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【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編5営業日)経理課主任

 例えば、期首に残高のある売掛金うりかけきん又は買掛金かいかけきんが当年度中に回収又は支払われることによって、売掛金又は買掛金の期首残高の実在性、権利と義務、網羅性及び評価に関する監査証拠かんさしょうこを入手することができることがある。
(監査基準報告書510号 A4)

 出社初日から山口主任にこう言われていた。
「田端部長からは『売掛金を見てもらうように』と言われてるから、頼むわね。まぁ、大丈夫だと思うけど、もし何かあったら聞いてね」

 数日間、いくつかの資料を見て、私は確信した。
 この会社はここ数年、全て一定の利益率になるように売上を計上している。
 案件ごとの利益率が判を押したように一定だった。入金額と計上した売掛金がズレたまま消し込まれ、差額が放置されている取引も多い。
 こんなこと、普通の経理処理じゃない。
 資料をまとめ、私は山口主任に声を掛けた。
「山口さん、売掛金についてご相談があるのですが」
 山口主任は、少しうんざりしたように顔を上げた。
「……どうしたの?」
 私は山口主任の目をまっすぐ見て言った。
「売上の案件ごとの利益率が、ほとんど一定なのですが……」
 山口主任は、やれやれと肩をすくめた。
「当然よ。うちはね、今の社長の方針で、どんな案件でも利益率を一定にしてるの。経費の使用状況を見やすくするためにって。
 受注段階で標準的な工数や原価はほとんど決まっているし、その方が入力する営業も間違えないでしょ?」
 少し語気が強い。新人が出しゃばるな、と言っているような雰囲気だ。
 でも、今の状況を放置は……できない。私は深呼吸し、冷静に続けた。
「受注時の見積りは分かりました。でも納入時に実際の数値へ修正がされていない案件がいくつかあります」
 山口主任の動きが、ぴたりと止まった。
「……それ、修正したら社長報告の数値がゆがむんじゃないの?」
 私は、静かに用意していた修正後の損益表を差し出した。
「そうかもしれません。ですが、実際にお金が入らない売上を放置してしまうと、本当の売上実績も、経費の実効性も、見えなくなってしまいます。」
 山口主任は、口をつぐんだ。
 たった数秒の沈黙。だが、空気は重く張り詰めた。

 その空気を、破ったのは――
「やっほー、和服ちゃん元気?」
 派手なスーツ姿の伊原さんだった。いつものおどけた笑顔を浮かべ、とてもタイミング良く経理の部屋へひょっこり顔を出した。
「ここ数日顔を出せなくてごめんね。毎日夜遅くまで頑張ってるって、営業の若い子から聞いたけど、疲れてない?」
 手に持った大きな紙袋からドーナツを取り出し、無邪気そうに差し出してくる。
「……って、あれ? 今はお呼びじゃなかった?」
私は小さな違和感を感じたが、伊原さんの明るい空気はとてもありがたかった。
伊原さんの顔を一目見て、山口主任は諦めたように言った。
「……わかったわよ。そこまで言うなら」
 私が差し出した資料へ目を落とし、諦めた顔をして続けた。
「田端部長にも状況を説明して、今後どういう数値を報告すべきか、相談してみるわ。
三和さんの作った修正数値、私もちゃんと確認する。これでもこの会社の経理の責任者だから」
 そう言って山口主任は藤川さんに目をやり、「藤川さん、明日からの数日、数時間で良いから別の作業もお願いできる?」とバツの悪さを誤魔化すように、山口主任は机を整理しながら言った。
「和服ちゃん、思ったより根性あるじゃない。
うちの会社で私に面と向かってモノが言えるの、社長くらいなものよ」
 私にしか聞こえないような小さな声でこぼしたその言葉は、どこか苦笑いの混じった、それでいて、確かな敬意を含んでいた。
 山口主任は「私の分も当然あるわよね?」と冗談混じりに伊原さんへドーナツを要求し始めた。

 ほんの少しだけ。でも確かにこの会社で、何かが変わり始めている、小さな変化。
 でも、それがきっと、この会社にとっては後戻りできない道の、始まりだったのかもしれない。

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