その息苦しさ、放置していませんか?——誰も悪くないのに時が止まる「オフィスのネグレクト」
はじめに
忘れたくても、忘れられない一人の男性がいます。
かつて担当した、誰もが知る創業者の名を冠した大企業のリニューアルでのことです。その企業に「お金はお客様のために使う」という強い理念があり、自分たちの椅子がボロボロに壊れるまで使い続けることが、長年の美徳とされていました。新しい椅子の導入に私が何度説得を試みても、「まだ使えるのに贅沢だ」と現場は激しく抵抗しました。
それでも粘り強く説得を重ね、ようやく新しい椅子を納品した一ヶ月後のことです。定年退職を二ヶ月後に控えた一人の男性が、照れくさそうに私に寄ってきて、こう言いました。
「やまかわさん、機能が良い椅子というのは、本当に良かったよ。私はあと二ヶ月で退職だけれど、40年近くも、一度も新しい椅子を与えてもらったことがなかったんだ。だから君の話が信じられなくて、今さら新しい椅子なんて要らないと、あんなに怒ってしまった。申し訳なかったね」
この出来事は、一生忘れることができません。しかし、それは心温まる美談などではありません。私の中に今も残っているのは、「消えることのない怒り」の記憶です。
40年近く、誰一人その椅子に目を向けなかった。お客様への思いやりを誇る企業が、足元で毎日働く人間への思いやりだけを、40年近く、誰も問わなかった。
悪意があったわけではありません。ただ、誰の仕事でもなかった。それだけです。けれど、その「それだけ」の代償を払い続けたのは、退職まで二ヶ月となったあの男性だったのです。
誰も悪くない。でも、「誰も悪くないから仕方がない」で終わらせていいのか。私は、そう問い続けています。
この本は、あの方のように、声にならない息苦しさを抱えながら、それでも毎日を懸命に働いているすべての人へ届けたいと思って書きました。
あなたが毎日働く場所を、少しだけ違う目で見つめるきっかけになれたなら、これ以上うれしいことはありません。
それでは、あなたの隣のその扉を、一緒に開けてみましょう。
第1章|「息苦しさ」に気づく
① その息苦しさ、放置していませんか?
「どこも、一緒だね」
13年間、250社を超えるオフィスを見てきて、私が何度も心の中でつぶやいてきた言葉です。業種も違う。規模も違う。地方も都会も関係ない。新築の本社もあれば、築何十年という工場もありました。それでも、不思議なほど同じ空気が流れていました。誰も悪くありません。けれど、そこで働く人への関心だけが、静かに置き去りにされていたのです。
はじめまして。オフィスを育てる「うち」のプロジェクト・エンハンサー、やまかわちほです。
私は、大手オフィス什器メーカーのプロジェクトマネジャーとして、新築移転や大規模リニューアルなど、数多くのオフィスづくりに携わってきた現場を歩くたびに、繰り返し同じ問いにぶつかりました。なぜ、こんなに立派なオフィスなのに、そこで働く人だけが大切にされていないのか。
誰かが悪いわけではありません。ただ、環境への関心が、知らないうちに後回しになり、誰も気づかないまま時が止まっている。のちに私は、この状態を「オフィスのネグレクト」と呼ぶようになります。
実は、私のキャリアは「オフィス」とはまったく無縁の場所から始まりました。児童生徒の心と身体に寄り添いたくて養護教諭を志した時期もありましたが、やがて「空間が人を変える」という感覚に引き寄せられ、建築の世界へ入りました。昼は働き、夜は短期大学で建築を学ぶ日々でした。
その後、フィットネスクラブの店舗開発を担当し、「施主」という立場から空間づくりに携わる中で、設計事務所や総合建設業者(ゼネコン)の方々からも多くを学びました。図面を読み、現場を歩き、議論を重ねるなかで、図面の外にある「使う人の感覚」をどう空間に落とし込むか、日々切磋琢磨しました。自分では気づけない視点を持つプロたちとぶつかり合ったあの経験が、私の設計眼をつくりました。ものづくりとは図面を描くことではなく、人や仕事をつなぐことなのだと教えられました。
そこから大手オフィス什器メーカーへ。プロジェクトマネジャーとして現場を重ねるなかで、いくら最新のレイアウトや高級な家具に変えたところで、人と組織の本質的な息苦しさは変わらないという現実に、何度も突き落とされました。「思い込みではなく、確かな根拠を持って伝えたい」という思いが強くなり、働きながら通信制大学で心理学を学びました。
建築という「ハード」と、心理学という「ソフト」。そのすべてを学んだからこそ、見えてきたことがあります。人が育つ場所は、美しい空間だけでも、人の根性論だけでもつくれません。私が本当に育てたかったのは、家具というモノではなく、「人と環境の幸福な関係」だったのです。その強い思いから、独立の道を歩み始めました。
この本を書いた理由は、極めてシンプルです。
毎日どこかで、誰かが「このオフィス、何かがおかしい」と感じています。けれど、その違和感に名前がついていないから、誰にも説明できず、「会社とはそういうものだ」と一人で抱え込んで諦めてしまう。その息苦しさに「オフィスのネグレクト」という名前をつけ、あなたに届けたいと思いました。
この本は、単なるオフィスのお片づけ本ではありません。人と環境の関係を、もう一度見つめ直す本です。オフィスは、人がただ労働を提供するだけの場所ではありません。人が育ち、組織が育ち、社会の未来を育てる大切な「土壌」です。その土壌を、もう一度みんなの手で耕したい。そんな願いを込めています。
「最近の若者は、すぐ辞める」
職場でそんな言葉を聞いたことはないでしょうか。会議室で、廊下で、居酒屋で、諦めたように語られるあの言葉です。しかし、本当にそうでしょうか。
※出典:株式会社日本能率協会マネジメントセンター『イマドキ新入社員の仕事に対する意識調査2025』(2025年6月発表)
この調査によると、
「今の会社でずっと働き続けたい」と答えた新入社員は 70.9%。
さらに 73.8%が「この会社で成長したい」と回答しています。
私はこの数字を見て、少し驚きました。世間での語られ方とは、実際には違っていたからです。彼らは最初から辞めるつもりで入社しているわけではありません。長く働きたい。成長したい。それが現実です。
それなのに、なぜ彼らは、いつしか言葉にできない「息苦しさ」を抱えるようになるのでしょうか。その原因を探っていくと、私たちが「当たり前」として受け入れている、ある光景に行き着きます。
入社初日。案内された席には、前任者が使っていた椅子が、そのまま置かれていました。背もたれや座面は長年の使用感が残り、キャスターには擦り傷。「入社おめでとう」と言われながら、最初に渡されたものが、その椅子でした。
その瞬間、何かを静かに感じ取ります。「歓迎されているはずなのに、そうは感じられない」。そんな小さな違和感です。
一人の大人が、会社に入った途端、自分で働く環境を選べない立場になる。この不自然さに、私たちはあまりにも慣れすぎてはいないでしょうか。
問題は、固定席そのものではありません。大人として働く人が、自分の環境について意見を持ち、変える機会を失っていることです。誰も疑問を持たなくなっていること、それ自体が問題なのです。
