『源氏物語』学習ノート2026年第5回 ~國學院大學オープンカレッジ~
國學院大學オープンカレッジで受講している、文法学者小田勝先生の『源氏物語』講座の学習記録です。
文法の観点から『源氏物語』を学ぶ、そんな積み重ねを残してゆけたらと思います。
『源氏物語』学習ノート2026年第5回 ~國學院大學オープンカレッジ~
また遅くなりましたが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
7月の國學院大學オープンカレッジでの『源氏物語』講義もたいへんおもしろかったです。
「夕映え」を「なにかが夕日に照り映えること」の意味で使うのは中世以降で、(続く) pic.twitter.com/Dlqv46tTYH
「夕映え」を「なにかが夕日に照り映えること」の意味で使うのは中世以降で、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
中古は「夕方薄暗くなったことで、なにかがかえって良く、美しく見えること」の意味であったそうです。
し、知らなかった!
しかし帰宅して辞書を引くとたしかに
たしかに
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
「夕方あたりが薄暗くなる頃、物がかえってくっきりと美しく見えること。
花の色が深く見えるのにいうことが多い。
古くは、夕日に照り映えることにはいわない」(『岩波古語辞典 補訂版』p1371)
とありました。
では『源氏』を読む際にはもちろん中古の意味で読まなければいけないとして
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
(中世以降の意味で訳した本もあるらしい。気をつけなければ)、
和歌は基本的に中古語で詠むものなので、
中世和歌を愛する私も「夕映え」は中古の意味で使うのが安全か。
読む場合はどうだろう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
どんなに言葉が変わっても和歌は中古語で詠むというのが前提だけど、
言葉の意味が変わっているのにその変化に気づかなかった中世人が、
中古語と思い込んで中世語の使い方で「夕映え」を使った例はあるかもしれない。
また
また、例えば後鳥羽院は、あえて口語表現(その時代の話し言葉=中古語ではない)を和歌に取り入れたこともあるし、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
京極派は伝統的な歌語に囚われずに歌を詠み、口語表現も厭わず使ったし。
その人や流派の思想によって「この『夕映え』は中古語で解釈すべし」と言い切れない場面もある……か??
今回も空蝉と夕顔の対比がなされたのですが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
・空蝉は、言葉や態度では拒否しつつ、本心では源氏を慕う
・夕顔は、物理的に源氏の傍にいるが、その内心は打ち解けていない
ということで、これも『源氏』をしっかり読み込まないとつかめない点だなあと思いました。
恋に浮かれた源氏には、夕顔の打ち解けない内心はあまり見えない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
「夕顔はかわいい」と、源氏目線で夕顔ファンになる男性の話を、私は複数件聞きましたが……彼らの実際のパートナーシップが安泰であることを祈るばかりです。
このように学びの多い講義が定期的に聞ける環境に、ただただ感謝です。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 6, 2026
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夕顔が打ち解けていないという点ですが、
例えば
げにうちとけ給へるさま世になく
を夕顔のことと解釈するのは
「地の文で夕顔に『給ふ』を使うのはおかしい。これは光源氏の様子と読むべき」
と否定されるそうです。
その直後には
「海士の子なれば」とて、さすがにうちとけぬさま、いとあいだれたり。
と、夕顔は心打ち解けていないということがはっきり描かれていますしね。
つい、「光源氏を夢中にさせた可憐でかわいい夕顔」ということで、「うちとけ給へるさま」なども夕顔のかわいらしい姿として読みたくなってしまいますが、
たしかに、夕顔に「給ふ」などの尊敬表現を使うわけがないものな……。
『源氏物語』学習ノート ~國學院大學オープンカレッジ~
2025年國學院大學夏の集中講義
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