その口から炎が噴き出します。

戦神アレスから授けられた、火を吹く牡牛でした。

「この牡牛に鋤をつけ、畑を耕せ。」

「そのあと、この竜の歯をまくのだ。」

王は、一袋の歯を取り出しました。

それは、
戦神アレスに仕える竜の歯だと伝えられていました。

その歯を土に埋めると、
無数の武装した戦士たちが大地から現れます。

「そして、お前は、たった一人で彼らを倒さなければならない。」

かつて英雄カドモスも、
この歯を使ってテーバイを建国したと伝えられてます。

イアソンは、言葉を失います。
火を吹く牡牛を従わせるだけでも、
不可能に近い試練です。

そのうえ、大地から現れる無数の戦士たちまで相手にしなければなりません。

王は最初から、
黄金の羊毛を渡すつもりなどなかったのです。

これは試練ではありません。
誰が見ても、死刑宣告でした。

それでも、イアソンは静かにうなずきます。

「やります。」

挑戦しなければ、旅はここで終わります。
挑戦すれば、命を失うかもしれません。
それでも彼は、引き返しませんでした。

②王女メデイア

その夜、
コルキス王アイエテスの娘メデイアは、
宮殿の窓辺に立っていました。

夜風が、静かに髪を揺らします。

彼女は薬草や魔術に優れた王女であり、
多くの人々から敬われていました。

そのころ、
天上ではヘラとアテナが地上を見下ろしていました。

二柱の女神は、イアソンを助けようと考えていたのです。

ヘラは以前からイアソンに目をかけており、
知恵の女神アテナもまた、その旅を見守っていました。

しかし、人間の力だけで試練を乗り越えることは難しそうでした。

そこで二柱の女神は、
     愛の神エロースを呼びます。

エロースは、
ローマ神話でキューピッドと呼ばれる神です。

小さな翼を持ち、
愛の矢で人々の心を射ることで知られていました。

エロースは困ったように笑います。

「またですか。」

そう言いながら、静かに弓を引き絞りました。

放たれた黄金の矢は、
まっすぐメデイアの胸へ飛んでいきます。

ちょうどそのとき、
彼女は中庭に立つイアソンの姿を見つけました。

彼は恐れていたはずでした。
それでも、逃げようとはしません。

メデイアは、
  その横顔から目を離せなくなりました。

胸が激しく高鳴ります。
父アイエテスを裏切ることになるかもしれません。

それでも、彼女は視線をそらすことができませんでした。
こうして、英雄イアソンと王女メデイアの運命は、
静かに動き始めたのです。

③火を吹く牡牛

深夜、メデイアはひそかにイアソンを呼び出しました。

「これを受け取ってください。」

そう言って差し出したのは、小さな壺でした。

中には、不思議な薬が入っています。

「これを体に塗れば、炎も鉄も、
   しばらくはあなたを傷つけません。」

イアソンは驚いた表情を浮かべました。

「なぜ、私を助けるのですか。」

メデイアは、そっと目を伏せます。

「私にもわかりません。」

翌朝、試練が始まりました。
火を吹く牡牛が大きく咆哮し、
炎が空へ舞い上がります。

イアソンは、まっすぐ前へ進みました。
燃え盛る角をつかみ、力いっぱい押さえ込みます。
激しい炎が吹きつけました。
それでも、彼は決して手を離しません。

長い戦いの末、
ついにイアソンは牡牛を従わせ、
その首にくびきをかけました。

 こうして、牡牛は鋤を引き、
      大地は耕されていきます。

続いて、イアソンは竜の歯を畑へまきました。

すると、大地が盛り上がり、
武装した戦士たちが次々と現れます。

イアソンは、メデイアから教えられたとおり、
一つの石を投げました。

それは、かつてカドモスがテーバイを建国したときと同じ方法でした。
突然飛んできた石に驚いた戦士たちは、
互いを敵だと思い込み、激しく争い始めます。

剣がぶつかり合い、砂煙が舞い上がりました。
やがて戦士たちは次々と倒れ、

生き残った者たちも
   イアソンによって打ち倒されます。

そして最後の一人が倒れたとき、
戦場には静寂だけが残っていました。

こうして、イアソンはすべての試練を乗り越えたのです。
しかし、アイエテス王は約束を守りませんでした。
黄金の羊毛は、まだ彼方にあったのです。


④黄金の羊毛

「黄金の羊毛は渡さぬ。」

王は冷たく言い放ちます。

最初から約束を守るつもりなど、なかったのです。
イアソンたちは王宮へ戻され、
厳しい監視下に置かれました。

その夜のことでした。
メデイアは、ひそかにイアソンを呼び出します。

 「急いでください。」

 「父は、あなたを生かして帰す
        つもりはありません。」

イアソンは静かにうなずきました。

メデイアは、アイエテス王の娘でした。
そのため、王家の者しか知らない、
黄金の羊毛のありかを知っていたのです。

「私について来てください。」

こうして二人は、
人目を避けながら神殿へ向かいました。
二人は神殿へ向かいます。

月明かりの下で、黄金の羊毛が静かに輝いていました。
まるで、小さな太陽のようでした。

 しかし、その前には巨大な大蛇
        が横たわっています。

何百年もの間、一度も眠ったことがない怪物でした。

赤い瞳が、ゆっくりと開かれます。
イアソンは剣を握りました。

蛇は鎌首をもたげ、一歩ずつ近づいてきます。
月明かりが、金色の鱗を照らしました。
そのときでした。

メデイアが、静かに歌い始めたのです。
風が止まりました。
木々のざわめきが消えます。

歌声は、水面を流れる波のように広がっていきました。
大蛇の動きが止まります。

赤い瞳が、ゆっくりと閉じられました。
怪物は、深い眠りへ落ちたのです。

イアソンは、そっと黄金の羊毛を抱き上げました。
長い旅の終わりでした。
けれど、それは新しい運命の始まりでもありました。

【メデイア】

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