毎日を過ごす空間なのに、誰も関心を向けない。その思考停止の空気こそが、言葉にできない「息苦しさ」の正体です。働く人が一人の人間として「尊重」されていないという、静かなメッセージを空間全体が発し続けているからです。
誰も悪意を持って、この環境をつくったわけではありません。「会社とはそういうものだから」という一言で、環境への関心が失われてしまった。その代償を払うのはそこで働く人です。
私は、その息苦しさを、もう「当たり前」にはしたくありません。
② オフィスは誰のためにあるのか
「そもそも、このオフィスは、誰のためにあるのでしょうか」
こう聞かれて、即座に答えられる人は、案外少ないものです。多くの人は「会社のため」「みんなのため」と反射的に答えます。けれど、もう一段だけ深く聞いてみると、言葉が止まります。「では、その『みんな』とは、具体的に誰のことですか」と。
オフィスの設計や改修を決めているのは、たいてい経営層や総務人事、プロジェクト担当者など、一部の人たちです。予算を見つめ、運用や伝統、来客対応を優先しながら決めていく。それ自体はごく自然なことです。誰かが意思決定をしなければ、プロジェクトは前に進みません。
問題は、その「決める人」の視点と、実際に何百日もそこで一日の大半を過ごす「使う人」の現実が、知らないうちに乖離してしまうことです。
日本のオフィスでよく見られる「島型配置」を思い浮かめてみてください。デスクが向かい合い、その端に上司の席が据えられている、あの見慣れた配置です。
ある現場を歩いていたとき、窓際の一等地に管理職の席があり、その背後には広々とした外の景色が広がっていました。しかし、手前で働くメンバーたちの席からは、書類の山しか見えません。太陽の光も、窓の外の開放感も得られないまま、黙々とパソコンに向かっていました。
これは、誰かが意図的にメンバーを「ないがしろにしよう」としたわけではありません。長年の慣習や、組織図をそのまま空間に置き換えただけの結果です。しかし結果として、オフィスという空間は「誰が管理しやすいか」という視点だけで最適化され、無意識のうちに「序列を映す鏡」になってしまっているのです。
このような空間の歪みは、配置だけでなく、オフィスの細部を決める瞬間にも、静かに現れます。
移転プロジェクトが立ち上がると、意思決定の場に集まるのは、管理職と総務担当者が中心です。私が関わった現場でも、その多くは男性でした。レイアウトや動線、会議室の数、予算配分など、オフィスの骨格となることは、そのメンバーで決まっていきます。
「メールコーナーや電子レンジ、冷蔵庫の置き場。あと内装の色は、女性社員の皆さんにも入ってもらって決めてもらおう」
一見すると、現場の意見を取り入れているように聞こえます。しかし、私にはいつも違和感がありました。女性社員が呼ばれるのは、オフィスの骨格が決まったあとです。レイアウトや動線はすでに決まっている。任されるのは、生活まわりの配置や空間の色です。
意思決定の中心にいる人と、実際にその空間で長時間働く人が、プロジェクトの最後まで入れ替わらない。この構造こそが、私には問題に思えたのです。
ここで一つ、客観的なデータを見てみましょう。
*出典:株式会社イトーキ 中央研究所「働く人の意識調査『働き方とオフィス 2024』」(調査対象:47都道府県の20~59歳の経営者・正社員 5,359人、調査期間:2024年4月1日~3日)
この調査によると、「いつも前向きに出社している」と答えた人は、全体では21%にとどまりました。ところが、オフィス環境に「満足している」と答えた人に絞ると、その割合は 55.3% と2倍以上に跳ね上がります。
たったそれだけのことで、2倍以上の差が生まれる。これは気分の話ではありません。働く人が「この場所は、自分たちのためにある」と感じられるかどうかが、行動として数字に現れているのです。
オフィスを「誰のためのものとして扱うか」は、思想の問題であると同時に、経営の問題でもあるということです。
これは、誰かを責めるための問いではありません。悪意があってそうなったわけではないからです。ただ、最初に「誰のためか」という問いを、誰も明確に持たなかった。だから、声の大きい都合や、わかりやすいコストや伝統が、自然と優先されてしまった。それだけのことです。数字だけでなく、肌感覚でもそれを感じたことがあります。
ある若者から聞いた話です。大学を卒業して別々の会社に入った友人たちが、半年ぶりに集まりました。近況報告のつもりが、次第に重い空気になっていったといいます。「俺たちって、ここで一生働くのかな」と誰かが言ったのをきっかけに、しばらく誰も話さなかった。その若者が感じたのは、仕事の難しさでも、上司との相性でもありませんでした。自分の会社のオフィスを思い浮かべたとき、そこにいる先輩や上司の顔が浮かび、「自分もいつかああなるのか」という、名前のつかない閉塞感でした。組織図をそのまま空間に置き換えたレイアウトは、そこで働く若者に、言葉より先に未来を見せてしまいます。
採用に苦労している企業のトップに、私はよくこう聞きます。「御社のオフィスに、新しい人を呼んでみたことはありますか」と。オフィスは、採用のパンフレットより正直です。だとすれば、そのオフィスを「ここで働く人のためにある場所」に変えることは、採用だけでなく、今いる人への最大の投資でもあります。
設計段階でどれほど偏りがあったとしても、運用の中で「ここはやっぱり、ここで働く人たちのためにある場所だ」という意識を、後から取り戻すことはできます。「誰かに決められたから、そうなっている空間」を、「ここにいる私たちで、決めていい空間」に変えていく。これこそが、本書の土台にある考え方です。
では、その「取り戻す」という感覚は、どこから生まれてくるのでしょうか。実は、私たちはすでに知っています。家庭という空間の中で、これとよく似た経験を、ずっと前からしてきているのです。
③ 家のことを思い出してください
家のことを、少しだけ思い出してください。
ダイニングテーブルの隅に、いつからあるのかわからない郵便物が積まれている。冷蔵庫に貼られたままの、もう期限が過ぎた子どものプリント。引き出しを開けると、使い道のわからない充電ケーブルや、説明書だけが残った何かの部品。電池が切れたままの置き時計は、いつからか誰も直そうとしない。
これらは、誰かが「やらない」と決めたわけではありません。ただ、誰の仕事でもなかった。気づいた人が、気づいたときにやる。気づかなければ、そのまま残る。それだけのことです。
その家に住む全員が、郵便物の山にうんざりしているのに、なぜ誰も片づけないのでしょうか。答えは、たいてい一つです。「自分の仕事だ」と思っている人が、誰もいないからです。
家族みんなが「誰かがやってくれるだろう」と思っているわけでもありません。それぞれが「気になっているけれど、自分が手を出すことではない気がする」と、なんとなく感じている。その「なんとなく」が、家族全員分集まると、誰の仕事でもない場所が出来上がります。これは、誰のせいでもありません。
オフィスでも、まったく同じことが起きています。
壊れたまま放置されている椅子。誰の備品かわからなくなった、デスクの上の謎の箱。使われなくなったのに、誰も処分の判断をできない倉庫の在庫。会議室の温度設定は、毎回「とりあえず」誰かが触るだけで、誰も「これでいい」と決める権限を持っていない。
