バイエルンに初めて飾られたクリスマスツリーの物語
立派なモミの木に煌びやかな装飾をまとい、リビングにその存在感を放つクリスマスツリー。クリスマスイヴの夜、子供たちはクリストキントがプレゼントをツリーの下に運んで来ることを楽しみに待ちます。
しかし南ドイツ・バイエルンにクリスマスツリーを立てる風習が根付いたのは、ほんの200年ほど前からの事です。
今回はクリスマスツリーがいかにしてバイエルンに伝わり、今日のように庶民に愛されるようになったのか、お話していきたいと思います。
【クリスマスツリーの歴史】
まずはクリスマスツリーの起源とその歴史を見てみましょう。
📙クリスマスツリーの起源
その起源は北欧に住む古代ゲルマン民族の冬至のお祭り「ユール」だとされています。
暗く長い冬の時期に、常緑の植物を「新しい生命の象徴」として、またロウソクを「光への希望」として飾っていました。
常緑樹の枝で部屋を飾り、やがて枝だけでなく木を丸ごと天井から吊るすようになりました。
これはキリスト教徒にも後に広がっていきます。
📙15世紀 世界で初めてのクリスマスツリー
装飾された木は1419年にフライブルクのパン職人組合に関する記述で初めて言及されました。
📙16世紀 プロテスタント地域で普及
16世紀に入ると南西ドイツで飾りつけされた常緑樹が広まって行きました。マルティン・ルターは自身でも家庭でクリスマスツリーを飾り、これを当時のプロテスタントのクリスマスシンボルとしました。
1535年の伝承によれば、当時ストラスブールでは数種類の常緑樹が多く販売されていた記録があります。
1570年には北ドイツでもこの習慣が現れ、ブレーメンの職人のギルドハウスにはリンゴ、ナッツ、デーツを吊るした木が立てられました。
📙18世紀 ロウソクで飾られる
1730年以降、木々は初めてロウソクで飾られました。
📙19世紀~ 他国にも広まる
19世紀初頭のナポレオンに対する独立戦争中、あらゆる宗派でクリスマスツリーは広く一般に普及しました。
ガラス球を吊るすアイディアが生まれたのも19世紀に入ってからと言われています。
現在では、生木だけでなく人工のツリーなどが様々な装飾をされて世界中で飾られています。
【カトリック地域における従来の装飾】
19世紀以前、南ドイツ・バイエルンやカトリック信仰の強い地域ではクリスマスツリーは存在せず、
🍎Paradeisl(パラダイスル)・・・「三位一体、イエスの希望の光、楽園」を象徴する飾り
🌟Krippe(クリッペ)・・・イエス誕生の場面を表す飾り
がクリスマスの装飾品としては大事な役割を担っていました。
【バイエルンに立つ初めてのクリスマスツリー】
しかし、16世紀にプロテスタント地域でクリスマスツリーが普及してから約300年遅れて、ここバイエルンにもやっとクリスマスツリーが伝わりました。
📙1806年、ミュンヘンのレジデンツ(ミュンヘン王宮)で最初のクリスマスツリーが置かれたのです。
これは、初代バイエルン国王・マクシミリアン1世の妻・バーデンのカロリーネ・ヴィルヘルミーネ王女によって持ち込まれたものです。

作:ジョセフ・カール・シュティーラー - sammlung.pinakothek.de

Attributed to フリードリヒ・デュルク
/ After ジョセフ・カール・シュティーラー
- www.neumeister.com
最初の妻を病気で亡くしたマクシミリアン1世でしたが、間もなくして20歳年下のカロリーネにたいそう惚れ込んでしまいました。
カロリーネはプロテスタント信仰者であり
「私の育った場所の習慣を持ち込んで良いのであれば結婚します」
と、カトリック信仰の王家に条件を出したのでした。
国王はそれを承諾し、二人は無事に結婚することとなりました。
そしてカロリーネはクリスマスがやってくると、クリスマスツリーを迎え入れ、プロテスタント地域では主流となっていた
「12月24日の夜、クリスマスツリーの下にクリストキントが贈り物を届ける」
という習慣もバイエルンに持ち込みました。
王家の子供たちにも、それぞれ専用の小さなクリスマスツリーが贈られたといいます。

【クリスマスプレゼントの変遷】
この当時(19世紀初頭)バイエルン地域では、クリスマスイヴにプレゼントを贈るという習慣がありませんでした。
その代わりに「12月6日の聖ニコラウスからの贈り物」が大切にされてきました。
しかしカロリーネが伝えたクリスマスツリーは人々を魅了し、忽ちブームを巻き起こすこととなったのです。
そして「ニコラウスはそんなに重要じゃなくてよいのでは…?」と、ある大臣が新しい風を入れた事で、バイエルン全体にも “クリストキントがプレゼントを届ける” という文化が定着しました。
【終わりに】
アドヴェンツクランツ同様、クリスマスツリーの文化もバイエルンには他よりも遅く伝わってきました。
カトリック文化を否定したルターによるプロテスタントのクリスマス文化が、後にカトリックの人々の心に響いて定着する。何とも興味深い展開です。
しかし、両者に共通している「イエスの誕生を盛大に祝いたい」という気持ち(信仰)が、今日のドイツ全体のクリスマス文化の発展につながっているのでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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その他の
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参考:
Der Weihnachtsbaum: Wie kam die Tanne vom Wald in die Wohnung? | ndr.de
Christbaum oder Weihnachtsbaum: Wie die Tanne zu Weihnachten ins Haus kam | BR Kinder - eure Startseite
