裕泉堂歌会こぼれ筆 2025年10月裕泉堂歌会レビュー記事
梶間和歌が講師を務めます「裕泉堂歌会」の、開催後レビューポストや記事、対談などをまとめております。
詠歌上のコツや注意事項など、特に初心者さん向けにまとめたものが多めです。
歌会そのものにご興味のない場合でも、お歌を詠まれる方にとってはお役に立つ部分があるかなと思います。
もちろん、これらを読んで興味を持たれた方の歌会へのご参加も大歓迎です。
主宰は三鷹古典サロン裕泉堂さま、講師は梶間和歌が務めております。

裕泉堂歌会こぼれ筆 2025年10月
2025年10月歌会レビューポスト
遅くなりましたが、10月の #裕泉堂歌会 も無事開催できました。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
新しいお仲間も迎えて新鮮な刺激があり、うれしかったです。
もちろん、レギュラー参加の方も久しぶりになる方も、ありがとうございます。
・気づかずに本歌取り?
・近代らしさ、現代らしさ
・有意の序 pic.twitter.com/he4ND8Zi4v
・人柄の見える歌、情景、言葉選び
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
・句切れが入ることで気づきが表される
・歌に色気を出すには?
・短歌の音数、俳句の音数
・感情や感想を明示されると読者は引く
・効果的な字余り
・「て」の前後の主語は原則一致する(あえて主語をずらす上級テクニックもあり)
・複数の句切れ(結句含む)をすべて活用語終止形で止めると、やや単純な印象になる(ただし、すべて体言で止めるよりはずっと良い)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
・漢字と仮名のバランス
・状況を示す語を助詞なしで初句に置くと幼稚になる
・文法的に正しくとも馴染まない表現#歌の詠み方
「歌に色気を出すには」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
おもしろい問いだなあと思いました。皆様どう思われますか?」
初句助詞なし語問題について。
わかりやすい例を出しますと、
「運動会」「帰り道」「夏休み」で始まる歌に秀歌はない
ということです。
「こうすると良くなる」は歌によって、その人のレベルや個性によって様々ですが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
「こうするとだいたい滑る」にはある程度共通するところがあります。
YouTubeに無料公開している動画講座でそれらいくつも紹介していますので、
私の発信に肯定的な方は、ぜひ動画も観てみてください。
「この頻度で、これだけ価値あるものを、無料で……」などのうれしいご感想も頂いております。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
私の発信や人柄が致命的に合わないという方に押し付けるつもりはありませんが、
好きだなと思ってくださる歌詠みさんにはお役に立てると思いますよ。https://t.co/ZU7XU9qAlz
次回 #裕泉堂歌会 は11月4日(火)20時から。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
初めての方も久しぶりになる方も、奮ってご参加くださいね。
添削希望、添削不要それぞれのお歌の締切をご確認のうえ、よろしくお願いいたします。
添削にも追加料金など掛かりませんので、お気軽にどうぞ。https://t.co/hdvRfnCEKC pic.twitter.com/IQdv2I0rRO
最近の #歌の詠み方 ポスト
ありのままの自然を客観的に切り取ったつもりの数年前の歌を読み返してみてください。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 19, 2025
いかに多くの雑念がノイズとして働き、美や感動からその歌を遠ざけているか、数年経って精神的に成長した作者にはわかるでしょう。
(数年かけても目の曇りの取れなかった作者にはわかりません)#歌の詠み方
「我をなくしたら歌が詠めなくなる! 」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
我をなくした程度で詠めなくなる歌なら詠まなくてy……おっと、そろそろ黙ろうか。真実は人を傷つける。
あと我はなくなりません。なくなるよう努力するだけ。#歌の詠み方
自分は他人の歌に興味を持たない割に、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
他人には自分の歌を読んでほしがるんですよね、多くの人は。
他人もあなたと同じく、あなたを含む他人にあまり興味がありません。
だからこそ、我の押し付け(表現)ではない歌を詠まねばならない。#歌の詠み方
「同じ主題、松風に触発されるさびしさを執拗に追って追体験を重ねる中から、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
