【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編3営業日)ここが社長室ですか?
経理課は三名からなる。管理部長兼経理課長の田端氏、主任の山口氏、他は派遣会社からの補助者1名である。補助者は3年おきに代替わりをしており、山口氏が基本的には全ての期中の経理作業を行っているため、経理組織としては属人的であり脆弱である。また、決算作業は顧問の税理士事務所が行なっている。
(アーサー&マーク・アドバイザリーからのDDレポート 85ページ)
買収の際、普段言葉数の少ない神谷部長が吉田課長と私に「この会社は絶対に加入時期の特例を受ける旨等を記載した書類を税務署に出してくれ、あと期中の開示は暫定的な会計処理としていい。社長の了解はとった」と言ったのだ。
その時は、「大変そうな会社だな。まぁ数値が確定したら遡及修正して連結数値出すしかないよね」と思いながら、M&Aの後発事象の注記を書いていた程度だった。
だけど、まさか自分が出向することになるなんて。
「三和さんが来たって?」
山口さんとの挨拶が終わるか否かのタイミングでまた一人経理課の部屋へ来た。
先ほどの伊原さんと違い白いシャツにネイビーのパンツ。
年は四十中頃だろうか。おとなしい会社員って雰囲気がある。いや、さっきの伊原さんが余りに奇抜なだけなのだろうけど。
私は笑顔を作り挨拶をすると、やってきた男性も頭を下げて言った。
「僕は田端。経理課を含めた管理部の部長をしている。まぁ部長と言ってもこの所帯の会社だからそんなに偉くもないんだけどね。元々、法務畑の出身だから数字にはあまり強くないけど、何かあったら協力はするから。
そうだ、今日は社長も珍しくいるし、折角なので挨拶しに行こうか」
少し自信のなさそうに笑った顔はどこか支えてあげたくなるような雰囲気がある。気弱そうなところもあり、吉田課長と似ているなと思いながら、私は少し気になった点を聞いてみた。
「え? 社長がいるのが珍しいのですか?」
私の質問に、田端部長は苦笑いしながら答えた。
「そうなんだ、うちは二代目社長になったのは知ってるだろう?
先代はトップ営業でいないことが多かったけど、今の二代目はちょっと趣味に走りすぎててね。まだ代替わりして間もないし、社長になる前はずっと先代の背中を見てきたはずなんだけど、三和さんみたいに東集さんからも人が来るだろうから、これから成長してくれればいいんだけど、ね。
……おっと、この話は社長にしないでくれよ。減給されちゃ敵わない」
すると、話を横で聞いていた山口主任がにこにこしながら口を挟んだ。
「田端部長、私には聞こえてますよー? まぁ、社長が変わってから売上が伸びなくなってきたのは確かだし、社長に告げ口する気もないですけど。
……今日の和服ちゃんの歓迎会ランチはおごってくださいね?」
山口主任、たくましいなぁ。
「ははは、まいったな山口さん。勿論、今日の歓迎会はおごり……っていうより会社の経費なんだけどね。あ、三和さんと藤川さんもお昼は空いてるよね? 僕と山口さん、三和さん、あと、派遣で来てもらってる藤川さんの四人分の予約を寿司・水家で取ってるから」
部屋の端の方で書類に埋もれて作業をしていた女性がこちらを見てうなずいている。前髪が伸び、メガネをかけた、大人しそうな女性だ。
もちろん私もお昼の用意はない。前もって歓迎会があるって聞いていたからだ。
藤川さんと私が頷いたのを見て、部長が続けた。
「さて、お昼の予定は決まったところで、その前に社長のところへ行こうか」
そう言われ、私は田端部長の後に続いて社長室へ向かった。
*
社長室のドアをノックすると、中から軽い声が返ってきた。
「どうぞ~!」
ドアを開けた瞬間、思わず言葉を失った。
そこはまるで、大人の趣味のための部屋だった。
デスクの上にはドローンが二台、いや大小あわせ三台ある。壁には社長の腕組み写真に合わせ「ECO-PENTECH ~Creating Disruptive Innovation~」と書かれた大きなポスター、その隣には3Dプリンターが動いて何かを作っている。
ここは……本当に社長室なのだろうか。社長室をいくつも見てきたわけではないけど、明らかに異質な空間に一瞬、本気で引き返そうかと思った程だった。
そんな私の動揺をよそに、セグウェイに乗って男が近づいてくる。
三枝陽太郎、三年前に先代から椅子を引き継いだ社長だ。
「和服ちゃんだね、いらっしゃい!」
パーカーにジーンズ、スニーカー。まるでベンチャーのエンジニアのようなラフな格好。
「どう? ウチの社長室、面白いでしょ?
この前、神谷さんからウチの数値を親会社でも見るって言われてるから、ボクも頑張らないとね。まぁお手柔らかに、よろしく」
そう言って笑いながら握手をしてきた。
「ありがとうございます。本日からお世話になります、三和福子と申します」
私は慌てて姿勢を正し、深く頭を下げた。
社長は、あっけらかんと笑う。
「まあまあ、そんな堅苦しいのナシね。東集さんとは違って、ウチは自由な会社だから!」
陽太郎社長は、目をきらきらさせながら言った。あまりにも無邪気で、憎めない笑顔だった。
でも、その目の奥には無邪気さだけではない、何かが潜んでいる気がした。
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