【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編4営業日)夜のコーヒーと売上計上
確認の回答により生じた確認差異は、財務諸表における虚偽表示又は虚偽表示の可能性を示唆していることがある。監査人は、虚偽表示が識別された場合、他の基準に従って、当該虚偽表示が不正の兆候であるかどうかを評価する必要がある。(中略) 確認差異はまた、企業の財務報告に係る内部統制の不備を示唆していることもある。
(監査基準報告書505「確認」 A21)
どうしても違和感がある。
エコペンテック社に出向してから三日目。
私は売掛金元帳を、過去五年分、ひたすら通査していた。年齢調べのリストを作り、古い債権から消込漏れを地道に潰していく。
ただ、作業を進めるほどに不明な残高が積もっていく。申告書ではまともな数値で申告されていることを期待し、勘定科目内訳明細書を見たけども、会計ソフトの数値がそのまま載っていた。
このままだと残高確認状を送った日には大変なことになりそう、そう思いながら作業を進めた。
去年、エコペンテック社へ残高確認状を出した時は残高一致で返信されていた。お昼に原因を聞くと山口主任が「よくわからないのでそのまま金額を転記して返した」と言っていた。中々気の重くなる返答だった。
「ふぅ……」
ため息が漏れる。
気づけば、時計は夜の9時を回っていた。経理課には、私と……田端部長の二人だけ。部長は私が残業することを聞いて、ノートパソコンを持って自席から経理の部屋へわざわざ移動してきた。
夕方に「今日は遅くなる」と電話越しなのに腰を低くしながら奥様に謝ってまで、部長にはわざわざ残業に付き合って貰っている。雑談をしながら聞いたところ、部長には小学校に上がったばかりの一人娘がいるそう。
……毎日残業するは中々難しいのかもしれない。
部長は「普段溜めてしまっていた作業もあるので、仕事が捗ってありがたい」と言っていたけども。
雑談もそこそこに切り上げ、パラパラと紙をめくる音とパソコンを叩く音だけが響く。
そんな中ふと部長の方を見ると、自席でさっきまでパソコンを叩いていた田端部長がふと立ち上がり、コーヒーを淹れていた。
「和服ちゃん、来て早々にハイペースだね。昨日今日と結構遅くまで頑張ってくれているけど、うちの数値、問題あった?」
そう言いながら、コーヒーを机に置き、自分の分のコーヒーを飲み始める。
目の前のコーヒーはミルクたっぷりで甘い香りを漂わせている。
「田端部長、コーヒーありがとうございます。いただきます――おいしい!」
一口飲んで、少しだけ肩の力が抜けた。
「うちは社歴の割にベンチャー気質があってか、開発部はまだ残っている人もいるけど、経理はすぐ帰っちゃうからね。小暮専務が珍しがっていたよ。『最近の若いのにしては珍しいな』って」
小暮専務……昨日開発部の部屋を見た時にいた、あの職人肌の強く口数が少ない雰囲気があった方だ。田端部長とはそういったことを気軽に言える関係なのだろう。
「慣れないことも多いだろうし、何かあったらすぐ教えてね。数字はあんまり分からないけど」
田端部長は苦笑いした。
数値はわからないって言うのだけども、今はこうして管理部の部長をされている。
……買収額が減額された最大要因が、この売掛金の過大計上だけど、田端部長はどこまで知ってるのだろう。
私は、渦巻くコーヒーから目を離し、部長を見つめながら少し遠慮がちに切り出した。
「じゃ、お言葉に甘えて。売上の計上って、誰が一番キーになるんですか?」
田端部長は、うーんと考え込んだ。
「キー……か。うちは、営業部が受注登録して、出荷が完了したら売上になるって聞いたことがある。総務がチェックして、出荷確認を取るって建前だけど――たしか、開発部も稼働チェックしてるはずだよ。特に新しいソフトの組み込み案件は、さっき言った小暮専務が客先に立ち会ってる。」
つまり、売上に関わるのは、営業、総務、開発。総務が出荷のチェック、か。
私はメモを取りながら、頭の中で整理した。
「役員への売上報告って、毎月してますよね?」
田端部長は胸を張った。
「もちろん! 先代がね、『上場会社に負けない管理体制を作る!』って言ってくれてね、僕はその言葉を信じてこの会社に来たんだ。先代社長に惹かれてね。勿論、言葉だけじゃない。今まで年に一回顧問の先生からいただいてただけの数値管理から、毎月売上と……あとは利益も計算して報告するようになったんだ。税金計算までは難しいけど、営業成績が分かるくらいにはなっているよ。
……僕の成果じゃなく、山口さんが頑張ってくれたからだけど」
少し苦笑いをしながら、けど自信ありげに田端部長は答えた。
「郊外のソフトウェア開発会社としては、うちは相当しっかりしてる方だよ」
私はにこりと笑ってうなずいた。
ただ、私の頭の中には目の前の田端部長ではなく、初日に挨拶した以来まだ社内で見かけていない伊原さんの派手なスーツがちらついた。
(プルルルル・・・)
部長と話をしている最中、急に電話が鳴った。
「和服ちゃん、取らなくても――」
田端部長が言いかけたときには、私は反射的に受話器を取ってしまっていた。
「はい、エコペンテック経理課、三和です」
電話からは聞き慣れた声がした。
「もしもし、東集商事の吉田です。あー……その声、和服ちゃんか。丁度良かった」
思わず姿勢を正す。
「さっきね、和服ちゃん、田端部長、山口主任にメールもしたんだけど、監査法人の先生がエコペンテックを一度見に行きたいって言ってきてね。
時期は少し先だけど、準備、大丈夫そう?」
(全日本監査法人……!)
心の中がざわめく。いつか来るのは分かっていたけど、こんな早くにくるなんて。
「……って、この時間に電話出てるってことは、もう何か引っかかってる感じかな?」
吉田課長が、冗談めかして言った。
「はい、何とか頑張っています」
私は笑いながら答えた。
「無理はしないでね。一応、エコペンテックの監査役になった神谷部長にもこの話は通してあるから。また詳細決まったら連絡するよ」
電話を切り、私はそっと受話器を置いた。
ふと田端部長を見ると……さっきとは別人のような顔で、自分のパソコン画面を凝視していた。早速メール、見ちゃったか。
監査法人の訪問。それはつまり、外からの本格的なチェックが入る、ということだった。
東集商事の監査で何度もお会いした監査チームの方々が頭に浮かんだ。これまで結構な人数の方への対応をしてきたが、共通して言えるのは頭が切れることだ。
今のエコペンテックの数値では確認状を出すまでもなく早々に見抜かれ「NO」と言われそうだ。
私は目をぎゅっと閉じてから、机の上の売掛金元帳をもう一度見つめた。監査が入る前まで、いえ期首残高を連結に取り込むまでには…間に合わせなきゃ。
ふと見上げた窓の外の月には、雲がかかり始めていた。
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