【ギリシア哲学】『メガラ派 フィロン』
名よりも、
「もし」が残った哲学者
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〖はじめに〗
フィロンには、
強い逸話がほとんど残っていません。
何をした人かより、
どう考えた人かだけが残った。
けれど、
それは弱さではありません。
この人は、
名前よりも
「もし〜なら」
という形の中に残った哲学者でした。
しかもその「もし」は、
師ディオドロス・クロノスの考え方と
正面からぶつかります。
同じく言葉に厳しい人たちの中で、
どこまでを条件として認めるかが割れた。
フィロンの面白さは、
そこにあります。

〖① フィロンとは誰か〗
フィロンは、
古代の弁証家として知られる人物です。
しばしば
「メガラのフィロン」
と呼ばれますが、
後世には
メガラ派というより
弁証家の系譜で語られることもあります。
たしかなのは、
彼がディオドロスの弟子として知られ、
条件文の考え方で
強い名を残したことです。
人格より、
逸話より、
一つの考え方が残った。
フィロンは、
そういう哲学者です。
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〖② フィロンが残したもの〗
フィロンでいちばん有名なのは、
「もしAならB」という文の考え方です。
彼の基準は、
驚くほどはっきりしています。
この文が偽になるのは、
Aが真で、
Bが偽のときだけ。
それ以外は真です。
つまり彼は、
条件文を
その場で壊れるかどうかで見た。
前を認めながら、
後ろを落とす。
その一回だけがだめだ。

〖③ ディオドロスとの違い〗
ここで師匠ディオドロスとの違いが
はっきり出ます。
ディオドロスは、
もっと厳しい。
「もしAならB」が真であるためには、
いまだけでなく、
どの時点でも
Aが真でBが偽になる余地があってはならない。
フィロンは、
そこまで求めません。
いま壊れていなければよい。
この差は小さく見えて、
かなり大きい。
ディオドロスが
時間をまたいで壊れない強さを求めたのに対し、
フィロンは
まず壊れる一点を押さえた。
もっともらしく聞こえるか。
話としてきれいか。
納得しやすいか。
そんなことは基準にならない。
条件文は、
どこで壊れるのか。
フィロンは、
そこだけを見ます。
言葉の顔つきではなく、
壊れる場所を見ろ。
この冷たさに、
弁証家らしい鋭さがあります。

〖④ 今読む意味〗
この人が今も面白いのは、
私たちが
「もし」を
あまりにも便利に使っているからです。
もし本気なら。
もし条件がそろえば。
もしあのとき別の選択をしていれば。
こういう言い方は、
いくらでもできます。
けれどフィロンは、
その「もし」が
どこで壊れるのかを見ろと言います。
前を言うなら、
後ろまで引き受けろ。
それができないなら、
その条件は弱い。