家庭とオフィス。場所は違っても、起きていることの構造は、驚くほど似ています。ただ、一つだけ違うことがあります。
家庭の片づかなさには、すでに多くの言葉があります。「家事の分担」「見えない家事」。だから話題にできます。「やって」とお願いすることもできます。
一方、オフィスのこの現象には、長い間、名前がありませんでした。名前のないものは、話題にできません。話題にできないものは、対処されないまま、ただそこに在り続けます。
家の中で、ふと時間が止まったように感じる場所があるように、オフィスの中にも、時間が止まったまま取り残されている場所があるとしたら。
あなたのオフィスにも、時間が止まったままの場所はありませんか。私は、この構造を、250社を超えるオフィスで見てきました。この「息苦しさ」には、名前があります。次章では、私が「オフィスのネグレクト」と呼ぶ、その正体を見ていきます。
④ もしかすると、このオフィスは時が止まっている。
「あなたのオフィスにも、時が止まったままの場所はありませんか」
そう聞かれて、すぐに思い浮かぶ場所があるとしたら。それは、もしかすると、もっと大きな何かのサインかもしれません。
ある会社を訪問したとき、複合機が置いてある壁面に、色あせた手書きの貼り紙がありました。「印刷した用紙を置きっぱなしにしないでください。」それ自体は、どこにでもある一枚です。ただ、端が丸まり、テープが黄ばんでいた。おそらく何年も、誰も貼り替えていない。誰も剥がしていない。そこに誰かの「お願い」が、ずっと宙吊りのまま残っていました。
何年も同じ場所に積まれたままの段ボール。
ある現場では、「中身を確認したい」と申し出たところ、「あれは前の担当者が置いたもので、誰も触れない」と言われました。誰も中身を知らない。誰も動かせない。ただそこにある。
いつ掲示したかもわからない、色あせた掲示物が貼られたままの壁。
いつからかそこにある、枯れている観葉植物の鉢。
これらの場所には、共通点があります。そこだけ、時間の流れ方が違うのです。
オフィスの大部分は、毎日、誰かが使い、動かし、変化させています。けれど、その中に、ぽつんと取り残された場所があります。誰も手を入れず、誰も気にかけず、まるで何年も前のある瞬間で、時計が止まったかのような場所です。
不思議なのは、最初は気になっていたはずなのに、いつの間にか誰も気にしなくなることです。視界には入っている。けれど、見えていない。そこにある。けれど、誰の関心にも触れない。
これは、その人たちの感受性が低いからではありません。むしろ逆です。人は、変わらないものを記憶から省略するようにできているのです。毎日同じ景色を見続けると、脳はその情報を「もう知っている」と判断し、注意を払わなくなります。だからこそ、何年も同じ段ボールが、誰の目にも留まらずに存在し続けられるのです。
ここまで、この章で見てきたことを、一度つなげてみたいと思います。
息苦しさ
誰のためのオフィスなのかという問い
家の中にある「誰の仕事でもない」場所
現場を歩く中で、これらはすべて同じ現象の表れなのだと気づきました。
関心を向けられないまま、時間だけが過ぎていく場所。そこにいる人は、息苦しさを感じながらも、それが何かわからない。決める人と使う人がすれ違ったまま、誰も「これは私の役割だ」と手を挙げない。家庭の片づかなさと同じ構造が、名前を持たないまま、そこに居座り続けている。
もし、あなたのオフィスにも、こうした場所があるなら。それは、あなたの会社が特別にだめなわけではありません。むしろ、ごく普通のことです。私が見てきた現場のほとんどに、似たような場所がありました。
ただ、普通のことだからといって、そのままにしておく理由にはなりません。この「時が止まったままの状態」には名前があります。
誰も責めたくない。けれど、このまま見過ごしたくもない。そんな思いで考え続ける中で、ある一つの言葉にたどり着きます。
「オフィスのネグレクト」。
次章では、この言葉に込めた意味をお話しします。
第2章|「オフィスのネグレクト」という独自概念
① 「オフィスのネグレクト」とは何か
前章の最後で、私は「オフィスのネグレクト」にたどり着いたと書きました。
この言葉を最初に声に出したとき、私は少し迷いました。「ネグレクト」という言葉には、虐待の文脈で使われることがあるからです。だから先に、はっきりお伝えしておきます。これは、誰かを責めるための言葉ではありません。トップを責める言葉でも、ワーカーを責める言葉でもありません。私はただ、長い間、名前のなかった状態に、名前をつけたかっただけです。
オフィスのネグレクトとは、家で起こることと同じように、環境への関心が、誰の仕事でもないと思われることで、後回しになり続けている状態のことです。『時が止まったままのオフィス』ともいいます。
オフィスのネグレクトとは、誰かが壊した状態ではありません。
誰も気づかないまま、
誰も手をつけないまま、
働く環境への関心が、誰の仕事でもないまま失われていく状態です。
私はその状態を、250社を超える現場で見てきました。
はじめにでお話しした、40年近く間椅子を替えられなかった男性の話を、もう一度思い出してください。お客様への思いやりを誇っていたその企業が、足元で働く人たちの環境への関心を40年近く失い続けていた。悪意があったわけではありません。ただ、誰の仕事でもなかった。それだけのことが、あの男性の40年近くの働き方を決めていたのです。
逆に言えば、関心を向け始めた人が一人いれば、時は動き始める。
「オフィスのネグレクト」という言葉は、誰かを糾弾するためのものではありません。この状態に気づき、「じゃあ、一緒に耕そう」と声をかけるための、最初の一歩です。
② なぜ、誰も悪くないのに起きるのか
前節では、40年近く新しい椅子を与えてもらえなかった男性の話をしました。読んで、「自分の会社は違う」と思った方もいるかもしれません。
では、一つ聞いてみます。あなたの会社で、椅子に座るとき、何かを我慢していませんか。
実は、私自身にも、恥ずかしい記憶があります。オフィス什器メーカーに転職する前、フィットネスクラブの店舗開発を担当していた頃のことです。業績が好調で、新しい椅子を購入することになりました。私は「えっ、本当にいいんですか?」と声を上げるほど驚きました。それまで、会社が環境を整えてくれるなど、考えたこともなかったからです。今思えば、私自身もすでに、「環境は放置されて当たり前」という空気に麻痺していたのです。
届いた椅子は、深緑の張地に白い水玉が入った、見た目も可愛い一脚でした。しかし予算の関係で全員分は揃わず、まずは一部の導入となりました。
導入から半年後、席替えの日がやってきます。私はこっそりと決意していました。この椅子を、絶対に手放したくない。そう思った私は、始発の電車で出勤し、誰もいない暗いオフィスで、自席にあった椅子をこっそりお気に入りの椅子と交換したのです。
ところが、周りを見渡して驚きました。同じように始発で出勤し、椅子を死守しようとしている同僚が、他にも数人いたのです。
大の大人が、始発電車に乗って、椅子一脚を静かに奪い合っていた。これは私たちが「笑い話にして良い」話ではありません。新しい椅子が全員分ないのに、誰がそれを管理するか、どうやって引き継ぐかという仕組みが、何もなかった。だから、個人がそれぞれ、自分の身を守るために行動するしかなかった。