さびしさの因となる松風の生態に目を向け、松風をも含む「風」そのものの動態をとらえて、ついに
山風はかきほの竹に吹きすてて峰の松よりまたひゞくなり(玉葉、二二二〇)
の完成作に至る。その過程の中に(続く)」
「(続き)その過程の中に、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
皮相な個人的感傷を絶ち、流動変化して止むことのない大自然の姿に不生・不滅・不断・不常・不一・不異・不来・不去の八不の真理を感得する為兼の心の深化がうかがわれる」p65-66
この論と比べるとうんとつまらない技術論になってしまうのだけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
歌の格を一段高めたいと願うならば、まずはあなたの卑小な主観をすべて排除し、その景やものごとの描写に徹しなさい、
というアドバイスは、ひとつ、有効である。#歌の詠み方
その対象に感動したり怒りや悲しみが湧いたりした、つまりなにかしら感情が動いたからこそそれを歌に詠んでいるわけで、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 10, 2025
「悲しい」「寂しい」「感動した」「あはれなり」など言わずもがな。#歌の詠み方
「こういう表現は和歌に馴染まない」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
「いえ、こういう先例があります」
それ何百万、何千万分のいくつですか。あと『万葉集』を先例にするな。#歌の詠み方
裕泉堂歌会の添削コーナーで、ほぼ毎回「結句の音数律4-3は美しくない」と言いますが、時に4-3でも直さない歌もあります。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
それが許される理由はもちろんあるのだけど、すべてが言語化できるわけではないので、
「○○さんはOKだったじゃん」と思わないでいただけると有難いです。#歌の詠み方
和歌では言うまでもなく、短歌でも結句の音数律4-3が成功するのは珍しく、たくさんの条件を伴うので、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
「○○さんはOKだったじゃん」と思わず基本避けるようにしてほしい。
まあ現代で音数律などという概念を言うのは私ぐらいなので、無視してもらってもほかで評価される可能性はあるのですが……。
結句の音数律にかぎらず、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
「ふだんはこの形を決して勧めません。内容がこのようであるこの歌に限ってこれを推奨します」
などと言うことも多いです。
【この歌に限って】の部分を受け止めてもらえると、大事故が避けられるかと思います。
「こんな勘違い、近現代短歌を読んでいないかぎりまず起きない」という勘違いや文法ミスについて(詳しくは言わない(言うとしたらnoteメンバーシップにて))#歌の詠み方
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
成熟はすべてを解決する、と言うと言いすぎだが、8割ぐらいは解決します。#歌の詠み方
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 4, 2025
なぜなら歌は精神8割、技術2割だから。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
正確には、私がそういう思想だから、成熟で8割解決と断言する。
前提に同意しない場合はご自由にご判断ください。#歌の詠み方
「こういうことをしてはいけない」という指導は、「じゃあどうすればいいのよ! 」という気持ちにさせてしまうかもしれない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 4, 2025
しかし、「こうするといい」と指導した声が想定した対象にかぎって届かない、という現実もある。せつない。#歌の詠み方
私、「こうすればいい」もそこそこ発信しているのよ……広く届いていないのはもちろん私の力不足だけど、発信は無料でしているのよ……。#歌の詠み方 タグや、noteにアーカイブしてある動画など、できる範囲でいいのでアクセスしてみてほしい。https://t.co/ZU7XU9qAlz
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 4, 2025
タイトルだけネガティブにしてしまいましたが、要するに「これから歌を伸ばすための方法3選」です。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 2, 2025
抽象的なことも含まれていますが、必要な方に届きますように。#歌の詠み方 #note
