見出し画像

【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編19営業日)怒号

 エコペンテック社の売上は、販売先の予算に合わせて納入するため、六月はいつも落ち込む。ただ今年の月次数値は例年と比べても落ち込みが酷かった。山口主任から相談をされ、もう一度念入りに売上と経費を確かめたけども計上金額に不備はなかった。
 今月の売上は全て得意先で動作確認の報告があった案件だけにした。ただこの影響を考慮しても今月の売上はやはり少ない。問題があったはずの営業2課の売上だけで六月単月の売上の八割を占めていた。そのうち、伊原さんの案件が半分で新規の取引先がほとんどだった。受注から売上計上のリードタイムは今まで見た資料から長くても半年、短ければ三ヶ月程度だ。毎年業績が悪くなる梅雨の時期に向けて伊原さんは春先に本当に頑張っていたんだと思った。そう考えると、伊原さんがいなくなったのはとても大きな損失だ。
 M&Aの失敗、そんな言葉が私の頭をよぎった。
 いや、まだそこまで考えるのは時期尚早じきしょうそうだ。私は山口主任と一緒に目の前の数値の確認と分析に集中することにした。

 速報値が役員へメールで回覧されたその日のお昼過ぎ、「緊急経営会議」と題して社長から役員全員と管理部へメールが送られてきた。先月の様子であれば三週間後の取締役会で数値の報告は済むのだけど。
 山口主任は「最近、役員の会議が多いわね」と言いながら日程調整をしている。
 日程は――神谷監査役の都合のついた、明後日の夕方となった。

 急いで税効果の検討をして連結パッケージに数値を入力し、吉田課長へ送信した日の夕方、緊急経営会議は始まった。
 緊急経営会議はこれまでの他の会議とは全く違った。
 口先鋭く、社長が切り出す。
「今月の速報、見た?営業は何か言うことある?」
 営業を統括する佐伯取締役はまたかと言わんばかりに返答をした。
「ええ、売上は落ちてますよ。でもそれは営業がサボってるとか、体制が崩れてるとか、そういう単純な話じゃない。そもそも、受注そのものが減ってるんです。市況が悪いし、先方の予算も削られてる」
 そう言って、今度は小暮専務に視線を送る。
「小暮さん、分かりますよね?ウチの得意先、昔から官需に支えられた業界ばかりだ。逆に言えば予算がつかないと、数字にならない構造なんです」
 黙って頷く小暮専務を見て、ニヤッと口元を緩めた佐伯取締役が続けた。
「それに、ここのところ2課の人間が、先日の調査の影響もあってか一気に退職し始めてるんです。補填するにも時間が足りない。今いる営業を責めるのは酷ってもんですよ」
 私と神谷監査役を見ている。神谷監査役は表情を変えず何も言わなかった。三枝社長が手元の資料を見ながら質問した。
「……受注がとれて無いってこと? 伊原さんが居なくなったから?
山口さん、今月の受注実績、どこに書いてある?」
「はい、三ページ目に記載していますが、受注は昨対比で30%ほど落ちてます」
 山口主任も無駄なく返答をしているけど、辛そうな顔をしている。
「マイナス30%? せっかくM&Aして伸ばそうって時にこの数値!?」
 驚く三枝社長に佐伯取締役が返答した。
「三割っていってもねぇ、誰が頑張っても取れない時は取れないんです。三和さんだって、分かるでしょ?」
 急に私に話を振ってきた。一瞬ドキっとする。驚いたのが顔に出ていたのだろうか、佐伯取締役はニヤニヤしている。
「伊原の売上がデカかったのは確かですよ。でも彼の手法が正しかったとは、もう言えないでしょう? こっちは、今あるリソースでなんとかしようとしてるんです。
 ……ま、あの調査が無かったら、そもそもこんな苦労はしなくて済んだんだよ。やけに首を突っ込むお目付け役の二人を送る以外、東集さん、何もウチにプラスになることやってくれてないからね」
 まるで私と神谷監査役が悪いと言わんばかりの話をしている。
 その話に三枝社長が反応する。
「つまり、今回のM&Aが失敗だったってこと?
まぁ、確かに親父が持ってきた案件だったし、話を聞いたときは『ちょっとウマ過ぎるよな』って俺も思ったんだ。それに、経理に来た三和さんがやったことっていえば、管理部長と営業課長を追い出したことくらいだ。
 ……ねぇ、神谷さん、三和さん、何か言うことないの?!」
 神谷監査役もしびれを切らせたようだった。
「三枝社長、少なくともこの会社の売上計上に問題があったのは確かです。そこを解明することは買収時の契約書にも記載されていたはずだ。
 勿論、管理部長や営業課長が退職されたのはとても残念ですし、東集としてもとても痛い損失です。
 ただ、先日の調査の影響と言われるが、東集としては待遇面で各従業員に十分な金額を提示している。その影響もあり技術部門で退職を考えた方はいても実際の退職者は出ていないと聞いています。
 営業部では引き留めをしていないのですか? それに、管理部長も失踪したままで、探そうとはされないのですか?」
 顔は変わらず冷静なままだが、言葉に熱がある。
 けれども、この対応は三枝社長には逆効果だった。三枝社長は椅子から立ち上がり、私と神谷監査役に向けて怒鳴るように言った。
「いや、今の状況判ってます? M&Aしたのに売上減ったんですよ。受注も下がって、人も、それも部課長が相次いで退職したし営業もどんどんいなくなってる。
 親父から受け継いだ、この会社のピンチなんだよ。引き留め?なに悠長なこと言ってるんですか!?
 ……ま、儲かってる上場会社から来た方々には分かんないか。俺が、いや、この会社にいる俺達がどんな思いでこの会社で頑張ってきたか。
俺はね、親父から引き継いだこの会社を守るために、明日を作るために必死にやってきたんだ。他から来た方々はお気楽で良いよ、この会社を引っ掻き回してメチャクチャにしても、元の会社に戻れば何事もなかったように明日が来るんだからな!」

 社長が私達をにらみつけている。
 本当に、もう、収集がつかない。
 このM&Aは失敗したのかもしれない。

→20営業日へ

いいなと思ったら応援しよう!

つきなみ いただいたチップは次のストーリー作製費として活用します。