ワーカーは悪くありません。ただ、構造にすき間があった。それだけのことです。
では、そのすき間はなぜ生まれるのでしょうか。
トップは忙しい。売上。採用。コンプライアンス。毎日、今日答えを出さなければならない問題が山のように押し寄せます。一方で、椅子が少し座りにくいこと。掲示物が古いこと。倉庫が片づかないこと。これらは明日、会社を止めません。だから今日も後回しになる。その「今日」が積み重なり、気づけば十年経っている。
ワーカーは、環境に関心を向ける権限が自分にあるとは感じていません。「言っても変わらない」「自分が決めることではない」と、いつの間にか思うようになっていく。これはワーカーが諦めているのではなく、そう感じさせる構造の中に置かれているのです。
トップとワーカーの間に、ぽっかりとした空白が生まれる。誰の仕事でもない場所が、そこに静かに広がっていく。
家庭の「誰の仕事でもない」は、指揮系統がないことから生まれていました。オフィスの「誰の仕事でもない」は、指揮系統があるにもかかわらず、その間にすき間が生まれることから起きています。原因の形は違っても、結果として起きていることは、驚くほど似ています。
悪意があったわけではありません。ただ、構造の中で、環境への関心だけが、すき間に落ちていく。ここまで読んで、少し重い気持ちになった方もいるかもしれません。しかし私は、この構造を「仕方がない」とは思っていません。なぜなら、土壌は耕せるからです。
③ オフィスは「人が育つ土壌」である
「それで、どうすればいいのか」
その問いの前に、もう少しだけ立ち止まらせてください。なぜ私が「環境」という言葉にこれほどこだわるのか、その根っこをお話ししたいと思います。
「困」という漢字を、じっくり見たことがありますか。この字は、「囗(囲い)」の中に「木」が入った形をしています。本来、木は大地に根を張り、枝を空へ伸ばして育つものです。しかしこの漢字の中では、逃げ場のない囲いの中に閉じ込められています。根を伸ばせない。枝を広げられない。光を求めても動けない。
漢字の成り立ちとしては諸説ありますが、少なくともこの字を見たとき、私は毎回、ある光景を重ねます。囲われた空間の中で、身動きが取れないまま時間を過ごす人の姿です。
人と木を同一視するつもりはありません。しかし、人もまた、環境によって育ち方が変わる生き物です。
*出典:Ulrich, R.S. (1984). View through a window may influence recovery from surgery. Science, 224(4647), 420‒421.
心理学者のロジャー・ウルリッヒは1984年に発表した研究で、窓から自然が見える病室の患者は、レンガ壁しか見えない病室の患者より、手術後の回復が早く、鎮痛剤の使用量も少なかったことを報告しました。これは病院の話ですが、私はこれをオフィスで何度も目の当たりにしてきました。窓からの光が入る席と、書類の壁しか見えない席では、同じ人間でも、仕事への向き合い方が変わる。これは根性の問題ではなく、環境の問題です。
だから私は、オフィスを「ハコ」だとは思っていません。土壌だと思っています。
土壌は、一度整えれば終わりではありません。耕し続けなければ、固くなる。水を与えなければ、乾く。環境に関心を向け続けることが、私がこの仕事を続けてきた理由であり、この本を書いた理由でもあります。
多くの企業が、人を育てるために研修を行い、制度を整え、理念を浸透させようとしています。それ自体は大切なことです。しかし私は現場で、何度も同じ光景を見てきました。立派な研修を終えて職場に戻った人が、相変わらず誰も関心を向けない、息苦しいままの環境に戻っていく。気づきが、その空気の中で静かにしぼんでいく。
栄養を与える前に、まず土を耕す必要があります。
オフィスは、人が働くだけの場所ではありません。人が育ち、組織が育ち、社会の未来を育てる土壌です。
では、誰がその土壌に最初に気づき、耕し始めるのでしょうか。私は、良い会社とは、制度が整っている会社ではないと思っています。働く人が、「ここは自分たちの場所だ」と思える会社です。その感覚を育てるのが、環境です。
④ 時を動かす人を、私は「推進者」と呼ぶ
土壌を耕す人が必要です。しかし、意識が高い人を探せばいいという話ではありません。役職のある人に頼めばいいという話でもありません。
推進者とは、声が大きい人ではありません。役職が高い人でもありません。環境への関心を人へつないでいく役割です。「これ、少し変えませんか」。その一言を最初に言える人です。その一言が、止まっていた環境を動かします。
会社員だった頃、私は困ったことがあれば上司や同僚に相談していました。しかし返ってきたのは、こんな言葉でした。「それって、やまかわさんだけの問題だよね」。
心の中では「そんなわけない」と思いながら、私は相談することをやめました。しかし、困りごとは次から次へとやってきます。そのうち、ふと気づいたのです。
——困りごとは、私だけにやって来るわけじゃない。
その瞬間、見えている景色が変わりました。一人の困りごとは、実は、みんなの困りごとです。その困りごとを「一人の問題」で終わらせず、「みんなで耕すプロジェクト」に格上げできないか。この気づきから、私は自らを「プロジェクト・エンハンサー」と名乗るようになりました。
推進者の役割は、トップとワーカーの間にある空白を埋めることです。
トップには「この環境への無関心が、エンゲージメントや離職につながっています」と伝わる言葉で届ける。
ワーカーには「これは、あなたが我慢すべきことではない」と伝える。
トップとワーカー、それぞれに届く言葉に翻訳し続ける。それが推進者です。
推進者は、最初から大きなことをしようとしません。デスクの上の使われていない箱を、一つだけ片づけてみる。古い掲示物を、一枚だけ剥がしてみる。その小さな一歩が、「自分にもできる」という実感をワーカーに生み、環境への関心を少しずつ取り戻していきます。
あなたの職場には、トップはいます。ワーカーもいます。では、推進者はいるでしょうか。もし、まだいないのなら。今日、この本を読んでいるあなたが、その最初の一人になるかもしれません。
推進者は、特別な才能を持った人ではありません。必要なのは、環境を見る「視点」です。では、その視点はどうすれば身につくのでしょうか。止まっていた時間は、どこから動かせばいいのでしょうか。
次章では、私が現場で見つけた「オフィスを耕す」のメソッドについてお話しします。
第3章|オフィスを耕す:シン5S×PDSA
① なぜ、片づけから始めるのか
はっきり言います。私は、片づけをしたいわけではありません。
もし目的が「片づくこと」だけなら、清掃業者に頼めば早い。収納用品を買い足せば、見た目はきれいになります。しかし私は、それだけでオフィスのネグレクトが終わった現場を、一度も見たことがありません。
なぜか。ネグレクトの正体は、モノの多さではないからです。環境への関心が、誰の仕事でもないまま、後回しになり続けていること。それが問題でした。だとすれば、誰かに頼んで一度きれいにしてもらっても、関心そのものは何も変わりません。
