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第Ⅱ部 英雄の時代【ギリシア神話 第33回】イアソン②英雄たちの航海

【はじめに】

前回、イアソンたちはアルゴー号に乗り込み、世界の果てを目指して出航しました。

怪力のヘラクレス。
美しい歌声を持つオルフェウス。
そして、多くの英雄たち。

誰もが、
この旅の先に栄光が待っていると信じていました。

しかし、海は人間の願いどおりには動きません。
英雄たちは、この旅で初めて知ることになります。

仲間を持つ喜びと、仲間を失う悲しみを。

①レムノス島の誘惑

アルゴー号が最初にたどり着いたのは、

レムノス島でした。

そこには、不思議な光景が広がっていました。
男の姿が、一人も見当たらなかったのです。

代わりに、
剣を腰に差した女性たちが町を治めていました。
女王ヒュプシピュレは、イアソンたちを歓迎します。

「どうか、この島に滞在してください。」

英雄たちは驚きました。
豪華な食事が並び、美しい衣服が用意され、
温かい寝床まで与えられたのです。

ある者は、長い間手放さなかった剣を、
そっと壁へ掛けました。

長い航海を続けてきた男たちにとって、
それは夢のような日々でした。


しかし、イアソンは静かに海を見つめていました。
目的地は、まだはるか遠くです。

安らぎは、ときに怪物よりも強く、人の足を止める。

それでも彼らは、
旅を続けることを選びました。

②闇夜の悲劇

次にたどり着いたのは、
キュジコス王が治める国でした。

若き王は、イアソンたちを心から歓迎します。
酒が振る舞われ、人々は夜遅くまで笑い合いました。

「どうか、よい旅を。」

翌朝、英雄たちは再び出航します。
ところが、その夜のことでした。
突然、嵐が襲いかかります。

巨大な波が船を揺らし、風はうなり声を上げました。
アルゴー号は進路を失い、

気づかぬうちに元の港へ戻ってしまいます。

しかし、誰もそのことに気づきませんでした。
暗闇の中、戻ってきた船を見た兵士たちは、
それを敵の船だと思い込みます。

英雄たちもまた、突然現れた兵士たちを、
敵だと思い込みました。

暗闇の中で戦いが始まりました。
剣がぶつかり合い、叫び声が響き渡ります。

そして夜明けとともに、イアソンは立ち尽くしました。
目の前に倒れていたのは、キュジコス王だったのです。

歓迎してくれた友を、
自らの手で殺してしまったのでした。

誰も言葉を発しませんでした。

イアソンはキュジコス王の亡骸のそばに
膝をつきます。

仲間がいれば運命を変えられる。
そう信じていた旅は、この日初めて、
その重さを教えたのです。


③消えたヒュラス

その傷を抱えたまま、旅は続きます。

ヒュラスは、幼い頃に身寄りを失い、
ヘラクレスに引き取られた青年でした。

それ以来ずっと、実の子のように育てられ、
旅の間もヘラクレスのそばを離れませんでした。

その航海の途中、
ヘラクレスは誰よりも力強く櫂を漕いでいました。
あまりの力に、ついに櫂が真っ二つに折れてしまいます。

新しい櫂を作るには、
ちょうどよい木を探さなければなりません。
ヘラクレスはヒュラスを連れて、船を降りました。

ヒュラスは、水をくむため森へ入りました。
泉の水は、鏡のように静かでした。

ヒュラスが水面へ身をかがめた、そのときです。
水の底で、何かが揺れました。
次の瞬間、水面から白い腕が伸びたのです。

水の精霊たちでした。

彼女たちは、美しい青年に心を奪われていたのです。
「こちらへ来て。」
精霊たちの声が、かすかに響きます。

白い腕が、ヒュラスの手をそっと取りました。
次の瞬間、水面は再び静けさを取り戻しました。
ヒュラスの姿は、どこにもありませんでした。

ヘラクレスは森の中を駆け回ります。

「ヒュラス!」

何度も名前を呼びました。

しかし、返事はありません。
太陽が沈んでも、彼は捜し続けました。

仲間たちは、出航の時刻を迎えていました。

けれど、
ヘラクレスは船へ戻りませんでした。

血を分けた子ではなくとも、ヒュラスは彼にとって、
失うわけにはいかない存在だったのです。

こうして最強の英雄は、旅を去ることになったのです。
誰よりも強い者でさえ、失うものから逃れることはできませんでした。

残された者たちは、その空いた席を見つめながら、
船を出すしかありませんでした。

④盲目の予言者

アルゴー号は進み続けました。
やがて、一人の老人が岩場に座っているのを見つけます。

盲目の予言者フィネウスでした。

彼は長年、神々の罰を受けていました。食事のたびに怪物たちが現れ、口へ運ぶ前にすべて奪い去ってしまうのです。何年もまともに食べられなかった体は、痩せ細り、手は小さく震えていました。

彼が今日も食事を口へ運ぼうとすると、空から怪物たちが飛来します。

ハルピュイアです。

鋭い爪で食べ物を奪い、
腐った臭いを残して飛び去っていきました。

イアソンは剣を抜きますが、
空を舞う怪物には届きません。

そのとき、翼を持つ双子の英雄ゼテスとカライスが、
空へ飛び立ちました。
激しい追跡が始まります。

怪物たちは悲鳴を上げながら逃げ去りました。
フィネウスは涙を流します。

「ありがとう。」

⑤撞着岩への挑戦

巨大な二枚の岩が激しくぶつかり合い、
その間を通る船を押し潰していたのです。
フィネウスは言いました。

「まず、鳩を飛ばしなさい。
岩が閉じる速さを見極めるのです。」

一羽の鳩が、大空へ飛び立ちます。
岩が動きました。
轟音が響きます。

羽根が数枚、宙を舞いました。
けれど、鳩は無事でした。

岩は今、閉じたばかりです。
次に開いてから再び閉じるまでの、
ほんのわずかな間しか、船の通る隙はありません。

「今です!」

イアソンが叫びます。
英雄たちは、一斉に櫂を握りました。
ヘラクレスはいません。

それでも、誰一人として立ち止まりませんでした。
オルフェウスが竪琴を奏でます。
力強い音色に合わせ、
漕ぎ手たちの櫂が一つに揃い、
船の速さが増していきました。

ゼテスとカライスが風を読み、追い風を捉えます。
全員が、持てる力のすべてを振り絞りました。

そして、アルゴー号は岩の間を駆け抜けます。
次の瞬間、
巨大な音とともに岩は閉じました。

あと少し遅ければ、船は粉々になっていたでしょう。
英雄たちは歓声を上げました。
そのとき、イアソンは気づきます。

運命を動かしたのは、
一人の英雄ではありませんでした。
仲間たちの力だったのです。

【なぜレムノス島には女性しかいないのか】

実はこのとき、レムノス島の女性たちは、
すでに島の男を全員殺していました。
女神への供物や儀式をきちんと行わなかったため、
アプロディテが怒り、罰として女性たちの体から悪臭を発するようにしたのです。

男性たちは臭いを嫌って女性たちを避けるようになり、代わりにトラキア人の女を愛人にしてしまいました。
それに怒った島の女たちが、
夫や島中の男を殺害するに至った、という流れです。
(ヒュプシピュレだけは、自分の父トアス王を密かに逃がして助けました)。

その結果、島には女性しかいなくなり、
跡継ぎも労働力も途絶える恐れがありました。
そこへ屈強な英雄を乗せたアルゴー号が漂着したため、女王ヒュプシピュレたちは彼らを歓迎し、
長く引き留めようとしたのです。

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