ニューヨークに展望台はいくつもある。けれど「帝王」はひとつしかない
サミット・ワン・ヴァンダービルト。エッジ。そして、エンパイアステートビル。
どれも高い。どれも景色はいい。写真映えなら、正直、新しい二つのほうが上かもしれない。 それでも私は、迷わずエンパイアを勧める。というより——ほかの二つとエンパイアを「比べる」という行為そのものが、どこか成立していない気がしている。
その理由を、15年前のひとり旅の記憶と一緒に書いておきたい。
変わったのは入口だけだった
私が初めてあのビルに登ったのは、15年前。ひとりで行ったニューヨークだった。
あのときは、まだ窓口があった。人が座っていて、こちらが口で伝えて、紙のチケットを受け取る窓口。列に並んで、順番を待って、係の人と二言三言かわす。その手続きそのものが「登る」という体験の一部だった。
いまは、まったく違う。
2019年に完成した1億6500万ドルの大改装で、展望台専用の入口が34丁目側に新設された。動線は徹底的に整理され、券売の窓口はタッチパネルのキオスクに置き換わっている。入り口に案内係が一名、静かに立っているくらい。あとは自分で画面に触れて、自分で進んでいく。
正直に言えば、少し寂しかった。あの窓口のやりとりが好きだったから。
けれど、エレベーターの扉が開いた瞬間、その寂しさは消えた。
変わったのは入口だけで、上にあるものは、何ひとつ変わっていなかった。
サミット──美しい。でも、そこに映っているのは自分だ
2021年10月に開業したサミット・ワン・ヴァンダービルトは、たしかに、いま世界でいちばん洗練された展望体験のひとつだと思う。
グランド・セントラル駅の真上。91階から93階にかけて、床も壁も鏡張りの空間が広がり、ケンゾー・デジタルによる「AIR」という作品がマンハッタンの街並みを無限に反射させる。マディソン街の上空に突き出したガラスの箱「レビテーション」も、外壁を這い上がるガラスのエレベーター「アセント」もある。
美しい。文句のつけようがない。
ただ、あそこを出たあとで自分のカメラロールを見返して、はっきりと気づいたことがある。
私は街を見ていたのではなく、街に囲まれた自分を見ていた。
サミットは展望台というより、天空に置かれた現代アートのインスタレーションだ。主語はあくまで「体験する自分」であって、ニューヨークではない。それは欠点ではない。そういう作品なのだ。ただ、私が展望台に求めているものとは、根本のところで違っていた。
エッジ──心臓は跳ねる。けれど、跳ねただけだった
2020年に開業したエッジは、ハドソン・ヤードの30ハドソン・ヤーズ100階。三角形のデッキがビルの側面から空中に突き出し、床の一部はガラス。手すりの代わりに外側へ傾いたガラス壁が立つ。西半球でいちばん高い屋外スカイデッキだ。
ガラスの床に足を乗せたとき、たしかに心臓が跳ねた。西側なので、ハドソン川に沈む夕日も見事だ。
でも、ホテルに戻って思い返したとき、残っていたのは景色ではなく**「怖かった」という感覚**のほうだった。
エッジは、よくできたアトラクションだと思う。絶叫マシンが絶叫マシンとして優れているのと同じ意味で、優れている。ただ、絶叫は記憶に残るが、時間が経つと痩せていく。
エンパイアステートビル──なぜ「帝王」なのか
1931年竣工。世界恐慌のただ中に、わずか410日で建った。
そこから40年間、世界一高いビルであり続けた。アール・デコの塔として、100年近くこの街のスカイラインを定義してきた。
サミットもエッジも、私が生きているあいだに建った。エンパイアは、私の祖父が生まれる前からそこに立っている。この差は、単なる築年数ではない。街とビルの関係そのものが違う。
そして、決定的なことがひとつある。
サミットに登ると、みんなエンパイアの写真を撮る。「エンパイアがいちばん美しく見える展望台」と言われているくらいだ。エッジからも、当然エンパイアが見える。
つまり、他の展望台の"いちばんいい眺め"の中に、エンパイアが立っている。
サミットやエッジは、ニューヨークを見るための場所だ。
エンパイアステートビルは、ニューヨークそのものだ。
見る側に回るか、見られる側に立つか。この差は、高さでは埋まらない。エッジのほうが高い。サミットのほうが新しい。だから何だ、という話である。王が臣下より背が低くても、王は王だ。
地図を開くと、もっとはっきりする
三つの位置関係を思い浮かべてほしい。
エッジは、西の端。
ハドソン・ヤードは10番街より西、ほとんどハドソン川のほとりだ。だからあそこの主役は川であり、対岸のニュージャージーであり、川面に沈む夕日である。西側の景色を、これ以上ない特等席から見せてくれる。
サミットは、東寄り。
グランド・セントラルの真上だから、いちばん近くに輝いているのはクライスラー・ビルで、その先にイーストリバー、クイーンズボロ橋、さらに南にブルックリン橋まで見渡せる。東側の物語は、ここがいちばん美しい。
どちらも本物だ。ニューヨークという街の、それぞれ違う一面を、それぞれの角度から見せてくれる。
そして——その二つのちょうど真ん中に、エンパイアステートビルが立っている。
住所は350フィフス・アベニュー、34丁目。五番街は、マンハッタンの東と西を分ける基準線だ。番地の「イースト」と「ウェスト」は、この通りを境に振り分けられる。つまりエンパイアは、比喩ではなく地図上の座標として、この島のど真ん中に、東西の境界線の上に立っている。