では、片づけから始める理由は何か。片づけを、誰かと一緒にやると、思いがけない対話の時間が生まれるからです。
「これ、まだ使う?」
「これ、誰の?」
「ここ、こうした方が使いやすくない?」
一つひとつのものについて、誰かと言葉を交わす。そのとき生まれているのは、片づけではありません。環境への対話です。普段、私たちは「環境について話す時間」を持ちません。会議の議題にも上がらない。「最近のオフィス、どう思う?」と聞かれることも、ほとんどない。
ところが、手を動かしながらものについて話すという行為には、不思議な力があります。身構えずに、自然と本音がこぼれてくる。「ここ、実はずっと気になっていた」「これ、誰も使ってないよね」。そうした小さな一言が、これまで誰の仕事でもなかった場所に、初めて関心が向けられる瞬間になります。
片づけは、目的ではありません。対話の入口です。
ある会社で、倉庫の整理をしていたときのことです。古い段ボールを開けると、一人の社員の手が止まりました。中には十年以上前に退職した先輩の名前が書かれた資料が、そのまま残っていました。
「まだここにあったんだ……」その人は小さく笑いました。すると隣の人が言いました。「これ、処分していい?」その一言から、「あの先輩、こういうこともやってくれてたよね」という話が始まりました。
一時間後、倉庫は片づいていました。でも、本当に変わったのは倉庫ではありません。誰も話さなくなっていた職場で、久しぶりに人が職場について話したことでした。
環境について語り合える組織をつくること。それが、私の考える「オフィスを耕す」ということです。
② シン5Sとは何か
では、具体的に何をするのか。私が「シン5S(新しい5S)」と呼んでいる方法をお話しします。シン5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・仕組みの5つです。従来の5Sと似ていますが、最後の「躾(しつけ)」を「仕組み」に置き換えています。
従来の5Sは「整えるための活動」。シン5Sは「育て続けるための活動」。その理由を、一つずつ見ていきましょう。
それぞれの言葉に込めた、シン5Sの定義は以下の通りです。
整理:未来に持ち続けるものを選び直す行動
ある会社では、役員室の椅子だけが定期的に新しくなり、現場の椅子は二十年以上使われ続けていました。誰も悪意はありません。「そういうものだ」と思われていただけです。けれど、その椅子は「この会社は誰を大切にしているのか」というメッセージを、毎日静かに伝え続けていました。整理とは、単に物を減らすことではありません。自分たちの手で未来を選び直すことです。
整頓:迷いを消す行動
ある工場で、工具の置き場を整理した際、それまで「どこにあるかわからない」という声が絶えなかった道具が、一日で見つかるようになりました。変えたのは、場所とラベルだけです。しかしその後、「誰かが使ったまま戻さない」という不満も消えた。迷わず戻せる環境が、「戻す」という行動を自然に生んだのです。整頓とは、物の置き場を決めることではありません。人が迷わずに動ける道をつくることです。
清掃:気づきを取り戻す行動
ある総合病院のスタッフルームを一緒に清掃したとき、「この棚、ずっと気になっていたんです」と、ベテランの看護師が言いました。何年もそこにあったものが、手を動かす中で初めて「気になるもの」として目に入った。汚れを拭くことは、視野を拭くことでもあります。清掃とは、きれいにすることではありません。環境への関心を、もう一度呼び戻すことです。
清潔:その状態を当たり前にする行動
ある学校の職員室で、整理整頓が定着し始めた頃、新しく赴任した先生が「ここは最初からこうだったんですか」と聞いてきました。その言葉を聞いたとき、私は確信しました。文化になった、と。清潔さとは、一度きれいにすることではありません。きれいな状態が、誰の意識にも上らないほど自然になっていくことです。
仕組み:それを未来へ残す行動
ある自治体では、担当者が異動するたびに、せっかく整えた環境が元に戻る悩みを抱えていました。そこで、誰が担当になっても同じ状態を保てる「引き継ぎの仕組み」を一緒につくりました。半年後、その担当者から連絡が来ました。「異動しましたが、残してきた仕組みが今も動いています」と。仕組みとは、誰かが頑張り続けなくても、関心が続く環境をつくることです。
③ 「躾」ではなく「仕組み」にした理由
ある会社では、毎週5Sパトロールが行われていました。点数もつきます。写真も撮ります。けれど、私が現場を歩くと、誰も笑っていませんでした。パトロールの日だけ片づける。終われば元に戻る。目的が「点数を取ること」に変わっていたからです。
私はそこで学びました。「見る」のではなく「見守る」ことの大切さを。
従来の5Sにおける「躾」とは、決められたルールを守る習慣を身につけることです。これは、特に製造業の現場や建築現場で長く磨かれてきた、優れた考え方です。私はこれを否定するつもりはありません。
ただ、私が見てきたオフィスの現場では、少し違うことが起きていました。号令をかける人がいなくなった瞬間、習慣は途切れる。熱心な担当者が異動した途端、三ヶ月で元に戻る。何度もその光景を見てきました。
ここで私は一つの問いに行き着きました。「躾」が本当に目指していたのは、「言われた通りにできること」だったのでしょうか。それとも、「誰に言われなくても、自然とできていること」だったのでしょうか。
おそらく、後者だったはずです。であれば、目指すべきは、命令の強さではなく、命令がなくても続く状態そのものです。
私はそれを「仕組み」と呼んでいます。仕組みとは、人を管理するものではありません。人が自然と動けるようにする環境です。戻す場所が決まっていて、迷わず元に戻せる。誰がやっても、同じくらい簡単にできるやり方が用意されている。続けたことが、目に見える形で確認できる。
意志の力で続けるのではなく、環境の力で続く。これが、私が「躾」を「仕組み」に置き換えた理由です。
④ PDSA——改善ではなく、続けるための循環
シン5Sを続けていくための土台として、私はPDSAという循環を使っています。本書でいうPDSAは、PDCAのCheck(確認)を、Study(学ぶ)に置き換えた考え方です。
PDCAは優れた方法です。私はPDCAそのものを否定したいわけではありません。ただ、一つだけ現場で感じ続けてきた違和感があります。Checkの段階で私たちが確認するのは、「計画通りにできたか」という達成度です。それは正しい。しかし「これからも続いていくかどうか」は、別の話です。
改善は、実行した結果を確認して終わるのではなく、小さく試し、そこから学び続けることが重要だからです。
だから私は、Check(確認)ではなくStudy(学ぶ)を置きました。
Plan(計画)
Do(実行)
Study(学習)
Act(改善)
Studyの段階で確認するのは、「うまくいったか」ではありません。「これは、来月も来年も、同じように続けられる形になっているか」です。
ある現場では、最初の一年、思うように進みませんでした。それでも毎月続けました。振り返りをやめませんでした。二年目になる頃、私が言わなくても、自分たちで改善を始める人が現れました。型を守り続けたからこそ、自分たちなりの工夫が生まれた瞬間でした。