いまいち歌の伸びない人の特徴3選 ~和歌・短歌の基本と実践 裕泉堂歌会プチ講義~https://t.co/F1LpWCpsND
「これさえ気をつければばっちり☆ 」みたいなインスタントな動画の真逆に振って、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 11, 2025
1年かけて和歌の実力をつけてゆこう、という動画を創りました。え、これニーズある?#歌の詠み方
和歌上達の3つの方法 ~和歌・短歌の基本と実践 裕泉堂歌会プチ講義~ https://t.co/TSMAcXJkHJ
私、「平頭病」も「声韻病」もルールとしては知らなかったけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 15, 2025
少なくとも「声韻病」は、感覚として気持ち悪いので、よほどの場面でないかぎりやらないように、結果的にしてきたと思う。
気持ち悪いから禁じられたのだと考えるのであれば、ルールそのものをを知らなくても結果的に守れるようだ。
「本歌をバラバラにして詞にする。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 3, 2025
そのとき歌人に必要なのは、本歌の全体をしみじみと思う心である。(略)
本歌をしみじみと受け止める心があってこそ、本歌を切り刻み、詞を取って歌を詠む本歌取りは可能となる」p235#和歌の読書記録
「定型には二つの力学が働く。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 3, 2025
ゆえに散文のような和歌でも和歌らしく聞こえたりする。
また、内容が同じなのに一方は和歌らしく、一方は和歌らしく感じられないことがある。
〈句〉の力をうまく活用しなければ歌は作れない。本歌取りをするときも同じだ」p245
和歌でも短歌でも、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 4, 2025
「歌だなあ……」というものと
「言いたいことを定型に収めた、それだけのものだなあ……」というものとがある。
言いたいことを定型に押し込んでいてはいけない。#歌の詠み方
原因は大きく
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
・そもそも言いたいことを言おうとしている
・韻律という概念の斜め上
で、どちらも
「我が強すぎ」
「この詩形への敬意が少なすぎ」
ということかと思われます。#歌の詠み方
言いたいことを歌にして成功するの、和泉式部ぐらいでしょう……。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 5, 2025
凡人が天才を真似てはいけない。
「一見、なんともない平凡な歌であるが、当時の貴族でさえ、だれもがこんなふうに詠めたのではなかったらしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 6, 2025
五七五七七のマス目に文字を入れていけば、だれでも歌らしいものを作ることができるが、そういう歌がすべて優れているわけではない」p277
うん!!!#和歌の読書記録
あと、平安時代や鎌倉時代はともかく昨今は、五七五七七の数を数えることさえ困難な歌詠みが少なくないと見える(別に誰のこととは言っていない)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 6, 2025
「歌を詠むのは簡単だが上達するのはむずかしい」p284
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
うん!!!#和歌の読書記録
言いたいことを五七五七七に押し込めてなにかを言った気になっているうちは、訓練や上達という概念と無縁です。#歌の詠み方
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
「万葉風の「古躰」は熟練の末に詠むべきもの、初心者は手を付けてならぬ(『毎月抄』より訳)」p285
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
聞こえますか……現代短歌の皆さん……。
「古きを尊び、伝統を守り、それを土台に新しみのある歌を詠んで和歌史に加える。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
そのために歌人が求められたのは古歌の正確な知識であり、深く味わい、深く感動する心であった。
これがなければ歌は詠めない。
詠む前に過大な古典の学習・稽古を積む必要があった。
上達は大変なのだった」p286
これに耐えられる人は少ないだろうな。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
なんといっても現代人は自分大好き、他人や先人の歌に本質的に興味がない。
しかし、急がば回れとはよく言ったもの、これを先にやらなければ、おのれの貧弱な個性と数十年の個人的な体験にのみ依拠して歌を詠み挫折する道にまっしぐらなのである。#歌の詠み方
