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【連載恋愛小説】Destin “運命” | Prologue「初雪の調べ」

パリ、ソウル、そしてスイス。 遠く離れた三つの街を舞台に、 ひとつの偶然が二人の人生を静かに結び始める物語。
過去に大切な人を失った フランス人女性。 世界を駆ける 韓国の俳優。 交わるはずのなかった二つの時間が、 小さな出来事からゆっくりと動き出す。
傷ついた心が再び動き出す瞬間、 人は“運命”を信じたくなる。

12月のパリ。
午後5時を過ぎた街は、ゆっくりと夜の色をまとい始めていた。
厚い雲が空を覆い、冷たい風が石畳のあいだをすり抜けていく。

パリ、モンパルナス墓地の奥。
閉門前の静けさの中に、1人の女性が立っていた。

黒いロングコートの裾が、風に揺れる。
彼女は墓石の前で、そっと目を閉じている。
誰かに語りかけるように。
まるで、胸の奥に沈めてきた言葉を、ようやく手放そうとしているように。

ふいに、空気が少しだけ静かになった。
白いものが、ひとひら。肩に落ちる。
今年最初の雪だった。
触れた瞬間に溶けて消えるその儚さが、彼女の横顔に、そっと重なる。

遠くで、管理人の声が響く。
彼女は小さく会釈をすると、歩き出した。
石畳に落ちる足音は軽い。けれど、その背中には、長い時間抱え続けてきた影が、静かに寄り添っていた。

夕方の風は、降り始めた雪を静かに連れてきていた。
気づけば、セーヌ川のほとりに出ていた。
街灯の光が水面に揺れ、観光客の喧騒はもう届かない。
夜のパリは、どこか孤独で、それでも、どこか優しい。

彼女はポン・デ・ザール橋へ向かう。
かつて恋人たちの南京錠で埋め尽くされた橋。
今はその重みを手放し、静かな呼吸だけが漂っている。
橋の中央で、彼女は立ち止まり、手すり越しに川を見つめた。
流れ続ける水は、
どんな悲しみも、どんな想いも、ただ受け止めて運んでいく。
しばらくの間、時間だけが、彼女のまわりをゆっくりと流れていた。


その頃。
橋の近くに建つシュヴァル・ブラン・パリでは、
柔らかな灯りが広がるロビーから、1人の男性が外へ出てきた。

冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、彼はセーヌ川沿いを、
軽く体をほぐすように走り始める。
夜のパリは静かで、耳に届くのは風と、自分の呼吸だけ。

ふと、視線を上げた。
鉄骨のアーチ越しに見えるポン・デ・ザール橋。
その中央に、ひとつの影が立っている。
黒いコートの女性。ひとり、雪の中で。
微動だにせず、川を見つめている。

男性は足を止めた。距離があるせいで、表情までは見えない。
それでも、なぜか目が離せなかった。
胸の奥に、かすかな不安が影のように揺れる。
理由は分からない。ただ、その気配が危うかった。

走り出しても、気づけばまた橋へと視線が戻っていた。
もし、何かあれば——そんな考えが、自然に頭をよぎる。


雪はいつの間にか、降りやんでいた。
月明かりがこぼれ、橋の上を静かに照らす。
その瞬間、彼女はゆっくりと顔を上げた。
何かを手放したような。あるいは、何かを決意したように。
そして、静かに歩き出す。

彼は、その光景を見て、息をひとつ吐いた。
胸の奥に張りつめていたものが、ゆっくりほどけていく。
彼女は橋を渡りきり、街の灯りの中へと消えていく。
黒いコートの残像だけが、しばらく視界に残っていた。

本来なら、ただ同じ夜を通り過ぎるだけだった。
彼女は彼の存在に気づかないまま、
名前も知らず、顔も知らず
そのまま別々の世界へ戻っていくはずだった。

けれど、人生には、時に静かな流れが生まれる。
あの夜、ただ遠くから見かけただけの存在が、
やがて別の国で再び姿を現すこと。
それが、止まっていた時間を、ゆっくりと前へ押し出していく。

二人は、まだ知らない。
運命は、こんなふうに前触れもなく始まる。
音もなく、静かに。

End of Prologue
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#1 →


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