近づく春の意味 ~京極派スペース テキスト版~
この記事は、X(旧Twitter)のスペースで毎週おこなっている
京極派スペース
(京極派和歌をテーマにした音声配信)
の音声をもとに、内容を整理し、読み物としてまとめたものです。
スペースでは特に台本も用意していませんし、話し言葉のまま思考を進めているため、
専門用語が多かったり、要点のつかみにくかったりする部分もあります。
本記事では
配信を文字起こしし、読みやすく構成を整理、
それとは別に簡単な目次を冒頭に付けました。
無料部分では
「この回ではどんなテーマを扱っているのか」
「どこが読みどころ・聴きどころか」
などがわかるよう、全体の見取り図を提示しています。
文字起こしを整理した全文は、有料部分に掲載しています。
じっくり読みたい方はぜひご覧ください。
無料部分、有料部分、いずれも音声を聴きながら理解を深めたり楽しんだりする補助として、ご活用いただけたらと思います。
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近づく春の意味 ~京極派スペース テキスト版~
今回のテーマは「京極派の歳暮の歌」です。
京極派スペース「京極派の歳暮の歌」
冬の終わりの京極派和歌をご紹介しました。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) January 31, 2026
途中、「お前はいったいなんの話をしているのか」という箇所もありましたが、笑って聞き流していただけましたら幸いです。#京極派https://t.co/13E5VEbt23
「京極派の歳暮の歌」ガイド
1.冬の終わりの京極派和歌
2.京極為兼「木の葉なきむなしき枝」――二条派の酷評と「理」の歌
3.永福門院「柳のうへは/柳の末も」と富仁践祚への予感――希望としての春の兆し
4.伏見院「あすの霞」――季節の境目をとらえる眼差し
5.先行研究・訳文との向き合い方
6.伏見院「垣ねの草も」――京極派の色名表現と希望の政治性
京極派スペース「京極派の歳暮の歌」テキスト版
・ぜひスペースを聴きながらお楽しみください。
・文章だけでも読めるよう整えてあります。
・文字起こしデータをもとに整形しているため、読みにくい箇所や漢字変換などがあるかと思います(梶間がふだん仮名表記している副詞が漢字になっている、など)。ある程度整えてはありますが、諸々ご了承ください。
・本記事の書籍リンクにはAmazonアソシエイトを利用しています。
もうすぐ立春になりますので、今日は冬の終わりの京極派和歌をご紹介しようと思います。
『玉葉集』の冬の終わりの歌から紹介してゆきます。
題をさぐりて歌つかうまつり侍りし時、冬木といふ事を
前大納言為兼
木の葉なきむなしき枝に年暮れてまためぐむべき春ぞ近づく
京極派の勅撰集に対して「あんなのは駄目だ」と非難する『歌苑連署事書』というのが出たんですけど、この歌はあの中でも攻撃されていたんじゃないかな。
岩佐美代子先生の『木々の心花の心――玉葉和歌集抄訳』によると、「木の葉なき」の歌は『歌苑連署事書』で
木の葉なきむなしき枝、あまりにくはしく侍り。下の句も何事を詮とも見えず。
と二条派に酷評されたそうです。
和歌の主流派である二条派から見てこの歌が攻撃対象になった理由は、まあわかります。
「何も言っていないじゃないか」みたいな。
「木の葉なきむなしき枝」も
「木の葉がないんだから、むなしいのは当たり前だろう。言う必要ないだろう」
ということがあるだろうし。
「年暮れてまためぐむべき春ぞ近づく」なんて、「何か言っているようで、何も言っていないじゃないか」みたいな酷評がなされたり。
また石澤一志先生、岩佐美代子先生に大学院で習ったとおっしゃっていたと思いますけど、石澤先生も『京極為兼』という本を「コレクション日本人選」で出していらっしゃいまして、そちらだと……。
京極派和歌の特色の一つである「理」の歌である。
「理」は理屈の「理」ですね。
理の歌、そうなんですよね。そこが読み取れないと、何も言っていない歌みたいな受け取り方になってしまうし、二条派はそういう受け取り方をするだろうなとは思います。
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京極派スペース テキスト版
京極派和歌をテーマにした音声配信(Xスペース)を、週1回おこなっています。 その一部をテキストで読めるよう整理した記事を、こちらのマガジン…
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