【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編9営業日)追加調査
別表第一の課税物件の欄に掲げる文書には、この法律により、印紙税を課する。
(印紙税法2条)
山口主任が「試したいことがあるので和服ちゃんは調査やってて」と言って月末の入出金の対応してくれた。
出会った頃が嘘のようだ。
ここまでの調査で、一度も入金実績のない会社が一社と、それにところどころ入金のない会社が数社あることが分かってきた。
これらの会社以外は先日までの調査で帳簿はきれいになっている。
でも、入金実績がないって……本当に?
該当する会社をパソコンで調べた。
株式会社ARAハイテック――会社を調べると、ホームページは無かったが、法人番号はすぐに見つかった。聞き慣れない社名だったが、法人があることは確認できた。
会社は実在する、なら私が調査をどこかで間違えたのだろうか。けれども何度見ても出荷データと売上計上は一致している。
先日までの調査で、出荷データのうち出荷済みフラグがある案件のみを機械的に計上していることは分かっている。となると、売掛金と出荷データに齟齬は無いはず。そこまでは確かめている。
それなら、消えない売掛金がなぜ残るのか。
受注時点で受注データが作成され、受注データを元に出荷データが作成される。そう、受注データが正しいことを裏付ける資料――
神谷部長が社長室で言った「原始証憑」という言葉を思い出した。
……そうだ、契約書を確かめてみよう。
契約書は法務を所管する総務課…というよりも田端部長が専任で対応している。田端部長に聞くのが一番早い。私は椅子を立ち、総務の部屋の奥にいる田端部長のところへ向かった。
田端部長のデスクには水のペットボトルが半分だけ空いていて、その横には空の胃腸薬の包みがあった。当の部長は机に肘をついたまま、重たい顔でモニターを見つめていた。
「部長、失礼します。ARAハイテック社との契約書お借りしたいです」
田端部長は、まばたきを一つして、それからあきれたように私を見た。
「……三和さん。君は、ウチに来て何がしたいんだ?」
声のトーンが変わっていた。
これまでのような困惑ではなく、怒気をはらんだ低音。
「なんで、そんなにこだわる? もう十分だろう? もう、報告も終わってる。数値も直した。社長も納得した。それに追加でやるって言っても帳簿見れば済むんじゃないのか?」
田端部長の豹変ぶりに驚いたが、ここで引いても何にも前には進まない。私はできる限り平静を装い答えた。
「この会社、取引履歴はありますが全くお金が入ってきていません。帳簿を見ても不自然な点はありませんが、一年以上もお金が入らないのは普通では無いと思います。
そうなると、契約内容も確認しないわけにはいかないと思います」
田端部長は、ゆっくりと立ち上がった。肩に力が入り、拳がわずかに震えている。
「それがなんだ! 後払いで期がずれてるとか、特別な契約だったとか――
何か理由があるかもしれないじゃないか。君は僕の仕事が信用できないのか!」
ここで引き下がると何も分からない。私は気を強く持って言った。
「ですから、その理由を確かめさせていただきたいです。
私は昨日まで田端部長の丁寧な仕事を間近で見てました。だからこそ、これまでの積み重ねも正しかったって、ちゃんと確認したいです」
田端部長の顔が紅潮し、言葉が詰まる。背中を丸めて肩を上下させ、しばらくそのまま口をつぐんだ。
そして、わずかにうなずいた。
「……僕の机から向かって右側の棚、そこに五十音順にファイルしている」
私は、ARAハイテック社の契約書ファイルと比較のために東集商事のファイル一冊分を手に取り、部長にお礼を言った。
部長は俯いたままで、返答はなかった。
*
ARAハイテックとのこれまでの契約件数は、それほど多くはなかった。契約書を並べてみると、二年前のものが二件、一年前が六件で、時期は固まっているが金額はバラバラだ。
金額の大きな昨年六月の契約書を手に取る。保管状態が良く、きれいにファイリングされた契約書だった。
契約金額二千八百万円、汎用化したソフトの納入でカスタマイズはなさそう。
カスタマイズ無しで二千八百万円?
私は驚いて出荷データを端まで見返した。
出荷データの受注時摘要欄には「先方希望により納入は後日。それまで預り。(営業2課佐藤)」と書かれている。
ソフトウェアで預り売上、大きな違和感を感じた。
他に変なところは無いだろうか、契約書を隅々まで見る。契約者欄を見ると「神奈川県横浜市泉区〇〇、株式会社 ARAハイテック、代表取締役 伊原 清」と記載されていた。
伊原という苗字が引っかかる。それに、この住所。住所をパソコンで調べると、駅から少し離れた住宅街にある一軒家を指していた。
他には、契約書の印紙も、「受託開発」と記載されているが二百円分しか無い。
印紙、他の契約書は間違えてないよね?と思い、比較のために持ってきた東集商事の契約書を見た。
契約金額千八百万円で、印紙は二万円分が消印されていた。
それに、同じ時期の契約書だけど東集商事のものは、それなりに劣化していた。
私はこれまでの情報をメモにまとめた。
・納入の内容と比較して高額な取引
・不自然な預り売上
・会社の住所は住宅街にある普通の住宅
・印紙の金額が誤っている
・東集商事のものと比べ、やけに保管状態の良い契約書
ここまでの状況が偶然だとは、どうしても思えなかった。
これは――粉飾なのかもしれない。
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