歌舞伎の世界に、こんな言葉があります。
*出典:「型があるから型破り。型が無ければ、それは形無しである」 —— 十八代目中村勘三郎が語ったとされる言葉として広く知られています。
歌舞伎は400年以上の歴史を持ちながら、常にその時代の感覚を取り入れ、変化し続けてきました。型を徹底して守るからこそ、やがて自分たちなりの型破りが生まれる。
PDSAも同じです。このサイクルを回し続けることが目的ではありません。回し続けることで、やがて自分たちで耕せる組織が育ちます。
改善は、芽が出た状態です。定着は、根が張った状態です。文化とは、その植物が毎年自然に育ち続ける土壌になった状態です。
⑤ 自律で考え、自走で続ける
私が嬉しいのは、「やまかわさん、次は何をすればいいですか」と聞かれなくなることです。
ある会社では、支援を始めて一年が経った頃、いつの間にか私がいなくても、自分たちで改善を始める人が現れました。最初は一人だった推進者の周りに、少しずつ仲間が増えていたのです。ある朝、現場を訪れると、誰の指示もなく、観葉植物のお手入れをしている人がいました。聞くと「なんとなく、気になって」と言いました。
「なんとなく、気になった」。この一言が、私には何より嬉しかった。
自律:指示がなくても、自分の頭で考え、判断し、行動できる力
自走:その判断を、自分たちで続けていける力
シン5Sは、この自律と自走を、頭の中の理論としてではなく、手のひらの上で小さく繰り返し練習できる場をつくります。「これは必要か」と自分で考える。考えたことを、手を動かして実行する。この小さな経験の積み重ねが、「自分で考えて、自分で動いていい」という感覚を取り戻させます。
私は、その姿を見るたびに思います。仕組みは人を縛るものではなく、人を自由にするものだと。
個人の自律が積み重なると、組織は自走し始めます。トップが号令をかけなくても、ワーカーが自分たちで環境を見つめ、耕していく。推進者という役割が、一人から組織全体に広がっていく。環境への関心は、ある瞬間から伝染します。
⑥ オフィスは完成しない
建物には、完成があります。設計図通りに建ち、引き渡されたとき、プロジェクトは終わります。私はその瞬間を、何度も経験してきました。けれど、長く現場を歩くうちに気づいたことがあります。その完成の瞬間こそが、本当のスタート地点だということに。
土壌には、完成がありません。
耕しても、耕しても、季節が変われば、また固くなる。人が替われば、また最初から始まることもある。それでも、耕すことをやめれば、人が育つ土壌ではなくなってしまいます。
一度、自走する組織が育ったとしても、メンバーが入れ替わり、組織が変わり、時代が変われば、土壌はまた少しずつ固くなっていきます。それは失敗ではありません。人が集まる場所には、常に、耕し続ける必要があるということです。
完成しないということは、私たちには、いつでも、もう一度手を入れる機会がある、ということでもあります。土は、何度でも耕し直すことができます。
オフィスづくりとは、建物を完成させる仕事ではありません。人が育ち続ける環境を、育て続けていく仕事です。完成しないからこそ、人は何度でも関われます。私は、それがオフィスという場所の一番好きなところです。
第4章|オフィスを育てるという文化
① 誰かに言われなくても、気になった人が動く
組織は、人が育てるものだと思っていました。でも違いました。先に育つのは、人ではなく環境でした。
人が変わるから環境が変わるのではない。環境への関心が育つから、人が変わり始めるのです。
「次は何をすればいいですか」と聞かれなくなること。これが、私が目指している組織の姿です。指示がなければ動かない。言われたことしかしない。そういう組織は、実は「育ち方を忘れた組織」だと私は思っています。育ち方を忘れたのは、人のせいではありません。環境への関心が、誰の仕事でもないまま、ずっと後回しにされてきたからです。
第3章でお伝えしたシン5S×PDSAは、その関心を「内側から」取り戻すための方法でした。整理し、整頓し、清掃し、清潔にし、仕組みをつくって続けていく。その繰り返しの中で、「なんとなく、気になったからやる」という人が少しずつ現れ始めます。
「なんとなく、気になった」。この一言が、自走の始まりです。
「オフィスを育てる」。この言葉に、原点があります。
ある会社でオフィスリニューアルのプロジェクトを進めていたときのことです。新しい働き方に合わせてレイアウトを変える打合せを重ねていましたが、現場のほとんどの方は現状維持を望んでいました。「什器だけ新しくすればいい」という空気が、会議室を覆っていました。
プロジェクトリーダーは、海外赴任から帰国したばかりの方でした。長く海外で働いた目には、自社のオフィスがあまりにも時が止まって見えた。だから自ら手を挙げて、リーダーになった。しかし周囲は動かない。その歯がゆさが、顔に滲んでいました。
私はそのとき、何気なく言いました。「オフィスを育ててこなかったから、仕方ないですよね」と。
すると、リーダーの顔が、ぱっと明るくなりました。「そうですね!」。たった一言でしたが、その表情は、長い間探していた言葉をようやく見つけた人の顔でした。
私自身も、驚いていました。「オフィスを育てる」という言葉が、これほど自然に伝わるとは思っていなかったからです。現状維持の壁も、変えたい気持ちも、両方をたった一言で包める言葉があった。その瞬間、私はこの言葉を手放すまいと思いました。のちに「オフィスを育てる」を商標登録したのは、この日の記憶があるからです。
この章では、そのもう一つの方法をお話しします。「外側から」関心を持ち込む、という方法です。
② オフィス・コンディショニング・デイという文化
内側から育てる方法があるなら、外側から育てる方法もあります。私は独立してから、一つのアイデアを温め続けてきました。それが、「オフィス・コンディショニング・デイ」です。
これは、オフィスの中に専門家を招き入れる日のことです。目的は、外からの関心をオフィスの中に持ち込むことです。
ただ、この発想には原点があります。会社員時代、私はあるお客様から相談を受けました。「うちの商品を、オフィス向けに一緒に考えてくれませんか」。その会社は、電源コンセントをはじめとした電気設備関連の商品を製作販売している会社で、その技術をオフィス需要の商品として開発したいという相談でした。
私は、すぐに「やります」と手を挙げました。企業と企業がつながれば、新しい価値が生まれないか、そう思ったからです。
ところが、その挑戦は社内で止められました。「責任が取れるのか」。その一言で、話は終わりましたが、その判断にも理由があったと思います。私はあのとき、商品をつくりたかったのではありません。企業と企業が出会い、新しい可能性を育てる場をつくりたかったのです。しかし会社員という立場では、それができなかった。
独立してから、ずっと考え続けました。会社という壁を越えて、企業と企業、人と人をつなぐためには、何が必要か。たどり着いた答えが、オフィス・コンディショニング・デイでした。
