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バルバラの枝、奇跡の物語│アドヴェントを楽しむ可愛い風習

アドヴェント(アドベント/待降節)が始まって間もなく、人々はある枝を花瓶に挿しクリスマスを待ちわびます。もし「その枝の花がクリスマスまでに咲いたなら、翌年に幸運が訪れる」という言い伝えがあるからです。

南ドイツ・バイエルンのアドヴェントの古い風習の中でも、可愛らしくてちょっと心の躍る習わし、「Barbarazweigeバルバラの枝/バーバラの枝」のお話を紹介します。


【バルバラの枝とは?】

12月4日聖バルバラの日に果物の枝(さくらんぼりんごプラムあんず)を切り落とし、それを花瓶に入れて飾り、クリスマスを待ちます。もしクリスマスまでに花が咲けば翌年の幸運に恵まれるという風習です。

バルバラの枝

その枝は予知能力の効果もあるとされており、結婚願望のある若い女の子は、自身の結婚を占うために3本の枝を立てます。

①若さのため
②美しさのため
③富のため

どの枝が最初に花を咲かせるかによって、花婿が若いか美しいか裕福かが決まります。

※国や地域によって占い方や使用される木に多少の違いがあります。


【聖バルバラの伝説】

それは西暦300年頃のこと。ニコメディア(現在トルコのイズミット)にとても賢くて美しいバルバラという女性がいました。

非キリスト教徒であった彼女の父・ディオスコロスは「自分の決めた結婚相手以外は認めない」と、彼女を塔に閉じ込めました。

父の不在中、彼女はキリスト教を信仰するようになり、浴場に隠者として住むことにしました。そしてそこに「三位一体」の象徴である三つ目の窓を作ったのです。

戻った父はその事実を知って激怒。バルバラは牢屋へ投獄され、死刑を宣告されました。牢屋へ向かう途中、彼女の服に桜の枝が絡まり、バルバラはそれを牢の中で飲み水を使って育てました。

バルバラは父によって首をはねられ、306年に亡くなりました。伝説では、“彼女が処刑される日にその桜の枝が花を咲かせた”と言われています。

そして後に、怒り狂った父は雷に打たれて命を落としたといいます。

バイエルンのカトリック教会に飾られた聖バルバラの像(In Vagen)

・・・父の剣によって命を奪われたバルバラの「殉職」を象徴
聖杯、聖書・・・強いキリスト教信仰を象徴
・・・彼女が幽閉されていた塔を象徴


【聖バルバラの崇拝の昔と今】

バルバラは牢屋で拷問を受けながらも信仰を貫き殉職したことから、7世紀(ビザンツ帝国の頃)にはすでに崇拝されていたとされ、ラテン西方教会では700年頃の殉教者名簿に初めて言及されています。

彼女が死刑から逃れる際、岩が裂けて彼女を守ったという伝説から、鉱山労働者(坑夫)など危険を伴う職業の守護聖人として崇められるようにもなりました。

◆バルバラが守護する職業・分野◆
・鉱山労働者 ・砲兵(砲術士) ・建築家 ・見張り塔の警備員 ・消防士 ・鐘の鋳造職人 ・鐘を鳴らす人

カトリック教会では彼女が歴史的に実在した証明ができないことを理由として、1969年に聖バルバラを聖人暦(聖人の名が日付につけられたカレンダー)から削除してしまいました。

しかし、彼女が人々から大きな敬意を浴びていたため、彼女の記念日は一部の地域暦に残されています。


【終わりに】

私の住む地域では、「バルバラの枝」の風習はまだ色濃く残っています。
また、義理の祖父が働いていたセメント工場のあった村では、バルバラが守護神として崇められていたそうです。そして毎年12月4日、その村の教会では聖バルバラに捧げる祈りが唱えられています。バルバラの死後1700年経った今でも、彼女の強い精神は語り継がれているそうです。

バルバラの枝を咲かせるポイントはこちらで紹介しております✨️ご興味のある方は是非お試しください!
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最後までお読みいただきありがとうございました。
【自己紹介】

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参考:
Weihnachten wie es früher war - Weihnachtsbräuche Bayern

Die heilige Barbara und der blühende Zweig

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