【お知らせ】 投稿100回記念と今後について(オマケ付)
いつも本当にありがとうございます。
タイトルの通り、2月から投稿を始めて今回で100回目となりました。
ひとえに皆様からのスキ❤️やコメントなどによる励ましのおかげと、心より感謝申し上げます。
100回の節目にあたり、これまでの経緯と今後の活動について、この場をお借りして書いていきます。
◉noteデビューについてきっかけ
ある公募に小説を応募したことでした。
文章を書くのは嫌いではありませんが、まさか自分が「小説」を書くことになるとは、夢にも思っていませんでした。
二つの公募にノンフィクション小説を応募しましたが、結果は見事に落選。
手元に戻った作品は未熟ではありますが、恥を偲んででも、たくさんの方にお読みいただきたいという気持ちがありました。
そんな時、noteというプラットフォームを知り、「ここなら興味を持ってくださる方に届くかもしれない」と考えたのです。
◉ノンフィクション小説を書いた動機
私は、日航機事故の遺族関係者の一人です。
航空機事故史上、未曾有の大事故を目の当たりにしてきました。
この夏で事故から41年が経過します。
犠牲になった520名の方々への鎮魂と、今でも癒えることのないご遺族の悲しみを、私は「語り継ぐ」義務があると感じ続けています。
とはいえ、私は犠牲者の親族ではありません。
当時の経験を、犠牲者やご遺族の実名を挙げて語るには、躊躇がありました。
そこで、リアルタイムで経験した私自身の目線から、小説という形を借りて、事実に脚色を施して書くことを考えたのです。
プライバシーと個人情報の保護でもあります。
また小説のエンタメ性から、効果を上げる手法でもあります。
ノンフィクション小説にフェイクを加えるのは、邪道と言われるかもしれませんが、私は小説家として文学の道を邁進する目的はありません。
事実を正確に伝えるジャーナリストでもないです。
微力ながらも、史実が風化することのないように、命を預かる全てへの警鐘を鳴らし続け、二度とあのような悲しみを繰り返さないで欲しい。
それを目標とする、私の「ライフワーク」であると考えるようになりました。
◉公募へ応募した作品について
処女作は『喝采』です。
元の原稿を読み返すと、本当に拙い作品でした。
ただ書き連ねただけの文章は、小学生の作文のようだったと痛感しています。
転機となったのは1月、プロ小説家のワークショップに参加したことです。
そこで創作の基本を学び、「『喝采』を書き直したい!」と強く思い、その晩から全文を書き直しました。
2月にその作品をプロの先生に読んでいただいた際、「僕は泣けました。泣きましたよ」というお言葉と共に、プロの視点からアドバイスをいただくことができました。
その教えを取り入れ、推敲を重ねたものをnoteに投稿いたしました。
※『喝采』はこちらから↓
◉なぜnoteなのか
繰り返しますが、私は小説家を目指しているわけではありません。
書き続ける目的は、あくまで未曾有の大惨劇の史実を「語り継ぐ」ことにあるからです。
これまで何度もマスコミの取材に応じてきました。
メディアが取り上げてくださることは光栄ですが、紙面や放送時間には制限があります。
取材で話したことのすべてが反映されるわけではなく、効果的な部分だけが切り取られてしまう歯痒さを何度も経験してきました。
それならば、自分の言葉で直接伝えよう。
そう思うようになったのです。
noteという場所は自由です。
表現という共通点を持つ多様な方々が集まっています。
素人の書いたものであっても、興味を持って「スキ」をくださり、コメントで反応をいただける。
noteを始めて本当に良かったと、救われたような気持ちでおります。
◉投稿100回までの足取り
・小説 18作
・コラム 30作
・エッセイ 32作
・その他 20作
これまでいろいろと書かせていただきました。
「事故を語り継ぐのが目的ではないのか?」と疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。
これには、どうかお許しいただきたい理由があります。
あの当時を振り返り、言葉にする作業は、私自身にとって大きな傷みを伴うのです。
正直なところ、執筆を始めると眠れなくなります。
当時の音、温度、風、匂い、感触……。
さまざまな記憶が蘇ってくると、たまらない気持ちになり、それが数日間続いてしまうのです。
執筆にあたり、お付き合いさせていただいているご遺族様たちに、お話を伺い構想することもあるのですが、悲しい記憶を思い出させる作業となり、胸が痛くなるのです。
そんな折、ある方から「故人が輝いていた日々のことも書いてあげて」というコメントをいただきました。まさにその通りだと思いました。
故人と私が過ごした青春はバブル時代です。
同じ時代を謳歌し、共に楽しんだ日々がありました。そこから、バブル時代の思い出や私自身の若かりし頃のことなど、テーマの幅が広がっていきました。
内容が多岐にわたることで、新たな読み手の方々との出会いもありました。
故人の追悼は、悲哀を強調するばかりではなく、この世に生きた証を「語り継ぐ」というやり方もある、ということをnoteを始めてから気付きました。
フォロワーの皆様、そして偶然この記事を目にしてくださった皆様に、心より感謝申し上げます。
◉今後の活動について
3月下旬から50日間、継続して投稿してきました。
もはや筋トレのような執筆作業でしたが、連休明けから生活環境が大きく変わることとなり、しばらくはこれまでのペースを保つことが難しくなりそうです。
現在、下書きにあるストックを順次投稿いたしますが、その後少しの間、投稿が空いてしまうこともあるかと思います。
しかし必ず戻って参ります。
その時はまた、温かくお迎えくださると嬉しいです。
また、6月か7月頃には、長編ノンフィクション小説を投稿する予定です。
事故当時そのものを描いた作品です。
41年目の夏に向けて、あの時の記憶をビジュアル化し、「語り継ぐ」という使命を全うしたい。
そして、一人でも多くの方にお読みいただきたいと考えております。
◉結びの代わりにオマケ

少し清く、長ーく明るく!
(サントリーREDのCMのパクリ!)
これがモットーの私なので、コメントはお気軽に、自由にくださいますと幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
了
几戸姶洛