なぜ「外から」なのか。第2章でお話しした通り、ワーカーは「これを変えていいのは自分ではない」と感じています。内側だけでは変えにくい。だとすれば、外部の専門家という「外からの関心」を、意図的に招き入れる。その行為そのものが、「この場所は大切にされていい」というメッセージを、空間全体に届けることになります。
専門家は誰でもいいのです。理学療法士でも、眼鏡職人でも、コーヒーロースターでも、アーティストでも。共通しているのは一つ。「モノを売る」ではなく、「人との対話を生み出す」専門家であることです。
たとえば、眼鏡のフィッティングをオフィスでプロにしてもらうとしたら。10分ほどの短い時間ですが、椅子に座り、職人に眼鏡を調整してもらいながら、自然と言葉が出てきます。「最近、肩が凝って」「目が疲れていて」。仕事の話ではない。けれど、自分自身についての、ささやかな対話です。
私は、この時間が最高の「耕し」になると考えています。専門家の手を借りて、自分の身体に関心を向ける。それは、環境に関心を向けることと、本質的に同じことです。「自分は大切にされていい」という感覚を、人はこういう時間に取り戻します。その感覚が、職場への関心を少しずつ呼び戻していく。
このアイデアをある企業でお話ししたとき、「そんな発想はなかった」「ぜひやってみたい」という声をいただきました。まだ始まったばかりの取り組みです。それでも私は、この文化は必ず広がると信じています。
この本を読んでくださったあなたと、いつかオフィス・コンディショニング・デイで一緒に場をつくれたなら、これ以上嬉しいことはありません。
③ 三方よしで育てる
オフィス・コンディショニング・デイの設計で、私が大切にしているのは「三方よし」という考え方です。
近江商人の言葉に、「三方よし」があります。売り手よし、買い手よし、世間よし。関わるすべての人にとって良い商いでなければならない。その考え方を、私はオフィスという場所に当てはめています。
ワーカー:自分自身を整える時間と、「大切にされている」という実感を得る。
企業:働く人との関係性を深める機会を得る。そこから生まれる気づきが、新しいアイデアの種になることもある。
専門家:店舗では出会えない「働く現場の生の声」に触れることができる。
三者、それぞれに価値が生まれる。さらに面白いのは、この三方よしが固定された役割ではないことです。受ける側だった人が、次はあげる側になる。社内に専門的な技術や知識を持った人がいれば、その人が表に出るきっかけにもなる。関わり方が入れ替わっていく関係性が、本当の三方よしです。
実は私は、独立してから、もう一つのことを始めました。オフィスリニューアルや移転のプロジェクトで出会った、総務担当の方同士を紹介することです。
理由は単純でした。皆さん、それぞれ悩みを抱えているのに、相談できる相手がいなかったからです。同じ立場だからこそ分かることがある。他社の事例を知りたい。でも、聞ける場所がない。その空白を、私がつなぐことで埋められると思いました。
紹介した方たちは、情報交換を始めました。気づけば、仕事の相談だけではありません。集う約束をし、お互いを応援し合う関係になっていました。
私はその姿を見て、改めて思いました。人は、人とつながることで育っていく。オフィスもまた、人と人とのつながりの中で育っていくのだと。
オフィス・コンディショニング・デイは、私が独立後に提唱し、現在まさに同志となる企業や総務のネットワークと共に仕掛け始めている、これからのスタンダードとなる文化です。その思想は、すでに動いています。
④ オフィスは地域へひらく
専門家を招くとき、私はできれば地域の専門家を、と思っています。
会社の近くに、毎日の通勤路に、どれだけの専門家がいるか。眼鏡店、ピラティススタジオ、コーヒー店、アトリエ。私たちはその前を毎日通り過ぎながら、用事がなければほとんど立ち寄らない。その人たちの仕事に触れることも、ほとんどない。
オフィス・コンディショニング・デイは、その出会いを意図的につくる仕掛けです。専門家にとっても、これは新しい可能性です。「売る」のではなく、「共に育てる伴走者」として迎えられる。そういう関係が、長く続く信頼をつくります。
企業と地域が、オフィスを通じてつながっていく。オフィスが、地域に向けて少しずつひらいていく。昼休みになる。社員が近所のコーヒー店へ足を運ぶ。帰り道、眼鏡店へ寄る。商店街の人が会社の名前を覚える。会社もまた、地域の名前を覚える。
私は、そんな景色を思い描いています。
振り返ると、私がやってきたことは、ずっと同じでした。
商品と商品をつなぐ
企業と企業をつなぐ
総務と総務をつなぐ
専門家とワーカーをつなぐ
地域と企業をつなぐ
家庭と職場をつなぐ
全部、「つなぐ」です。
会社員だった頃には、立場の中で実現できなかったこともありました。でも独立した今は、その垣根を越えて、人と人、企業と企業を自由につなぐことができます。
振り返れば、私は空間を整えたかったのではありません。人と人が自然につながる環境を育てたかったのです。
⑤ 「オフィス」とは何か
ここで一度、立ち止まらせてください。「オフィスを育てる」という言葉を聞いて、「うちは学校だから」「自治体だから」「病院だから、関係ない」と思った方がいるかもしれません。
私が言う「オフィス」は、ビルの中の会社のことだけではありません。
オフィスとは、机や椅子が並ぶ場所ではありません。人が働き、人が育ち、人と人が関係を育ててしていく場所です。
先生が毎日を過ごす職員室も、職員が働く庁舎も、看護師や医師が息をつく休憩室も、私はすべて「オフィス」と呼んでいます。そこに人が集まり、働き、過ごしているなら、オフィスのネグレクトは起きています。誰の仕事でもないまま、時が止まっている場所が、きっとある。
だから、この本は、会社員だけに向けた本ではありません。働き、過ごす場所がある人、すべてに向けた本です。
2020年以降、在宅勤務が急激に広まり、自宅も働く場所になりました。家庭もまた、「オフィス」の一つになっています。「働く環境」と「暮らす環境」を切り分けて考えることは、もはや難しくなっています。
一つの場所で環境への関心が取り戻されたとき、その関心は周囲に広がっていく。
企業から学校へ、自治体へ、病院へ、家庭へ。人が集まり、過ごし、育つ場所があれば、どこでも始められることです。
私が育てたいのは、オフィスそのものではありません。オフィスを通して、人が環境へ関心を向け続ける文化です。
⑥ 家まで育つ
第1章で、私は「家のことを思い出してください」とお願いしました。郵便物の山。期限切れのプリント。誰の仕事でもないまま、時間だけが過ぎていく場所。あの構造は、オフィスのネグレクトと、まったく同じものでした。
家庭にも、トップにあたる役割の人がいて、ワーカーのように日々の暮らしを支える人がいます。そして「誰の仕事でもない場所」が、静かに生まれています。
会社だけがきれいで、家が荒れていては、人は本当には育たないと私は思っています。環境への関心は、場所によって出したりしまったりできるものではありません。オフィスで「これは必要か」と考えることを覚えた人は、家でも同じように考え始める。その問いが、家族の対話をつくります。
環境に関心を向けることは、人に関心を向けることと、深いところでつながっています。片づけながら話す。整えながら気づく。その時間が、人と人の間に新しい関係をつくります。