だから、あの上から見える景色には偏りがない。西に振ればハドソン、東に振ればイーストリバー、北にセントラルパーク、南に自由の女神。エッジが見せてくれるものも、サミットが見せてくれるものも、すべて同じ360度の中に収まっている。
エッジは西からの一枚絵。サミットは東からの一枚絵。エンパイアは、絵の中心に立って全部を回して見る場所だ。
102階で、のどの奥からこみ上げてきたもの
チケットは2種類あった。86階までのものと、その上の102階まで行けるもの。
そして声を大にして言いたいのは、この「2段構え」こそがエンパイアの設計の妙だということだ。
86階は屋外のオープンエアデッキ。約320メートル。映画で見たあの手すり、あの風、下から昇ってくる街の音。人がいて、歓声があって、みんなが同じ方向にカメラを向けている。ここだけでも十分すぎるほどいい。
十分すぎるほどいいのに、まだ上がある。
この「まだ上がある」が効く。86階でいったん打ちのめされて、心が満たされきったところで、もう一段ぶん残されている。ガラス張りのエレベーターに乗り込む。ゆっくり上がっていく。街がもう一度沈んでいく。
そして102階、約381メートル。扉が開くと——専用のお迎えが立っていた。
これが効いた。人がほとんどいないのだ。86階のあの賑わいが嘘のように、静かで、空いていて、そこに自分たちのためだけに立っている人がいる。名前を呼ばれ、案内され、どこに何が見えるかを教えてもらう。
優越感の針が、そこで最大値まで振り切れた。
正直に書く。あれは優越感だった。上等な、贅沢な、少しばかり後ろめたい優越感。同じ日にこの建物に来た何千人のうち、ここまで上がってきたのはほんの一部で、いま自分はその静けさの中に立っている——そういう種類の感情だった。
ところが、不思議なことが起きた。
その優越感の裏側から、まったく別の、もっと古いものの気配が滲み出してきたのだ。この床は1931年からここにある。この高さに立って街を見下ろした人が、90年以上のあいだ、何百万人といた。恐慌の時代の人も、戦争の時代の人も、私よりずっと前のニューヨークを、まさにこの位置から見ていた。
いまここにいる自分の高揚と、その人たちの高揚が、同じ場所で重なる。
まるでタイムマシンだった。
現代の贅沢な優越感と、90年ぶんの誰かの視線が、同じ一点で混ざり合って、もう自分がどの時代に立っているのか分からなくなる。
サミットにもエッジにも、この層はない。あそこにあるのは「今」だけだ。それは当然で、まだ「昔」を持っていないのだから。
あの日、手すりの前に立って、私は言葉が出なかった。
眼下に広がっていたのは、単なる高いところからの景色ではなかった。
大恐慌のさなかに、鉄骨の上を歩いて、この塔を410日で組み上げた人たちがいた。その塔から見下ろす先に、そのあと100年かけて積み上げられた街がある。グレート・アメリカという言葉が、抽象ではなく、目の前の実物として立ち上がってきた。
人がここまで築き上げてきたもの。その味わいが、一気にのどの奥までせり上がってきた。
サミットの鏡の中では、こうはならなかった。
エッジのガラス床の上でも、ならなかった。 歴史の上に立たなければ、この感覚は来ない。
(これから行く人へ)
迷わず102階まで取ってほしい。 これが今回いちばん伝えたいこと。86階だけでも満足はできるが、86階で満たされてから102階へ上がるあの落差は、追加料金では買えないほどの価値がある。順番も大事で、必ず86階を先に、たっぷり味わってから上がること。
102階は追加20ドル前後のアップグレード。 事前にオンラインで足すのがいちばん確実だが、館内2階のチケットカウンターでも当日足せる。
86階と102階は性格が違う。 86階は屋外・賑やか・風と音がある「本物」。102階は全面ガラス・空調完備・静かで空いている「特等席」。悪天候や真冬なら102階のありがたみはさらに増す。
2階のミュージアムを飛ばさないこと。 建設の記録、キングコングの展示、ポップカルチャーの中のエンパイア。ここを見てから登ると、上での感じ方がまったく変わる。ここが新しい展望台には絶対にない部分だ。
時間帯。 開館直後の2時間と日没直後の1時間が最も混む。空いた気持ちで見たいなら早朝、劇的な景色が欲しいなら日没前に入って夜景まで粘る。
料金は変動するので、必ず公式サイト(esbnyc.com)で最新を確認。 私が行った15年前と比べれば、そもそも買い方からして変わっている。
それでも、順番をつけるなら
サミットは、素晴らしいアート作品だった。
エッジは、よくできたアトラクションだった。 エンパイアステートビルは、記念碑だった。
前の二つは「ニューヨークで何をしたか」の話になる。
エンパイアだけが「ニューヨークとは何か」の話になる。
だから、ニューヨークに行く友人に一つだけ勧めるなら、私は迷わない。
時間があるなら三つとも行けばいい。でも一つしか選べないなら、帝王のところへ行ってほしい。
窓口はもうない。案内係も一人だけだ。
でも、86階で吹く風も、102階から見えるものも、15年前とまったく同じだった。
たぶん、次に行くときも同じだと思う。
そういうものだけが、帝王と呼ばれる。