嫌ならせめて同時並行すべし。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 7, 2025
古歌を学びながら、自分でも詠むのだ。
私は少なくともそのルートでここまで来たひとりである。
歌の下手な人、だいたい、人の歌を読んでいない。古歌などほぼゼロ。
「順徳天皇は「みちのくの野田の玉川」に行ったことも見たこともない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 9, 2025
それでも詠めるのは、そこへ行って詠んだ能因の歌があり、それに追随して詠んだ古歌がたくさんあるからだ」p339#和歌の読書記録
歌枕の説明でわかりやすいのは、吉田裕子さんの「行ったことがなくても、パリは花と芸術の都」。
「俊成の『古来風体抄』は、やはり仮名序をふまえて「人の心」と「歌の心」を区別して歌を説明している。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 9, 2025
その言わんとすることは、歌は「人の心」がただ詠むのでないということだ。
「歌の心」が「人の心」をして詠ませるものだというのである」p355
「本歌取りのコツや技術を覚えれば歌は詠めるけれども、それでは狭小な個人のものとなる。賢しら事にほかならぬ。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 9, 2025
和歌の海の底からおのずと生まれてくるような歌を求めたのである。
そういう歌を詠むとき、人はこの世に生きる一回限りの時代を離れて、永遠無限の和歌の道を生きることになる」p355
裕泉堂歌会添削について
歌会レビュー記事アーカイブ
裕泉堂歌会向けプチ講義動画
裕泉堂歌会に参加する
裕泉堂歌会は月に一度、火曜夜にオンラインで集う歌会です。
アーカイブ視聴も可能なので、時間や場所を問わず安心してご参加いただけます。海外からのご参加もありますよ。
初めての方も、久しぶりになる方も、もちろん常連の方も、お気軽にどうぞ。
主宰は三鷹古典サロン裕泉堂さま、講師は梶間和歌が務めております。

講師経歴
玉葉風雅見ざる歌詠みは遺恨のことなり。
1986年、島根県生まれ。
2009年~13年、自作の詩歌の対面販売に従事。
2012年、近代短歌に触れて短歌を詠み始める。
その年の夏、式子内親王の和歌に衝撃を受け、古典和歌、特に中世の新古今和歌、京極派和歌に傾倒。
2014年、ながらみ書房『短歌往来』3月号「今月の新人」に作品寄稿。
2020年、ながらみ書房『短歌往来』4月号の特集に評論寄稿。
同年5月、私家版歌集『生殖の海』上梓。
2021年、現代短歌社「現代短歌新聞」4月号「島根県の歌人」に作品寄稿。
2022年、ながらみ書房『短歌往来』8月号に作品寄稿。
2023年、ながらみ書房『短歌往来』9月号に作品寄稿。
2024年、隠岐後鳥羽院和歌大賞 令和5年古事記編纂一三〇〇年記念大賞、令和6年城南宮・鳥羽殿賞受賞。
2025年、ながらみ書房『短歌往来』4月号に作品寄稿。
2021年~22年、オンライン講座「歌塾」講師。
2023年~、裕泉堂歌会講師。
新古今和歌と京極派和歌の良き読者を増やすことを生涯の仕事とする。
心の友は藤原定家、心の師は永福門院と光厳院。(2025年現在)
和歌物語に参加する
和歌にフルベットして生きる梶間和歌がつつがなく和歌創作、勉強、発信を続けるため、余裕のあります方にお気持ちを分けていただけますと、
私はもちろん喜びますし、それは日本や世界の未来のためにも喜ばしいことであろうと確信しております。
「この無茶苦茶な生き方を見ていると勇気がもらえる」
「こういうまっすぐな人が健康に安全に生きられる未来って希望がある」
「この人を応援することで人文知の明るい未来が実現しそう」
なんて思ってくださいます方で、余裕のあります方に、ぜひともご支援をお願いしたく存じます。
noteでのチップ、メンバーシップ、その他様々な形で読者の皆様にご支援いただき、こんにちの梶間和歌があります。ありがとうございます。
特にこのたび令和5年の隠岐後鳥羽院和歌大賞で古事記編纂1300年記念大賞を受賞し、表彰式を含む大会のツアーに申し込み、ツアー代金(9万円弱)は生活費と別に工面することになりました。
そちらのツアーには無事参りまして、翌年また城南宮・鳥羽殿賞を頂き、表彰式ツアーに再び参加。
皆様の金銭的なご支援があってこそ叶ったことです。あらためて、心より感謝申し上げます。もちろん、お気持ちでの応援も大変うれしく思っております。
こうした応援のひとつひとつが私の器を広げ、より良い和歌仕事を世界にお返しすることにつながっております。
令和5年、6年分ともに、ツアーの様子はこのマガジンで連載して参ります。どうぞお楽しみに。
今後とも、それぞれの領分において世界を美しくしてゆく営みを、楽しんで参りましょう。
この記事を書いた人


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