もし今、玄関の靴や、郵便物の山や、あの引き出しが少しだけ気になったなら。もう、この本はあなたの中で育ち始めています。
⑦ 育ち続けることを目指して
オフィスは、完成する場所ではありません。
働く人が変われば、また少しずつ耕し、手を入れる。新しい人が来れば、また一緒に育てていく。だから私は、完成ではなく、「育ち続けること」を目指しています。
誰かが気づき、誰かが動き、その姿を見た誰かがまた動く。その繰り返しが、文化になります。
この本を閉じたあと、あなたが最初に気になる場所は、どこでしょう。
その小さな「気になった」が、きっと最初の一歩になります。
私は、その一歩から育っていく文化を、「オフィスを育てる」と呼んでいます。
第5章|笑うオフィス
① 「仕組み」とは何だったのか
シン5Sも、PDSAも、推進者も、オフィス・コンディショニング・デイも、この本ではたくさんの「仕組み」をお伝えしてきました。
では、その仕組みは、何のためにあったのでしょうか。片づけるため、でしょうか。続けるため、でしょうか。それも大切です。けれど、それだけではありません。
仕組みは、人が育ち続ける環境をつくるための手段でした。
目的は、そこで働く人が、深呼吸できる場所をつくること。そして、その文化が、次の世代へと受け継がれていくことです。
では、その先に、私はどんな社会を見ているのでしょうか。
② 場所が人を育てる
第2章で、私はこう書きました。「オフィスは、ハコではありません。土壌です」。この言葉の意味を、私は一人の5歳の子どもから教えてもらいました。
以前、オリジナルの英会話教室を運営している講師から相談を受けました。「どの教室を借りたらいいのか、迷っているんです」と。いくつかの候補があったけれど、どう選んでいいかわからない、という相談でした。
その先生は、こんな話を教えてくれました。生徒の一人、5歳の子どもが、こう言ったそうです。
「ジャンケンをする英語なら、窓がない部屋でもいい。でも、かけっこをする英語なら、公園が見える教室がいい」
5歳の子どもは、本能的に知っていたのです。何をするかによって、場所には向き・不向きがあることを。
私は先生にお伝えしました。「場所は、空いている部屋で選ぶものではありません。誰に、何を届けたいかで選ぶものです」と。
オフィスも同じです。決断をするときには、集中できる会議室。
アイデアを生み出したいなら、肩の力が抜ける場所。
毎日の仕事は、お互いの気配を感じられる執務空間。
私たちは無意識のうちに、場所から影響を受けています。だから環境づくりとは、家具を並べることではなく、人が自然に育つ舞台を整えることだと、私は思っています。
笑顔が多いオフィスをつくりたいわけではありません。「笑え」と命令された顔は、笑顔ではないからです。 私が言う「笑う」とは、安心して笑えるということです。 人は、安心したとき、自然と笑います。緊張が解けたとき、誰かに気づいてもらえたとき、自分の仕事が誰かの役に立ったと感じたとき。笑いは、命令されて生まれるものではなく、環境が整ったときに、自然と湧いてくるものです。
深呼吸できる場所だから、笑いが生まれる。
私がずっと描いてきた「誰もが深呼吸できるオフィス」と、「笑うオフィス」は、同じ場所のことを指しています。土壌が育ち、人が育ち、そこに安心が生まれたとき。笑いは、その証です。
「笑うオフィス」とは、笑顔が絶えない職場ではありません。誰もが深呼吸できるオフィス。安心して働けるからこそ、自然に笑顔が生まれるオフィスです。
③ 最後の締め
この本を書きながら、私は何度も、あの方のことを思い出していました。
40年近く一度も新しい椅子を与えてもらえない、あの方のことです。
5歳の子どもは、本能的に知っていました。
かけっこをするなら、公園が見える教室がいいことを。
あの方もまた、40年近く、誰にも椅子への関心を向けてもらえないまま、働き続けていました。
私は今でも思います。あの職場に、「オフィスを育てる」という文化があったなら。誰か一人でも、その椅子に関心を向けていたなら。あの年月は、少し違う時間になっていたのではないか、と。
だから、この本を書きました。
この本は、あの方へ届けたいと思って書き始めました。そして今、最後のページまで読んでくださったあなたへ、この考え方を手渡します。
人が育つ限り、オフィスは育ち続けます。
あなたが今日、少しだけ「気になった」その場所から。
私は、「オフィスを育てる」という文化が始まることを願っています。
おわりに
「うち」という言葉には、三つの意味があります。
私のこと。
内のこと。
家のこと。
どれも、人が育つ土壌です。
私が屋号に「うち」と名付けたとき、この三つの意味が自然と重なりました。
「うちの会社」「うちの学校」「うちの職場」「うちの家」。私たちは、大切に思う場所を「うち」と呼びます。そこには、いつも人がいて、時間が流れ、暮らしや仕事があります。
私はそういう場所を、耕したいと思ってきました。
この本を書きながら、何度も考えました。
オフィスを育てているつもりで、本当は、自分自身が育てられてきたのではないか、と。
この本を書きながら、私はずっと、たくさんの人の顔を思い浮かべていました。現場で言葉を交わした総務の皆さん。地域で仕事をする専門家の方々。そして、照れくさそうに私に歩み寄ってきた、あの方のことも。その一人ひとりとの時間が、この本の一ページになりました。
私は、これからも、一つひとつの「うち」へ伺います。
企業だけではなく、学校も。病院も。自治体も。そして家庭も。人が集まり、人が過ごし、人が育つ場所なら、どこでも。
「うち」は、私自身のことでもあります。そして、あなたの「うち」のことでもあります。
私は、「うち」を耕す仕事をしています。自分の内側を整え、人が過ごす場所を育て、その場所で暮らす人が、安心して笑えるように。
だから私は、この名前を「うち」と名付けました。
この本が、あなたの「うち」を、少しだけ気にかけるきっかけになれたなら、それ以上にうれしいことはありません。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
うち
やまかわ ちほ
著者プロフィール
やまかわ ちほ
プロジェクト・エンハンサー
人と環境、人と人、組織と地域をつなぎ、人が育つ文化づくりを支援している。
屋号「うち」代表。
大手オフィス什器メーカーにてプロジェクトマネジャーとして13年間、250社を超えるオフィスリニューアル・新築移転に携わる。建築とオフィス環境の現場経験に加え、通信制大学で心理学を修め、働く環境と人の行動・意欲の関係を独自に研究。「時が止まったままのオフィス=オフィスのネグレクト」という概念を提唱し、独立。環境を耕し、育てることで、人と組織が自律・自走できる文化をつくることを使命とする。
■取得資格
一級建築施工管理技士 / 二級建築士 / 認定心理士 / 国家資格キャリアコンサルタント / 2級ファイナンシャル・プランニング技能士
■主な活動
オフィスリニューアル
オフィス新築移転
シン5S×PDSA 導入支援
オフィス・コンディショニング・デイ企画運営
セミナー・ワークショップ
*「オフィスを育てる」は、山川千穂の登録商標です。
