【ギリシア哲学】『メガラ派 ディオドロス・クロノス』
起こらなかったことを、
可能と呼んでよいのか
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〖はじめに〗
ディオドロス・クロノスには、
論理の問いに負けて死んだ、
という強烈な伝承があります。
プトレマイオスの宴席で、
スティルポンに論理の問題を出され、
その場でうまく解けなかった。
王にあざけられ、
彼は宴を去り、
あとで答えを書いたのち、
悔しさのうちに死んだと伝えられます。 
ほんとうかどうかは別として、
この逸話はよくできています。
言葉に厳しかった人間が、
言葉に追いつめられて死ぬ。
ディオドロス・クロノスという哲学者の怖さは、
この話だけでもかなり伝わります。

〖① ディオドロス・クロノスとは誰か〗
ディオドロス・クロノスは、
古代ギリシアの論理家として知られる
人物です。
後世にはメガラ派と結びつけて語られることが多く、
とくに
「可能とは何か」
をめぐる議論で強い名を残しました。 
この人の問いは、
単純ですが重い。
起こらなかったことを、
可能だったと言ってよいのか。

〖② 可能とは何か〗
私たちは、
終わったあとでよく言います。
別の道もあった。
やればできた。
あれも可能だった。
けれどディオドロスは、
その言い方を通しません。
彼にとって可能とは、
現にそうであるか、
これから実際にそうなるものです。
逆に言えば、
けっきょく起こらないことは、
本当の意味では可能ではなかった。 
かなり厳しい考えです。
けれどこの厳しさによって、
彼は
可能という言葉から
気休めや言い訳を切り落としました。
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〖③ 何がそんなに厳しいのか〗
ここで問われているのは、
未来への夢ではありません。
言葉の筋です。
起こらなかったことを
可能だったと言うとき、
その言葉は何を指しているのか。
ただ、
失われた道を
あとから美しく呼びなおしているだけではないのか。
ディオドロス・クロノスは、
そこを容赦なく削ります。
可能とは、
ぼんやり開かれた余白ではない。
現実に届く筋を持ったものだけが、
可能と呼ばれる。
この締めつけの強さが、
この人の哲学の芯です。 

〖④ 条件文にも逃げ道を作らない〗
ディオドロスは、
「もし〜なら」という文にも厳しかったことで知られます。
その場だけもっともらしく見える言い方では足りない。
あとで破れるなら、
その文は最初から強くなかった。
彼は、
言葉をその場しのぎの道具として扱いませんでした。
時間をまたいでも崩れないこと。
それを言葉に求めたのです。 

〖⑤ 今読む意味〗
この人が今も刺さるのは、
私たちが
可能という言葉を
あまりにも簡単に使っているからです。
やればできた。
まだ可能性はあった。
本当は別の道もあった。
そう言えば、
少し楽になれます。
けれどディオドロス・クロノスは、
そこに逃げ道を作りません。
起こらなかったことを、
安易に可能と呼ぶな。
この一言だけで、
もう十分に厳しいのです。
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〖おわりに〗
論理の問いに敗れ、
その恥に耐えられず死んだ。
この伝承を、
ただ奇妙な逸話として読むだけでは足りません。
ディオドロス・クロノスは、
生き方の奥まで、
言葉の厳密さを持ち込んだ人でした。
だから彼の問いは最後まで重い。
おまえが可能と呼んでいるものは、
ほんとうに可能だったのか。 
〖哲学者データ〗
名前 ディオドロス・クロノス
生没 前4世紀後半ごろ-前3世紀初頭ごろ
系統 ソクラテス系
立場 メガラ派
出身 イアソス
師匠 アポロニオス
弟子 フィロン
思想 可能とは何かを厳しく問い、「起こらなかったことを本当に可能と呼べるのか」を追いつめた論理家
特徴 「主宰者の議論」で有名。条件文や可能性の考え方にも強い影響を残し、メガラ派の言葉の厳しさを代表する人物として知られる

