弱者が勝つための戦略とは何か―ランチェスター戦略 #71
企業には、それぞれ存在する目的があります。
顧客に価値を提供すること、社会に必要とされること、そして事業を継続・成長させること。
その目的を達成するために、自社が置かれた環境を分析し、限られた経営資源をどこに、どのように投入するかを決めること。
それが「戦略」です。
戦略という言葉を聞くと、多くの人は大規模な事業計画や競合企業との競争を思い浮かべるかもしれません。
しかし、本来の戦略とは「勝てる戦いを選ぶこと」です。
この考え方を体系化したものの一つが、ランチェスター戦略です。
■ 戦略の原点「孫子」とランチェスターの法則
戦略論の古典として有名なのが、今から約2,500年前に成立したとされる『孫子の兵法』です。
孫子には、
「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦う」
という有名な考え方があります。
つまり、勝つ準備を整えてから戦うべきであり、勝ち目のない戦いは避けるべきだということです。
その後、第一次世界大戦期にイギリスのエンジニア、F・W・ランチェスターは、戦闘機同士の戦いを数学的に分析しました。
そして1914年、「ランチェスターの法則」を導き出します。
この理論は軍事だけではなく、企業間競争にも応用され、特に経営資源で劣る中小企業が大企業に挑むための「弱者の戦略」として知られるようになりました。

■ 企業にも存在する「強者」と「弱者」
ランチェスター戦略では、企業を強者と弱者に分けて考えます。
ただし、強者か弱者かは、必ずしも企業規模だけで決まるものではありません。
重要なのは、そのターゲット市場における競争上の位置づけです。
例えば、クープマン目標値では市場シェアによって以下のように分類されます。
* 73.9%:独占的市場シェア
* 41.7%:安定的トップシェア
* 26.1%:市場影響シェア
* 19.3%:並列的競争シェア
* 10.9%:市場認知シェア
* 6.8%:市場存在シェア
これは、同じ業界であっても、ある市場では強者でも、切り口の違う別の市場では弱者になることもあり得るということです。
例えば全国市場では小さな企業でも、特定地域や特定分野では圧倒的な存在になることも可能です。
つまり、重要なのは「どの市場で戦うか」です。
■ 弱者の戦略とは「戦場を変えること」
ランチェスター第一法則とは、弱者の戦略です。
その特徴は、
* 一騎討ち戦
* 局地戦
* 接近戦 です。
数学的に捉えた公式では、
戦闘力 = 武器効率 × 兵力数
となります。
つまり、兵力(企業規模)で劣る企業は、武器効率(独自性・専門性)を高め、戦う場所を限定する必要があります。
分かりやすい例が、桶狭間の戦いです。
1560年、今川義元率いる約2万人の大軍に対して、織田信長の軍勢は約5千人でした。
兵力だけを比較すれば、勝負になりません。
しかし信長は、あえて狭い地形である桶狭間を戦場に選んだと言われています。
大軍がその力を発揮できない局地戦に持ち込んだことで、弱者である織田軍が勝利しました。
重要なのは、強い相手と同じ条件で戦わなかったことです。

■ 路地裏の飲食店に見る、現代の弱者戦略
この考え方を現代のビジネスで実践している事例があります。
東京都心の路地裏で、10年以上続く飲食店を多数生み出している開業支援会社の事例です。
飲食業界は開業後5年以内の廃業率が高い厳しい市場だと言われています。
原材料費の高騰、人手不足、大手チェーンとの競争―
普通に考えれば、資本力のある企業ほど有利です。
対して、この開業支援会社が提案する戦場は、大手が得意とする駅前の大型店舗ではありません。
繁華街とは言え、人目の付きにくい、「路地裏」です。
これはまさに弱者戦略です。
大手企業は、規模のメリットを活かすために大きな市場を必要とします。
一方で、狭い路地裏、個性的な小規模店舗、地域密着型の店づくりは、中小企業だからこそ戦いやすい領域となります。

■ 弱点を価値に変える逆転発想
あらためて考えてみたいのが、本来ならば、弱点であるはずの条件が、逆に価値となっている点です。
* 駅から遠い。
* 入り口が分かりにくい。
* 店舗が狭い。
しかし、ネットの普及により、情報があふれる現代では、「自分だけが見つけた店」として、逆に体験価値を提案することとなります。
これは、大手企業では創造させにくい
* 店主の想い
* 独自の商品
* 個性的な空間
* 隠れ家的な雰囲気
が競争力の強化となります。
よくある例えですが、
砂漠で遭難して水が半分になったとき、
「もう半分しかない」と思うのか、
「まだ半分ある」と思うのかです。
これは、一見、不利と捉えてがちな弱者が弱点を克服するのではなく、弱点そのものを強みに転換した事例です。
■ 強者の戦略と弱者の戦略は違う
一方、強者には強者の戦い方があります。
それが、ランチェスター第二法則、強者の戦略です。
公式は、
戦闘力 = 武器効率 × 兵力数²
となります。
兵力差が2倍なら、戦闘力差は4倍になります。
つまり、資本力、販売網、広告力を持つ企業ほど有利になります。
大企業が後発で参入し、中小企業が開拓した市場を圧倒的な販売力で奪うケースがあるのは、このためです。
だからこそ、弱者は強者が、模倣できる同じルールで戦ってはなりません。
■ 弱者が目指すべきは「小さな一番」
中小企業が全国市場で大企業と競争する必要はありません。
むしろ、
* 特定地域で一番になる
* 特定顧客で一番になる
* 特定技術で一番になる
* 特定分野で専門家になる
ことが重要です。
広い市場で2番以下になるより、狭い市場で圧倒的な1番になる。
それが弱者の戦い方です。
■ 戦略とは「何をするか」ではなく「どこで戦わないか」
経営資源には限りがあります。
特に資本力の限られた中小企業ならば、すべての市場で勝とうとしてはなりません。
弱者に必要なのは、努力量を増やすことではなく、戦う場所を選ぶことです。
* 大企業が参入しにくい場所。
* 顧客との距離が近い場所。
* 自社の強みが最大化される場所。
そこに集中することで、中小企業でも大きな存在感を持つことができます。
ランチェスター戦略が100年以上経った今でも学ばれ続ける理由は、時代が変わっても「勝てる場所で戦う」という原則が変わらないからなのだと考えます。
