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【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編18営業日)火種

 監査人は、リスクの識別及び評価、並びにリスク対応手続の立案のための適切な基礎として役立つ情報を、経営者及び財務報告の責任者に対する質問を通じて入手することがある。
(監査基準報告書315号 A21)

 監査法人の先生が来社した。
 二名と少数精鋭だけど、エコペンテックの規模なら十分なのだろう。
「おはようございます。ええっと、親会社の東集さんのところで経理されていた三和さんですよね?」
 パッと見て私に気付いたようだ。まさか覚えていただいていると思っていなかった。私は慌てて返事をした。
「はい、しばらく出向でエコペンテックの経理を担当しております。原先生、お世話になります。」
 私がお辞儀をすると、先生も丁寧にお辞儀を返した。原鉄也はらてつや先生、なぜか年中日焼けをしているが、話も上手く信頼できる先生だ。もう一人は…
「初めまして、吉川よしかわです。」
 こちらは比較的若い先生だった。初めて見る方だけど、気さくそうな先生だ。
 事前に依頼された資料を揃えた会議室へ二人を案内し、山口主任を呼びに行く。監査法人の先生は名刺交換も洗練された動きをしていた。こうした所作ももう少し磨きたい。
 名刺交換が終わると、原先生が今日のスケジュールを説明してくれた。
「本日は議事録とこれまでの決算書と申告書、それと昨年の売上については一部関係する資料を拝見させていただく予定です。
 あと、社長とのディスカッションを事前にお願いしておりますが、大丈夫でしょうか?」
 とてもテキパキしている。この調子なら社長との打ち合わせでも大きなトラブルは無い……と思いたい。さすがに初対面の相手に、先日の取締役会のような態度はとらないと思うけども、心配だ。
 山口主任は「社長には午後二時から時間を押さえて貰っています」と変に緊張もせず、いつも通りに対応をしている。山口主任はこれなら大丈夫そう。
 わざわざ監査法人の先生に二人も来てもらって、「何もなかった」というコメントを貰うだけでは会社のためにもならないので、私は一つお願いをした。
「今日の終わり、十分程度で良いので講評こうひょうもお願いしたいのですが。」
 原先生はすぐに快諾して下さった。

 その日は、決算作業を山口主任と藤川さんが、監査対応を私が引き受ける形になった。私がわからないところは山口主任にも頼りつつだけど、質問内容は売上に関するものが多く、大抵は私が答えた。出向してからの日は短いけども、少しはこの会社の一員になれたかな。
 質問や追加資料への対応と忙しく午前はすぐに終わった。そしてお昼休憩でひと息入れると、社長と監査法人の先生方との打ち合わせの時間になった。打ち合わせには、社長の他に山口主任と私が出席することになった。ただ、この日の社長にはいつもの明るさが無い。あまり乗り気じゃなかったのかもしれない。
 それでも打合せはするすると進んでいった。
「―—では、事業で今現在、気にされていることはありますか。」
 原先生の質問に三枝社長が答える。やはりどこか元気がない。いつものような熱のある話ではなく、淡々と事実を答えていた。
「ええっと、最近ですが……特に営業部がゴタゴタしてましてね。M&Aの影響か、最近あった経理主導の調査の影響かわかりませんが、ホントこの一、二週間くらい、退職者が後を絶ちません。営業は当社にとっても非常に重要な機能ですし、このままでは売上が大きく落ち込む可能性があります。勿論、そうはならないよう必死にやっていますが。」
 社長はなぜか私を見ている。監査法人とは初めてだと言うので同席をしたのだけど、同席せずに社長と先生方だけの方が良かったかもしれない。少し後悔をした。
 それでも打ち合わせは原先生の巧みなリードに支えられ、つつなく進んだ。このまま終わると思い少し安堵あんどした時だった。
「最後に少し混み入った質問になり恐縮ですが、現在認識されている不正等はありますか?」
 この一言が社長の何か引っかかったようだった。社長は私の方を見て、声を荒げて話をしだした。
「これまでね、ウチは不正なんか無かったんですよ。業績も維持していたし、新規顧客も増え、これから成長ってところだった。前社長の思惑は分からないけど、今回のM&Aを受け入れたのもこの成長に弾みをつけるためだったんですよ! それが、今のところ東集から来た人に散々振り回されているだけなんです。
 ウチにあったのはちょっとしたボタンの掛け違えだ。それをわざわざ大事おおごとにしたんですよ、東集さんは!」
 議事録を取っていた吉川先生も目を丸くしている。原先生がすぐさまフォローをした。
「そうですか、分かりました。確かに不正はちょっとしたボタンの掛け違えが原因なのかもしれません。ですが、会計監査を受ける上で、その掛け違えの影響を調べ、修正し、再発をしないようにするのも会社の大切な役割なのですよ。我々もできる限りのサポートはします。」
 社長とは対照的な原先生の落ち着いた声に我に返ったのか、社長もまた先ほどの大人しい声で返事をした。
「……そうですね、分かりました。」

 講評会は山口主任と私が参加しただけで社長は出席しなかった。
 今回の中間レビューでは、みなし取得日が今回の四半期となると聞いていること、売掛金については調査会社の報告書の通り減額修正をする必要があること、税効果について前期末の申告内容を反映した数値を連結修正仕訳での修正も視野に入れて対応してほしいことが伝えられた。みなし取得日や売掛金の減額修正は分かったけども、税効果の見直し――
 中々重い宿題を先生からいただいた。
 最後に「何かご質問がありますか?」と聞かれたので、税効果の分類と収益認識基準について質問をした。税効果の分類は2で良く、収益認識についても今日の監査でかなりの部分を整理していたらしく「出荷後のフォローと言うよりも納入後の御用聞きが多く、実際に何らかの修正が必要となった実績が少なくともここ二年分を調べた中では無いので、大きな影響はないと思う」と口頭で回答をしてもらえた。
 収益認識の回答はありがたく、大きな悩みの種が一つつぶれた。
 それにしても、先日の調査会社の話はやはり営業色が強かったみたいだ。私だったら調査会社のコメントをそのまま受け入れてしまっていたかもしれない。神谷部長の背中はまだまだ遠い。

 監査法人の先生方が帰った後、資料を会議室から回収して片付け始めた。総務の資料もかなりあるのだけど、総務は最近「退職者が増えた」と言って退職者対応で忙しいらしい。結局、準備と同じく片付けも全て経理でやることになった。
 片付けの最中、山口主任が私に小さな声で話しかけてきた。
「和服ちゃん、今日で粗方の数値は固まったのだけど……
役員へ速報を出す前に少し相談に乗って。」

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